第48話 魔導士団とリーナ


「ナルセルさん、今日は何というか、すみませんでした」


「いや、テイルはよくやってくれた。ただ、先に壁の構築に取り掛かっていた魔導士達の手前、高さを揃える必要があっただけだ」


 そんな風に、ナルセルさんに配慮とも慰めともつかない言葉をもらっている場所は、騎士団の陣地内に建てられたいくつもの天幕の一つ。

 贅沢なことに、ナルセルさんと二人に割り当てられた天幕の中は、支給された夕食を食べながらの暗めの会話をしてもなお、雰囲気が悪くならない程度の広さがあった。


「それにしても、リーナ、帰ってきませんね」


「騎士団としても、魔導士団には助力をもらっている立場だから、あまり強くは言えないんだ。テイルには済まないと思っているよ」


「いや、ナルセルさんが悪いわけじゃないですよ」


 本来なら、この天幕は、俺とリーナとナルセルさんの三人で使う予定だった。

 女性のリーナと同じ天幕で一夜を過ごすなんてと、最初は思っていたのだけど、良くも悪くも予定は大きく狂ってしまった。


 話は、日暮れ前に遡る。






 かなりの時間と魔力の無駄を出しつつも、なんとか予定通りの砦の壁の一部分を土魔法で作り終えて、集中力を解いた俺の耳に、背後から姦しい騒ぎ声が聞こえてきた。


「ただでさえ砦構築が遅れているのだ、作業に集中してもらわねば困る」


「これは貴族の家門内の問題です。お嬢様との語らいを邪魔しないで頂けるかしら?どうしてもというのなら、部隊長のアレックス殿が直接こちらに出向くのが筋ではなくて?」


「……隊長は、とてもお忙しい身なのだ」


「話になりませんわね。出直していらっしゃい、若き騎士殿。さあお嬢様、ここではゆっくりと話もできませんから、私達魔導師団の天幕へ行きましょう。すぐに行きましょう」


「いや、あの――」


 どう見ても揉めている様子の、ナルセルさん、リーナ、そして魔導士のローブを羽織った謎の美女の三人。

 その三人が、俺の視線を感じたのか、一斉にこっちを見た。


「すまないテイル、魔法の邪魔をしてしまったか?」


「いえ、一応終わったんで、声をかけようと思ったんですけど」


「そうか、それはよ――」 「あなた、お嬢様の従者かしら?」


 うるさくしている自覚があったんだろう、申し訳なさそうに話しかけてきたナルセルさんの言葉を遮って、謎の美女が俺に話しかけてきた。


 ーー従者?

 俺としてはそんなつもりじゃなかったけど、リーナとの関係が他人からはそう見えることもあるかもしれない。

 そう思って、どう答えたものか悩んでいると、そのリーナが助け舟を出してくれた。


「カティ、テイルとはそんなのじゃないの」


「あら、従者でなければなんだというのでしょうか?かなり珍しい装備を持っているようですけれど、かと言って、立ち振る舞いはどう見ても貴族ではないですし……。お嬢様、お付き合いする殿方はちゃんと選びませんと、淑女としての品格を疑われますよ」


「と、とととと殿方!?私とテイルはそんな関係じゃ――」


「まあ、その辺りのことは今からじっくりと聞かせていただきます。さあお嬢様、どうぞこちらへ」


「い、いや、私はテイルの護衛役として常に側に居ないと……」


「まあ!お嬢様が、あのような者の護衛役!?まさか、夜も同じ天幕というわけではないですよね?」


「べ、別に大丈夫よ。冒険者が男女一緒の場所で寝ることなんて日常茶飯事だし、冒険者じゃないテイルに、戦士の私を襲うことなんて無理なんだから」


「お嬢様!!まさか婚約前の淑女が貴族でもない男と一夜を共にするなど!!そんな真似は、栄えあるマク――」


「わーーーっ!?わかったわ!!その辺りのことはすぐに話すから!!だから続きは向こうで!!」


 まさに嵐のようだった。


 カティと呼ばれた美女が何かを言いかけたところを、なぜか必死で阻止したリーナは、魔導士のローブ越しにその背中を押しながら、遠巻きに二人を待っていたらしい魔導士達の方へと歩いて行ってしまった。






 翌朝。

 即席にしては快適に眠れた寝台ですっきりと目覚めて(屋根裏の自分の部屋より快適だったのはショックだけど)、ナルセルさんと簡単な朝食を頂いて天幕を出た。

 天幕を出るまで、正面に待ち構えていたリーナに気づけなかったのは、慣れない寝台で熟睡したせいか、それとも、明らかに昨日より顔色の悪いリーナの気配が弱々しかったせいか。


「おはよう、テイル」


「リーナ、具合が悪そうだけど、大丈夫か?」


「う、うん。昨日はちょっと寝付けなかったから……」


 珍しい、なんてものじゃない。

 これまでにも、調子の悪いリーナを見たことは何度かあった気がするけど、その全てが他人に弱みを見せないぞという、気迫があったと思う。


 だけど、どう見ても今日のリーナは弱音を吐いている。

 関係があるとすれば、あのカティとかいう魔導士のリーダーっぽい人だけど……


「リーナ、昨日のカティって人って……」


「……遠い親戚よ。ちょっと交流のある、ね」


 ――それ、ごく最近、ちょっとノリの軽いやんごとなき家柄のボンボンっぽい奴と、リーナが会った時に聞いたような気が……


 そう思っていると、噂をすれば影――当のジオが、アレックスさんを連れてやってきた。


「やあテイル、それにリーナ。昨日はちょっと大変だったみたいだね」


「こちらの手違いで、リーナ嬢と魔導士団のカティと鉢合わせしてしまったようだな。そのせいで、リーナ嬢がテイルの護衛の役目に支障をきたしたとか」


「その報告を聞いたのが昨日夜遅くでね、対処するのが遅くなって済まないと思っているよ。今朝一番で、魔導士団には改めて説明しておいたから、少なくとも仕事中に邪魔してくることはないはずだ。じゃあ、今日も頼んだよ」


 よほど忙しいんだろう、いつもは無駄話が多いジオが、俺達の返事も聞かずに要点だけを言って、さっさとアレックスさんと行ってしまった。


 昨日のカティという魔導士といい、上流階級の人は他人の返事を待たずに去って行く習慣でもあるのかなと、ちょっと呆然としていると、当然のような表情のナルセルさんとリーナが言った。


「明日の援軍受け入れのことも考えると、どうしても今日の昼過ぎ辺りまでに、砦の体裁くらいは整えておきたい。テイル、早速で悪いが、作業の続きに入ってほしい」


「……そうね、気疲れしている場合じゃなかったわ。テイル、早く行きましょう。今日は、カティがなんと言ってもテイルから離れないわ」


「あ、ああ」


 先導するナルセルさんと、俺の手を引くように歩き出すリーナに連れられる形で、砦構築の仕事を再開するのだった。

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