第29話 着火


 ジョルクさんと三人の仲間の人達を見つけた場所は、ジュートノルの大通りの一区画。

 普段は、多くの店が立ち並んで活気に溢れているんだけど、今は住人の影もなく、何台かの馬車が横倒しに倒れているだけだ。

 逃げ遅れたと思える、人や馬の死体は……今はいいだろう。

 そんなことに気を取られている場合じゃないし、死体と言うのならはるかに目立つほどの数のソルジャーアントが、そこら中に倒れている。


 驚くべきは、その状態だ。


 ここから分かるソルジャーアントの死骸だけだけど、どれもが致命傷以外の傷が見えない。

 つまり、あの死骸を量産した張本人らしい、ジョルクさん達の手際の良さを証明しているということになる。

 前々からそうじゃないかとは思っていたけど、やっぱりジョルクさんは凄腕の冒険者だった。

 おおっぴらに言えるような出会い方じゃなかったけど、それでもジョルクさんと知り合えたのは、俺にとって数少ない良縁だったと、改めて思う。


 そんな余韻に浸っていられない状況、その元凶が、ジョルクさん達が対峙する魔物だ。


『ナイトアント』


 俺が知っている情報はほんのわずか。

 それも、冒険者学校の講習でソルジャーアントのことが出てきた時のたった一度――『上位種』という言葉だけだった。

 冒険者学校で教わるのは、数多ある魔物種の中でも実力下位の部類だけ。

 要は、まだ冒険者にすらなっていないひよっこ共には下位種の知識だけで十分だという、教官達とギルドからの言外のメッセージということなんだろう。

 当然、上位種への対応は決まり切っている。


 逃げろ。


 途中退学した俺ですら知っている、勝てない敵を相手にした冒険者の鉄則中の鉄則だ。






 サイズは、ソルジャーアントより一回り大きいくらい。

 ただ、兵士の頃より長くなった足のせいで、人族の大人くらいの大きさに見える。

 そう、その六本の足こそが、ソルジャーアントとの最大の違いだ。


 まず太い。

 ちょっと頼りなさげな細さのソルジャーアントの足に対して、ナイトアントの足はまるでスピアのような鋭さと頑丈さを想像させる。


「らあああっ!!」


 ガギイイィン


 今まさに、想像から確信に変わったわけだけど。

 鋼の剣相手に傷一つついていない様子から、昆虫の弱点である関節部分を狙ったとして切断できるかどうか、イチかバチかの賭けになりそうだ。


 しかし、それ以上に恐ろしいのは――


「待てビリー!!一人で行くな!!」


「オオオオオ!!」


『騎士』と呼ばれる理由なんだろう、ナイトアントの前足は、まるで二本の剣に似せたかのように、凶悪な形状をしていた。


 キチキチキチ


 キン キィン キキン   ギイン!!  ザシュッ  


 ジョルクさんの仲間が剣を振りかざして襲い掛かるけど、双剣のアリの騎士の硬い鎧と手数の多さに圧倒され、二本の前足の猛攻をさばき切れなくなったところで、無慈悲な袈裟斬りに斃れた。


「ガハッ!?なっ、この、クソ虫野郎が……!!」


 ビリーと呼ばれたジョルクさんの仲間は、一瞬だけ信じられないという顔をした後、せめてもの反撃とばかりに、言葉が通じるわけもない魔物に向かって悪態をついた。

 それが最期だった。


「ビリー!!」


 断末魔の叫びも上げられずに倒れ伏す仲間を見たジョルクさんだが、その遺体に近づいて抱き上げることはできない。

 エサを手に入れたはずのナイトアントが遺体に目もくれずに、双剣を構えながらこっちに向かってきているからだ。


「ヒィッ!!」


「もう無理だジョルク!撤退しよう!」


「バカを言うな!この先の巣穴を何とかしないと、ギリギリ維持できている防衛線が崩壊するぞ!」


「だとしてもだ!ナイトアントの出現なんて想定外だ!ビリーがやられた以上、このままじゃ全滅するのがオチだぞ!」


「退けん!」


 声が出ないほど怯えている女性の魔導士を除いた、ジョルクさんと仲間の治癒術士男の押し問答が続く。

 それを見ている(?)はずのナイトアントはなぜか立ち止まり、特にリアクションを取らないまま二人の口論を眺めている。

 昆虫型魔物の思考は読めないにしても、ジョルクさんの言い分が無謀なことは俺にもわかる。


 ジョルクさんの仲間の戦いの様子から見て、基本的に一つの武器しか持たない冒険者が、実質二刀流のナイトアントを相手にするのは無理がある。

 人族が培ってきた武器の性能と技で押し切れれば良かったんだけど、その辺を過信したジョルクさんの仲間はあっさりとやられてしまった。

 もし、後衛の援護が間に合わずに、ただ一人の前衛となったジョルクさんがやられれば、パーティの全滅は間違いない。


「君、何をしているんだ!見たところ駆け出しの冒険者のようだが、こんなところに居られても邪魔なだけだ!早く逃げなさい!」


 多分、熟練冒険者としての意地が言わせたんだろう、ジョルクさんに言ったのとは真逆ともいえる言葉を、治癒術士の冒険者は俺に浴びせてきた。


 その心遣いは普通に嬉しかった。

 だけど、生きていてほしい人達の中にジョルクさんも含まれている以上は、黙って見過ごすことはできない。


「おい、君!」


「テイル、お前……」


 治癒術士の人の忠告を無視する形でナイトアントの前に出た俺に、ジョルクさんが見たこともないような厳しい目を向けてきた。

 だけど、生憎俺にも引けない理由がある。


「邪魔かもしれませんけど、手伝います。今ここを抜かれたら、俺の大事な人にも危険が及ぶかもしれないので」


「……わかった。だが、決して俺より前には出るな。俺が支えきれなくなった時に、お前の得意な『方法』で注意を逸らしてくれれば、それでいい」


「わかりました」


「ジョルク!気は確かか!?」


「大丈夫だ、ケーネス。こいつのことは、そこらの能無しとは一味違うと、俺が保証する」


 そう、背後の仲間に声をかけ、短槍を構え直したジョルクさんの雰囲気が変わる。

 追い詰められて余裕を無くした表情から、覚悟を決めた戦士のそれへ。


「行くぞ」


「はい」


 短くそう言ったジョルクさんが、俺の返事を聞いたか聞かないかという間で飛び出した。


「はあぁ――!!」


 繰り出されたのは、横殴りの鋼鉄の雨。

 ナイトアントに迎撃の狙いを絞らせない巧みな突きの連続は、ジョルクさんの斜め後ろに位置する俺を魅了した。


 だがそれでも、


「っ――!!」


 強固なナイトアントの外殻には傷一つつかない。

 それならばと、外殻よりも弱い間接へと狙いを変えたジョルクさん。

 しかし、自分の弱点を理解しているのか、ナイトアントはここぞというジョルクさんの攻撃を二本の前足と外殻で全て防御して見せる。


 だけど、ジョルクさんの本命の攻撃は別にあった。


「お、お待たせ!ちゃんと避けてよ!『ファイアランス』!!」


「ジョルク下がれ!治癒魔法をかける!『ヒール』!!」


 詠唱を終えた魔導士の火の魔法と、指示に従って後退した治癒術士の治癒魔法がほぼ同時に飛んだ。


 ゴゥオオオオオオ   カッ


 パアアアアアア


「はあ、はあ、はあ……」


 全身で息をしながら、ナイトアントによって体中につけられた傷を癒すジョルクさん。

 はっきり言って、手を出す隙なんて全く無かった。 

 手伝いを頼むとは言いつつも、やっぱり冒険者でもない俺を巻き込むつもりはなかったんだろう。

 そして、そのジョルクさんの視線の先には、火の魔法を受けて燃え上がるナイトアントの姿――



 いや違う。炎上しているはずのナイトアントの体の、火が消えていく……!?


「……くそっ、ナイトアントの外殻が魔法防御に優れるという噂は本当だったか。エル、あと何発撃てる」


「あんな威力なんて、もう一発も撃てないに決まってるでしょ!そもそもこれまでの戦闘で、魔力なんて使い切ってたんだから!」


「わかった。ケーネス、エルを連れて逃げろ。時間は俺が稼ぐ」


「馬鹿なことを言うなジョルク!お前もいっしょに逃げるんだ!」


「それを許してくれるほど、奴は甘くないぞ。見ろ、こっちが弱っていくのを見て、喜んでいやがる」


 キチキチキチ


 本当にジョルクさんが言った通りなのか、完全に火が消えたナイトアントが、耳障りな音を立てながらこっちに迫ってくる。


「行け!行ってギルドに危機を知らせろ!」


 そう言って短槍を構えるジョルクさんだが、すでに力を使い果たしたらしく、さっきまでの気迫は見る影もない。

 しかも、獲物を刈り取るつもりになったらしいナイトアントの動きはさっきよりも俊敏で、『投石』を使う余裕も無く、ジョルクさんとの距離的にも間に合わない。


 そんな俺が採れる数少ない手段。その中でとっさに使ったのは――


「『イグニッション』!!」


 一定距離内の空間に「着火」する魔法。

 近くに燃えるものがなければちょっとした火花くらいの威力しかない、お世辞にも戦闘向きとは言えない初級魔法。

 それでも、ナイトアントの速度を少しでも緩められて、ジョルクさんを助ける隙が生まれれば。

 そんな気休め程度で放った魔法だった。


 バチッ


 キチ?


 ッガアアアアアアアアアン!!


 なりふり構わずに指を鳴らすことで放った小さな火花。

 それが、まるで導火線を辿るようにナイトアントの元へと直進、さっきの火の魔法を無効化した外殻に触れたかと思った次の瞬間、その上半身が中身ごと爆発した。


「ぐああ!?」 「わあああ!!」 「ううううう!」


 予想外どころじゃない威力を発揮した着火魔法が引き起こした突然の閃光に、ジョルクさん達は思わず顔を背けたり腕で隠したりしていた。


 ……あれ、なんで俺は眩しくないんだ?


 そんな疑問が首をもたげてきた頃に、自慢の双剣ごと上半身を失ったナイトアントのなれの果てが、硬質音を立てながらその場に崩れ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る