第41話 リーナと夜 上
どうにかこうにか、リーナを俺の屋根裏部屋に招き入れたところで、致命的な問題に気づいた。
「あの、私、どこに座ればいいのかしら?」
そう、俺の部屋には、椅子が一つしかない。
元々屋根裏という狭い部屋な上に、来客のことなんて一度も考えたことがなかったから、俺一人が不自由しない程度の家具しか置いていない。
リーナを椅子に座らせて俺が床に――は、明らかに変だし、その逆はもっとあり得ない。
床にしゃがみこむ薄着のリーナを俺が上から見下ろす――
考えただけで、背筋が凍る。
「じゃあ、ここに座るわね」
そんな俺の邪心に塗れた考えが見抜かれたわけじゃないんだろうけど、リーナは特に気にした風もなく、おもむろに腰を下ろした。
――俺のベッドに。
「リ、リーナ!さすがにそれは……」
「あら、いけなかったかしら?単純な消去法で、ここしかないと思ったのだけれど?」
「そ、それなら、俺がベッドに座って、リーナが椅子に座ってくれた方が――」
「私だって、レディの作法くらいは知っているつもりよ。押しかけ客の分際で、部屋の主を差し置いて椅子に座るなんて無礼はできないわ」
「いや、だからって――」
――男の前でベッドに腰かけるなんて、誘ってるように見えるぞ?
そう続けたくなるセリフを、なんとか飲みこむ。
リーナは変なところで常識がない。
その傾向は、冒険者学校時代からあった。
男に比べて少ない女性冒険者、しかもさらに希少な戦士職。
これだけでも十分珍しいのに、妙なところで正義感が強かったり、逆に当たり前のことを知らないってことも少なくなかった。
講習について行けない同期に、できるようになるまでレクチャーしたり、かと思えば買い食いの経験がなかったり、周囲の女子と悪い意味で馴れ合うこともなかった。
今も、レディの作法を心得ていると言っておきながら、一番貞操の危機に陥りそうな行動を、リーナ自らが取っている。
この危ういアンバランスな性格のリーナから、いったいどんな言葉が飛び出すのか、思わず心の中で身構えてしまったけど、そんな予防線は杞憂に終わった。
「ごめんなさい」
リーナの口から出たのは、これ以上ないほどのはっきりとした謝罪の言葉。
同時に深々と下げた頭を見ていると、どうしたらいいのか迷い過ぎて言葉が出ない。
そんな俺の事情を察したわけでもないんだろうけど、リーナが言葉を続けてきた。
「あの時、私は状況に流されてあなたを見捨ててしまった。冒険者でもないテイルを誘っておきながら、たった一人置き去りにするなんて、私の方が冒険者失格ね」
その言葉で、ダンジョンでのことを言ってるんだと気づく。
どうやらリーナは、あの時のことを今日までずっと思い悩んでいたらしい。
「もちろん、撤退を選んだレオンの判断は、一緒にいた皆を助けるという意味では正しかった。だけれど、私一人が残ってあなたを救うという道もあったと思うの。でも、相次ぐイレギュラーに対処しきれずに思考を停止して、冒険者としての当然の選択を、私は捨ててしまったの」
「それは、……あれだけの状況だったんだ、誰にだって間違いはあるさ」
「ううん、それだけじゃない。あの時、一年ぶりに再会した時に、レイドパーティに加わるのを渋っていたテイルに、私はものすごく偉そうなことを言った。いつもの五倍の稼ぎは保証してあげるとか、何で冒険者にならなかったの?、とか。結局、正しかったのはテイルの方なのにね」
「……」
訥々と語るリーナの懺悔に、何一つ言葉を返せない。
脚色してるわけでも、感情的になってるわけでもないリーナの言葉は、残酷なまでに事実だけを的確に言い表していると思う。
そこに変な慰めの言葉を掛けようものなら、あの時俺自身が味わった絶望まで否定することになってしまう。
「時々、聞こえる気がするの」
「……何が?」
「あの時の、テイルの最後の言葉。孤独と、絶望と、悲しみに満ちたあの一言が、寝ても覚めても私に忘れることは許さないって、聞こえるはずのない悲鳴になって、私の記憶を揺り起こすの」
『行かないで!!』
リーナを今も苦しめているあの言葉を、後悔して否定するのは、とても難しい。
あの時は、本当に自分の命が終わると思っていたし、全然別の言葉を言おうとして実際があれだったんだから、心の底からの思いのたけが叫びになったのも事実だ。
「実はね、あの時の行動が問題視されて、今私達は謹慎中なの」
「っ……!?」
突然のリーナの告白に驚くけど、考えてみればそうなるのも頷ける。
確か、あの日の俺は、レイドパーティのポーターとして冒険者ギルドに申請していたと聞いた覚えがある。
当然ギルドには、ダンジョンの異変、複数の怪我人、入った人数と脱出してきた人数の齟齬などが記録されているんだろう。
その結果、俺の主人ということになっているゴードンが激怒し、ギルドとの揉め事に発展している。
少し考えれば俺にもわかりそうなリーナの謹慎だけど、ここ最近の忙しさのせいで、そこまで頭が回らなかった。
――と言っても、いまさら俺がリーナの謹慎処分にまで気を回すのも違う気がするから、結局はこうなるしか道がなかった気もするんだけど……
「私だけじゃなくて、みんなの中にも、テイルを置き去りにしたことを後悔してる子もいる。だけど、気を付けて、テイル」
「うん?」
「あのレイドパーティの大半は、テイルのことなんて忘れたかのように過ごしてる子が多いの。中でもレオンは、そもそもテイルがレイドパーティに加わっていたこと自体を否定してる。今は謹慎中にもかかわらず王都の実家に戻っているけれど、もしテイルが生きてると知ったら何をするか……私にもわからない」
さっきとは別の意味で、苦しそうな声を出すリーナ。
ここは慰めの言葉の一つでもかければいいんだろうけど、それよりも気になったことがあった。
「リーナ」
「……ふふ、幻滅した?あれだけ偉そうなことを言っておいて、こんなに無力な私に」
「リーナはどうして、俺のことを気にかけてくれるんだ?」
「……え?」
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