第43話 ジオ再び


カッポ カッポ カッポ カッポ


ブルルフ ヒヒーーーン


「いやあ、実にいい天気だね!まさに外出日和、馬車日和って感じがしないかい、テイル!」


「はあ、まあ」


「なんだい、元気が無いじゃないか、テイル?ひょっとして、さっきのやり取りで敬遠されてしまったのかな?だとしたら悲しいな。僕と君の仲じゃないか。もっとフレンドリーにしてくれないと。それに、隣にこんな美女を侍らせておいて、その陰気な顔は良くないな。君もそう思うだろう、リーナ?」


「……うるさい、斬るぞ」


「斬る?斬るだって?冒険者が一般人に手を上げるっていうのかい?おお怖いっ!助けておくれよ、セレス。このままじゃ、主の僕が斬られてしまうよ?」


「そうですね、ジオ様の腕か足が切断された後なら、命に危険が及んでいると見做して、護衛行動に移ろうと思います」


「いやいやいや、セレス、知らないのかい?人族は普通、腕や足を切断されたら、血の流し過ぎで死んでしまうんだよ?そうなると、僕の護衛のセレスは使命を果たせなくなってしまうよ?」


「大丈夫です、ジオ様。虫は足を一本失ったくらいでは死にません」


「僕虫!?」


さて、俺が何の脈絡もなく、こんなにも(若干一名のみ)楽しい雰囲気の馬車に揺られているのには、少々込み入った理由がある。


まあ、元凶は言わずもがな――この馬車の、そして初対面の女性の騎士、セレスさんの主である、謎の男ジオなんだけど。






「やあ、テイル!!早速出発するとしようか!!」


朝も早くからわけのわからない誘い文句をジオから言われて、怒るべきか無視するべきか、はたまた理性的に返すべきなのか悩んでいる俺の耳に、別の声が届いた。


「ジオ様、時間がありません」


そう言いながら馬車の影から出てきたのは、騎士鎧を着た若い女性だった。

若いと言っても、多分俺より二、三は上。そして何より――


「まあまあセレス、もうちょっと待ってくれないか。あと、横に並ばれると、主である僕が見上げる形になってしまうから、二、三歩下がってくれ」


「申し訳ありません」


目を引いたのは、その身長。

同年代では平均くらいの俺やジオよりも、頭一つ分くらい高い。

多分だけど、冒険者学校の同期で一番高かったレオンといい勝負なんじゃないだろうか。


「ジオ様。その若者に用があるのなら、馬車の中で済ませればいいことです。必要なら、私がやりますが」


――そう言ったセレスさんの目がこっちに向いた瞬間、まるで大型の魔物にでも射すくめられたかのように、体がゾワリとした。

その気配の主は言うまでもない。

事情も呑み込めないうちになんだかヤバいことになってると思い、いざという時のために五感強化を使おうとしたその時、ジオの手がセレスさんの行く手を塞いだ。


「それには及ばないよ、セレス。テイルにだけは、そのやり方は容認できない。何しろテイルは、今回の計画の鍵となるかもしれないからね」


「ジオ様?」


キイイイィ


「あ、テイル、おはよう。き、昨日はその――って、あなたは……!?」


ジオがそう言うのと、客用の裏口から冒険者の恰好のリーナが出てきたのは、ほぼ同時だった。


「おや、これは珍しいものを見た。リーナじゃないか、こんなところで何を?」


「あ、あああ、あなたこそ!?こんなところにいていいはずがない!!ジオ――」


気さくな感じで挨拶したジオとは対照的に、どう見ても気が動転している様子のリーナは声を震わせながら喋っている途中で、言葉が途切れた。


「リーナ、そこまでです」


チャリ


「っ……!?」


瞬く間に剣を抜きつつリーナの元まで音もなく移動し、その喉に刃を添わせたセレスさんによって。


「リーナ、悪いけれど、そのネタばらしはもう少し後のつもりなんだ。君も昔のように、ただのジオと呼んでほしい。分かってくれるかな?」


コクコク


声を出す余裕も無いようで、リーナがただひたすらに頷くと、


「やむを得ない行動だったとはいえ、リーナ、謝罪します」


「……いえ、私もちょっと不注意が過ぎました」


まるで嵐の中心にいるかのように、俺だけを仲間外れにして次々と事件が起こっては終わっていく。

そしてこの嵐は、まだまだ収まる気配を見せていなかった。


「おいテイル!いつまで油を売ってるんだ!とっくに起き出してる客もいるんだぞ!!」


いつもまで経っても俺が来ないのを不審に思ったのか、怒鳴り声を上げながらダンさんが厨房から出てきて、別館の裏に停まっている馬車を見て驚いた。


「誰だ!こんな狭い道に馬車を停めているのは!どこの金持ちか知らんが、庶民の使う道を塞いでいい法なんてないぞ!」


「すまない。私がこの馬車の持ち主だ」


「あんたか!ならさっさとどけてくれ!」


そう言いつつも、ちっともすまなそうにしていないジオが名乗り出ると、ダンさんは怒りの勢いそのままに睨みつけた。


「もちろんすぐに、と言いたいところなのだけれど、そこのテイルに用があってね。それはそうと、君はダンだね?君の噂は聞いてるよ。なんでもこの街で五本の――いや、随一の料理人だとね。僕もこのジュートノルに来てからというもの、君の料理の話を聞くたびに一日でも早く食べに来たいと思っていたところなのさ」


「バ、バカ言ってんじゃないぞ!!……ま、まあ、そういう事情なら、少しの間くらいそこに停めておいても、俺がこの辺の連中に話を通してやってもいいがな」


……そう。


一見、寡黙で人付き合いが苦手そうなダンさんだけど、実は自分の料理の腕を褒められれば褒められるほど急激に機嫌が良くなって、大抵のことは許してしまうという悪癖がある。

まさか、そんなダンさんの弱点をジオが知っていたとは思えないけど、偶然にもダンさんの心を鷲掴みにしてしまった。


「時にダン、物は相談なんだが、そこのテイルをしばらくの間、貸してはくれないだろうか?」


「テイルを?……いや、あんたの要望に応えてやりたいのは山々なんだが、何しろ唯一と言っていいウチの人手でな、コイツにいなくなられると仕事が回らないんだ。勘弁してくれ」


「ほう、なるほど。……よし、こうしよう。ちょっと耳を貸してくれ」


「お、おう。……なに、……ふんふん……なんだと!!なぜそれを……!?そんなことまで……」


……なんだろう。

意味有り気なジオの耳打ちにダンさんの表情が喜色を浮かべ、二人してこっちを見るたびに、俺の心は逆に暗く深く沈んでいく。

断言しよう。あれは絶対に悪だくみだ。


やがて、ジオの耳打ちは終わり、なぜか鹿爪らしい顔つきになったダンさんがゆっくりと俺の元へ来て、言った。


「あー、テイル。あのお客様の要望で、数日の間お前を貸し出すことになった。早速で悪いが、お客様の供をしてくれ」


「い、今から!?仕事はどうするんですか!?俺がいないと回らないんじゃないんですか!?」


「その件なら大丈夫だ。ちょっとした伝手で、今から臨時の手伝いを三人ほど、格安で雇えることになった。なんでも、とある屋敷の使用人でな、宿の雑用くらいなら朝飯前らしい」


「お、横暴だっ!!そもそも、ジオは客じゃ無いじゃないですか!!」


「……なんだテイル、お前、俺に逆らうってのか?いい度胸だな、ええ、おい?」


「……いえ、謹んでお引き受けします」


――甘かった。うっかりしていた。


一度ダンさんが決めたことに、俺が逆らえるはずがなかったのだ。

ノービスだろうがエンシェントノービスだろうが関係ない、もっと深いところで、俺はダンさんに頭が上がらないという不変の真実を、ついつい忘れていた。


結局、「ああテイル、街の外に行くから例の装備を忘れずにね」といけしゃあしゃあとのたまったジオの言葉に逆らうことなく屋根裏に戻って準備し、どういうわけかいつの間にかに馬車に乗り込んでいたリーナの横に座ると、御者が操る俺達四人を乗せた馬車は、粛々と白のたてがみ亭別館の裏から出発した。


この後に訪れる、かつてない嵐の予兆すら感じさせずに。

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