第30話 わずかな間も
「あの、ジョルクさん」
「なんだテイル」
「本当にやるんですか?」
「何を今さら。さっさとやれ」
「いやでも、またさっきみたいに加減を間違えるかもしれませんし……」
「大丈夫だ。この辺りの住人の避難は済んでいるから、仮に被害が出てギルドから処罰されたとしても、建物の賠償だけで済む」
「……ジョルクさん。俺が借金背負ってるの知ってて言ってます?」
あれから。
予想外の形でナイトアントという強敵を倒し、肉体的にも精神的にも疲れていたのでちょっとだけでも休憩したい気分だったんだけど、俺以上に疲労困憊のはずのジョルクさんと二人の仲間にあの場から無理やり移動させられた。
恰好の休憩場所でも知っているのかなと思って言われるがままについて行ったら、移動先の建物の物陰から見せられたのは、四体ほどのソルジャーアントと、奴らが出てきたと思える石畳にぽっかりと空いた巣穴だった。
そしていきなり「テイル、あの巣穴をアリ共ごと爆破しろ」とジョルクさんに言われて戸惑う俺。
さすがに行き当たりばったり過ぎるとささやかな抗議をしたけど、ジョルクさんは聞く耳持たず。
今ここ、である。
――しかしなんだろう、急にジョルクさんの人使いが荒くなったような。
これまでの、強面だけど親切な熟練冒険者のジョルクさんのイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていってる気がする。
「早くしろ。今こうしている間にも、あの巣穴からソルジャーアントの大軍が登ってきているのかもしれんのだぞ」
「は、はいっ」
俺よりもはるかに戦闘経験のあるジョルクさんにここまで言われたら、やらないわけにはいかない。
「理想は、奴らを一網打尽にできて、かつ巣穴を完全にふさげる威力だ。だが、強すぎてもまずい。できれば周囲の建物に被害を出すな。なにより、威力がデカすぎてソルジャーアントの出入り口が増えるようなことになったら最悪だ」
あまりに無茶苦茶なことを言って来たので思わずジョルクさんを睨んでしまったけど、この強面で倍返しレベルの眼光で睨み返されてしまった。
――もうどうなっても知らん!!
「『イグニッション』!!」
ボガアアアン!!
指鳴らしを起点とした特大の着火魔法は、狙いを
「ジョルク、どうだ?」
「ああ。これならしばらく時間が稼げそうだ」
「欲を言えば、土系の魔法で均しておきたいところだけれど、無いものねだりよね」
破れかぶれな心境で適当に放った着火魔法だったが、物陰から出て巣穴の辺りを確かめているジョルクさん達の様子を見る限りじゃ、とりあえず満足できる結果だったらしい。
だけど、魔導士の人が言った一言は気になる。
『クレイワーク』
「ちょっと君!まだまだ戦いは終わってなんかいないんだから、そんな魔法の無駄打ちは――って、何この地面!?カッチカチになってるんだけれど!?こんなのソルジャーアントどころか鉄のハンマーでだって砕けるかどうか……」
「行きましょうジョルクさん。時間が惜しいんですよね?」
「あ、ああ。行くぞ、ケーネス、エル」
「わ、わかった」
「ちょっとジョルク!ケーネスも!なんで無視して行っちゃうの!こんな一瞬で、これだけの硬度をただの土に持たせるなんてどれだけの魔力が必要なことか――って聞いてるの!?置いていくんじゃないわよ!!」
時は金なり、という言葉がある。
要は、時間はとても大事なもので無駄に過ごしてはいけない、という意味だ。
特に、危険な領域へと踏み込むことが多い冒険者には、身にしみて分かる言葉らしいんだけど。
この日、俺にとっても、深く胸に刻まれた言葉になった。
その一筋の白い煙を見た時、全身が真っ赤に燃えたのかと思った。
――あの方向、あの距離、間違いない。
そう確信した時、俺の体は勝手に駆け出していた。
「ま、待ちたまえ君!!」
「あそこは……ケーネス、悪いが先に行く!エルを頼んだぞ!」
「ジョルク!?」
背後からそんなやり取りが聞こえた後、ジョルクさんが追走してきている気配が分かった。
その気持ちはとても有り難かったけど、
悪いけど、ジョルクさんに
「待てテイル!――馬鹿なっ!」
ジョルクさんの制止の声を無視して、地面を踏みこむ力を上げる。
あの神殿から転移してきて、ようやく慣れてきた今の体。当然、全力疾走できるほど習熟したとはお世辞にも言えない。
だけど、黒へと色を変えたあの煙が、早く行けと俺を急き立てる。
ターシャさんがいるかもしれない、白のたてがみ亭本館へと。
俺の焦りが単なる取り越し苦労なら良かったんだけど、状況はどう見ても悪い予感の方が当たっていた。
「た、助けてええっ!」
キチキチキチキチ
本館が見える表通りに到達した俺が見たのは、本館の表玄関から出てきた人影と、それを追って飛び出した一匹のソルジャーアント。
「伏せろ!!」
人影の方がこっちを見たと思った瞬間、ソルジャーアントには分かりっこない合図を出す。
その人が転がるように体を倒すのを確かめた刹那――あらかじめ手にしておいた魔石をソルジャーアント目掛けて投げつけた。
『イグニスショット』
ウインドショットでは風の刃が、あの人を傷つけるかもしれない。そうとっさに判断して、威力をこの目で何度か確かめた着火の魔法を魔石に込めた。
その結果は――
ボオウウウン!!
ギチィ!?
俺の予想通り、爆炎の魔石は、魔力を込めた通りの威力で、その槍のような前足で襲い掛かろうとしていたソルジャーアントだけを焼き砕き、その外殻と共にバラバラになって落下した。
「大丈夫ですか!」
「あ、ああ、ありが――お前は、テイル!?」
起き上がろうとした人影に手を差し伸べると、俺の顔をを見てその人が叫んだ。
当然、名前を呼ばれる前に、見覚えのある顔だと気づいた。
料理人のダンさんの弟子の片割れだ。
「単刀直入に聞きます。中に何人の人が?敵は?」
その先も言葉を続けようとしたダンさんの弟子を遮って、聞きたいことだけを言う。
それで今の状況を思い出したのか、ダンさんの弟子は絶え絶えに言葉を発した。
「だ、旦那様や、本館の人間は、ほとんどいる。そ、そこに、いきなり一階の厨房の床に、あ、穴が」
「そこからソルジャーアントが?」
コクコクと頷くダンさんの弟子を見て立ち上がる。
新たな巣穴ができてどれくらい経ったのかは、今は重要じゃない。
大事なのは、まだ生存者がいるかもしれない、それだけだ。
「おい!置いてくつもりか!?」
俺が本館に入ろうとしているのが伝わったのか、ダンさんの弟子はがっしりと俺の右腕を掴んできた。
これまでなら、ノービスの恩恵を含めても、大の男の掴む手を振り切るのはひと手間かかっていた。
だけど今は――
「放してください。わずかな間も惜しいんです」
「お、お前は……」
硬く掴まれていた指を左手だけで一気に引き剥がして、本館の大扉に手をかける。
一方、置き去りにしたダンさんの弟子は、呆然としたまま、それ以上邪魔をしてくることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます