第10話 過去からの甘い誘惑
「人違いじゃないですか?急いでるんで」
「待てよ。俺は記憶力がいいんだ。てめえのそのみすぼらしい恰好と、陰気な面を忘れるもんかよ。なあ、テイル」
そう言ってこの場を去ろうとした俺の肩を、簡素な革のジャケットごとがっしりと掴んだのは、真新しい鋼の鎧に身を包んだ若い男。
金貨と見間違うほどのまばゆい金髪に、色白の整った顔立ちに青みがかった瞳が宝石のように煌めいている。
ただ唯一、そのイケメンぶりを台無しにしているのは、険のある眼差しに宿った明確な悪意の眼光だ。
この男の名は、レオン。
冒険者学校の俺の同期で、首席で卒業した冒険者ギルド期待の星だ。
「ちょっとレオン。ただでさえ遅れているんだから――あれ、もしかしてテイルじゃない?」
「本当だな。見るのは卒業の前日以来か」
「わわっ!激レアキャラじゃん!テイル、おっひさー!」
レオンを視界に収めた時からそうじゃないかと思っていたけど、やっぱり連れがいたようだ。
しかも、こっちに近づいてくる三人の顔には、どれも見覚えがあった。
つまり、レオンと同じく、俺の元同期だ。
「久しぶりね、テイル。いきなりいなくなったものだから、てっきり野垂れ死んだかと思ってたわ」
一人目はリーナ。
レオンよりは軽装だけど、高価そうな金属鎧に腰には細身の剣を差している、剣士姿の男装の麗人といった格好。
その中性的な美貌と優れた剣の腕から、冒険者学校時代は女子からの人気ナンバーワンだった。
「おいリーナ、それは言い過ぎだろう。たとえそういう噂が広まっているとしてもだ」
二人目の、ナチュラルに失礼な男はロナード。
白を基調とした清潔感漂う衣装と小さな宝石がはめ込まれた杖を持つ姿は、治癒術士特有のもの。
実家は代々治癒術士を輩出してきた家柄らしく、冒険者学校では他の奴らと一線を画した知識と教養を自慢していた。
「別にいいんじゃない?テイルって、そういうの気にし無さそうな性格だったし。ね、テイル」
三人目の、妙に馴れ馴れしいのがルミル。
本気で冒険者になる気があるのかと周囲から疑われるほどのサボり魔だったけど、ノービスが扱える初級魔法においては右に出る者はいなかった。
そして、羽織っている黒いローブと手にした節くれ立ったロッドを見る限り、順当に魔導士のジョブにクラスチェンジしたようだ。
「気にしてようが違おうがどっちでもいいだろ。所詮冒険者学校ごときで諦めた落ちこぼれだぜ?」
そして、どうやら四人の中でリーダー格を気取っているらしいのが、レオン。
口だけではなく、その実力は主席卒業という実績からも明らかで、尊大すぎる物言いに反感を抱く奴は少なくなかったけど、その全てを腕力で黙らせてきた。
その言動が表だって問題にならなかったのは、実力至上主義の冒険者業界の常識――というよりは、騎士の次男坊という、平民とは一線を画した家柄だともっぱらの噂だった。
「でも、ちょうどいいところで会ったわ。ねえテイル、今から私たちといっしょに来ない?これから久しぶりに、冒険者学校の同期で同窓会をやることになってるの。まあ、同窓会といっても、出席者全員でレイドパーティを組んで、最近近くに出現したっていうダンジョンを攻略するのだけれどね」
リーナの突然の申し出は思いもかけない――というほどでもなかった。
冒険者学校では騒がず目立たず、講習終了後は脇目も振らず直帰していた俺に、本当の意味で仲間といえる同期は一人もいない。
だけど、そんな俺にリーナはよく話しかけてきていた。
その内容も、ほとんどがノービスの能力やスキルに関することで、プライベートにまで踏み込んだことはほぼなかったと思う。
理由は分からない。特に親密になるイベントがあった覚えはないし、何度か講習でペアになったことくらいしか接点はなかったはずだ。
そんな奇妙な繋がりも俺の退学で幕を閉じたと思ったんだけど……
そんなことを考えながら返事を迷っていると、俺を見つめるリーナの肩を、馴れ馴れしい手つきでレオンが叩いた。
「おいおいリーナ、勘弁してくれよ。テイルは冒険者じゃないんだぜ。ポーター代わりの荷物持ちは戦力外のザコどもにやらせりゃいいし、そのザコ以下のテイルを連れて行ってうっかり死なせたりしたら、俺達が責任取らされるんだぜ?」
レオンの物言いは相変わらずムカつくの一言だけど、ここでキレるなら冒険者学校に入ったその日にとっくにキレてる。今更な話だ。
どうやらレオンは、久しぶりに俺を見かけて絡んできただけらしいと、見当がついた。
このまま適当にあしらっていれば興味をなくしてくれるだろう。そんな俺の期待は、思わぬところから覆された。
「あら、レオンは足手まといが一人増えたくらいで、怖じ気づいちゃうの?」
「バ、バカなこと言ってんじゃねえ!この俺が、そ、そんなわけねえだろうが!」
「でも、今日のレイドパーティの先頭を行く予定のあなたがテイルを連れて行けないってことは、魔物を倒し切れずに、後衛に被害が及んじゃうってことなのよね?悪かったわレオン、私、あなたがそんなに自信がなくて臆病な性格だとは思ってなかったの」
「は、はああ?そんなわけねえだろうが!!……そんなに言うならそこの足手まといも連れて来ればいいだろうが!ただし、俺は何があろうと手を出さねえからな!リーナ、お前が面倒見ろよ!」
「もちろん、そのつもりよ」
誘導されているのを知ってか知らずか、リーナにそう言い放ったレオンは俺の方を見向きもせずにさっさと行ってしまった。
「レオン!!」 「えー、結局どうなっちゃうのー?」
その後を追いかけて、ロナードとルミルは俺に一言もなしに行ってしまい、リーナだけが残った。
「さあ、行くわよテイル」
「い、いや、突然そんなことを言われても……」
「あら、その格好、どう見ても準備はできてるように見えるけれど?」
そう言ったリーナは、革装備の俺の姿をじっと見てくる。
言外に「粗末だけれど実用性ではギリギリ合格ね」と聞こえてきそうな眼差しだ。
「別に、白のたてがみ亭の用事があるってわけでもないんでしょう?なら付いて来なさい。少なくとも、いつもの稼ぎの五倍は保証してあげるわ」
「うぐっ」
なぜそれを、と言うと藪蛇になりそうだったので、何とかうめき声の続きを飲みこむ。
白のたてがみ亭のことといい、どうやらリーナは思ったよりも俺のことを知っているらしい。
さらに始末に負えないことに、今の俺は狩り以外に特に予定がなく、リーナの提案は渡りに船の状況だった。
正直、いつもの五倍の稼ぎは喉から手が出るほど欲しい。
「心配しなくても、あなたの扱いは一つのパーティに一人許されているポーターということで、ギルドに申請するわ。特に身元を明かす必要もないし、うってつけのバイトだと思うけれど?」
止めとばかりに、俺にとっての鬼門である冒険者ギルド問題まで解決され、俺の退路は完全にふさがれた。
「……よろしく頼むよ」
「まあ任せなさい。貴方が袖にした冒険者というものがどれほどのものか、思い知らせてあげるわ」
最後、クールビューティのイメージしかないリーナの口元がわずかに上がったのは、俺の気のせいだろうか。
その事を確認する機会がノービスの俺には二度と訪れなかったことを、後に知ることになる。
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