第19話 悪夢の先の地獄 下
※ちょっとショッキングな内容になっているかもしれません。うつ系が苦手な方は読み飛ばしてください。
「ちょっとみんな、どこへ行くのよ!」
どう見ても一人づつしか通れない、鋼鉄の壁に作られた脱出口に、さっきまでレイドパーティを組んでいたはずの冒険者達が我先にと殺到する。
その様子を見かねてか、リーナが手近にいた女子の一人の肩を掴んだ。
「ちょっと放してよ!」
「放してじゃないわよ!鎧に捕まったテイルや、動けないルミルやミルズを放ってどこへ行くのよタリア!」
「どこへ行く?決まってるじゃない、逃げるのよ!」
叫ぶようにそう言ったタリアは、肩を掴んだままのリーナをキッとにらんだ。
「……なによ、そんな裏切り者みたいな目で私を見ないでよ。そもそも、こんな危険なダンジョンだなんて聞いてないのよ。リーナやレオンが安全に稼げるって言うから、わざわざ来てあげたんじゃない。それに、手助けというならさっきまで十分してあげたでしょ。これ以上、私達をあなたの危険な冒険に巻き込まないでよ!」
「そうよ!」 「けっきょく、リーナたちとは実力が違い過ぎるのよ!」
タリアの言葉に触発された数人の女子が、リーナ一人に向けて追い打ちをかけるように責める。
そんな彼女たちの言葉が、八つ当たりと逆恨みから来る怒りの叫びだとしたら、
「あなたたち、本当にそれでいいの!?」
リーナの叫びは、懇願にも似た切ない色を含んでいた。
「確かに、十分な情報の無い未踏領域に踏み込んで、結果的にあなた達を危険に巻き込んだことは申し訳ないと思っているわ。脱出口が開けたことで、すぐにでも逃げ出したい気持ちもよくわかる。だけど、動けない仲間を目の前にして無視するのは、人として、冒険者として許されることではないはずよ。この状況で、ルミル、ミルズ、テイルの三人を助け出すには、私達だけじゃ手が足りないの。お願い、力を貸して」
リーナの切なる言葉を聞いてもなお、立ち止まろうとする者は少ない。
だがそれでも、タリアを含めた数人の仲間が気まずげに足を止めた。
「……それで、私は何をすればいいの?」
「……そこで待っていてくれるだけでいいわ。私とレオンがテイルを助け出したら、三人を運ぶのを手伝ってくれれば」
「わかったわ。いいわよね、みんな」
そうリーナに答えたタリアの確認に、残った数人も頷く。
「……ありがとう。本当にありがとう」
そう言ったリーナが、改めて俺の方へと向き直る。
無言で隣に並ぶのは、リーナの説得をどこか他人事のように眺めていたレオン。
――いや、他人事というよりは……これ以上は憶測の域を出ない。今はやめておこう。
「で、どうするんだ、リーナ。タリアに向かってあれだけデカい口を叩いたんだ、何か方法を考えてあるんだろうな?」
「あらレオン、もしかして怖気づいたの?」
「バ、バカ!ふざけんな!だれがこんなザコごときに――」
もっと考えるべきだったんだ。なぜ動く騎士鎧は、手近にいたリーナやレオンにではなく、直接的な攻撃は一度もしていない俺に取り付いたのか、その理由を。
――――――――――――――――――カタカタ
その音と振動を最初に感じたのは俺だったと思う。そしてほぼ同時に、治癒術士らしくレオンとリーナの前衛二人から数歩下がった位置で冷静に事態を見守っていた、ロナードが反応した。
「……なあ二人とも、何か聞こえないか?」
「おいロナード、戦闘中は俺達に口を挟むなってあれほど――」
「待ってレオン。……動いてる」
「ああ?」
そう言ったレオンが、リーナが剣で指し示した先、床に転がる小さな瓦礫が床からの振動で小刻みに移動している様子を見て、不機嫌そうな顔から一転、初めて見る深刻そうな表情に変わった。
「……親父から聞いたことがある。地下にあるダンジョンで振動を感じるとしたら、可能性は二つ。地震の前触れか、もしくは――」
その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴ!!
レオンの言葉を遮るような大きな揺れ。
その突発的かつ強い振れ幅に、レオンとリーナ、そして動く騎士鎧に体を乗っ取られている俺以外の全員が、思わずその場に倒れ込んだ。
「……ちっ。悪い方の予感が当たっちまったか」
「レオン?」
忌々しそうに、その一方でどこか諦めも漂うレオンの声色に、リーナが腫物を触るように声をかける。
運の悪いことに、リーナの危惧は的を射ていた。
「リーナ、撤退するぞ」
「……え?ちょっと待って。まだテイルを助け出して――」
「そんな時間はもうねえよ。この大部屋は、もうすぐ消滅する。お前もわかってるだろ、これがただの地震じゃないことくらい」
衝撃の事実を告げられ呆然とするリーナに、レオンはらしくもない冷静な口調で続けた。
「普通の地震はこんなに規則正しく揺れたりしねえ。この震動はこの部屋、あるいはダンジョンそのものが何らかの変化をしている証拠だ。そしてその変化は、俺達冒険者の都合なんか考えちゃくれねえ。十中八九、変化するダンジョンの間に挟まれて圧死するか、入り口が完全に閉じられて永遠に出られなくなるかの、どっちかだ。そうなる前に、今すぐにこのダンジョンから脱出しなきゃならねえんだよ」
レオンは色々とムカつく奴だが、それでもここ一番って時に冷静でいられるその精神力にはただただ脱帽するしかない。
この瞬間にも駆け出したいという恐怖と衝動を押さえつつ、この場に残りそうな雰囲気のリーナを死なせたくないと説得にかかっているのだ。
「でも……」
「いいかリーナ。テイルを助けるにしても、ここで俺達が道連れになってどうする?状況を一番わかってる俺達が外に助けを求めて救出隊を組んでもらう方が、よっぽどテイルが助かる可能性が高いと思うだろ?」
「そう、だけど……」
「それに、ルミルとミルズのことはどうするつもりだ?気を失ってるこいつらを助けるには、担ぐ奴と魔物を倒す奴とで、ここに残っている人数だと正直ギリギリだ。それともまさか、怪我人二人と、お前の説得で残ってくれた仲間を見捨てて、テイルと二人で自殺まがいにここに閉じ込められるなんて言わねえよな、リーナ」
「それは……」
レオンの言葉に愕然としたリーナは、震動が続く大部屋に残っている仲間たちを見回した後、がくりと膝をついた。
その瞬間、俺にだけ見える角度で、レオンが邪悪な笑みを浮かべた。
……わかってはいた。レオンが俺のことを冒険者学校時代から嫌っていて、二年ぶりに再会した今も嫌っていることは。
理由までは分からないけど、二年経った今の方が、俺への憎悪を募らせている気がする。
まさかこの状況までレオンが仕組んだとまでは思わないけど、危険が伴う未踏領域に踏み込んだ時点で俺のことを……
――考えるのはよそう。
考えたところで確証は何もないし、今の俺には確かめる術はなく、この先その機会すら無さそうだ。
それに、仮にレオンの憎しみがそこまでのものだったとしても、ここで喚き散らす気にはとてもなれそうにない。
やったところで、リーナや他の元同期達を困らせ、苦しめるだけだ。
そんなところに考えが落ち着いたところで、膝を折っていたリーナがゆっくりと立ち上がって、俺の顔を見た。
「……待っててテイル。必ず、必ず救助隊を連れて戻ってくるから!!」
その張り詰めた声を聞いた時には、リーナは俺に背を向けて走っていた。
それに続いたレオンの顔は、見ようとも思わなかった。
その表情が、俺にとって愉快なものであるはずがなかったからだ。
幸いにも、首を動かすくらいの自由はあったので、レオンが去った後の通路を、他の仲間たちが行く姿をこの目に焼き付ける。
苦しそうな顔、悲しみの涙を浮かべた顔、そのどちらでもない感情を消した顔。
その全てを見送った時、せめて何か一言を送ろうと思った。
何がいいだろうか?
俺のことは心配するな。
助けが来るのを待ってるぞ。
気にするな。
そのどれもちょっと違う気がして、けっきょくシンプルに「無事を祈ってる」と言おうとして、口を開いて、言った。
「行かないで!!」
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