第50話 役目の終わり


「援軍の出迎え?……はあ、やっぱりわかっていなかったか」


「申し訳ありません、若様。私が気付いていれば」


「いえ、ナルセルの失態の責任は、部隊長である私の責任です」


「あー、お忍びの僕に、そういう組織の面倒臭さとかいらないから。そもそも、アレックスに他言無用と言ったのは僕だし」


 ジオのいる天幕に入った途端、なんだか難しい話が始まった。

 ちなみに、護衛のセレスさんは無言でジオの背後に控えていて、話に加わるつもりはないようだ。


「なんか場違いみたいだし、俺とリーナは外で待っていようか?」


「いや、テイル、それには及ばない。というより、今君に外に出てもらっては困る」


 ……なんだかよくわからないけど、どうやら難しい話とは、俺のことを指していたらしい。


「具体的に言うとね、今、テイルの姿をあの援軍の面々に見られるのは困るんだ」


「どうして?あの中には、テイルの知り合いだっているかもしれないのよ?」


「だからだよ、リーナ。何のために、この僕自らテイルを迎えに行ったと思っているんだ?まさか、まだ気づいていないのかい?」


「え?……あっ!?」


「そうだ。テイルは冒険者じゃあない、ただの平民だ。そのテイルが、衛兵隊や冒険者を差し置いてこんなところにいると表沙汰になると、事後処理が色々と面倒になるんだよ」


「う……」


「すまないテイル。本来なら、案内役の私が気付かなければならないことだったんだが……」


「それは仕方がない。騎士であるナルセルの役目は、僕やアレックスの命令を忠実に守ることだ。責任というのなら、僕の方にこそある――だけどリーナ、君は別だ」


 俺と会って以来、謝ってばかりいる印象のナルセルさんを庇った、ジオ。

 その代わりというわけでもないんだろうけど、リーナに対する舌鋒は鋭かった。


「リーナ。君がどういうつもりでテイルについてきたのかは、少しは分かっているつもりだ。僕が君の同行を許したのは、動機はどうであれテイルを守る役目を期待してのことだ。実家を出奔して冒険者になるのを止めるつもりはないけれど、君の出自と矜持まで忘れてしまうのは、僕は許すつもりはない」


「……悪かったわ。つい、大事なことを見落とすところだったわ」


「うん、わかってくれればそれでいい。では、話の続きだ」


 反省した様子のリーナを見て、それでよしと思ったのか、それとも単に興味を失っただけなのか、ジオはあっさりと話題を変えた。

 話の内容も含めて、俺にはジオの真意は分からない。


「これ以上誤解を生まないように、結論から言おう。今回、テイルの出番はこれでおしまいだ」


「え?」


「どうして?テイルの力を使えば、ジュートノルどころか、この砦の被害も減らせるかもしれないのに?」


「リーナ、テイルもよく聞くんだ。犠牲が無いことが、最良の結果とは限らない」


「リーナ様、なんのために、騎士団、魔導士団、衛兵隊、そしてあなたと同じ冒険者が、この地に集おうとしているのか、お忘れですか?」


「……あ」


 ジオとアレックスさんが言う何かに、リーナは気づいたらしい。

 もちろん、俺にはまだ、何を言っているのかわからない。


「テイル、壁作りはどうだった?」


「どう、って……。最初は魔力の加減が良くわからなかったけど、そこそこ順調にできたと思う」


「そうか」


 ジオはただそう返事したけど、背後に控えているアレックスさんの顔が少し引きつったように見えたのは、気のせいだろうか。


「じゃあ、テイルの反対側から壁を構築していた魔導士団の方は、どうだった?」


「そうだな。十人がかりでマナポーションっていうのを飲みまくって、休憩を挟みながら壁を作ってた俺と、ほとんど同じ早さだったな。ちょっと魔力が少ないようだったけど、うん、普通に早かったと思う」


「テイル、彼女達は普通に早いんじゃあない。ものすごく早くて、保有する魔力量も多いんだ」


「え?」


「まあ、普通の魔導士についての講義はまたの機会にするとして、一つだけはっきりと言っておくよ。テイル、オーガの群れとの戦いの間、僕の側から離れることを禁じる」


 そう言い切ったジオの顔つきは、命令というものを当たり前にこなし、そしてその重みを知る選ばれし者の風格を漂わせていた。


「テイルは十分によくやってくれた。君がいなければ、この砦が未完成なままに、オーガの群れの圧倒的な暴力を前にして、アレックス達は生身で立ち向かわなければならないところだった」


「戦いは我ら騎士団、そして、ジュートノルの衛兵隊と冒険者達に任せてもらおう。そのために、我らはこの地にやってきたのだからな」


「……私もジオ達に賛成よ。テイル、冒険者でもないあなたがいくら命を懸けたって、ギルドは銅貨一枚だって報酬を出さないかもしれない。私だって、今回は戦闘には加わらない」


「リーナも?」


どちらかというと、魔物相手なら積極的に戦いに出そうなリーナからそんな言葉が出て来て、思わずそう聞き返した。


「ここに来たのだって、ジオに無理を言った結果だし、ギルドにはなんの許可も得ていないしね。それに何より、ここにはもう、オーガの群れに対抗できるだけの戦力が集まりつつある。私達の出る幕じゃないわ」


「……そうだよな。ここはジュートノルじゃないんだ。俺が戦う理由なんて、どこにもないんだよな」


 あの時――ソルジャーアントの大軍が街を襲った時は、俺が戦わないと、俺の周りの人が何人も死んでいたと思う。

 だから、恐怖に身を削られるような思いをしながら、ひたすらに戦った。

 それだけの理由があったから。


 だけど、この砦に、戦えない人は多分一人もいない。

 俺が考えるべきは、精々自分の身を守ることくらいで、幸いなことに、それすらもジオが請け負ってくれるという。

 本当に、俺の役目は終わったんだろう。


――だけど。


「わかった。これ以上、目立つようなことは一切しない」


「うんうん。分かってくれたようで何よりだ。もちろん、『報酬』はきちんと支払うよ」


 思い通りの俺の返答を引き出したジオの上機嫌な声を聞きつつも、それでも釈然としないものが、心の片隅に引っかかっている。

 ジオが、アレックスさんが、そしてリーナが、まだ俺に話していないことがあるんじゃないかという、違和感だ。

 嘘をついてるんじゃない、ただ、本当のことを全部は言っていないだけ。

 そんな生温くてちょっとだけ不快な空気が天幕の中に満ちて、俺の肌を刺激する。


 だけど同時に、三人の心遣い――特に言葉の裏に隠れているリーナの思いが、俺の口を固く結ばせる。


 誰一人として、悪意から俺を騙している人なんかいない。それなら別にいいじゃないか?


 そう思った俺の耳に、


「伝令!伝令ーーー!北の方角に多数の砂塵を確認!!現在オーガの群れのものか確認中ーーー!!」


 戦いの始まりを告げる叫び声が、耳に飛び込んできた。

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