第51話 オーガ襲来 上


 オーガの群れの襲来。


 その一報を受けて、周囲に動揺を与えない程度の余裕をもって、しかしその範囲内の最速で、アレックスさんを先頭にした一行は、完成したばかりの砦の正門、その真上の城壁に陣取った。


 ちなみに、実質的なトップであるはずのジオが、アレックスさんの後ろを歩く形になったのは、戦闘面では何の役にも立たないのと、オーガに狙われる危険を少しでも減らすためらしい。もちろん、セレナさんの護衛付きでだ。


 そして、肝心の俺はというと、


「ジオ、テイルのその恰好、もうちょっと何とかならなかったの?」


「仕方が無いじゃないか。僕とアレックスで考えた結果、こういう形しか思いつかなかったんだ。そもそも、変装が得意な部下を連れて来る余裕なんてなかったんだ。まさか、テイル一人を天幕に残してくるわけにもいかなかったし」


 堂々たる騎士鎧姿のアレックスさんの影に隠れる形でコソコソ話す、ジオとリーナの言う通り、俺のいで立ちは違和感の塊だった。


 自称神様からもらった黒の装備は、いつもの通り。

 何が起きるか分からない戦場に立つ以上、これは外せない。

 だけど、騎士団、衛兵隊、冒険者のどれを名乗ったとしても悪目立ちするこの装備が、唯一最大のクセモノだった。

 結局、ジオとアレックスさんが絞り出したアイデアが、衛兵隊に支給される地味なマントで黒の装備を覆い、手には衛兵隊の槍、俺の顔が分からないように衛兵隊のヘルメットで頭を隠した。

 一見、護衛の衛兵に見えなくもないけど、そもそもそれは騎士団の役割のはずだし、何より、マントで隠されたシルエットが、明らかに衛兵隊とは違う。


 そして、この格好で陣地中央のジオの天幕から正門側の城壁まで歩く間、砦残留組の騎士や衛兵や冒険者から受けた、変な生き物を見るような視線が、変装に失敗したという事実を何よりも物語っていると思う。


「まあ、明らかな疑いの目で見られなかった時点で、目的は達成しているようなものだよ」


「そんなものなの?」


「そんなものさ」


 ちなみに、ジオとリーナの会話に俺が参加していないのは、声を出して正体がバレる恐れがあるからと、事前に言い含められているからだ。

 その俺の目の前でこうも貶されると、反論をさせないための口実のような気もしてくるんだけど……


「と、どうやら戦いの始まり――の始まりのようだね」


 そんな俺からの負の感情が伝わったのかどうかはともかくとして、前に目を向けていたジオから、そんな言葉が漏れた。

 見ると、俺達とは別行動を取ったナルセルさんが、正門前に陣取った騎士団の隊列から、騎馬で進み出てきた。


「さあて、ここが分水嶺だ……」


 いつになく低い声で呟いたジオにぎょっとしつつも、対峙するオーガの群れに向けてナルセルさんが叫び始めたので、そっちに意識が持っていかれた。


「私はアドナイ王国烈火騎士団第六部隊中隊長、ナルセル=ミュゼル!!オーガの戦士の長よ!なにゆえ人族の地を侵す!!我が呼びかけに答えていただきたい!!」


「へえ、俺達の国って、アドナイ王国って言うんだな」


「しっ!!テイル黙って!!」


 思わず漏れた本音を、リーナに小声で注意されてしまった。

 

 大抵の平民は、自分の国をアドナイ王国なんて呼ばない。

 国の外に出ることなんて一生無いから、「王国」とか、「栄光ある王国」とかしか言わない。

 もっとも、俺自身はかなり特殊な例で、国の外に行くとか以前の存在だから、これは宿の客の受け売りでしかないのだけど。


 と、戦いに関係ないことを考えていると、眼下の戦場にざわめきが生まれた。

 半裸姿がテンプレのオーガの群れの中から、毛皮を纏った一際大きな個体が出てきたのだ。


「なんなの、あの大きさ――まさかジェネラルオーガ……?」


「戦闘記録が少なくて参考にならないけれど、熟練の冒険者二十人分の戦闘力だと言われているらしいね。仮に騎士団の中に単独で突っ込まれたら、壊滅と引き換えに首を取れるかどうかってところかな?」


 リーナに続いて、冗談交じりにそう言ったジオだったけど、話題を振られたアレックスさんは一切反応しなかった。

 目の前の事態に集中してるだけなのか、それともジオの言葉が核心をついているのか――


「ジェネラルオーガとお見受けした!あなたがこの群れのリーダーか!」


 後方にいる俺達のところまで届くほどの、ナルセルさんの大声。

 それに対するのは、ジェネラルオーガ。

 黄色味かかったぎょろりとした眼、口から大きくはみ出す鋭く長い牙、人族ではあり得ない全身の筋肉量。

 常に怒っているとしか思えない、まさに鬼の形相だけど、ジェネラルオーガの桁外れの声量からくる言葉は、なぜかとても理性的に思えた。


「いかにも。我がこの群れの絶対の統率者であり、我らが王の命を受けて人族を蹂躙せし者だ」


「なぜだ!?我ら人族と、そなたらオーガ族との間には友誼など存在しないが、それでも不干渉の関係だったはずだ!また、小さな諍いがあった時も、互いの掟を尊重しつつ平和裏に解決してきた!そのオーガ族が、なにゆえ今になって人族の領域を侵すのだ!!」


「我は王の命を全うするのみ。人族の都合など知ったことか」


「ならば――」


「ただし」


 あまりに傍若無人なジェネラルオーガの物言いに、ナルセルさんが怒りの声を上げようとしたのを、当の鬼族の将軍が遮った。


 ――これまでの人族と聞き間違えるくらいの理性的な口調から、牙と感情をむき出しにした憤怒のそれへと。


「我らの神は啓示を下された。『人族を滅ぼせ』とな。ならば、是非も無し」


 その瞬間。


 オオオオオオオオオオオオ


 ジェネラルオーガの背後から、凄まじいまでの雄たけびが上がった。

 怒りと歓喜の入り混じったようなオーガ百体の叫びは空気を震わせ、大地を揺るがすほど。


 でも、人族も負けてはいない。


「おのれオーガめ!!蛮勇の侵略者め!!人族の底力を思い知らせてやろうではないか!!」


 ワアアアアアアアアアアア


 ナルセルさんの熱のこもった檄によって、砦を背に陣取る騎士団、衛兵隊、冒険者達から歓声が上がる。


 でも、俺のすぐ側では――


「慶事、掲示、計時……うん、やっぱり聞き間違いじゃなさそうだ。神の『啓示』ときたか。これはいよいよ、進退窮まったね」


 顔色を真っ青にして項垂れている、今まさに絶望の真っただ中といった風のジオの姿が、そこにあった。


「ジオ様……?」


 リーナも、ジオの異変にすぐに気づいたらしく、心配そうに声をかける。


 だけど、たった一人の異変など関係なく城壁の下の事態は進み、人族三百人の混成部隊とオーガ族百体の戦いが、今まさに眼下で始まろうとしていた。

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