第35話 鐘楼より魔力を込めて 下


「い、いやいやいや!テイル君、今何をやったの!?爆発が八つ同時?しかも間髪入れずに二発目?いやいやいや、ないないないよ!」


 しばらく景色を見て唖然としていたけど、ようやく我に返るなり、俺に詰め寄ってくるエルさん。

 ジョルクさんの仲間なので説明したい気持ちは山々なんだけど、今はそうも言っていられない。


「エルさん。ジョルクさんからの伝言を思い出してください」


「それはっ……テイル君に魔法の手ほどきを、する?」


「そうです。こうやって魔法を使ってはいますけど、俺は魔法の基礎を知らないんです。それを知って、ジョルクさんがエルさんに頼んだんです。だから教えてください――」


 変なことを言っている自覚はある。


 あれだけボンボンヒュンヒュンやっておいて、いまさら魔法の基礎も何もないんじゃないかと、ジョルクさんはなんでこんな意味の分からない配慮を?と、最初は俺も思っていた。

 だけど、この間まで普通のノービスだった俺には、決定的に欠けている技術がある。


「この鐘楼から、あのジェネラルアントに魔法を当てる方法を」


「……え?当てる?ここから?」


「はい。魔法防御力の高いナイトアントの守りを突破してジェネラルアントを倒すには、これくらい距離が離れてないと気づかれるので」


 そういう意味じゃ、さっきのウイングアントは危なかった。

 鐘楼に取り付かれていたらイグニッションを使うわけに行かなかったのもあるけど、あのまま逃げ帰られてジェネラルアントに俺達の存在を知らされていたら、その時点で早くも詰んでいたかもしれない。


「無理無理無理!!そんな事できっこないって!!」


「でも、魔導士っていうのは安全な距離から敵を倒すジョブですよね」


「それはそうなんだけどそうじゃなくって!ああもう、なんて言ったらわかってもらえるんだか――あれはね、ちゃんと敵のことが見えているから、魔法で攻撃できるの」


「見えてる?ここからでも、ジェネラルアントの姿は十分見えてると思うんですけど」


「あれじゃ小さすぎよ!魔導士の視力じゃ、ちょっと大きな生き物がいるなってくらいで、ジェネラルアントの姿だと判別できなければ、この距離じゃ魔力も感じられないの!」


 エルさんの怒涛の演説が終わり、今度は俺の番だと口を開こうとしたところを、まだ言い足りなかったらしく、「まだ終わってないわよ!」と、その華奢な右手が遮った。


「あのね、魔法の行使っていうのは、目標のイメージが正確に描けていないと、失敗したり術者の目の前で暴発しちゃったりするの。そりゃあ、敵が気付いてない距離から一歩的に攻撃できれば理想よ。でも現実にそんなことができる魔導士はほんの一握り。だから、戦士に守ってもらいながら少しでも敵に近づいて――」


「エルさん」


「なにっ!?話の途中なんだけど!」


「いや、時間がないのではっきり言いますけど、俺には見えてるんですよね、ジェネラルアントの姿」


「は……?」


「だから、ここからでも視力的には何の問題もないんですよ。五感強化で、もうばっちりと」


「は、はあ!?そんなわけ――」


「まあまあ、エル。ちょっと落ち着きなよ。君の役目はテイルの言葉を否定することじゃないよ」


「あ、は、はい」


 それまでニヤニヤしながら沈黙を守っていたジオが、助け舟を出した。

 それで幾分か落ち着きを取り戻したエルさんが、それでも疑わし気に俺に言った。


「……テイル君の言葉を信じてジェネラルアントの姿が見えてるとして、あいつの魔力は感知できてるの?遠距離からの魔法の成功には、目標の実像と魔力の両方の把握が不可欠なの」


「はい。ちょっと遠いですけど、ちゃんと感知できてると思います」


「そう。なら、条件はあと一つね」


「あと一つ?」


「そう。一番単純で、一番難しい条件。魔力の集中よ」


「エルが言いたいことは要するに、目標目掛けて魔法を使うには、あそこを攻撃する!って確固たるイメージが必要ってことさ。当然、彼我の距離が離れれば離れるほど、魔力の集中は難しくなる。ましてや、テイルの魔法は目標そのものに奇跡を起こす、座標指定型魔法とみた。普通の魔導士が使う、手元で魔法を形成して目標目がけて放つタイプより、数段難度が上がるはずだ」


「ああっ!?アタシのセリフ!!」


 ジオに良いところを取られたと思ったエルさんが詰め寄るけど、すぐ横で始まりそうな二人の掛け合いに、気を取られている場合じゃなさそうだ。


「ちょ、やめたまえエル、いくら非力な魔導士相手でも僕のひ弱さの前には――って、あれはひょっとして、ピンチかな」


「ジオ様!誤魔化そうたってそうは――あっ!!」


 どうやらジョイとエルさんも同じ意見のようだ。


 それもそのはず、さっきまでは十数匹だったはずのナイトアントが、いつの間にかに三倍ほどの数に増えていた。


「あの内、半数はジェネラルアントの護衛に残るとしても――」


「残りのナイトアントが加勢したら、ジョルクたちはもうもたない……!!」


「――ここから仕掛けます」


「テイル君!?」


 さっきまでは、先輩冒険者な上に魔法の先達でもあるエルさんの助言の通り、もう少し近くから魔法を使うことも選択肢に入れていた。

 でも、あの冒険者達の包囲網が破れれば、死ぬのはジョルクさんだけじゃない。

 今頃は避難所にいるだろうターシャさんや、別館に籠っているダンさんの命だって危なくなる。


 ここでもう、やるしかない。


 五感強化最大、視界の中央に捉えたジェネラルアントに魔力感知を集中する。

 狙うはアリ共の将軍と、地獄の入り口である巨大巣穴。

 両方を潰せば、少なくとも当面の危機から脱することはできる。


 そういう「敵を倒す意味」も込めて、さらに集中力を研ぎ澄ませていく。


 だけど――


「……足りてないのね、テイル君」


「どういうことだい、エル?」


「たぶん、魔力量は問題ないはずです。アタシの目の前で、いとも簡単にナイトアントを魔法でやっつけたんですから。でも、魔法の使い手としての経験と技術が圧倒的に足りない。ジェネラルアントの姿を捉えられてはいても、魔法を成功させるイメージまでは掴み切れていない」


「どうにかならないのかい?例えば、エルがテイルの魔法を補助するとか」


「無理です。テイル君の魔法は、アタシたち魔導士のそれとは別のもの。たぶん、エルフとかのように、起源からして違う気がするんです。せめて、テイル君が魔法発動を補助する装備を持っていたら良かったんですけど……」


 そんなエルさんの話を、意識の片隅で理解する。

 だけど、エルさんの言う通り、俺は魔導士用の装備を持っていない。

 一瞬、エルさんが持っていた杖を借りれるかとも思ったけど、魔力が空だからだろうか、今のエルさんが手に何も持っていないことを思い出す。


 やっぱり他に手段は無いと覚悟して、意識の限界まで魔法の行使に全力を注ごうとした、その時だった。


『使用者の魔力の限界を観測しました。ギガンティックシリーズ、マジックスタイルに移行します』


 突然、謎の声が聞こえると同時に、身に着けていたライトアーマーとガントレット、それに右手に持っていたショートソードが黒い閃光を放った。


「これは――!!」 「きゃああっ!?」


 バアアアアアアァァァッ――――――   ヴヴヴヴヴヴウウウゥゥゥン


『マジックスタイル移行完了。対象ジェネラルアント完全補足。最上位四元魔法プロメテウス。発動可能。いつでもどうぞ』


 手に持つのは漆黒のワンド。纏うのは夜の帳のマント。頭を飾るのは昏く輝く星空のとんがりぼうし。


「四方の王の一角、東より昇りて極点を照らせ、『プロメテウス』!!」


 まるで魔導士になり切ったような姿で、胸の内はそれ以上の全能感で、俺は目標に向けて魔法を放った。


 間は数瞬。発現はそれよりも短いたった一瞬。しかし、ジェネラルアントと巨大巣穴を巻き込む形で確かに輝いた、原初の灯火。


 それは巣穴付近のソルジャーアントの体と魂、それに目撃した冒険者達と魔物どもの視力を少しの間だけ奪いつつ、高熱で融解した巣穴以外は何事も無かったかのように消滅した。


 俺を含めたすべての生き物が動くのをやめたかと思った世界で、一番最初に変化をもたらしたのは、


「うん、やってしまったね。色々な意味で」


 変わらないトーンでそう言ってのけた、ジオの一言だった。

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