第15話 起きて見る悪夢


 冒険者学校で習う最初の授業は、冒険者って存在は大きく二つに分かれるってことからだった。


 つまり、レオンやリーナのような前衛と、ロナードやルミルのような後衛だ。

 どちらかといえば前衛の方が人気なのは、レオンやリーナの例からもわかる通りだ。

 治癒術や魔法といった、後衛が持っている役割を、アイテムや魔道具などで、ある程度補えるってのも、大きな理由の一つらしい。


 だけど、それで後衛の価値がなくなるなんてことは、決して無い。

 代用はあくまでも代用にすぎず、本職が使える治癒術や魔法の、バリエーションの多さや威力の高さは、前衛ジョブでは決して届き得ない領域なのだ。


 だからこそ、冒険者はパーティを組む。

 そうすることが、自分達をはるか高みへと引き上げてくれる最高の手段だとわかっているからだ。

 中には、前衛後衛の役割両方を疑似的にこなせる最上位職や、ソロを専門とする冒険者もいないではないらしいけど、冒険者業界では異端者や変わり者として見られているそうだ。


 前衛と後衛をバランスよく織り交ぜるパーティこそが、冒険者の最適解。


 だけど、果たしてそうだろうか?

 本当に、ソロ冒険者に活路はないんだろうか?

 他の奴らとは違う動機で冒険者学校に入った俺は、半年間そのことをずっと考え続けてきた。


 いや、自分でもおかしなことを言ってるって自覚はある。

 冒険者学校時代、戦士志望として当然のごとく頭角を現していったレオンやリーナを見ていれば、教官たちの言う通りに特定のステータスを伸ばすことこそが、分かりやすく強くなる方法だということもわかっている。


 それでも、俺は考えてしまった。

 戦士、スカウト、魔導士、治癒術士の、全ての特徴を併せ持つノービスこそが、俺にとっての理想の冒険者像にもっとも当て嵌まるんじゃないかという、妄想を。


 結局、冒険者になるには戦士などの一次職にクラスチェンジする義務があり、基本職のノービスには門戸は開かれていないと知って、密かに諦めたのは過去の話だ。


 そう、過去の話のはずだった。






「おらあああっ!!」


 動く騎士鎧に向けて放たれた、レオンの豪剣による斬撃。

 さっきと同じように一撃で吹き飛ばしてくれると一瞬期待したけど、やっぱり騎士鎧から感じた得体のしれないオーラは正しかった。


 ガシイイイィン!!


 大抵の魔物なら確実に命を刈り取れると確信できるほどのレオンの斬撃。その剣のサイズと重さゆえに、俺でもギリギリ剣筋を見切れる速さだ。

 案の定、動く騎士鎧も余裕をもって盾を構えていたけど、


「……くそがっ!!」


 なんと、あのレオンの斬撃を真正面から受け切ってしまった。


「どいて!!」


 反撃を警戒して後ろに下がったレオンと入れ替わるように、リーナが突貫する。

 重い斬撃のレオンとは違って、リーナの剣は速さと正確さが売り。


「い、行け!!」


 誰かが発した声援の通り、目にも留まらないリーナの連撃は騎士鎧のパーツをバラバラに解体する。

 誰もがそう思った。


 だけど、


 キキキキキキイィィィン


「う、うそ……」


 一言で言うなら、まさに鉄壁のガード。

 リーナの連撃は、動く騎士鎧の持つ剣と盾に阻まれてその軌道を逸らされ、そのほとんどが空を切った。

 そして、クリティカルヒットとは言わなくとも装甲部に命中した斬撃は――


「お、おいあれ……」 「リーナが付けた傷が、治ってる?」


 いくら鋼の装甲でも、同等の硬度の金属が衝突すれば、へこみや擦り傷の一つや二つ、できるのが当然だ。

 もちろん、騎士鎧の装甲もその例外じゃなかったようだけど、自己修復という埒外の現象はその後に起きてしまった。


 しかも、最悪だと思っていた事態が、さらに悪化し始めた。


「……レオン、まずいわ」


「ちっ、背に腹は代えられねえか。ルミル!作戦は中断だ!魔法はこっちに向けろ!」


「ええっ!そんなこといきなり言われても……ってなにそれ!!」


 レオンに邪魔されて、素っ頓狂な声で驚いて見せたルミルだけど、俺も含めたその他大勢にとってはそれどころじゃなかった。


 ガシャン   ガシャン   ガシャン   ガシャン


「な、なんだよあれ」 「うそだろ……?」


 今、この大部屋には、二十体の動く鎧がいて、レオン達以外の戦闘組と一進一退の攻防を繰り広げている。

 相手の動きがそれほど早くないおかげもあって、互角の戦いといってもいい。

 そんな最中に、騎士鎧と同じ通路から現れた、さらなる二十体の動く鎧の威容は、戦闘組の士気を圧し折り、鋼鉄の壁の破壊を担当しているルミルを呼び戻すのに十分すぎる破壊力を持っていた。


「まったく、しょうがないわね。レオン!一つ貸しだからね!」


『四元の王の一角、全てを昇華する火のマナよ――』


 ルミルの詠唱が進むにつれ、これまで感じたことのないような威圧感が、小柄な彼女の体から発せられているのを感じる。

 当然、そこから放たれる魔法が、俺が使っている初級魔法とは比べ物にならない威力になることは想像するまでもない。


「全員、ルミルの前を空けろ!!」


『――私に立ちふさがる万物一切を焼き尽くせ!!ドラグフレイム!!』


 ロナードの叫ぶような指示に従ってレオンとリーナを含めた戦闘組が退避した直後、ルミルが持つロッドから放たれた炎の竜が、騎士鎧を含めたほとんどすべての敵を飲みこんだ。


 ゴオオオオオオオオオウウウオオオオオオ!!


 やがて、ルミルの魔法が尽きて、赤い光一色だった大部屋の様子が見えるようになった。


「す、すげえ……あれだけいた鎧達が、木っ端みじんだぜ」 


「これがC級魔導士――いや、A級くらいの威力はあったんじゃねえか?」


 俺のすぐ前のポーター組が言った通り、俺達レイドパーティ以外に立っている者は一つもなく、さっきまで脅威としてそこにいたはずの動く鎧達は、すべてがその場で消し炭になるか、バラバラになって反対側の壁まで吹き飛んでいた。


「けっ、手こずらせやがって。だが、これでようやく帰れるぜ。おいポーター組!売っ払うから原形を留めてる鎧を回収しろ!ひとつ残らずだぞ!それからルミル、悪りいがすぐにもう一発、ふさいでる壁に向かって――」


「……ごめんレオン、どうやらしくじったみたい。借り百くらいの大失敗だ」


 カシャン


「あ?……おいおい、マジかよ」


 最初に動いたのは、無数の鎧のパーツの中でもひと際目立っていた騎士鎧の胴部分。

 それが宙に浮きあがると、バラバラに散らばっていた他のパーツが次々と飛んで元の位置へと収まっていくと共に、黒焦げだった装甲も新品同様の色に戻っていく。


 カシャンカシャン カシャンカシャン


 ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン――



 もう、その悪夢のような金属音を聞かなくても、誰もが分かっていた。

 本当の危機はこれからだってことを。

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