第14話 冒険者の真価と俺の真意


「お、おいどうする?」 「とりあえず、動くかどうか押してみるか」


 その声を鋼鉄の壁のほうから聞こえた瞬間、思わず怒鳴ってしまった。


「触るな!!二重トラップの危険がある!!他の仲間まで巻き添えにする気か!!」


「お、おう」 「わ、悪かったよ、テイル……」


 突然出現した鋼鉄の壁からじりじりと下がるポーターの二人を見て、しまったという思いが腹の奥から沸き上がる。

 だけど、事態は迷っている時間をくれないようだ。


 ゴゴゴゴゴ


「壁が……」 「こっちに向かって動いてるぞ!おい前の奴ら、とっとと行ってくれ!!」


 うわああああ!!


 通路中に響き渡る重低音に、徐々に迫りくる鋼鉄の壁。

 単純だけど、それだけに恐怖感を煽るトラップの威圧感は、武器を持たないポーター組を混乱に陥れるのには十分すぎた。


「前だ!とにかく前に進め!」


 誰が発したのか分からないその声にそそのかされるように、一気にポーター組全員が駆け出した。

 もちろん俺もその例外じゃなく、抗えない人の流れに抵抗する無意味を感じながら、通路を進む。


「出口だ!」


 やがて、通路を照らすヒカリゴケの何倍もの光が差し込むゴールを抜けた瞬間、常人の何倍もの能力を持つこの目が、いち早く周囲の光量に順応して、その大部屋の景色を映し出した。


「これは……」


「てめえら邪魔だ!隅の方に固まってろ!!」


 怒鳴るレオンの声と共に飛び込んできたのは――


 ガシャン   ガシャン


「鉄の鎧が……動いてる?」


 隣にいるミルズがそう呟くのを、「それを言うなら鎧を着た奴らがいる、だろ」と訂正してやりたいところだ。

 だけど、ミルズの言葉は全くもって正しい。

 どう見ても「鉄の鎧が動いてる」としか言いようがないのは、あって当然の部位、首から上が付いていない「首無し鎧」だったからだ。


 ガシャン   ガシャン


「ひ、ひいい」 「く、来るな来るな!」


 どう見ても手入れをしているようには見えない、錆びだらけの粗雑な首無し鎧が、見えている限りで約二十体。

 それらが、これまた錆びだらけの剣や槍を構えて、ぎこちない歩みでこっちに近づいてくる。


 対する俺達レイドパーティは、全部で二十四人。

 数の上では有利だけど、そのうち約半数は、荷物持ち専門で武器を持たないポーター組。

 しかも残る半数の戦闘組も、素人に毛が生えたような未熟な冒険者が多いらしく、突発的な状況に武器を持つ手が震えてる奴も少なくない。

 加えて、この急造レイドパーティのほとんどのメンバーは、普段は別々のパーティに入っていて、連携して戦おうにも、俺も含めてお互いの戦い方なんてほとんど知らないような奴らばかりだ。

 そんな状況で戦意なんて湧き上がるはずもなく、ゆっくりとした動きながらも徐々にこちらを半包囲してきた動く鎧の一団に対して、じりじりと下がることしかできない。


 誰がどう見ても絶望的な状況。

 それでも一矢報いようと、魔石が詰まっているショルダーバッグに再び手を突っ込もうとした、その時だった。

 少しの畏れる様子もなく豪剣を肩に担いで前へと踏み出したレオンと、美しい細工が施されたレイピアを携えたリーナの、二人の背中を見たのは。


「ちっ、二対二十はちょっと多すぎだが、誰かさんががヘマしなけりゃ何とかなるだろ。なあ、リーナ」


「あなたこそ、私の足を引っ張らないでよね、レオン。さっきのような雑な戦い方をして、後衛に迷惑をかけるようなミスは、金輪際無しよ」


「わあってる、よ!」


 その瞬間、一気に前へと駆け出したレオンは、勢いそのままに手近にいた動く鎧目がけて、手にしていた豪剣を振りかざした。


「おらああっ!!」


 ガッシャアアアアアン!!


 迅速な一太刀はそのまま動く鎧の胴に命中、あまりに強すぎる衝撃でバラバラになった鎧のパーツが、近くの動く鎧を巻き込んで盛大な金属音を鳴らした。


「ふっ!!」


 続くのは、レオンから僅かに遅れる形で飛び出したリーナ。

 足音すら美しく感じさせる無駄のない動きで、レオンに近づこうとしていた二体の動く鎧に肉薄。

 リーナのレイピアを持つ手が何度か翻ったと思った次の瞬間には、動く鎧の二体分の四肢がバラバラになりながらリーナの前にに落下した。


「……す、すげえ」 「あれが、今年C級に上がってギルドからも注目され始めたっていう、『青の獅子』の前衛二人……」


 つい二年前までは同じ教室で冒険者を目指していた仲間とは思えない、レオンとリーナの実力に、大部屋の隅で固まっている集団のそこら中からどよめきが聞こえる。


「おいてめえら!これでこの魔物が大したことないってわかっただろうが!わかったなら、剣組、槍組に分かれて隊列を組め!いいか、前に出る必要はねえ。ただひたすら一斉に武器を突き出して、近づいてくる魔物をけん制すりゃあそれで十分だ!後は俺とリーナに任せろ!」


「魔導士や治癒術士、ポーター組は、その後ろで待機ね。特に攻撃魔法を使うタイミングはこっちで指示するから、決して勝手なことはしないこと。いいわね」


 腐っても冒険者。

 威風堂々としたレオンとリーナの言葉に触発された仲間達はすぐさま動き出し、瞬く間に指示通りの隊列を形成した。

 最後列のポーター組さえ、自分達の役割を分かっているらしく、何かに備えて身構えている。

 その様子にただただ驚いていると、不意にミルズが俺の袖を引っ張ってきた。


「テイル、悪いんだが一番後ろまで下がってもらえないか。そこにいられると、いざって時に俺達が動きづらいんだ。まあ、レオン達もいるから万が一は起こらないだろうけど、一応頼むよ」


「あ、悪い」


 一体何に謝ったつもりなのか、真剣な表情のミルズに思わず頭を下げながら、大部屋の隅の隅に移動した。


『ねえテイル、あなたなんで冒険者にならなかったの?』


 さっきリーナに言われた言葉が、再び胸を突き刺す。


 冒険者に「ならない」道しか思い浮かばなかった。

 かといって、冒険者に「なりたくなかった」わけでもない。

 だけど、レオンやリーナのような戦士、ロナードのような治癒術士、ルミルのような魔導士にクラスチェンジするのもピンとこなかったし、実際にレオンとリーナの戦いぶりを見た今でもピンときていない。


 そうだ、俺が冒険者を諦めたもう一つの理由。それは――


「槍組はもう少し間隔を広げて!槍は突くよりも振り回してお互いのフォローができるように――」


「リーナ、離れて!!」


 岩と苔のダンジョン、その大部屋に突然響いたのは、かしましいルミルの大声。

 しかしこの時ばかりは、紙一重で動く鎧の斬撃を躱すことができたリーナの命を救った。


「っ!な、なんで……?」


 驚きを隠す余裕も無い様子のリーナ。


 それもそのはず、油断や隙というものに縁のない性格のリーナは、残存している動く鎧の位置をちゃんと把握したうえで、仲間達に指示を飛ばしていた。

 だというのに、動く鎧はリーナへの不意打ちができた。

 その理由は、俺達全員の目の前で起きている、通常の魔物ではあり得ない現象を見れば、明らかだった。


「よ、鎧が、……元に戻っている!?」


 隊列の隙間から見えたのは、まるで時間を巻き戻すように、立っていた状態へとパーツが戻っていく動く鎧の姿。

 いや、一体だけじゃない――


「ちいっ!!」


「レオン!!」


 さっき、複数体の動く鎧を吹き飛ばしたレオンも、バックステップでこっちに下がってきた。

 その苛立ちの視線の先には、リーナの時と同じように元に戻った動く鎧の姿。


「……どうするレオン。一体一体は大したことがなさそうだが、向こうがどれほどのタフネスか分からない以上、足手まといがいる状況で消耗戦は避けたいところだが」


 いつの間にかにレオンの背後まで移動していたらしいロナードが、冷静な言葉を投げかける。


「……仕方がねえ。あのムカつく鎧共は俺とリーナで引き付けてやる。その間にルミル、お前があの通路を塞いでやがる鉄の壁を何とかしろ」


「え?それって、思いっきりやっちゃっていいってこと?ホントに?」


「ああ。今日は手加減無しでいい。最悪、荷物持ち共を巻き込もうが文句は言わねえ。だからとっとと――いや待て」


 なぜかうきうきと鋼鉄の壁に向かって走り出そうとしたルミルを、唆したはずレオンが止めた。

 その視線は、俺達の退路を断っている鋼鉄の壁の反対側――強化された俺の視力ですら見通せない、暗闇に支配されたもう一つの通路に向けられていた。


 カシャン   カシャン


 聞こえてきたのは、規則正しくもさっきよりも軽やかな金属音。

 その音の主を確かめようと、レオンもリーナも動かない。

 しかも、俺達を襲う絶好の機会のはずの、動く鎧すらも動かない。


 その理由はすぐに分かった。


 カシャン


 暗闇から出てきたのは、首無しの動く鎧。

 ただしこれまでとは全然違う、煌びやかな光沢を放つ、大貴族が着ていそうな銀色のフルプレート。

 その両の手には、一目で業物と分かる紋章入りの盾と、大ぶりの片手剣が握られている。

 何より目が離せないのは、その動く騎士鎧が放つオーラが、こっちの最大戦力であるレオン並みか、それ以上の強さを醸し出しているからだった。


「……前言撤回だ。あの騎士鎧の相手は俺とリーナでする。ロナード、お前は荷物持ち共を使ってルミルに群がろうとするクソ鎧共を食い止めろ。いいな!!」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、動く騎士鎧に向けて突撃していったレオン。

 さらに阿吽の呼吸と言わんばかりに、リーナが続いて駆けて行った。

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