第34話 鐘楼より魔力を込めて 上
こうして、ジョルクさんと俺の役割がそれぞれ決まった。
早速とばかりにジョルクさんは、待機しているという冒険者たちの即席部隊の元へと駆け出していったわけだが――
「あの……」
「ん、なんだい?ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったね。僕のことは……そうだな、ジオとでも呼んでくれればいい。それから、特別に言葉遣いもそのままで構わないよ。君とは今後、会話する機会が増えそうだしね」
「いや、そうじゃなくて……」
「なんだい、まだ待遇改善を希望する気かい?そういえばジョルクの口ぶりでは、大層面倒な立場に追い込まれているらしいね。まあ、僕の権限が及ぶ範囲のことなら考慮しないでもないよ。ただし、君がそれに値する功績を上げたらの話だけどね」
「違います!」
出会った時からうすうす感じてはいたけど、やはりこのジオと名乗った同世代の男は、やんごとない身分の人物らしい。
いくら本人から許されたからと言って、敬語も使わずに話すのは後々厄介なことになりはしないかと、そこはかとない不安に襲われながらも、今は非常事態だと自分に言い聞かせつつ、ジルに聞いた。
「なんだ、別件かい?それならそうと早く言ってほしいんだけれどね」
「くっ(我慢だ我慢……!!)……今からジェネラルアント対策のために動くんですよね?それなのに、ここで一体何を?こんなところでのんびり会話してる場合じゃないはずでは?」
そう、俺とジオが今いるのは、商業ギルドの玄関前。
つまり、有体に言って、さっきから一歩も動いていなかった。
「まあまあ待ちたまえよ。急がば回れ。将を射んとする者はまず馬を射よ。千里の道も一歩から――これは違ったか。とにかく、急いては事を仕損じるよ、テイル」
……ジョルクさんと話していた時は、結構な切れ者に見えたんだけどな。
もういっそのこと、俺一人で何とかするか?
そんなことを考えて、ジオの評価を急落させようとしたその時、
「お、来た来た」
ジオの声が向かった先を見てみると、見覚えのあるローブ姿の女性が駆け寄ってきていた。
「お待たせしました、ジオ様。って、君はさっきの――確か、テイル君?」
「やあ、エル。そう、そのテイルだ。ジョルクからの伝言はもう受け取っているよね?」
「は、はい。なんとなくは……」
「忙しいところに急に呼び出してすまない。けれど、君が一番の適任だと思ってね」
「いえ、どうせさっきまでの戦闘で魔力は空っぽ、前線では役立たずですし、それはいいんですけど……もしかして、彼の?」
「そう、君にはテイルへ魔法の手ほどきをしてもらいたいのさ」
「え?ジオ、それはどういう――」
「テイル、話は後にしようか。まずは、遠くからでも戦況を観察できる場所まで移動するとしよう」
そのジオの一言と、一も二もなく頷いたエルさんの加勢で俺の疑問は棚上げされ、ジョルクさんが向かったであろう包囲網を、安全な距離から観察することになった。
「うーーーん、エル」
「はいジオ様。なんでしょう?」
「冒険者の戦いには疎い僕でも、あれは冒険者側が劣勢のように見えるけれど」
ここは、ジュートノルの中でも一際目立つ建物の一つ、鐘楼だ。
そこに、俺、ジオ、エルさんの三人が、ソルジャーアントに見つからないようにかがんで様子を窺っている。
一日十二回、街中に時間を知らせるために決まった間隔で鳴らされるはずの鐘だけど、すでに鐘撞男も避難したらしく、今は俺達以外には誰もいない。
白のたてがみ亭本館よりも二階分は高い鐘楼からは、小さいけれど、神殿前で繰り広げられている冒険者達対ソルジャーアントの激闘が一望できた。
できたのだけど――
「うん。思った通り、全然巣穴に近づけていないね」
「一対一なら楽勝なんですけど、数が違い過ぎますね……」
ここからざっと見ただけでも、巣穴から出てくる昆虫型魔物と、それを輪っかの形で包囲、待ち受ける冒険者との、兵数の差は一対十といったところ。
一人の冒険者につき、ソルジャーアントが十匹迫っているという計算になる。
いくらジョブとスキルの恩恵を受けた冒険者でも、圧倒的な数の暴力の前にはジリ貧になるのも頷ける。
「その戦力差を埋めるために、冒険者には治癒術士や魔導士がいるんだけど」
「治癒の方は間に合ってるみたいですよ」
ザコとはいえ、あれだけの数のソルジャーアントが一度に襲ってくれば、冒険者だって怪我をする。
その怪我を、すぐさま治癒魔法の白い光が後ろから飛んできて、傷ができたそばから癒す。
包囲網維持という意味では、戦士と治癒術士の連携は、今のところは上手く行っているように見える。
問題はその先だ。
「贔屓目に見ても、今は包囲網の維持が精一杯。だとすると、突破口は魔導士にかかってるわけなんだけれど――」
「あ、後列の魔導士達が一斉攻撃に入るみたいですよ」
そう言ってエルさんが指差した通り、包囲する冒険者の輪のさらに外側に、いくつもの魔法の光が生まれる。
光が赤の色で統一されていることろを見ると、火の魔法のようだ。
「まあ、威力と貫通力を考えると妥当なんだろう。けどねえ」
意味深なジオの言葉は、すぐに現実になった。
いくつもの火魔法の赤い光がそれぞれに収束したかと思ったら、巣穴に向かっていくつもの火の玉が赤い軌跡を描いて飛んだ。
そして、その中心に火魔法が集中した瞬間、
ッゴオオオオオオオオオ――――――
大きな紅の閃光と共に、無数のソルジャーアントを吹き飛ばした火魔法の熱波と轟音が、この鐘楼まで届いた。
だがしかし――
「冒険者達としてはイチかバチかに賭けたんだろうけど、まあ、威力不足だよね」
「ああ……」
ある意味達観したようなジオと、絶望に嘆くエルさん。
好対照な二人の反応だけど、その意味するところは一致していた。
直撃すれば、巻き込まれたソルジャーアントごと、巨大巣穴を破壊できていただろう火魔法。
しかしそれは、ソルジャーアントと冒険者との戦いには加わらず、巣穴を守るように固まっていた十数匹のナイトアント、その魔法防御に優れた外殻によって阻まれていた。
そして、見計らったかのように守り切られた巨大巣穴の闇から姿を現したのは、ナイトアントよりも二回り以上はありそうな、十ニ本足の巨大アリだった。
「うん。予想通りというか、予定調和というか、やっぱり出てきたね、ジェネラルアント。まさか、冒険者たちの乾坤一擲の火魔法の直後、敵の戦意をくじく登場ができるような頭の持ち主とは思えないけれど。偶然だと思いたいよね」
そのジェネラルアント。
遠目からもわかるほどに、十二本の足の内の前方の六本を交互に振り上げて、何か騒いでいるように見える。
これまで見てきたソルジャーアントやナイトアントとは違って、ずいぶんと豊かな感情の持ち主のようだ。
「ジオ、あれは?」
「ああ、あれは多分、命令してるんだよ」
「命令?」
「うん。ジェネラルアントの生態はまだよくわかっていないんだけれど、どうやら兵士や騎士に命令するのが主な役割らしい。そのため、図体と迫力はすごいんだけど、実は戦闘力はそれほどでもない、なんて言われている」
「そんな他人事みたいに!?ほら、ジョルクたちがピンチですよ!」
そう叫んだエルさんが言う通り、これまで先頭に加わってこなかった十数体のナイトアント、その半分が戦列に加わるためにか、冒険者達に向かって動き出した。
「エル!そんなに叫んだら――ああ、遅かった」
ジョルクさんを心配するエルさんを、なぜかいきなり焦ったように注意して、直後に虚脱したジオ。
その理由はすぐに分かった。
ジオの視線の先、ジェネラルアントが出てきた巨大巣穴から、さらに複数の何かが飛び出した。
最初はソルジャーアントがジャンプしながら出てきたのかと思ったけど、そいつらは地面に降りることなくさらに高く上がって、そのまま――
「近づいてくる!?」
「ウイングアント――ソルジャーアントに羽をつけたような個体さ。役割は斥候と敵の後衛潰し。強さ自体はソルジャーアントとほとんど変わりないけれど、飛行という奇襲手段を持っている厄介な奴だ。特に、戦闘力に乏しい僕や、魔力の枯渇した今のエルみたいな存在にとってはまさに天敵だね」
「いやあああ!!まだ死にたくなああああああい!!」
ジオの諦観の嘆きを掻き消すように、エルさんの叫びが辺りに響き渡る。
二人は死を覚悟しているんだろう。
――確かに、ソルジャーアントが飛んでくるなんて発想は、俺にもなかった。
ましてや、ここは地上と隔絶した鐘楼。
今から急いで降りたとしても、ウイングアントの速度と六本の足を使った機動力で、こっちが地上に辿り着く前に追い付かれるのは確実。
なら、ここは撃墜一択だ。
『イグニッション』
巣穴から飛び出したウイングアントのうち、こっちに来ているのは全部で八匹。
これがナイトアント並みの強固な外殻だったら手こずったかもしれないけど、相手はこっちにまっすぐ飛んできているだけの、ただの的だ。
ツノウサギと比べたら、こんなに楽な狙撃はない。
ドドドドドドドドッ!!
「おおっ」 「うえっ!?」
重なり合って響いた爆発音は都合八つ。
着火魔法が命中した八匹の、翅を含めたアリの体が分解されながら地上に落下していく様は、あまり気分の良いものじゃないけど、自分達の命には代えられない。
「おっと」
パチン
ボンッ!!
ぶっつけ本番の八か所同時着火は、やっぱり照準が甘くなっていたようだ。
生き残った一匹を再びのイグニッションで撃ち落とし、感心したような顔のジオと、唖然とするエルさんの顔を順番に見ながら、俺は言った。
「さあ、ジェネラルアントを倒すとしましょう」
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