第7話 成長したことと失敗したこと
「ううっ、さむっ!」
新年が開けて一月。
肌を刺すような冷たさはまさに本番で、まだまだ春の訪れを予感するのは先のころ。
それでも、かつてほど冬が苦手じゃなくなったのは、二年半前にノービスの恩恵で身体能力が強化されたおかげだろう。
『イグニッション』
まだ誰もいない厨房で、薪を入れ終えた三つのかまど目がけて同時に発火の魔法を放つ。
冒険者学校を退学したばかりのころにはできなかったことだ。
「よし」
それぞれのかまどに火が入ったことを確認する。
もちろん、発火の魔法はちゃんと発動しているんだけど、魔法の結果と薪に火が付くことは、全くの別の現象だ。
きちんとこの目で見届けておかないと、大事故につながる危険だってある。
そうしてかまどが温まり始めたところで、戸棚からやかんを出す。
「今日も早いな」
「おはようございます」
そこで声をかけてきたのは、この二年半でますます料理の腕に磨きをかけてきた、ダンさんだ。
俺はダンさんにお茶を勧めるジェスチャーを出し、頷きの返事が来たので、二人分のカップを用意する。
そして、調理場に備え付けてある水瓶の前に立ち、力ある言葉を唱える。
『ストリーム』
水の初級魔法によって操作された大きな水の塊が水瓶から抜け出し、俺が持つやかんを包み込む。
その間はわずか。まるで時間を巻き戻すように水の塊は水瓶に戻り、その中にあったやかんにはすでに並々と水が注がれている。
最初の頃は、後で布で外側を拭き取らないといけないほどに水浸しのやかんだったけど、今では魔法にも慣れて、水滴一つ残さないように操れている。
「大したものだな。昔、魔導士が水魔法を使うところを一度だけ見たことがあるが、あちこちに水が飛び散って、見るも無残な光景だったのを憶えている』
「魔導士の価値は、どれだけ威力のデカい魔法を使えるかで決まりますからね。後始末のことなんて考えたこともないんだと思いますよ」
そうダンさんに答えながら、やかんを左のかまどにかける。
すでに十分に温まっていたかまどはすぐにやかんを沸騰させ、俺とダンさんがお茶にありつくのにそんなに時間はかからなかった。
「……便利なものだな」
「何がです?」
かまどの火と熱いお茶でようやく体が温まり始めたころ、ダンさんがぽつりと言った。
「もちろん、お前の魔法のことだ」
ダンさんは、かまどを赤々と照らし続けている火を見ながら続けた。
「普通、魔法といえば、魔導士の専売特許。つまり、冒険者学校を出るか、貴族やその家臣のように王都の魔導院で教えを乞うしか、方法はない。まあ、俺達のような庶民には本来縁のない代物だが、まさかこんなふうに生活に役立つ魔法があるとはな」
「でも、魔物相手の戦闘じゃほとんど役に立たないですけどね。俺はそういう皮肉も込めて、生活魔法って勝手に呼んでますけど」
「生活魔法か、言いえて妙だな。代用は利くが、あって困るものではないからな」
ふっ、と笑うダンさん。
その後で、幾分か顔を引き締めて俺に言った。
「だが、その便利すぎる魔法が、いらん厄介を持ち込むこともある。テイルお前、契約期間が延長になったらしいな」
「聞きましたか」
白のたてがみ亭の中でもまだほとんど知らないはずなんだけど、俺につらく当たる従業員ばかりの中で、数少ない公平に接してくれる一人のダンさんに、隠すことなく頷く。
「いくら契約書が旦那の手にあるからといって、すべて言いなりになることはなかったんじゃないか?」
「そうかもしれないですね」
「はっきり言って、今のお前の働きは従業員三人分くらいにはなっているはずだ。たとえそれが雑用ばかりだとしても、最近ますます人手が足りない白のたてがみ亭にとって、お前は無くてはならない存在になっている。そのお前との契約がもうすぐ切れるとなったから、旦那は汚い手を使うことにしたんだろう」
「……こればっかりは、旦那様の考え次第ですから」
ダンさんの言う通り、ノービスの力を手に入れたばかりの頃、俺はちょっと調子に乗ってしまった。
普通の人より優れた能力をフルに生かして、あのゴードンが唖然とするほどに手早く一日の仕事を片付けてしまったのだ。それも何日も。
あの間抜け面を拝めたことは我ながら痛快だったけど、その後が良くなかった。
ノービスの力の凄さを目にしたゴードンは、次の日からこれまでの五倍の仕事量を俺に押し付けてきたのだ。もちろん、給金を上げることなく。
「余計な金を使う余裕はウチにはないからな!!」と堂々と言ってのけたゴードンは、それだけじゃ飽き足らず、俺の他に雇っていた雑用係の下男を解雇してしまったのだ。
あの時は本当にしんどかった。
体力の消耗はもちろんだけど、いくら消費の少ない生活魔法だって魔力を消費する。完全に魔力が枯渇すれば、命の危険だってあるのだ。
そういう理解のないゴードンのあまりの無茶ぶりに、本気で脱走しようと思ったほどだ。
それをギリギリのところで何とか踏みとどまれたのは、唯一の味方のターシャさんの励ましと応援があったからだ。
「せっかくノービスっていう、他の人にはない力を手に入れたんだもん。テイル君はここが踏ん張りどころだと思うよ。旦那様だって馬鹿じゃない。今テイル君が倒れたら、白のたてがみ亭が立ち行かないことくらい分かってる。あたしから旦那様にこれ以上テイル君の負担を増やさないように言っておくから、やけを起こして真っ当な道を外れることだけはしないで、ちゃんとした大人になるってあたしと約束して」
あの言葉がなかったら、たぶん、俺は今ここにいない。
いまさら、契約を反故にされたくらいで腐ることはない。
そんな俺の思いが伝わったのかもしれない。
ダンさんが今まで以上に言いづらそうな顔になり、それでもこれまでほとんど口にしてこなかった話題を振ってきた。
「……しかし、ターシャももうすぐここを去ることになるのか。せめて、お前達がもう一度会う機会があればいいんだが」
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