第25話 襲撃のソルジャーアント
ソルジャーアント。
冒険者学校でその魔物を教えられた時、真っ先に言われたのが対処法だ。
教官が言ったのは「とにかく逃げろ」だった。
決して手は出さずに街まで逃げて、最寄りの冒険者ギルドに報告しろ、とのことだった。
ソルジャーアント単体なら、それほど怖い相手じゃない。
硬い外殻に、鋭い六本の足と強靭な顎は一般人には十分すぎる脅威だけど、駆け出しの冒険者でも相手取れる程度の強さだ。
問題は、ソルジャーアントを目撃したら、必ずと言っていいほど近くに巣が見つかることだ。
「一匹いたら百匹は潜んでいると思え」は、決して誇張じゃない。ソルジャーアントの成体が活動できる状況ってことは、それだけ巣が大きくなっていると見るべきなのだと、耳にタコができるほどに教官は繰り返し言っていた。
そんなわけで、自衛目的以外でこっちから手を出せば冒険者ギルドか代官からの厳罰が待っているソルジャーアントだが、目撃してすぐに対処すればそれほどの大ごとにはならない。
ギルドも、最優先事項の一つとして、ソルジャーアントを目撃した者には少ないながらも報酬を出しているので、致命的な事態に陥ることは滅多にない。
だけど、何事にも例外はある。
もし、ソルジャーアントが街中に侵入していたとしたら。
それを発見した、何も知らない一般人が思わず攻撃を加えてしまったら。
そしてその事実が、ソルジャーアントの巣に知られたら。
ソルジャーアントへの対処を誤った数少ない例外は、そのほとんどが大惨事を巻き起こしている。
いつもはノービスの身体能力でこっそり街壁を飛び越えて出入りしているけど、今回は手っ取り早く異変の有無を知るために、あえてジュートノルへの正しいルートを選んで朝焼けの街道を進み、正門に辿り着いた。
案の定、ジュートノルの街の正門兼衛兵隊詰め所には、誰もいなかった。
いつもなら、数名の衛兵が正門を出入りする旅人や町の住民をチェックしていないといけない頃合いだ。
偶然に偶然が重なって、担当の衛兵全員が上司からの叱責覚悟でサボっているのでもなければ、街の中で尋常じゃない異変が起きている何よりの証拠だ。
そしてもう一つ、街の上空に幾本もたなびく煙。
もちろん朝の炊事のそれじゃなく、小火か本格的な火事が起きていると思える、黒い煙が立ち上っている。
どうやら異変の発生源は街の中心部に集中しているらしいと、黒煙の位置からなんとなく予想する。
少なくとも、みんなの様子を確認してハイさよなら、というわけにはいかなくなった。
となると、大事なのは、これからどこへ向かうかだ。
あの黒煙の本数から見て、俺が倒した一匹のソルジャーアントがこの異変の全ての元凶、なんてことはありえない。
……あの黒煙の発生源の辺りで、数匹から数十匹の魔物が暴れ回っているんだろうか。
いやいや、俺が行ってどうなるものでもないし、こういう危機のために冒険者や衛兵がいる。
正門に誰もいなかったのは、きっとソルジャーアントの対処を優先したからだろう。
そうだ、俺が心配することじゃない、はずだ。
人目を避けるために、できる限り裏路地を選んで、進む。
その途中、
決して、
王国の中でも中規模の街であるジュートノルは、それなりに活気がある。
代官は歴とした貴族だし、他の街の大商人も定期的に訪れる程度には栄えている。
当然、上流階級が歩くことなんて絶対にない裏路地と言えど、それなりに人通りはある。
だというのに、誰一人としてすれ違わない。
念のため、耳に意識を集中して、聴覚に絞って『五感強化』を発動する。
……建物の中にちらほらと、固まっている人族らしき気配があるけど、この辺の住人の本来の数には到底足りない。
多分だけど、この辺の大半の住人は街の中でももっと頑丈な建物に避難。そして逃げ遅れた一部が、それぞれの家に立て籠もっているということなんだろう。
思っていた以上に事態は悪くはなっていないのかもしれない。
その一瞬の気の緩みが、
まるで天罰のように、
路地から小さな広場に出た俺の背筋を凍り付かせた。
と言っても、その相手はソルジャーアントじゃない。その群れでもない。
もっと
広場の一角に見えるのは、地面にぽっかりと空いた丸い穴。
周囲に散乱している土砂の量からいって、いたずら目的で掘られたものとは考えづらい。
いや、まだそう決めつけるのは早すぎる。そうだ、新しく井戸を掘ろうとしただけかも――
そう思いながら穴に近づいて確かめようとした、その時だった。
ソルジャーアントの気色の悪い頭が、穴からひょっこりと顔を出したのは。
「う、うわあああああああああ!?」
攻撃した次の瞬間にはバカなことをしたと思ったけど、この時の俺は腰の剣鉈を抜こうとすら思わなかった。
ただ、こんな至近距離で魔物と鉢合わせしたことが恐ろしくて、思わずガントレットを嵌めた左手で殴っていた。
グシャアッ
幸か不幸か、思った以上に速度が乗ったガントレットの左フックはソルジャーアントの頭部を一撃で粉砕、首から上をを失った昆虫型魔物は体液をまき散らしながら穴の中へと落ちていった。
「はあ、はあ、はあっ……!!」
ガントレットについたソルジャーアントの体液を振り払い、このわずかな間の動きで息を切らせながら、その一方で妙に冷えた頭で理解する。
間違いない。ジュートノルの街の真下に、ソルジャーアントの巣がある。
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