第23話 投石とカウンター(ただし一撃必殺)
ガサガサ
草むらを掻き分ける音に続いて現れたのは、この森で一番馴染み深い魔物、ツノウサギだった。
足音の大きさと上の方の木々が揺れる気配がなかったことから、予想通りのエンカウントだったけど、だからこそ気を引き締めないといけない。
これまでは夜明け前にしか遭遇したことのないツノウサギだけど、実は主な活動時間は夜中。つまり、夜行性の魔物なのだ。
当然、就寝直前の運動力が低下した状態と、活動に最適な時間帯とでは、いくらツノウサギといっても脅威度は一段も二段も跳ね上がる。
普通なら、普段より素早い動きを警戒しながら、安全かつ確実に仕留めなければならない。
だけど、夜でしかも森の中という条件では、少しでも早く仕留める以外に選択肢はない。
そう覚悟を決めているところに、俺のことを見たツノウサギが一直線にこっちに向かってきた。
いよいよ戦うしかなくなった俺は、なぜか夜目が効くようになった視界――その中に入っていた手ごろな石を拾い上げて、『投石』のスキルを使おうとぐっと握り込んだ。
その瞬間、
パキン パラパラパラ
ツノウサギを仕留め得ると判断して拾い上げたそれなりの重さの石が、まるで砂の塊のようにもろくも崩れ、手のひらから零れ落ちた。
「……はっ!?」
あり得ない現象に思わず動きを止める――暇はない。
キイイィ!!
今この時にも、ツノウサギは俺目がけて猛然と突進してきているし、一度攻撃を失敗している以上、次の『投石』は何が何でも成功させないといけない。
素早く夜の森の中を見回して二投目に選んだのは、大きさ、質感共に、一投目に限りなく近い石。
もちろん、同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。さっきの失敗を踏まえた上で工夫する。
掴むんじゃなく、手のひらですくい上げる。
力が強すぎるっていうのなら、力が必要ない投げ方をすればいいだけの話だ。
伊達に二年半、数えきれないほどの石に触れてきたわけじゃない。
自分の腕を特大のスプーンのようにイメージしながら、腕振りの遠心力だけで『投石』スキルを使う。
いつもとは違う投げ方でも、スキルの補正力のお陰で、まっすぐ向かってくるツノウサギへの照準はばっちりだ。
――ここ!
リリースポイントに達した瞬間、ほんの少しだけ手のひらで後押ししてやることで、石を投擲する。
とにかく当たればいい。
そう思いながら、一投目の失敗を検証する意味も込めて放った『投石』は、しかし俺の予想が大外れする形で、すぐに結果を見せた。
すぐに視界に入ってくると確信していた石が姿を見せない――と思った次の瞬間、
ッパアアアン!!
爆ぜる音を聞いた時には、すぐ目の前まで迫っていたはずのツノウサギの肉体、その前半分がはじけ飛んでいた。
「ぐっ!!」
次に襲ってきたのは、体のあちこちからの鋭い痛み。
その一つの右腕を見てみると、小さな石の破片が何個も突き刺さり、肉に食い込んでいた。
――検証するまでもない。
どうやら俺が投げた石が予測をはるかに超えたスピードでツノウサギに命中、その上半身を爆散させるとともに、あまりの威力に耐えかねた石も砕け散った。
それでも石の勢いは殺し切れず、四散した石の破片の一部が俺の体に次々と命中した。そういうことだろう。
ガサッ ガサガサッ
「……くそっ!」
そんな冷静な分析をする一方で、同時に俺の頭は冷静ではいられない状況の悪化に思わず悪態をついた。
これまでの相手はたった一羽のツノウサギ。いつも通りの手順で素早く静かに仕留めて、さっさと移動するつもりだった。
だけど、これだけの派手な音をさせて他の動物に気づかれないほど、夜の森は甘くない。
これが同じツノウサギならまだよかった。群れで現れたとしても、なんとでもできる自信はあった。
だけど、現実はやはり厳しい。
ズン ズン ズン ズン
小動物ではあり得ない重く低い足音。雑草や枝といったちょっとした障害物など気にも留めずに、ただひたすら一直線に近づいてくる大きな気配。
それになにより、さっきまでは近くにあったツノウサギらしき小さな気配が一斉に逃げていく物音。
グウォオオオオオオ!!
ウォーベア。
果たしてやってきたのは、森で最も強く、最も出くわしたくない一角に数えられる、大型魔物だった。
「くっ!」
とにかく、ウォーベアを迎え撃つために、牽制用に左手を前に出し、腰の剣鉈に右手を添えて、すぐに抜けるように構える。
この距離では、すでに逃げることも隠れることも不可能。
そう判断して、とにかくこっちがただのエサじゃなく、身の安全を脅かす脅威だと認識してもらうための戦いを、ウォーベアに仕掛ける。
倒す?冗談としては最低の部類だ。
実際の体長は俺の約二倍、体重差は五倍以上、全身を刃が通りにくい強靭な毛でおおわれ、冒険者学校で得た知識よりもはるかに強そうに思えるウォーベアを単独で狩ろうなんて奴は、それこそ一流の冒険者でもあり得ない自殺行為。
だからこそ、狙うは最初の一発。それで俺の命運が決まるといってもいい。
グウォオオオ!!
こっちを威嚇する声を上げながら、本格的に突進してきたウォーベア。
それに対し、五感強化を最大まで引き上げて間合いを測りつつ、数少ない弱点である鼻目掛けて、繰り出した左手を犠牲にするつもりで、カウンター狙いで合わせた。
――その左手のシルエットに違和感を覚える前に、事件は起きた。
ズウウウゥン
ウォーベアの鼻に当てるだけのつもりだった左手。
ウォーベアの勢いと体重の一部を受けて圧し折れるはずが、かすり傷一つない。
それどころか、今まで頭が一杯だったせいか重さを感じなかったせいか、いつの間にかに黒いガントレットが装着されていたことに今まで全く気付かなかった。
そして、そのガントレットの一撃を受けたウォーベアはというと――
「……し、死んでる?」
暴れ回るどころかピクリとも動かなかくなった巨体。
その頭部は、鼻を中心に分厚いはずの頭蓋骨ごと大きく陥没しており、一目見ただけで絶命していることは明らかだった。
ガサガサッ ガサガサガサガサガサガサ!!
「っ!?」
ウォーベアの異変を嗅ぎつけたんだろう、ついさっきまで遠ざかっていた魔物達が四方八方から近づいてきているのが、強化した五感でわかった。
未だに何が起きているのか全くわからないけど、とにかくここを離れた方がいいことだけは確かだ。
本来なら大戦利品であるウォーベアの死骸に、少しだけ未練を残しつつも、俺は狭まりつつある魔物の包囲網を抜け出すことにした。
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