第31話 争乱の中での再会


「テイル開けるな!」


 ようやく追いついてきたらしいジョルクさんの声を聞いた時には、もう遅かった。


 中の様子が分からない扉を開けるな。

 あのマッチョ教官の授業、冒険者の鉄則の一つを思い出すと同時に、既に開きかけていた白のたてがみ亭の本館表玄関の扉の隙間から、ソルジャーアントの顔が覗いていた。


「くっ」


 ガントレットを嵌めている左手は扉のハンドルを掴んでいて使えない。

 ならばと腰のショートソードを引き抜くが、決して取り回しの良いサイズと形状とは呼べない刀身を見て直感する。


(ダメだ、間に合わない……!!)


 それでも少しでも早く、と念じつつ引き回そうとした瞬間、突然手首から先が軽くなった。


 ヒュカッ   ゴトン


「……なっ」


 ジョルクさんの間の抜けたような声が聞こえた時には、ソルジャーアントの首が胴から切り離され落下し、俺はあまりの手ごたえの無さに斬り揉みするように転倒していた。


「大丈夫か、テイル」


「あ、はい。なんともないです」


「まったく、無鉄砲は若さの特権だが、死に急ぐために使うのはよせ」


 そう言いながら、俺の手を引っ張って起こしてくれたジョルクさん。

 だが、俺に向かって説教をしつつも、関心は別のところにあったようだ。


「ところでテイル、お前が持っていた剣だが、そんな形状だったか?」


 そう言われて、今さっきソルジャーアントを倒したばかりのショートソードを見る。


 ――いや、ショートソードじゃなかった。俺がいつの間にかに握っていたのは、細身の刀身が特徴の片刃のサーベルだった。


 ……あれ?


「ジョルクさん」


「なんだ?」


「これ、俺の剣ですかね」


「知らん、と言いたいところだが、お前が腰からその剣を抜くところを、俺はこの目で見ている。間違いない、お前の剣だ。だから聞いている。そんな形状だったか?」


「さあ?」


「……まあいい。今は後回しだ。武器として不足が無いというのならどうでもいい」


「はい」


 ジョルクさんにはそう答えた俺だったが、一つ思い当たる記憶があった。


『ギガンティックシリーズ』


 ただ、あのことについて説明するのはとても面倒な上に長くなりそうだし、そもそも現実に起きたことなのか、今になってすら自信がない。

 そんなことに時間を使ってはいられない。


「ジョルク、行くのか」


「ああ。幸いなことに、ちょうどいい案内役兼戦力がいるからな。それに、命を助けられた借りは、命を助けることで返すべきだ。そうだろ、ケーネス」


「……わかった。だが、狭い建物内での戦闘じゃ、俺達後衛は足手まといだ。そこの平民を送りがてら、俺とエルは一旦避難所に向かうことにする」


「わかった。後で落ち合おう」


「は、はあ?あの雑用係が戦力?あんた達なに言って――」


「はいはい、アンタは黙って私達について来ればいいの」


 そんな感じで、俺がサーベルへと変化した黒の剣に気を取られている間に、ごちゃごちゃと喚きだしたダンさんの弟子を引きずるように、ジョルクさんの仲間の二人は大通りを歩いて去って行った。


「よし、じゃあ行くとするか」


「はい」


 ジョルクさんという頼もしい味方を得たところで、俺は再び表玄関の扉に手をかけた。






 中に入った瞬間、悪夢の中に迷い込んだ気分になった。


 金持ち相手の高級宿に相応しい瀟洒な玄関ホールで、計八つの複眼が一斉に俺を見たからだ。


 四匹のソルジャーアントから視界を切らないように、ジョルクさんの方を見る。


「……まずはこいつらを片づけてからだ」


 ジョルクさんの言葉に頷いて、別々の目標へと向かう。


 ジョルクさんの方から聞こえる無慈悲な攻撃の気配を感じながら、屋内での使い勝手が良くなった自分の得物を振るう。


 ――広い玄関ホールのお陰もあって、四匹の駆除にそれほど時間はかからなかった。

 気分が晴れることは微塵もなかったけど。


「ジョルクさん」


「最悪の状況だ。屋内というところが、さっきよりもなお悪い」


 


 玄関ホールの奥を睨みながらのジョルクさんは、この白のたてがみ亭の本館にソルジャーアントの巣穴があると暗に言っていた。


「っ――!!」


「待てテイル!!巣穴を何とかする方が先だ!!」


 お世辞にも冒険者に見えない細さの俺の右の二の腕が、岩をも軽く砕きそうなジョルクさんの左手にがっしりと掴まれ――


「すみません、ジョルクさん」


 その拘束から上手に逃れる技を知らない俺は、力任せに右腕を振り回してジョルクさんを床に叩きつけた。


「ガハッ……!?」


「先に行きます」


「ま、待て!無茶をするな!!」


 状況的に仕方がなかった魔法はともかく、腕力だけでジョルクさんを強引に振り切り、玄関ホールの奥にある階段へと急ぐ。


「大丈夫ですジョルクさん、体中が熱くなってますけど、頭だけはずっと冷えてますから」


 そんな言葉を残す間も惜しんで、強化した五感を頼りにひたすら上を目指す。


 キチキチ


 階段に陣取っていた一匹目の頭をサーベルで真っ二つにし、


 ギチィ!!


 二階の廊下で宿泊客の体を貪っていた二匹目をウインドショットで斬り砕き、


 ズザザザザザ


 三階の客室で従業員だったモノを引きずる三匹目と四匹目をイグニッションで爆殺し、


 キチキチキチキチキチキチキチキチ


 そして辿り着いた四階。


 ここは三階までとは違い、高級客専用のスイートルームと共に、主であるゴードンの執務室や応接室が並ぶフロアになっている。

 普通は少しでも利益を上げるために、主と言えど一階に部屋を設けるべきなんだろうけど、そこは何かと強権的なゴードンらしいと言える。

 しかしそんな見栄も、執務室の前の通路に群がるソルジャーアントの群れの前には、何の力も持っていなかった。


 ――、――――!!


 ……争いの音!!


「どけえっ!!」


 もう、魔法もへったくれもなかった。


 気が付いた時には、俺の体は扉が半ばまで破壊された執務室の前にあり、背後に生物の気配はもうなかった。


 そして目の前にはーー


「ヒイイィッ!!」


「この、この……来るなあ!!アンタたちみたいなわけもわからない魔物にこんなところでやられるわけになんかっ――テイル、君……?」


 この執務室の備品なんだろう、豪華な飾りの銀製の燭台を振り回しながらゴードンを庇い、言葉の通じないソルジャーアント相手に威勢のいい啖呵を切る、目の覚めるような美女。


 一年ぶりに見たターシャさんは、かつての面影を残しながらもどこかの令嬢のように綺麗になっていた。

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