チュートリアルで引退したノービス冒険者、1000日後に古代の力を手に入れる

佐藤アスタ

ノービス

第1話 冒険者学校退学


 冒険者。


 その職業に憧れたことがない奴は、一人もいないと言っても過言じゃない。


 ある者は剣や槍で戦い、ある者は強力で派手な魔法を操り、ある者は癒しの奇跡で味方を回復し、ある者は強化された五感で敵や罠の位置をいち早く察知する。


 そんな能力を駆使し、あるいは仲間に助けてもらいながら、魔物、魔族、ダンジョンといった、前人未到の地へと赴き、人々からの名声や巨万の富を得る。


 これが、みんなが夢見る冒険者の理想だ。


 だけど、みんなは忘れている。いや、気づこうとしない。


 確かに、戦士、魔導士、治癒術士、スカウトの四つのベースジョブはどれも素晴らしいし、魔物や魔族の脅威から人々を守るには必要不可欠なんだろう。それは俺も認める。

 だけどもう一つ、冒険者にとって忘れてはいけないジョブがあるじゃないか。


 四つのベースジョブを全て内包し、その後のクラスチェンジの足掛かりとなる、誰もが経験する基本中の基本のジョブが。


 なんで誰も、ノービスの便利さに気づかないんだ?







「さて、これにて冒険者養成講習は終了です。明日の修了式後、皆さんは晴れて冒険者の道を歩き出すのです!」


 筋肉ムキムキのマッチョ教官の威勢の良すぎる声が響き渡る。

 すると、教室の中は安堵と興奮の混ざり合った空気に包まれた。


「おい、お前、明日のクラスチェンジで何になるんだ?」


「俺か?俺はなあ……まだ内緒だ!」


「嘘つけ!最初から戦士一択だって言ってたじゃねえか!」


「やっぱり女子は魔導士一択だよねー」


「えー、治癒術士の方が、男が守ってくれそうで人気高くない?」


 あちこちで盛り上がるのは、当然明日のクラスチェンジの話題ばかり。

 長かった半年間の養成期間を経て、ようやく憧れの冒険者になれるのだから、みんなの興奮もよくわかる。


「まだ希望ジョブを決めかねている者は、今日中に教官室に届けを出しておくこと!それでは、明日のクラスチェンジの儀式で会いましょう。日直、号令を!」


「起立、礼」


「ご指導、ありがとうございましたー」


 日直の号令と共に、微妙な不協和感のある全員の声が教室内に響き渡り、最後の授業が終わった。


 いつもなら足早に教室を出て行く直帰組も、今日ばかりはクラスメイトとの情報交換名目のお喋りが楽しいらしく、まだ帰ろうとする奴は一人もいない。

 まあ、人生の節目の前日だ、お祭り騒ぎに参加したい気持ちもわからないじゃない。


「なあなあ、お前はもう希望ジョブ決めてんだろ?あんだけバカ真面目に授業受けてたんだ、先輩冒険者からスカウトの二つや三つくらい、もらってんだろ?」


「いや、全部断ったよ。俺には必要ないからな」


 だけど、俺には関係のない話かな。


 呆気にとられてる、隣の席ミルズにそう言いながら、手早くまとめた荷物を持って席を立ち、教材を脇に抱えて教室を出て行こうとするマッチョ教官に話しかける。


「教官、ちょっとお話があるんですが」


「ん?何かな?君は確か……」


「出席番号19番、テイル=モーレッドです」


「そうそう!モーレッド君だったな!いやはや、君のマジメな授業態度はまさに生徒の鑑だったよ!今回はイマイチ成績に結びつかなくて中の上という結果だったが、その姿勢は必ず冒険者になった後で実を結ぶだろう!どのジョブを選択するのかは知らないが、活躍を祈っているよ!」


「いや、話を終わらせないでください」


 独りで勝手に演説して、独りで勝手に出て行こうとするマッチョ教官の袖を引っ張って、何とか話を再開する。


「何かな、モーレッド君?これでも、明日のクラスチェンジの儀式の準備で忙しいのだよ。希望ジョブの相談なら昨日までにしてほしかったのだがね」


 自己陶酔を邪魔されたせいだろう、俺の制止に眉を寄せるマッチョ教官。


「お手間は取らせません。これを渡したかっただけですんで」


 そう言って、俺はショルダーバッグから薄っぺらい封筒を教官に渡す。


「なんだねこれは……たい、がく、とど……け?」


 封筒と便せんは自費購入、書かれている内容も完全に俺プロデュースの逸品だったせいだろう、マッチョ教官は文字を覚えたての子供のように封筒の表題を読み上げたところで、俺は言った。


「俺、今日でここ辞めます」

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