第44話 折ったレンガ


 俺、リーナ、ジオ、セレスさんを乗せたジュートノルの街を出た馬車は、街道を進んでいる。


 これまで俺が知っていたのは、仕入れ先によく停まっている荷馬車か、庶民が使う乗合馬車くらいなものだった。

 もちろん、このジオが所有しているという高級馬車も知らないわけじゃないけど、ああいうのはあまりじろじろ見ていると、御者や護衛なんかが「こっち見てんじゃねえ!!」と言わんばかりに睨んでくるので、直視しようという人はまずいない。

 もし、馬車の中の人物が貴族だったりしたら、無礼討ちに遭っても文句は言えない。

 だから、この馬車の内装の豪華さと、外から見ただけじゃ想像もつかない静かな走行に、心の中では驚き禁じえないんだけど……


「そう言えばリーナ、この間、君の兄君に会ったよ。冒険者になって以来、帰宅どころかろくに手紙も寄こさないと大層嘆かれていた」


「ジオ様には関係ないでしょ」


「そんなつれないことを言わなくてもいいじゃないか。僕と君の仲だろ?」


「この……クズ!!」


「はっはっは、誉め言葉として受け取っておこう」


 こんな感じでジオの話が一向に止まらないので、馬車の快適さを楽しむ気になれない。

 それならいっそと、さっきから気になっていることをぶつけてみる気になった。


「なあ、リーナとジオはいったいどういう関係なんだ?」


「うん?婚約者だよ」


「無関係よ」


「……セレスさん、教えてもらえませんか?」


 どうやら、当事者相手にいくら聞いても埒があきそうになかったので、この中でただ一人中立に位置するだろうセレスさんに話を持っていった。

 正直、駄目で元々くらいのつもりだったけど、ジオに視線を送って了承を得た(らしい)セレスさんは、落ち着いた口調で答えてくれた。


「そうですね、色々と表現に迷うところではありますが、遠い親戚と言うのが、この場では最も適当でしょうか」


「親戚なんですか?」


「はい。かなり代を遡らないとなりませんが、血縁関係があるのは確かです。今でも、ジオ様とリーナの家同士の交流はそれなりにあります」


「……わかりました、ありがとうございます」


 まだ疑問が解消されたわけじゃないけど、ここで矛を収めた方がいい気がする。


 セレスさんの回答は、明らかに何かに配慮していた。

 それが、リーナとジオの実家に深く関わっていることだけは間違いない。だけど、それ以上は俺が知るべきことじゃない。

 言外に、セレスさんがそう言っているとしか思えなかった。


「んー、僕的には、別にテイルには話してしまっても構わないんだけれどね」


「ジオ様」


「ジオ様」


「こんな感じで、僕のことを気遣ってくれる二人の女性を無碍にすることはできないからね」


「ジオ様!!」


「ジオ様」


「まあ、機が熟すのを待つことにするよ。そのためにも、まずは今日を乗り切らないとね」


 パカラ   ヒヒーーーーーーン


 その時、まるでジオの話が終わるのを見計らったかのように、馬車が停止した。


 そして聞こえてくる――いや、聞こえてくるはずのない、雑踏と金属音とざわめきと、たくさんの息遣い。


 ――おかしい。

 この馬車は確かにジュートノルを出たはずだった。

 一番近い村に着くにしては早すぎるし、そもそも聞こえてくるのはただの生活の音じゃない。

 むしろ、ソルジャーアントの大軍が街に入り込んだ時の、戦いの雰囲気に似ている。


「ようこそ、王国軍四大騎士団の一角、烈火騎士団第六部隊が駐留する陣地へ。歓迎するよ、テイル、リーナ」


 もっとも、現在絶賛構築中だけどね。


 その、御者が開けた馬車の向こう側の景色――何十人もの騎士達が行き交う様子を、まるでいたずら小僧のような笑みを浮かべながら、ジオが紹介した。






「やあアレックス、調子はどうだい?」


「若!――やはり無茶ですぞ。こんな丘も何もない平原に、たった三日で砦を築こうなどと」


 わけもわからないままに馬車を降ろされた俺とリーナは、セレスさんに案内されるままに、すれ違う騎士たちの注目を浴びつつ、中央に建てられていた天幕に入った。

 そして、入口に立つ俺とリーナをよそに、セレスさんを従えて無遠慮に中へと入り込んだジオが話しかけたのは、数人の騎士達とテーブルを囲んで会議をしていた、ダンさんといい勝負のナイスミドル。

 ただし、他の騎士と一線を画した格式高そうな鎧姿と、醸し出す歴戦の風格は、比べ物にならないけど。


「その無茶を承知で、なんとしてもやってもらうしかない。なにしろ、あちらはこちらの都合など、微塵も慮ってはくれないからね」


「それはそうですが……」


「そのために、無理を言って魔導師団から十人ほど同行させたんだ。何とか工夫して、増援が来る明後日までには目途をつけてくれ」


「ううむ、若のご命令ですから、なんとかしたいのは山々ですが……」


 その場にいた騎士たちと一緒に、そう唸って黙り込むナイスミドル。


 なんのことだかさっぱりわからないけど、どうやら相当深刻な問題らしい。


 ――ちょっと得意そうな顔をした、ジオ以外は。


「とまあ、ここまでは前置きだ。こんなことになってるんじゃないかと思って、ちょっとした助っ人を連れてきた」


「助っ人ですと?そこの若者達が?」


 ジオの言葉で、訝しそうにこっちを見てくるナイスミドル。

 その眼光にちょっとたじたじになっていると、ジオがこっちに向けて手招きしてきた。


 リーナ――と思いたいところだけど、あの手の向きはどう見ても俺だよな。


 そう思って、渋々ジオのところまで行くと、俺を手招きしていた手でいきなり地面を指差した。


「早速で悪いけれど、テイル、ちょっとこの土を使ってレンガを作ってはくれないか?」


「レンガを?なんでまた?」


「いいからいいから。論より証拠と言うし、ここはひとつ、実際に見てもらうのが手っ取り早いのさ」


「はあ、まあいいけど」


「あ、できるだけでいいから、硬めに頼むよ」


「わかったわかった、『クレイワーク』」


 そう、おざなりにジオに言いながら、短くも力ある言葉で、自分の魔力を操る。


 向ける先は、ジオが指差している地面。

 そこに在る土に魔力を流し込み、均等に固めていく。

 その間はわずか――ちょうど、「投石」を使うために石を拾って投げるくらいの時間だ。


 そうやってできた、魔法で作った即席レンガを拾い、ジオに手渡す。


「ほら、できたぞ」


「うんうん、いい出来だ。なにより、無駄な魔力が漏れず、かつ造形美と言えるほどに形が整っているのがいい――さて、そこの君」


 なぜか過剰なくらいに俺が作ったレンガを褒めたジオは、いったんレンガを騎士達が囲んでいたテーブルに置くと、何の前触れもなしに、一番近くにいた若い騎士に声をかけた。


「じ、自分でありますか?」


「そう、君だ。騎士にこんなことをやらせると色々なところから文句を言われそうだけれど、ちょっと、このレンガを斬ってほしいんだ」


「は、はあ……」


 さすがに、何を言われているんだ?と思ったんだろう、若い騎士は、ジオからアレックスと呼ばれていたナイスミドルに視線を送る。

 そのナイスミドルが黙って頷くのを見て、若い騎士も覚悟を決めたのか、椅子から立ち上がると、そろりと腰にあった剣を抜いた。


「ああ、先に言っておくけど、くれぐれも全力でね」


「全力で、でありますか?」


「うん。ああでも、栄えある騎士に遊びで剣を抜かせるわけにもいかないな――よし、こうしよう。見事そのレンガを斬れた暁には、僕のコレクションから一本、剣を進呈しようじゃないか」


 その、どう見ても遊びにしか聞こえないジオの提案に、若い騎士はなぜか真剣な顔つきになった。

 その中段の剣の構えの迫力から見ても、本気としか思えない。


 そして――


「ハッ!!」


 ヒュッ   パキイイイィィィン


 おそらく机ごと両断するつもりだったんだろう、掛け声と共に目にも留まらない速度で繰り出された若い騎士の斬撃は、見事振り抜かれた。


 ――刀身の中程から、真っ二つに折れながら。


「な、なんと……!?」


「ところでテイル、このレンガだけど、どれくらいのサイズまで行けるんだい?」


「サイズ?……試したことはないけど、この机くらいまでなら余裕かな」


「硬さは?数は?」


「むしろ、これ以上柔らかくって言われた方が難しいな。数も、試したことはないけど、百や二百くらいなら、多分大丈夫」


 俺としては、物々しい雰囲気の騎士の人達を相手にするよりは、と思って、ジオの質問に答えていただけだった。

 だけど、俺とジオの会話が進む度に、顔色を悪化させていくナイスミドルとリーナの様子を視界の端に捉えて初めて、自分がとんでもないことをやらかしてしまったんじゃないかという予感に、この時やっと思い至った。


 だけど、それを差し引いたとしても、この陣地で一番の愚か者は、他ならない俺だった。


 同じように、まだ何も事態を知らされていなかったリーナよりも、暢気に構えていたんだってことを、俺はすぐに思い知ることになる。


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