第2話 退学の説得
「ま、待ちたまえ!」
教官に直接言ったし、退学届も渡したので帰ろうとしたが、なぜかそのマッチョ教官に呼び止められ、面談室に来るように強制された。
解せぬ。
だけど、退学届けは出しただけでまだ受理はされていないし、仮に受理されて教官と生徒の関係から赤の他人同士に戻ったとして、ものすごい勢いでマッチョに肩を掴まれてちょっとこっち来いよと言われたら、果たして断れるだろうか?
俺には無理だった。
「さあ、話を聞こうじゃないか、テイル=モーレッド君!」
「いえ、話すも何も、冒険者学校を辞めたいってことだけなんですが」
「それが意味が分からんというのだ!冒険者だぞ!金貨一枚という多額の入学費を代償に、実力があれば富や名声を得ることも夢ではない職業なのだぞ!」
「そうですね」
「そんな憧れの冒険者になる寸前で退学だと!正気かね君は!?」
熱弁するマッチョ教官。
確かに、冒険者になるには安くはない費用が掛かるし、堅実に経験と実績を積めば、引退までに一財産作れるくらいの金を稼ぐこともできるらしい。
まさに夢と希望に満ちた職業なんだろう。
少なくとも、俺以外には。
「俺、ちゃんと正気ですよ。別に成績が足りないわけでもないですし」
「そうだ!クラスの補習者リストに君の名前が載ったことは一度もなかった!かといって成績上位に来たこともなかった!おそらくモーレッド君は中の中の成績のはずだ!」
「俺のことを認識すらしてないじゃないですか。この脳筋」
と思ったことは、口にせず。
ただ、このマッチョ教官が本気で俺のことを心配してるのか、それとも退学者一名を出したという不名誉な記録がイヤなのか、このままじゃ埒があきそうにない。
仕方ない、本心を打ち明けてとっとと帰るとしよう。
「俺がこの冒険者学校に来たのはですね、ノービスになりたかったからなんですよ」
「は……?」
なぜか魂が抜けたような間抜けな顔になったマッチョ教官だが、暑苦しい熱弁が止まったのでこのまま続ける。
「だって便利じゃないですか、ノービス。火、水、土、風の四大属性に加えて治癒の基礎魔法が使えて、一般人を軽く圧倒できる身体能力強化と五感強化がデフォルトでついてて、剣と投石の熟練度補正まであるんですよ。まさに万能職じゃないですか」
これまで頭の中で思い描いてはいても、決して他人に話したことのなかった思いを、マッチョ教官にぶちまける。
だけど、慣れない熱弁を振るっているせいだろうか、俺が話すごとにマッチョ教官の表情筋がひくつき始めていた。
「な……何を言っているのかね、君は。ノービスごとき、所詮は基本職に就くためのお遊び程度の能力しか与えられない、いわば欠陥職なんだぞ。そんな下らないもののために、君は金貨一枚という大金と貴重な時間を無駄にしたというのかね?」
カチン。
無駄とはなんだ、失礼な。
だけど、ここでマッチョ教官と口論になっても、良いことは一つもない。
それどころか、成り行き次第では衛兵に通報されてすぐさま牢屋行きになる可能性だってある。
冒険者学校の教官は、元は全員が熟練冒険者で、しかも王宮や貴族から厚い信頼を得ていないとなれないらしい。
つまりマッチョ教官は、適当に理由をでっち上げて無実の罪の俺を牢屋にぶち込むくらいの権力を持っているのだ。
ここは何としてもマッチョ教官を納得させねば。
そしてもちろん、そのための理論武装は準備済みだ。
「教官。教官の言う通り、俺の総合成績は中の中でしたけど、学科に関しては優秀だったはずです」
「う、うむ、そうだったか?だが、最低限のルールを憶える必要はあるが、やはり冒険者のたまごとしては実技で優秀でなければ――」
「とにかく、俺はノービスの扱いについてもちゃんと調べ上げたんです」
やはり外見通りに脳筋なのか、マッチョ教官の興味が横道に逸れそうなところを、無理やりに話の筋を戻す。
「それによると、ノービスのジョブのままで冒険者学校を退学してはならないという記述は、一切ありませんでした」
「バカを言うんじゃない。たった半年の講習とはいえ、冒険者学校の蔵書は相当なものだぞ。ノービス関連だけとはいえ、それを講習の合間にすべて調べ上げるなど不可能だ!」
「そう言われると思って、該当する記述がある資料のページの一覧をメモっておきました。お疑いなら調べてみてください」
「う、ううむ、……だがしかし、いくら半人前とはいえ、冒険者学校の退学生を何の誓約も無く街に解き放つのは……しかも常人をはるかに超える能力を身に付けて……」
「大丈夫ですよ。実質的な扱いは、引退した元冒険者と同じ平民でしょうし、もし俺が良からぬことを企んでも、それこそ本物の冒険者の手にかかればひとたまりもないんですから」
自慢じゃないが、中の中の俺の成績は、実技だけに焦点を絞った場合、確実に下の下に入る。下手をすれば、魔導士や治癒術士に素手の殴り合いで負けるレベルだ。
この先、ノービスの俺がどれだけ経験を積んだとしても、初心者戦士に勝つことは未来永劫無いと断言できる。
「なんならしばらくの間、俺のことを衛兵に監視させても構いませんよ。どの道、三年はこの街を出られない身分なので」
「む、そうか、君は『契約』を交わしているのか……」
何かに気づいた表情でそう言ったマッチョ教官は、そのまましばらく考え込む素振りをした。
果たしてそれがただのポーズか、それとも本当に俺の処遇を考えているのかはわからなかったが、やがて俯いていた顔を上げた。
「わかった。私の権限で君の退学を認めよう。ノービスのジョブに関してもそのままでいい。もともと君は学科で優秀なようだし、授業態度も特別悪かった記憶がない。それとこう言っては何だが、私は明日のクラスチェンジの儀式の準備で忙しいのだ。正直、冒険者になる気のない退学希望者一人に関わっている暇はない。そんな暇があれば、未来ある冒険者のたまごのために使ってやりたいのが本音なのだ」
随分な言われようだ。
普通は、まともな人として扱われていないことに怒るところなんだろうけど、俺にとっては好都合なだけなので特に腹も立たない。
むしろ、いつも自己主張の強すぎる筋肉がうるさかったマッチョ教官を、初めて見直したくらいだ。
「退学届けは受理した。そして、入学時の規約通り、授業料の金貨一枚は返還できない。これでいいかね、モーレッド君?」
「もちろんです。お世話になりました……教官」
俺は最後に感謝の言葉をマッチョ教官に述べようとしたが、肝心の名前を忘れてしまったので中途半端なあいさつになってしまった。
まあ、忘れん坊はお互い様なので許してほしいと、心の中だけで言っておいた。
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