第27話 別館にてのわずかな決意
「しかし、驚いたなんてものじゃないぞ。壊された裏口から魔物が入ってきてもう駄目かと思ったら、魔法で奴らを始末してくれたのが、死んだと思っていたお前とはな、テイル。それに、その装備はどうしたんだ?」
あの後、修繕もかねて、白のたてがみ亭別館の土壁を、ソルジャーアントでも簡単には壊せないようにクレイワークで補強した俺は、再会したダンさんと中で話をすることにした。
引き留められたのもあるけど、俺のことがどう伝わっているいるのかも含めて、街の状況を聞くにはダンさんがうってつけだと思ったからだ。
「ちょっと事情があって……それでダンさん、早速で悪いんですけど、俺は死んだことになってるんですか?」
お茶を濁すように話題を変えた俺に、ダンさんは少しだけ怪訝な顔をしたが、それでも話してくれた。
「正確には行方不明扱いだと、ゴードンの旦那から聞いた。だが、旦那の口ぶりからして、冒険者ギルドはお前が死んだと思っていたようだ。近い内に、お前の所有権を持つ旦那とギルドとの間で賠償について話し合うことになっているそうだ」
ゴードンらしいというか、なんというか……
でも、俺とゴードンの関係は、表向きはただの雇用主と従業員だ。
借金を口実にした奴隷扱いは、表沙汰になったら不味いはずなんだけど。
何か考えでもあるのか?
「それからな、お前のことを聞きに冒険者が二人、訪ねてきた」
「え?」
そうダンさんに言われて、すぐに思い当たった。
冒険者にならなかった俺の知り合いなんて、たかが知れている。
俺の監視役だったジョルクさんと、久しぶりに再会した時に気さくに話しかけてきたミルズだろう。
「一人は俺より少し年下で、たしかジョルクとか名乗っていた。もう一人はお前と同じくらいの娘だ。冒険者にしてはやけに育ちの良さがにじみ出ていたな。名前は……そうだ、リーナだ」
……大外しした。
ジョルクさんは予想通りだったけど――リーナだって?
ダンジョンでのあの感じからして、嫌われてるはずなんだけど……
置き去りにした罪悪感か?
「お前がまだ帰ってきていないとわかると、二人とも残念そうな表情だったが、微妙に反応が違ったな。ジョルクという冒険者はお前の死を疑っている様子だったが、娘の冒険者の方は始終悲壮感が漂っていた。テイルお前、あの娘と何かあったのか?」
「まさか。冒険者学校以来、会ったこともなかったんですよ。それはダンさんも良く知ってるじゃないですか」
「確かに。お前に女の影があったら、俺が気付かないはずはないな」
ダンジョンのことはまだ知られていないはずなので、ちょっと罪悪感はあるけど、リーナとの再会は伏せてダンさんに言った。
腕利きの料理人のダンさんは、いつもは口数が少ない分、その言葉は信用に値する。
そのダンさんがここまで言う以上、ジョルクさんとリーナへの見立ては確かだと思う。
……もう一度、会わないわけにはいかないか。
「それよりもテイル、これからどうするつもりだ?助けてもらった俺が言うのもなんだが、なぜ街に戻ってきた?行方不明扱いになっている今は、街を出る絶好の機会なんじゃないのか?」
俺の行く末を案じてくれていたダンさんだからこそ、突き刺さる言葉。
一瞬決意が鈍りそうになるけど、それでも後悔はしたくはない。
「……最初は、街を一目見るだけにしようと思ってたんですけどね。近くまで来たところでソルジャーアントに遭遇しちゃったんです」
「それで街――ターシャのことが心配になって、戻ってきてしまったというわけか」
あきれ顔で言うダンさんに、苦笑しか返せない。
ターシャさんにダンさん、それにジョルクさんやリーナのことも気がかりなのは事実だけど、ダンさんから街の様子を聞くにつれて、別のことも気になってきた。
「今どうなっているかまではわからんが、どうやら街の中心部辺りから大量のアリの魔物が出てきたらしいな。なぜ外からではなくて中心部からなのか、その辺は平民の俺には知りようもないんだが……」
この別館の近くにあったソルジャーアントの巣穴のことは、口にはしない。
すでに俺が塞いでしまったし、いまさらダンさんを不安にさせても意味がないからな。
仮に、他の場所に別の巣穴があったとしても、戦闘力の無い平民には、建物に籠る以上の名案なんてない。
もし、俺の悪い予感が当たっていて、ジュートノルの街のあちこちにソルジャーアントが掘った巣穴が出現していたとしたら。
そう考えると、自称神のあの言葉が蘇ってくる。
『災厄』
正確には、襲われたのは俺じゃなくてジュートノルの街なんだけど、それでも危険なことが起きているのは間違いない。
考えすぎなのかもしれないけど、ひどく気になる。
少なくとも、この場を凌ぐために街から逃げ出すより、ソルジャーアントの襲撃の顛末をこの目で見届けることの方が、はるかに大事なことだと感じている。
「なあテイル、お前がこのまま街を出て自由の身になるのも一つの手だとは思う。この先どんな目に遭おうとも、旦那の元で一生奴隷みたいな扱いを受けるよりはずっとマシだからな。だがもし――」
「教えてください、ダンさん。ターシャさんは今どこにいるんですか?」
途中から、俺の眼を見て察していたんだろう。
ダンさんの表情は、説得のそれから、諦めと許しの入り混じった色へと段々と変化していた。
そしてこの時だけは、俺は俺自身の選択に一切の迷いは無かった。
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