第36話 軽くなった足と気持ち
「……な、なにあれなにあれっ!?高位の魔法でも見たこともないし聞いたこともない!しかもナイトアントの守りをあんなに簡単に打ち破って巣穴まで破壊するなんてこれはもう――ムググッ!?」
「しずかにしたまえ、エル。僕達が隠密作戦を取っていることを忘れたのかい?」
いきなり興奮し出したエルさんを、彼女の口に手をやることで落ち着かせたジオ。
その何かを考えているような眼が、こっちを見た。
「まずはテイル。その変化した装備を元に戻すことはできるかな?」
「これ、ですか?」
「うん。テイルの黒い装備がいきなり変化したことには驚いたし、観察対象として興味が尽きない。だけど、さっきの謎の魔法を多くの冒険者に目撃された直後じゃ、その格好は目立ちすぎる。無用の騒ぎを起こさないためにも、元に戻せるのならそれに越したことはないからね」
「はい、やってみます」
と、ジオの説明に納得してそう答えてはみたものの、手がかりも何もないのでどうしたものかと考える。
さっき、この魔導士の装備――マジックスタイルに変化した時に聞こえた、謎の声。
どうやらジオ達には聞こえていないらしい、男か女かもわからない、人族にしては平坦すぎる声は、確かこう言っていた。
『使用者の魔力の限界を観測しました。ギガンティックシリーズ、マジックスタイルに移行します』
魔力の限界。
そう言えば今の俺の状態はどうだろうと思ってみると、いつもより体内の魔力が大きく渦巻いている気がする。
それならと、大きな渦を鎮めるイメージで、魔力を抑えてみると、
『使用者の魔力が一定値以下に下がりました。マジックスタイルを解除します』
カッ
「きゃっ!?」 「ふうん、なるほど」
再びの黒い閃光、エルさんの叫ぶ声、ジオのなぜか納得の声がした後で自分の体に目をやると、ライトアーマー、ガントレット、ショートソードの装備に戻っているのが一目でわかった。
「よし、これでテイルが、あの謎の火魔法を使った張本人だとバレる恐れは、ひとまず無くなった」
「え?なんでですか、ジオ様?テイル君の魔法がジュートノルを救ったのは間違いないんですよ。今ジョルクたちのところに出て行けば、テイル君は英雄扱いですよ!」
「うん、君ならそう言うと思ってたよ、エル。時間が惜しいところだけれど、少し説明してあげよう」
そう言って、ジオは右手を上げて、さらに人差し指だけを立てた。
「まず一つ目。テイル君の謎の火魔法は、目撃者がいない」
「え?いるじゃないですか。ここに二人も」
「
「そうですよっ!だから――」
「そこへ、僕があの魔法の使い手ですと、冒険者でも衛兵でもないテイルが出て行くとしよう。何が起こると思う?」
「あ……」
「僕ならこう言うね。『どう見ても魔導士じゃないぞ!!そいつは偽者だ!』」
「じゃあ、アタシが証人になって――」
「極めてお勧めできないね。英雄を騙った偽者に、仲間が一人いたと思われるのがオチだ」
「そ、それなら、ジオ様が証言を――」
「あいにく、今日の僕は、そこまで大っぴらに民衆の元に出て行ける立場じゃあない。悪いけれど、その役回りはパスだ」
「そんな……」
言葉を無くし、項垂れるエルさん。
それを見ながら、ジオは指を二つ目の中指を立てる。
「二つ目。冒険者ギルドを敵に回したくない」
「……」
沈黙を守る俺の代わりに、エルさんがまたジオに噛みつく。
「ギルドが敵に?そんなバカなことあるわけないじゃないですか!」
「なぜだい?」
「だって、これだけの力を持ってるテイル君をギルドが歓迎しないわけが――」
「でも、冒険者じゃない」
「そんな、そんなことで――!」
「そんなことが大事なんだよ。少なくともギルドにとってはね。エル、君もジョルクの仲間なら、ギルドの枠からはみ出した者達の末路の一つや二つ、知らないわけじゃないだろう?」
「っ……」
「今はダメだ。今回のことは、魔導士の誰かが魔法を暴発させた結果、偶然起きた謎の現象ということで決着させ、ギルドには真実の欠片も渡さない」
不承不承ながらも納得はしたんだろう。
それでも、「あなたはそれでいいの」という目でこっちを見てくるエルさん。
だけど、俺は言葉を返さない。
それよりも、なんでジオが
「三つ目。そもそもテイル君が手柄の公表を望んでいない」
「えっ!?」
三本目の指を立てたジオが、予想していた通りのことを言った。
「種明かしをするとね、実は僕も詳細までは知らない」
「ジオ様っ!?」
「だけれど、あの時間が惜しい状況の中で、あのジョルクがわざわざそう言って来たってことは、なにかしらの――たぶんテイルにとって都合の悪い事情があるってことだ。それさえなければ、多少強引なやり方でも、僕の権限で色々と捻じ曲げたり叩き潰したりして公表にこぎつけたんだけれどね」
「それは……!!」
「君だってテイルのことは、噂程度には知ってるんだろう、エル。だから、テイルの功績を無かったことにしようとする僕に反発した。身分違いを承知の上でね」
「……はい」
そうか、エルさんは、知り合ったばかりの俺のことを心配して、あれだけ言ってくれていたのか。
ありがたいとは思う――でも、残念だけど、それは俺の為にならない。
今の俺に必要なのは――
「さて、これでエルの説得は成功した。そうと決まればテイル、君はすぐにでも家に戻るべきだ」
「ああ。そうさせてもらうよ」
「え?私の説得?なんで?」
「当然だろう。僕以外の唯一の目撃者であるエルに、万が一にも、テイルのことをあちこちで吹聴されるわけにはいかないからさ。テイルはそのことを承知で、僕達の話に付き合ってくれていたのさ」
「え、ちょ、……テイル君、本当に?」
どうやら、そこまではわかってなかったらしいエルさんに、呆れ気味にジオが言う。
そして、動揺しながらこっちを見てくるエルさんには申し訳ないけど、事実を言うことしか俺にはできない。
「はい。注目とか手柄とか、今の俺には不要なものですから」
「そ、そんな……」
がくりとその場に崩れ落ちるエルさんをよそに、ジオが言った。
「僕としては不本意だけれど、テイルを取り巻く事情に関する情報が現状不足してる以上、今は甘んじて隠蔽するしかない。さあ、衛兵隊が戻ってこないうちに、早く行くといい。近い内に連絡の者を寄こすよ」
「それも要らない」と言うには、本当に時間が差し迫ってきているので、ジオには頷くだけに留め、鐘楼の中を駆け下ろうとしたところで、一つ思いついた。
「うん、どうかしたのかい?」
「ああ、置き土産だ」
『使用者の魔力の限界を観測しました。ギガンティックシリーズ、マジックスタイルに移行します』
「テイル!?」
ジオが驚く中、さっきよりは素早く変身して黒のワンドを構える。
今度はさっきほど難しくはない。付近の、
『イグニッション』
魔法もいつも通り、ソルジャーアントに着火。その爆発と衝撃波で、合計五つの巣穴を同時に塞いだ。
「テイル、いったい何を……?」
「ちょっとした置き土産さ。じゃあ、今度こそ行くよ」
これまでなら、一々周囲を確認してからでないと動けなかったけど、今は視界に入れなくても、五感強化のお陰で生き物の気配を感じ取れる。
ノールックで鐘楼から出て、人の気配を避けながら、裏路地を進む。
大通りに比べれば勝手知ったる道。ましてや今は、ほぼ全ての住人が建物の中に立て籠もっているから、迂回の一つもすることなくスムーズに進める。
――と、思ったところで、急速に目の前の大通りを進む二つの気配に気づいて、音を立てないように物陰に隠れる。
その直後。
一般人には決して出せない速度で大通りを疾走して近づいてくる、二人の冒険者。
その、真新しい鎧に大剣を背負った男に、小さめの金属鎧に細身の剣を帯びた女。
その美男美女コンビは、まさに俺が良く知る二人――レオンとリーナだった。
二人が遠ざかっていく後ろ姿を見ながら、無意識のうちにあった最後の懸念が心の中で解けていくのを感じる。
――そうか、無事だったんだ。なら、ミルズや他の奴らだって……
冒険者という、一度捨てたもの。
過去は変えられないし、あのダンジョンでそのことを痛感したばかりだ。
それでも、元同期達が無事だったと知れたことが、白のたてがみ亭別館へと帰る俺の足を、少なからず軽くしてくれたと感じていた。
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