第28話 嫌な予感


 ターシャさんの居場所をダンさんから聞いていざ、と行きたいところだけど、その前にどうしてもやっておきたいことがあった。

 この辺りのソルジャーアントの掃討だ。


 ギギイイイィッ!?


 ズダン!!


 断末魔もそこそこに、ソルジャーアントの首を落としてすぐに下がる。

 昆虫型魔物を相手取る時、一番気をつけなきゃいけないのは、仕留めた直後だ。

 生き物としての構造がとても単純なこいつらは、絶命してもしばらくの間は元気に暴れ回るタイプが多い。

うっかり油断して、あるいはそんな知識すら知らずにあっけなくやられる。

 冒険者学校に行かずに冒険者になった連中の、よくある死に方の一つだ。


 対処法としては二つ。

 さっき俺がやったように、体をバラバラにしてもう暴れられないようにするのも一つの手だけど、もっと簡単なやり方がある。

 完全に動かなくなるまで放置すればいいのだ。

 もっとも、このやり方は、周りに人がいないという前提が無いと危なすぎるし、そもそもいつまで待てばいいのかという問題もある。

 だけど今の俺なら、ソルジャーアントが本当に動けなくなったのか、五感強化のお陰ではっきりとわかる。

 十分に時間をかけてもう大丈夫だと判断した後、死骸となったソルジャーアントを解体して、目的の魔石を効率的に手に入れていった。






 ダンさんから聞いたターシャさんの居所は、予想通り、白のたてがみ亭の本館だった。

 別に街に入ってそのまま本館の方に直行しても良かったんだけど、いくつか問題があった。


 第一に、本館の場所は街の中心部、ソルジャーアントが大量に出現している辺りだ。

 そんな危険地帯に行くには、俺の戦術のメインである『投石』の残弾が心許なかった。

 投石自体はただの石でも使えるけど、ソルジャーアントを一撃で仕留められる程の威力となると、やはり魔石が最適だ。そう考えて、まずは本館よりは危険度の低い別館を優先した。

 それに、どの道ダンさんのいる別館にも来るつもりだったから、単に優先順位を変更しただけのことだ。

 結果的に、今にも襲われそうだったダンさんを助けることができたんだから、判断は間違ってなかったと言える――今のところは。


 でも、いくら『クレイワーク』で壁を補強したとはいえ、ソルジャーアントの脅威がある上に衛兵の巡回もろくにないと分かっていて、このまま去るわけにはいかない。

 そんなわけで、この辺の安全をある程度確保しつつ、魔石を回収するために、ソルジャーアントの掃討をやっているわけだ。


 ギイイイッ!!


「見えてる、ぞ!」


 ザシュン!!


 視界ギリギリの物陰から飛び出してきたソルジャーアントに片手殴りの一撃をお見舞いし、上下に両断する。


 市街地での昆虫型魔物との遭遇戦は絶対にやりたくない。

 そう思っていることに嘘はないけど、それはあくまで「敵がどこにいるか分からない」場合だ。


 今の俺の耳は、五感強化込みなら、一丁先のソルジャーアントの息遣いさえ聞き分けられる。

 位置さえ分かっていれば、瞬発力に欠けるソルジャーアントとの戦いは、たとえ五匹同時だろうとそれほど難しくない。

 元となった通常のアリとは違って、大型化した昆虫型魔物の動きは基本的に鈍い。

 通説では、重くなった外殻を維持する力が不足しているせいだと冒険者学校で習ったけど、実際にそうだとわかってさえいれば、どうでもいい話だ。


 ……まあ、こんな物理的な理論が通用するのは、下位の魔物だけなんだけど。


 そんなことを頭の隅で考えながら体を動かしている内に、この辺一帯のソルジャーアントの気配がなくなった。

 ショートソードについたソルジャーアントの体液を地面に振り落としながら、考える。


 調達した魔石の数は、少々不揃いながらも十六個。とりあえず当面の心配は無くなった。


 また、最初の一つ以外に巣穴は見つからなかった。だからと言ってもう安全になったとは断言できないけど、あるかも分からない巣穴の捜索に、これ以上時間はかけていられない。


 それになにより。

 ソルジャーアントとの戦いに慣れることができたのは大きい。

 これなら、がもし起きたとしても、ソルジャーアントに無駄に意識を割かれずに済みそうだ。


 こうして俺は、街の中心部へと走り始めた。


 わずかに残った、ダンさんを含めたこの辺りの住人の危険と、間に合わなかったあわれな犠牲者の亡骸を置き去りにして。






 ギイン   ガギギギギイイイィン!!


 できるだけ人目を避ける迂回ルートを採りつつも、目的地の白のたてがみ亭の本館まであと少し。

しかし、本番と位置付けていた街の中心部に入って、それなりに危険度が高そうな区画。

 そんな辺りで聞こえてきたのは、断続的な金属音。

 間違いなく戦闘中の証だ。


 でも、同時に嫌な予感を覚える。


 ソルジャーアント単体の戦闘力は低い。

 それこそ、駆け出しの冒険者や新米の衛兵でもなんとかなるくらいに。

 この場合の戦闘音は、一方的に人族の武器が昆虫型魔物の外殻を割る音。


 その逆――人族がやられる時は、対処しきれないほどの数のソルジャーアントに蹂躙される音。

 そもそも金属音はほとんどしない。


 だけど、今聞こえている金属音はそのどれでもなく、激しい戦闘が起きているとしか思えない。


 そして、俺の推測が導き出すものは――


「っ――!?テイル、やはり生きていたか」


「ジョルクさん!?」


 最初に見えたのは、愛用の短槍を油断なく構えて、視線を維持したまま視界の端でこっちを見ているジョルクさん。

 ジュートノルの冒険者の中では、数少ない信頼できる人だ。


 次に見えたのは、ジョルクさんの仲間らしき冒険者達。

 男女女の、剣を持つ戦士、後方でロッドを立ててる魔導士と、スタッフを突き出している治癒術士の三人だ。


 そして、その対峙する相手は――


「来るなテイル!ナイトアントだ!!」


 抱えていた不安は、思ったよりも早く的中した。

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