第49話 砦の完成


 迫りくるオーガの群れに対抗するための砦の構築、その要である壁の建設は、思ったよりも順調に進んだ。


 昨日のように二倍の高さはやりすぎだったけど、ナルセルさんの言った通り、多少の誤差は無視して土魔法を使った結果、今の時点で陣地の半分ほどまで出来上がっている。


 逆に言うと、砦の壁の建設は、まだ半分しかできていないということでもあるんだけど、それにはちょっとした理由がある。


「重ね重ね済まない。こちらから急いでくれと頼んでおきながら、逆に手を抜いてくれと頼むことになってしまった。ほら、水だ」


「ありがとうございます。いや、ナルセルさんのせいじゃないことは分かっていますから」


 ナルセルさんが差し出してくれた革の水筒をもらって、腰かけた木箱の上で一息つく。

 今日も目が眩むくらいの晴天で、日の光を直接見ないようにとんがりぼうしの鍔を押さえながら水筒をあおろうとしたら、夜の帳色のマントが腕に纏わりついた。


 そう、今俺は、マジックスタイルの恰好のままで、休憩している。


「しかし、見れば見るほど、不思議な装備だな。一見、戦士のための装備かと思えば、装備者の意思一つで魔導士用のそれに変わるとは。このような機能、果たして王都にも記録があるかどうか。一体、どこでそれを?」


「あはは、まあ、最近潜ったダンジョンで……」


 言った瞬間、まずいと思った。

 ナルセルさんに不思議と言われるほどの装備を、金のない、冒険者ですらない俺が、どうやって手に入れたっていうのか。

 よく考える時間があったとしても、ひねり出すことができなさそうな難問に内心悩んでいると、


「お待たせテイル、それにナルセルも」


「すみません、リーナ様。走り使いのようなことをさせて」


「いいのよ。あなたじゃ、カティが聞く耳を持たないだろうから」


 魔導師団の様子を見に行っていたリーナが帰ってきた。


「それでリーナ様、向こうの進捗は?」


「ようやく再開と言ったところね。それも、持ち込んでいたマナポーションを、全員が許容量ギリギリまで飲んだ上で、ね」


「それは、……あまり大丈夫と言った感じじゃないですね」


「ええ。おそらくは、魔導士でもないテイルに負けない一心で無理をしているんでしょうけれど、あれでは、肝心のオーガとの戦いで役には立たないかもね」


 昨日、俺があっという間に砦の壁を作ってしまったことで、どうやら魔導師団の人達に変なスイッチが入ってしまったらしい。

 ジオの連れということもあって、俺が直接何かを言われることはなかったけど、その分リーナが相当愚痴のようなものを夜遅くまで聞かされたらしい。


「かと言って、テイル一人に壁の建設を任せると、今度は騎士団と魔導士団の関係を大きく損ねることになるでしょう。……このままやらせるしかなさそうですね」


「じゃあ、行くわ。カティに言うことを聞かせられそうなのは私だけみたいだし、今のところ、テイルに護衛は必要ないでしょうしね」


「ええ、お願いします」


 ナルセルさんからそう言われたリーナは、俺とは会話することのないままに、また砦の反対側へと走っていってしまった。


 ――いや、背を向ける直前のリーナの横顔が、ちょっと赤かったような……?


「さて、テイル、向こうも再開するようだ、こっちも再開してもらっても構わないか?」


「あ、はい。わかりました」


 ナルセルさんの言葉で我に返り、木箱の横に立てかけていた漆黒の杖をまた振るうために、手に取った。






 結論から言うと、砦の要となる土の壁は完成した。


 と言っても、騎士団の陣地が完全に壁で覆われたのは、ジュートノルからの援軍を迎え入れる寸前のことだった。

 最初と同じく、魔導士団が全力で土魔法を使う一方、ナルセルさんの指示の通りに俺が逆側から休み休みに進捗を合わせる。そんな感じで壁は作られていった。


 結局、騎士団の陣地を壁で囲い終えたのは本当にギリギリ。

 しかも、砦として最低限の機能――門とか階段とか窓とかの造成が間に合っていなかった。

 魔力切れとマナポーションの飲みすぎによる中毒寸前で動けなくなった魔導士団が自分達の天幕に戻るのを見計らって、ナルセルさんの注文通りに、細々とした工事をこっそりと済ませた。


 そして、その翌朝。


「あ」


「あ」


 土魔法で作ったばかりの城壁の上で、昨日もカティさんの天幕に泊まったリーナと、ばったり出くわした。


「ひょっとして、リーナも?」


「そうよ。ということは、テイルもなのね」


 現在、俺達が立っている城壁からは、衛兵と冒険者で構成された、ジュートノルからの援軍二百人が近づいてきている光景が見えている。

 自分が関わった砦に入る人達が来るのだ、野次馬根性を抑えきれなかったというのが、正直な気持ちだった。

 それと、もう一つは――


「あの中に同じ冒険者仲間がいるんだもの。ちゃんと出迎えてあげないと。でも、テイルはなんで?」


「いや、ここに来れば、リーナに会えるかもと思って」


「え?」


「最近、なんか避けられてる気がしたから、その理由を知りたいな、なんて」


 リーナは、物怖じしない。

 女の子でありながら、戦士のジョブを選ぶだけのことはあるというか、あのマッチョ教官にも一度も怯んだことのなかった記憶がある。

 きっと、冒険者になってからも、大の大人相手に一歩も引いてないに違いない。


 そんなリーナが、ここ最近ずっと、俺が話しかけても短い返事だけで去って行く。

 リーナの方に理由があるとは考えられないから、原因はきっと俺だ。

 だったら直接リーナに聞くしかないと思って、ナルセルさんに断って城壁までやってきた。


 まあ、「テイルが足手まといだからよ!」くらいの罵声を浴びる覚悟でいたわけだけど、


「そ、それは、そのう……」


 リーナから出てきたのは、およそ男勝りな彼女らしくない、羞恥とも緊張ともつかない熱で頬を染めた姿だった。

 ――いや、男勝りどころか、恥じらう乙女の反応そのものだった。


「な、なんで――」


「二人とも、こんなところにいたのか!!」


 リーナの態度の理由を聞こうとした俺の言葉を遮ったのは、いつの間にかに城壁に上ってきていたナルセルさんだった。


「すぐに来てくれ!若様がお呼びだ!」

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