第20話 最奥の神殿にて
「やあ、僕の眷属。待っていたよ、五千年間ずっと、この神殿でね」
すでに体の自由は取り戻していた。
行こうと思えばどこへでも行けた。
だというのに、俺の体と目と意識は、その声の主に釘付けになっていた。
リーナ達が大部屋を去った。
皆の姿はすでに通路の闇の先で、果たして俺の叫びが届いたか、戻ろうとはしなくてもせめて振り返るだけでもしてくれたのか、真実は分からない。
そのすぐ後、わずかに残っていた救出の望みは、唯一の脱出口だった通路が震動によって落ちてきた瓦礫で潰れる様子と共に、完全に潰えた。
そして、騎士鎧と共に残された俺もまた、どうやら消滅するらしいこのダンジョンと運命を共にするんだと、諦めと共に受け入れた。
どうせすぐに終わる命だ、もう一度くらいみっともなく泣き叫んでもいいかとも思ったが、リーナたちに見せたあの醜態だけでもう十分な気がした。
どうせダンジョンから脱出できていたとしても、どこへも行き場がなかった。
そんな俺が、閉ざされたダンジョンで一生を終えるのはお似合いかもしれない。そんなどうでもいいことを考えながら崩れ始めた天井を見上げた直後、大部屋の床一面が白く発光し、俺の五感を奪った。
意識が戻った時、ああ、あの世にいるんだと、最初は思った。
最初に視界に飛び込んできたのは、古めかしくもどこか神々しさを感じさせる祭壇。
ご神体だろうか、祭壇の中央には大きな亀裂が走った騎士の兜が置かれている。
その色とデザインに意識が行ったその時、最近どこかで嗅いだような湿った空気が鼻を衝いた。
……いや、最近じゃない。それどころかついさっきまで――
そう思って周囲を見回すと、さっきまでいた岩と苔のダンジョンと同じ質感の、壁、石畳、天井があった。
そこで初めて、もしかしたらまだ死んでいないかもしれないと思った時、体の自由を奪っていた騎士鎧がいつの間にかに無くなっていることに気づいた。
そう認識した瞬間、まるでぼやけていた両の眼の焦点が一点を結ぶように、兜が安置されている祭壇に座った姿勢で、ソレは現れた。
「やあ、僕の眷属」
「待っていたよ、五千年間ずっと、この神殿でね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
とっさにそう言って、ソレが話し続けようとしているのを制止して、その姿を改めて見てみる。
年の頃は、俺と同じくらいだろうか。
特に美形でもないけど、不細工でもない。
体は痩せすぎず太り過ぎず。ただし、麻に思える服越しにもわかる均整の取れた体型は、それなりに鍛え上げた結果だと予想できる。
比較対象がおかしい気もしないではないけど、ソレは人族と全く同じ見た目をしていると断言できた。
ただしそれは、俺の強化された五感をもってしても生き物の息遣いがまるで感じられないソレが、命ある者だったらの話だ。
「まず聞かせてくれ。お前は、なんだ?」
「うん。その聞き方はとても良い。ちゃんと見た目に騙されず、ノービスのジョブによって強化された五感をフルに使っている証拠だ。まあそれでも、神を前にしてその口の利き方はいただけないけどね」
「か、神……?トラップじゃなくて?」
「お、まだまだ不敬の域を出ないけど、さっきよりはマシになったね。そう言うってことは、さっき君達を襲った動く鎧が魔物なんかじゃなく、このダンジョンに仕掛けられたトラップだと見破ったってことだね」
さっきよりも機嫌を良くしたらしいソレの言葉に、頷く。
思えばヒントはあった。
どんなに威力があっても物理攻撃は全く効かず、バラバラになってもすぐに復活する不死性。
そのくせ、致命傷になんて絶対になりえない貧弱なノービスの初級魔法で、あっさりと動きを止めるアンバランスさ。
それで気づいた。あの動く鎧が俺の魔法で止まったのは、決して致命傷を食らったからではなく、トラップのギミックを解除したからだと。
トラップ。そうトラップだ。
ダンジョンにおけるトラップは、こう言いかえることもできる。
ダンジョンの最奥に至るための試練だと。
「本来はね、あそこはもっと簡単なトラップで、下層に行くごとに段々と難度が増していく段取りだったんだ。だけど、最近はそうも言ってられなくなってね。一回こっきりの、極悪難度に引き上げさせてもらった」
ここまで言われれば、引き上げた難度の一番のトラップには、すぐに思い至った。
あの、レオンとリーナの二人がかりの猛攻をものともしなかった騎士鎧のことだ。
そして、その騎士鎧によって身動きを封じられた俺が、強制的にここに連れてこられたということは――
「さて、本当はその辺の事情を、僕の偉大さも含めて詳しく語って聞かせたいところなんだけど、事態は一刻を争う。先に本題を済ませてしまおう」
「本題?」
「こういうことさ」
ドスン
次の一瞬、俺の体が揺れた。
最初は、またダンジョンが崩壊して床が震動したのかと思った。だけど違った。
その証拠に、ソレの手にはいつの間にかに騎士鎧が手にしていたあの剣があって、その切っ先は
「ガハッ……!?」
「さあ、五千年ぶりの儀式の始まりだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます