第39話 リーナ襲来 


「はあ、はあ、はあ、……見つけたわよ、テイル!!さあ、あれから一体どうやって生き残ったのか、全部話してもらうわよ!!」


 なぜか、肩で息をしているリーナ。


 多分だけど、めちゃくちゃ急いで走ってきたとしか思えない。冒険者になって相当体力がついてるはずのに。

 ただのノービスだった頃の俺でも、街の中を走る程度でこうはならない。

 もしかしたら、俺のことを心配して――それはないか。そんなに親しくなった覚えもないし。


 だけど、もし万が一俺を心配してくれていたんだとしても、心を鬼にして言わないといけないことが、今の俺にはある。


「リーナ」


「な、なによ。言っておくけれど、別にあなたが生きてるって風の噂を聞いて急いで走ってきたってわけじゃ絶対にないんだからね!って、な、なんで顔を近づけるのよ!?別にあなたのことなんて……い、一回だけなら――」


「今忙しいんだ」


「え?」


「用があるなら明日また出直してくれ」


「え、ちょ、ちょっと!?」


 まだ何か言いたげなリーナを尻目に、厨房へと足を向ける。

 だけど、背を向けた直後の左肩をしっかりと掴まれたことで、仕事の再開を阻まれた。


「待ちなさい!そんな見え見えの嘘で騙されるほど、私の眼は曇ってないわよ!」


 俺の態度にカチンときたんだろう、背中越しにもリーナの怒りが伝わってくる。


 だけど、本当に怒りたいのはこっちの方だ。


「……嘘だと?」


「な、なによっ」


「リーナ、今ここに、俺達を含めて三人しか気配がないことくらい、冒険者のお前ならわかるだろう?つまり、この白のたてがみ亭の別館には、俺とダンさんしか働き手が居ないんだよ。ただでさえ人手が足りないところに、これ以上時間を取られたら、今日の客を出迎えられなくなるんだ。話があるんなら、明日またこの時間にしてくれ。まったく、猫の手も借りたいくらいなのに……」


 最後は半分独り言で、苛立ち混じりにリーナに言葉をぶつける。

 ちょっと言い過ぎたかもと後悔しながら、それでも目の前の仕事に向き合うために、今度こそ厨房へと向かおうと右足を前に出す。

 だけど、再び掴まれた左肩に動きを邪魔され、またも俺の行動は阻止された。


「おい、いい加減に――」


 今度こそ本気で怒ろうと振り向いた先には、なぜか顔を赤らめたリーナの眼がまっすぐに俺を見ていた。


「猫の手も借りたいほど忙しいから、相手をしてくれないのよね。だったら、私が手伝うわ。それならいいでしょう?」






「ちょ、そんなに持ったら」


「きゃっ!」


 パリーーーン


「ちょっと、開かないわよ!このっ、このっ!!」


「そこはそんな風には開かない!」


 バキィッ


「塩は匙で掬ってから!袋ごとは……!!」


「え?」


 ドバドバドバ


「テイル!!そこの役立たずには薪割りでもさせてろ!!俺が欲しいのは手伝いであって、破壊魔じゃない!!」


「ちょっと!役立たずって誰のことよっ!」


「いやリーナ、普通に邪魔だから」


「っ……!?」


「あっちが薪小屋で、これが薪割り用の鉈だ。じゃあ、よろしく」


「ちょっと待――」


 バタン


「テイル、かまどの火を調節しろ。今のままだと煮詰まる」


「はい」


 リーナには悪い――とは特に思ってない。

 これ以上厨房にいられたら、壊されるのは備品や棚や料理の味だけじゃ済まないかもしれない。

 それほどに、リーナの従業員スキルは絶望的だった。

 なにより、そろそろ本気で時間が足りなくなってきた。


 やる気があるのは良いことだと思うけど、その絶望的な家事スキルは見たくはなかったなと、リーナへの残念な感想を持ったところで、ダンさんの手伝いに集中することにした。






 なんとか料理を含めた支度を終え、今日の宿泊客を一通り部屋に案内して、本館からの手伝いの人に後を任せて薪小屋に向かったのは、夕暮れ前のことだった。


 いくら事情があったとはいえ、普通なら怒って帰るような仕打ちをリーナにしたわけだけど、俺にはちょっとした確信というか、ある意味での信頼みたいなものがあった。


 果たして、薪小屋の前を見てみると、


「はあ、はあ、やっと来たのね、テイル。どう?薪割りなんて、私にかかればこんなものよ」


「うん、驚いた、すごいな」


 もちろん、今言ったことは本当だ。すごいと思っている。


 ――大惨事を生み出したことに。


 自慢げに語るリーナの手にあるのは鉈ではなく、なぜか腰に収められていたはずのレイピア。

 薪割りの土台にしていた切り株を半分斬り割った状態で、刃の部分だけが突き立っている。

 そして、肝心の薪はほとんど積まれておらず、薪小屋の近くには木っ端微塵になった木片が無数に散らばっている。


「ふふん、言われた通り、薪を割ってやったわよ!」


「そうだな。それで、この木っ端みじんに散らばった状態から、どうやってかまどに持っていくんだ?」


「え?……あ」


「……悪いけど、話は本当に明日にしてくれ。これを片づけていたら、本当に夜になってしまう」


 半ば放置しておいてあれだけど、リーナだって家に帰らないと心配する人もいるだろう。

 いや、家族ならまだいい。もしも、同じパーティの仲間、それもレオン辺りがここに捜しに来たりしたら――


 ところが、


「大丈夫っ!心配しなくても、ちゃんと今日は泊りがけってことにしてあるから。ちゃんと片付けも手伝うわよ!」


 さっきまではしょんぼりしていたはずが、いつの間にかに立ち直っていたリーナ。

 俺の言葉を完璧にスルーした上で、いきなり泊まる宣言をしてきた。


 ――どうやら、生半可な気持ちで俺に会いに来たわけじゃなさそうなのは確かみたいだけど、理由が分からない。

 いや、それよりも、今のリーナの言葉で気になったことを聞く方が先か。


「泊りがけって、どこに泊まるつもりなんだよ。言っておくけど、こんな時間に飛び込みで泊まらせてくれる宿なんて、簡単には見つからないぞ」


 仮にも宿屋の従業員をやってるんだ、治安が悪くなる夜に、一見の客を泊めてくれる宿なんてそうはないことくらい知っている。

 あったとしても、今度は宿の方に問題があるかもしれない。

 いくら実力のある冒険者とはいえ、リーナのような年頃の女子が、今から泊まる場所を一人で探すのは無謀としか思えない。


「もちろん、その辺りもちゃんと考えてあるわよ」


 そこまで考えたところで、またも自信たっぷりに言うリーナの言葉を聞いて、ますます不安になる。


 だけど、いくら今日一日、連続でポンコツぶりを見せつけられても、リーナはリーナだ。

 トップクラスの成績で冒険者学校を卒業した逸材だってことを、すっかり忘れていた。

 

 さすがに、冒険者としての知識までポンコツじゃなかった。


「それなりにしっかりとしていて、料理もおいしいって評判の、しかも今は風評被害で客の少ない宿屋が、ここにあるじゃない。ところで、今日は一部屋空いてるかしら?空いてるわよね?」


 いくら厨房を無茶苦茶にされても、これから泊まるお客様とあれば全部許すしかない。

 接客業の悲しいさがだった。


 もちろん、それなりの代金はいただくけど。

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