第11話 ダンジョン地下一階にて
岩と苔のダンジョン。
最近、街の近くに発生したというダンジョンの名前だ。
ダンジョンがなぜ発生するのか、最新の研究でもまだよくわかっていないらしい。
なんでも、地上よりはるか深くに溜まった魔力が、何らかのきっかけで大小さまざまな空間を生み出すことで発生するらしい。
その副産物として、地上ではお目にかかれない希少な素材や、強力な魔物、奇想天外なトラップが発生する。
中には、人の手ですら作り出せない強力な武器や魔道具まで、ダンジョンで見つかることがあるというんだから、ますますダンジョンの謎は深まるばかり。
というのが、冒険者学校で習ったダンジョンの基礎知識だ。
そもそも、ダンジョンに潜る予定が一切なかった、冒険者学校時代の俺にとって、試験のための最低限の知識しか覚えるつもりがなかったというのが、正確だ。
で、本題は、俺を含めた冒険者学校同期レイドパーティ総勢二十四人がこれから攻略しようという、岩と苔のダンジョンについてだ。
その名前を聞いて誰もが思うだろう、「岩と苔」なんていう、あまりに地味でパッとしないネーミングセンスだけど、実は発生したばかりのダンジョンの名前なんてのは、大体地味で特徴がないものらしい。
というのも、生まれて日も浅いダンジョンは、当然冒険者による攻略もほとんど進んでおらず、最初に派手な名前を付けて後から驚くような特徴が発見された時、ダンジョンのイメージがややこしいことになるからだそうだ。
つまり、岩と苔のダンジョンという名前はあくまで仮の呼び名で、ダンジョン攻略が進むにつれて正式な名前が決まっていくことになる、らしい。
「中には、完全攻略した冒険者の名前を付けられる場合もあるらしいぜ。まあ、俺みたいな弱小冒険者にとっては、夢のまた夢みたいな話だけどな」
当然、後半のウンチクじみた知識は、俺のものじゃない。
すでに岩と苔のダンジョンの地下一階に入っているのに、消耗品が大量に詰め込まれたリュックを背負いながら暢気にピクニック気分で喋りまくっている、俺の隣の奴の口から出た知識だ。
「それにしてもテイル、お前変わってないな。経験値稼ぎを適当にやってる俺ですら、二年も経てばこんなになるんだぜ」
そう言って、半袖から覗く太くがっちりした腕をこれでもかとアピールしてくるのは、冒険者学校で隣の席だった、ミルズだ。
「まあ、森でツノウサギを狩る程度の体力は、ノービスのジョブのお陰でついたけどな」
「それだよそれ!単位落としそうだった俺と違って、そこそこの成績だったテイルが、まさかの卒業前日に辞めちまうんだもんな。あの時は俺達も教師連中も驚いてたんだぜ。」
「まあ、俺にもいろいろ事情があったんだよ」
「ふーん」
「おいてめえら!何ぼさっとしてやがる!さっさと素材を回収しねえか!このウスノロ共が!」
話題の尽きない様子のミルズに俺がうんざりし出した頃、レイドパーティの先頭を行くレオンから罵声が飛んできた。
「うへえ、同期の出世頭様の機嫌を損ねる前に、とっとと回収しちまおうぜ」
さっきまでの無駄に多い口数を棚に上げたミルズが、ダンジョンを薄暗く照らすヒカリゴケの明かりを頼りに、通路に散らばっている素材と魔石を回収し出し、俺もそれに続く。
基本的に、ダンジョンで生まれた魔物は、死亡時に肉体を遺さない。
代わりに、体内の魔力が集まった素材と魔石をドロップして、消滅する。
この現象もダンジョンの大いなる謎の一つなんだけど、普通に肉体を残して死なれていたら、今頃この通路は血と臓物の匂いで大変なことになっているので、俺個人としては大助かりだ。(確か魔物ごとに肉体を残せる倒し方があったはずだけど詳しくは知らない)
「それにしても、レオン達のパーティは半端ねえな。見ろよ、いくら地下一階だって言っても、次から次へと襲ってくる魔物達がゴミのように吹っ飛んでいくぜ」
ミルズに言われて、俺も派手な音と光が乱舞している少し先を見る。
ここからだと実際の戦闘シーンはよく見えないが、時々吹き飛んで通路の天井に叩きつけられている魔物の消滅する姿を目にするだけで、レオン達の戦いぶりがよくわかる。
その証拠に、背後に控えている他のパーティの出番が回ってきている様子が一切ない。
もっと言えば、魔物の素材と魔石回収に勤しんでいる、俺達成績下位組のポーター係の方が働いているくらいだ。
だけど、良く言えば派手、悪く言えば雑な、レオン達のやり方に一抹の不安を覚えて、なんとなく後ろ腰に差した剣鉈に手をやる。
そんな俺の動作が不運を引き寄せたのか、それともノービスの多少鋭敏な感覚が何かを察知したのか、恐れていた事態は起きた。
「キシャアアアアア!!」
奇声を上げながら前方から弾き飛ばされてきたのは、俺達の半分くらいの背丈の、猿の魔物。
どうせこいつもすぐに消滅すると高を括った、他のポーター係は視線すら向けていないけど、曲がりなりにもこの二年ほぼ毎日魔物と戦ってきた俺の勘は、猿の魔物の眼がまだ死んでいないことを見逃さなかった。
「ぎゃあっ!!」
天井に叩きつけられた反動で鋭角に落下してきた猿の魔物の鋭く長い爪で、隣にいたミルズの自慢の二の腕に深い裂傷が走る。
「うわあっ!こいつ生きてるぞ!」 「逃げろ!」 「いや、前のレオン達に助けを!」
たかが一匹の小型の魔物相手に右往左往するポーター組。
それもそのはず、戦闘の一切を前を行く成績上位組に任せて、自分達は荷物持ちに徹して武器の一つも手にしていないから、戦いたくても戦えない状態なのだ。
「邪魔だどけ!!」
異変に気付いた戦闘組がこっちに来ようとするが、算を乱して逃げているポータ組が道を遮って、なかなかこっちまでたどり着けない。
……あと一人二人くらい襲われれば戦闘組が倒してくれるんだろうけど、さすがに後味が悪いな。
そんな結論に落ち着いて心の中だけで溜息をつきつつ、ショルダーバッグに詰め込んでいた手ごろな魔石を一つ掴み、無造作に『投石』のスキルを使用した。
ギャッ!?
さすがはスキルの補正力。ダンジョンの狭い通路だろうがすばしっこく動き回る小さなターゲットだろうが関係なく、魔石は猿の魔物の横っ腹に命中。
自分の頭ほどもある魔石にあばら骨を砕かれた猿の魔物は、ヒカリゴケが照らす壁に激突した後、その場で悶絶し始めた。
その間に背負っていたリュックを降ろした俺は、焦らず急いでを意識しながら猿の魔物に歩み寄り、腰から抜いた剣鉈をその首筋へと振り下ろした。
ガチン!!
通路に響いたのは、骨が経たれる音というよりは石畳の床に剣鉈が衝突した金属音。
しかしそれだけに魔物の命を絶った非情さをよく表現しているなと、頭の片隅で思った。
「て、テイル、お前……」
「まだ動かない方がいいぞ、ミルズ。『ファーストエイド』」
そんな俺を、二の腕からドクドクと血を流しながら呆然と見ているミルズに近づき、応急処置の魔法をかける。
「後は治癒術士にちゃんと治してもらえ」
とりあえず傷の止血に成功したのを確認してそうミルズに言った俺は、奇妙なものを見るような、他の元同期のいくつもの目に晒されて居心地を悪くしながら、ダンジョン攻略が再開されるまでの時間を、通路の片隅に座り込んでじっと待つことにした。
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