第18話 悪夢の先の地獄 中


「てめえ、どういうつもりだテイル!!」


「ち、違う。俺じゃない!」


 本当は冷静な態度で否定できればよかったんだけど、激高するレオンに対して俺が返せた反応は、どう見ても追い詰められた犯人のそれでしかなかった。


「はっ、今更言い訳かよ!ここにいる全員がお前がミルズを斬るところを目撃してるってのに、白を切りとおせると本気で思ってのか!?」


「だから俺がやったんじゃない!それどころかこの鎧を着たとたん、自分の意志で体を動かせないんだ!」


「っ!……上等だ、そのふざけた口が二度と聞けないように、今から俺がそのクソ鎧ごと斬り刻んで――」


 パシン


「ってえな!?」


「やめなさいレオン!!テイルも落ち着いて」


 平行線の会話のまま怒りを募らせたレオンを平手打ちで止めたのは、リーナだった。


「レオン、さっきまで本物の騎士のように動いていたあの鎧がテイルの体を乗っ取った、そう言う可能性に思い至らないの?何より、さっきまでみんなを守るために、冒険者でもないのに戦ってくれていたテイルが裏切ると、本気で思っているの?」


「そ、それは……」


「わかってもらえたのならよかったわ。これ以上、仲間の血は見たくないもの」


 忌々しそうに顔を逸らしながらも、いったん殺意を収めた様子のレオン。

 それを確認したリーナが、今度は俺の方を向いた。


「それでテイル、どうなのよ?」


「どうって、何が?」


「な、何がって、決まってるでしょ!体が痛いとか苦しいとか!意識ははっきりしてるみたいだからそれくらい分かるでしょ!」


 なぜかそうまくしたてながら怒り出すリーナ。


 なんか、リーナには会話のたびに怒られてばかりな気がする。

 冒険者学校時代も、よく話しかけてくる数少ない一人だったが、あの時は普通に話せていたはずだ。

 リーナを怒らせるようなことは何もしてないはずなんだけど……


「ちょっと聞いてるの!?」


「あ、ああ。痛いとか苦しいとか、体の調子はおかしくなってない、と思う。ただ、体を動かそうとしても指一本、足先一つ動かせない、不思議な感覚だよ」


「そう……乗っ取った相手の体を支配する魔法か、それとも固有のスキルか。どちらにしても、見たことも聞いたこともない魔物だわ」


 魔物。


 確かに、動く鎧達は、明確な殺意を持って俺達を襲ってきた。

 首から上がないからそもそも思考力があるのかすら疑問だけど、それでも「敵」と呼ぶにふさわしい脅威だ。

 だけど、脅威と呼ばれるのは、何も魔物――もっと言えば生き物でなくとも当て嵌まると思う。

 そう、例えば――


「なあリーナ」


 しかし、俺はそれ以上の言葉を続けることができなかった。


 体の自由はなくとも感覚はある。

 その俺の感覚が、剣を持つ右手を強制的に動かし始めた自分の肉体の変化に気づいたからだ。


「ちょっと!まだ考えがまとまって――」


「諦めろリーナ!まずはこのクソ鎧を止める方が先だ!」


 戸惑いながら剣を構えるリーナに、再び横に並んだレオンが叱咤する。


 しかし、リーナとレオンの警戒、そしてそんな二人に斬りかかるすぐ先の未来を想像して恐怖した俺の予想は、完全に裏切られた。


 ドクン


「え、ちょっと、なにそれ?」


「とにかく気を緩めるな!」


 俺の体、もとい騎士鎧が動かしたのは、剣を持った右手だけ。

 水平に構えられた大業物と思われる剣が白い光を放ち始め、それと同時に、俺の魔力が強制的に剣の方へと吸い上げられているのが分かった。


 いや、魔力だけじゃない。

 なぜ、どうして、どうやってか全くわからないけど、俺が使える初級魔法全てが同時に発動し、光る剣に流れ込んでいた。

 そして、水平に構えた剣が指し示す先には、俺達全員を閉じ込めている鋼鉄の壁があった。


 その事実に気づいた瞬間、直感のままに叫んだ。


「みんな!!剣の射線上から離れろ!!」


 キイイイイイイィィィン


 その意味するところを理解した奴はほとんどいなかったけど、運の良いことに最も分かってほしい二人には通じた。


「てめえら、そこをどけ!!」


「はやく!テイルの剣が向いてる方を避けて!!」


 ある者には声で、ある者には力づくで移動させ、俺と鋼鉄の壁を繋ぐ直線を空けようとするレオンとリーナ。

 その間俺ができたのは、少しでも早くみんなが避難できることを祈るだけだった。


 そして幸いにも、その願いは叶った。


 キイイイイイイ   カッ


 さっきまでうるさいくらいに響いていた耳鳴りのような音が突如喪失、一瞬の後に剣が纏っていた光が空間を貫き――


 ドオオオオオオォォォォォォン!!


「……え?」


「……は?」


 光の進路を妨げていた鋼鉄の壁に、人一人は優に通れる穴をあけていた。


「……」「……」「……出口だ!!」


 わあああああああああ!?


 数瞬の沈黙の後、誰が言ったか分からないほどの小さな一言で、緊張という名の重しで保たれていた均衡が崩壊し、レイドパーティのほぼ全員が、作られたばかりの脱出口に殺到した。



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