第33話 商業ギルドと謎の男と害虫駆除と
商業ギルドが、冒険者学校と同じ街の中心部にあることは知っていたけど、この辺りには一度も寄り道したことはなかった。
ゴードンとの契約に縛られている俺には無縁の場所だったし、興味もなかったからだ。
道すがらそのことを言うと、渋い顔をしたジョルクさんが、
「……そのことに出会った頃すぐに俺が気付いて、早くに教えておいてやれば、もう少し違った道もあったかもしれんな」
と、後悔した様子で言っていた。
ちょっと小難しい言い回しをしていたのでよく理解できなかったけど、どうやら俺に対して言ったらしいと気づく頃には、残念ながら時間切れになっていた。
商業ギルドに到着したからだ。
本来の住民がほぼ全て避難しているせいだろうか。
ジュートノルの経済の中心の一つである商業ギルドにしては、出入りする人の数が少ない気がした。
だけど、それ以上に気になったのは、出入りする人たちの表情が不安や恐れの色ばかりだったことだ。
「とにかく入るぞ」
どうやら俺と同じ感想を持ったらしいジョルクさんに促されて、ギルドの建物の中に入る。
すると、忙しく歩き回る職員たちの一人がこっちに気づいたらしく、近寄ってきた。
「ジョルクさんでしたか。待っていましたよ」
「すまんなロナルド、遅れたようだ。それで、俺は何をすればいい?」
「その件に関しては、奥で聞いてください。ギルド長の執務室でお待ちです」
「ギルド長の?誰が待っているんだ?まさか、あの腰抜けじゃないだろうな?」
「すみません。私もそれだけしか聞いてなくて……今のは聞かなかったことにしますね」
よほど忙しいんだろう、苦笑いを浮かべた職員の人は、会話もそこそこにジョルクさんに会釈をして去って行った。
「……」
なんだ?珍しくジョルクさんが悩んでる?
そう思ったのもつかの間。
何か意を決したかのように一人頷いたジョルクさんは、そのままずんずんと奥へと進み始めた。
慌てて追いかけるけど、いくら大きいと言っても所詮は建物、奥にあった一つのドアの前で、ジョルクさんに追い付いた。
ガチャ
「ちょ、ジョルクさん!?」
職員の人の口ぶりでは、ジョルクさんを待っている相手は、相当偉い人のはずだ。
それなのに、ノックも声掛けもせずに傍若無人に中に入っていくジョルクさんには、さすがに慌てずにはいられなかった。
「……やはりお前だったか」
「やあジョルク、久しぶりだね」
ギルド長の椅子に座っていたのは、俺とそう年が違わない、身なりの整った若い男だった。
ギルド長?――とも思ったけど、違う。
風の噂で、今の商業ギルドの長が相当齢を召した老人だってことくらいは、俺の耳にも入って来ている。
仮に、新しいギルド長に交代したばかりだとしても、年功序列が基本のギルドで、こんな若い男が就くなんてことはありえない。
「最後に会ってから何年経ったかな――おや、珍しく若者を連れてるじゃないか。未熟者は嫌いじゃなかったかい?」
「違うな。自分が未熟だと認識していない愚か者が嫌いなだけだ。こいつは確かに未熟だが、他の奴には無い力と素質を持っている」
「へえぇ、ジョルクがそこまで言うなんてね。まあ、この前途有望な若者の話はこのくらいにしよう。今は目の前の危機だ」
やけに大人びた口調でそう言った男が立ち上がり、応接用のテーブルに広げられていたジュートノル内部の地図を指差した。
「ソルジャーアントが初めて目撃されたのが、街の中央部だってことくらいは耳に入ってるかな?」
「ああ。その他にも、複数の巣穴ができていることは確認している」
「それも把握してるよ。まあ、どれも強個体が出てくるには小さすぎるようだし、ナイトアントの出現もちらほら報告されてるけれど、そっちは衛兵隊に任せてある。問題は、ここ」
そう言った男が、地図の中央辺りを指先で二度叩いた。
「神殿正門前にできた最初の巣穴だ。穴の直径は控えめに言っても他の倍以上。そこから大量のソルジャーアントは元より、十数体のナイトアントまで出現している」
「む……」
淡々と話す男とは対照的に、ジョルクさんの顔がこれまで以上に強張る。
ジョルクさんのパーティでも太刀打ちできなかったナイトアント。
それが十数体と聞いただけで、絶望的な気持ちになる。
「不幸中の幸いというか、同じナイトアントでも個体によって強さがまちまちでね。上級冒険者が相手をして精一杯なレベルは精々二、三匹程度。今は神殿を中心に冒険者ギルドで包囲網を敷いて、何とか持ちこたえているよ」
「しかし、それはあくまで『現状は』だろう?」
「その通り。今後の展開の予測で、ギルド、上級冒険者、衛兵隊の三者が、とある一致した意見――結末を具申してきている」
――ジェネラルアント。
「十数体のナイトアントに、数えきれないほどのソルジャーアント。これらが一致団結してジュートノルを襲ってきている以上、更なる上位個体が指揮していると見て、間違いないそうだ」
「確か、ジェネラルアントの固有能力は――」
「配下の個体へのバフ。わかりやすく言うと、ソルジャーアントとナイトアントが今以上に強くなっちゃうってことだね。もし本当にジェネラルアントが出張ってくるようなことになれば、僕も含めてジュートノルは
男はやけにあっけらかんと言ってのけた。
だけど、事はジュートノルがソルジャーアントに支配されるとか、そんな生易しいものじゃない。
人族をエサとしか見ていない大量の魔物と、どこまでやられれば奴らの胃袋を満たせるかもわからないジュートノルの人口。
――もしかしたら、どれだけ「犠牲者」が出るか、じゃなくて、どれだけ「生存者」が出るか、かもしれない。
「……それで、俺に何をしろと?」
少しの間、ギルド長の執務室を沈黙が支配した後、ジョルクさんが口を開いた。
「時間稼ぎさ、ジョルク。君には、近くで待機させている冒険者の一部隊を率いて、包囲網の一角を守ってもらいたい。いや、包囲網ではなくて、防衛網と言った方がいいかな?」
「そんなのはどっちでもいい。――任務は受けるが、俺達に時間稼ぎをさせてどうする気だ?」
「もちろん、住民の街の外への脱出の手配と、万が一ジェネラルアントが出てきた時のための対抗策を練るのさ。現場を知る者として、何かいい案はないかい、ジョルク?」
「……戦士では、おそらく無理だ」
「だろうね。正直、ジュートノル中の冒険者をかき集めた現有戦力で巣穴を塞げていない以上、ジェネラルアントが出てきた後でソルジャーアントやナイトアントを蹴散らして、敵本陣まで到達できるとは到底思えない。やるなら遠距離から、しかも一撃必殺が望ましい」
「だが、弓兵の威力では仕損じる危険性が高いぞ」
「うん、同意見だ。となると、あとは魔導士による魔法しか手段がないのだけれど……」
「どうかしたのか?」
嫌な予感がしたんだろう、先を促したジョルクさんに、男はこれまで通りの明るさで答えた。
「残念なことに、ソルジャーアントの知覚範囲外から攻撃できる腕を持つ魔導士が、まだ見つかっていないのさ。そういえばジョルク、君のパーティにも魔導士がいたと思うけど――」
「こいつはともかく、あいつはそういうことに向いていない。そもそも今のエルには、そこまでの遠距離攻撃ができるほどの魔力は残っていない」
「……そうか。これで、最後の望みも断たれたか。となると、博打を承知で街一番の弓兵に命運を託すしか――今なんて言った?」
そう言った男が少しの間虚脱する素振りを見せた後、その首がぐるりと回った。
――俺の方に。
「ジョルク、
なぜか俺のことを言い当ててきた男に、ジョルクさんが頷く。
「そこまで考えて連れてきたわけじゃないが、何かの役には立つだろうと思ってな」
そこで言葉を切ったジョルクさんは、男と同じように俺に視線を送ってきた。
「それでどうだ、テイル。お前の魔法による、ソルジャーアントの知覚外からの一撃必殺。できそうか?」
「……弓兵の狙撃よりも、俺の方が、そのジェネラルアントって奴を倒せると、ジョルクさんは思っているんですか?」
「実は、ジェネラルアントの外殻は、魔法耐性のあるナイトアントよりも脆い。お前の魔法が直撃さえすれば、倒せるのはまず間違いない」
……話を聞く限り、あまり考える時間はなさそうだ。
『私達を守るためにテイル君が戦ってくれてるのは分かってるから、ここに残ってなんてことは言えない。だけど、一つだけ約束して。絶対に死なないで。生きて帰って来て』
――別れ際に言われた、ターシャさんの言葉が蘇る。
どうやら約束を守るためには、どうしてもやらなくちゃならないことができたみたいだ。
それでも、決断のために一つ、確認しておきたいことがある。
「ジョルクさん」
「なんだ」
「仮に、俺の能力で親しい人達だけを連れてジュートノルから逃げた場合、成功率ってどれくらいあると思いますか」
「えっ……!?」
「……確かなことは言えんが、それなりに高いだろうな」
「ジョルク!?」
俺とジョルクさんの、悪い意味で気兼ねの無い会話に、間に立たされた男が目を白黒させているけど、構っている暇はないので続ける。
「じゃあ、俺が一目散に逃げると言ったら、ジョルクさんは俺を止めますか?」
「話にならんな。戦う気のない者を無理やり戦場に立たせても、戦力どころか包囲網の穴にしかならん」
「さっきはそれなりに俺のことを買っていたのに、ですか?」
「だからこそだ。いざという時に自暴自棄にでもなられて暴走されたら目も当てられん。逃げたければ逃げろ。だがな――」
「グエッ!?」
そこまで言ったジョルクさんが、おもむろに男の背後に回ると、なんとその首を後ろから無造作に掴んで持ち上げた。
「後々のことを考えるなら、この男に恩を売っておいた方がいいぞ。お前も薄々気づいてるだろうが、こいつは非常時とはいえ商業ギルドを乗っ取った上に、冒険者を顎で使えるほどの権力の持ち主だ。腐った女のような嫌な性格をしているが『無駄に傷つけないでくれるかな!?』そこそこ使える男だぞ。お前のようにな」
そう言ったジョルクさんが男を放し「ギャッ!?」、俺をまっすぐに見る。
――後は自分で判断しろ。ただし迅速にな。
いつものように、そうジョルクさんに言われているようだ。
俺は考える。ただし、ジョルクさんの教えを守った上で。
「やります。でも、あまり期待はしないでくださいね」
「決まりだ。お前もいいな?」
「あいたたた、……やれやれ。僕の頭を飛び越して重大事を決断するなんて、やってくれるね。でもまあ、いいだろう。ジョルクの推薦なら、そう分の悪い賭けでもなさそうだ」
そう言った男は、すでに作戦は始まったと言わんばかりに宣言した。
「さあ、害虫駆除の開始だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます