第13話 突き付けられた事実と甘くない現実


 ドロップアウトした俺が、正式な冒険者を差し置いて出しゃばってしまったと一人後悔しているうちに、混乱が一通り収まったらしい。

 前方の魔物の掃討が終わったんだろう、レイドパーティの先頭を行っていたはずのレオン達が姿を見せた。


「おいおい、なんだよこの体たらくは。だから荷物持ち共にも武器を持たせとけって言っただろうが」


「仕方がないだろう。彼らには俺達の分まで荷物を背負ってもらっている」


「その代わりに戦闘はこっちで担当、ポーター組には指一本触れされないって話じゃなかったっけ?」


「う、うるせえなルミル!ちょっと勢い余って急所を外しちまっただけだ!それよりロナード、とっとと怪我人を治療しろ。いくらザコでも、荷物持ちが怪我したままじゃ動くに動けねえからな」


 好き勝手に言うレオンに肩をすくめながらも、残りの怪我人に治癒魔法をかけて回るロナード。

 その馴れた動きに感心しながら隅の方で見ていると、俺とヒカリゴケの間を遮る影ができた。


「あの猿の魔物、仕留めたのはあなたなの、テイル?」


 見上げた先にいたのは、リーナ。

 ダンジョンの中だからだろうか、その眼差しがいつもより厳しい気がする。


「あ、ああ。たまたま手に持っていた魔石を無我夢中で投げたら、運よく命中してな。当たり所が良かったのか魔物が動きを止めたんで、とどめは簡単だったってわけだ」


「……他の奴は騙せても、私は騙されないわよ。冒険者学校でも投石のスキルの練習に熱心だったあなたが、この程度の距離で外すわけがないじゃない」


「そ、それは……」


 間髪入れないリーナの追及に、言い訳が続かなかった。

 断定的な口調に気圧されたこともあるけど、なにより冒険者学校では目立たず人付き合いもほとんどなかった俺のことを、リーナがそこまで見ていたとは、夢にも思わなかったからだ。


「ねえテイル、あなたなんで冒険者にならなかったの?――ああ、退学理由は知ってるわ。直接教官を問い詰めたら教えてくれたもの」


 おいおい……


 俺の事情が他に漏れるとしたら、それは退学の時に話し合いを持ったマッチョ教官以外にあり得ない。

 あの教官、脳筋じゃないかと前から思っていたけど、教え子の個人情報を漏らすほどにおつむが残念だったか。


「ならわかるだろ、リーナ。元々俺には冒険者になる道なんてなかったんだ。俺にできたのは、精々ノービスの力を使って、今の暮らしを少しでも楽にする努力くらいだった。自由があるお前らとは、最初から違ったんだよ」


 リーナの剣幕に押されたせいだろうか、自分でも今まで考えたこともなかった思いが、独りでに口をついて出てくる。

 そんな俺達の様子を恐れてか気を遣ってか、他の同期は誰も近寄らないどころか会話の内容までは聞こえない距離まで離れている。

 そのこと自体は不幸中の幸いだけど、不幸なことにリーナの追及はまだ終わっていなかった。


「テイル、講習を真面目に受けていたあなたなら知っているはずよ。広く門戸を開いている冒険者ギルドでは、冒険者になりたくてもなれない人達の様々な事情を考慮して、手厚い支援や相談窓口を設けていることを。あなた、そういう救済措置を一度でも利用したことがあったの?私の知る限りではなかったはずよ」


「それは……」


「さっきの質問をもう一度するわ。なんで冒険者になろうと思わなかったの?仕事の合間の限られた時間で、あれだけ真面目に講習を受けて、実技では誰よりも真剣だったあなたが、どうして自分から道を閉ざすようなことをしたの?」


「俺は……」


「おいリーナ、なに油を売ってんだ!そろそろ荷物持ち共の治療が終わる。俺達で一足先に出発して、魔物を駆除しとくぞ」


「――今行くわ、レオン」


 そう言ったリーナは、俺の返事を聞くこともなく去って行った。

 いや、きっと聞くまでもないと思ったのかもしれない。


 なぜなら、リーナに突き付けられた冒険者になる道は、返事どころか、今まで考えたこともなかった方法であり、俺が目を背けてきた、あり得たかもしれないもう一つの人生だったからだ。






 その後、再び隊列を組み直して出発したレイドパーティは、本当に何事も無く順調に進んだ。

 さっきのような、後列に魔物がすり抜けてくるようなこともなかった。

 そこは俺達同期の出世頭、いつもは傲岸不遜なレオンも、欠点をすぐに修正するくらいの素直さは持ち合わせていたらしい。

 そんなレオンと比べると、再び隣に来たミルズが場を和ませようと色々と話しかけてくれたのに生返事になってしまった俺は、やっぱり冒険者に向いてなかったのかもしれない。


 とにもかくにも、そうして適度なところまでダンジョンを進んで全員に十分な報酬が行き渡るくらいまで稼ぎ、日が暮れる前には街へと戻って解散、和気藹々とした雰囲気の中、二年ぶりの冒険者学校の同窓会は幕を閉じた。



 そうなると思い込んでいた。



「おい全員聞け!ここからは未踏領域に入る!」


 周囲に異変がないか気を付けていたつもりだったけど、ただ隊列が進むままに任せていた。

 その、ダンジョンで最もやってはいけない行為、惰性から来る状況への慣れが、引き返し不能点ポイントオブノーリターンに踏み込んでしまっていたことに、迂闊にも気づかなかった。


「冒険者の端くれなら全員知ってるだろうが、未踏領域には誰も見たこともないようなアーティファクトや財宝が唸っていることもある!ギルドでは未知のダンジョンってことで注意喚起が出ていたが、なあに、俺のパーティ「青の獅子」にかかれば出来立てのダンジョンなんざ楽勝だ!お前ら、魔物は全部俺達が倒してやるから、金目のものを一つたりとも見逃すなよ!!」


 おおおおおおっ!!


「ちょ、ま――」


 思わず制止の声を上げようとするけど、他のポーター組の歓声のせいで掻き消される。

 どうやら知らなかったのは飛び入り参加の俺だけで、他の連中は未踏領域のお宝目当てでこのレイドパーティに参加したらしい。


 だけど、その考えは甘すぎる。


 たしかに、レオン達ならこの岩と苔のダンジョンに出てくる魔物程度なら、特に苦戦することもなく倒せるだろう。これは、一階で出てきた魔物の弱さから言ってもほぼ間違いない。


 だけど、魔物の強さとダンジョンの脅威度は一致しない。

 数ある冒険者学校の講習内容の中で、特に不人気だったのが、ダンジョン学だ。

 その中で担当教官が言っていた。


「ダンジョンで最も気を付けるべきは、三番目に残りの食糧。二番目に魔物の強さと傾向。そして一番に気を付けるべきは――」


 ガシャン!!


 その音――重厚な鉄の塊の落下音は、何の前触れもなく起きた。


 後ろを振り返ると、そこには数人の見覚えのあるポーター組と、全く見覚えのない鋼鉄の壁。

 どうやらさっきの音は、あの鋼鉄の壁が石床に激突した音だと確信する。


 そして――


「おいお前ら、すぐに後退しろ!トラップだ!!」


 まだ姿は見えない前方から、レオンの聞いたことのない焦りの色を帯びた声が届いた。

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