第一五話 濡れ場のあとは貸した金を回収する幼女

 あのあと、食事へ行った。

 この国は漁業が盛んで、なんと刺し身があった。魚醤につけて食べるのだ。なかなか美味だった。

 そして、ルーシはホテルにて、携帯を眺めていた。


「……良かったな。やはり女のほうが性感帯が強い。さすがに処女を破るのはまずいと思ってやめたが、普通に舐めあっているだけでも満足だ」


 パーラは獣臭かった。だが、それが良かった。いままで体験したことないをするのは、とても楽しいことだからだ。


「さて、学校だ。パーラは……」


 とても幸せそうな、無邪気な夢でも見ているかのような表情で眠っていた。特に緊張感もなく、すべてをルーシへ許しているようだった。


「女なんか放っておくんだがな……。学生だし、起こしたほうが良いか」


 ルーシはパーラを揺さぶる。


 パーラは目をこすりながら、

「ルーちゃん……キスして……」

 せがんできた。


「良いぜ」


 あのアル中天使に慣れていれば、寝起きの口臭などまったく感じない。ルーシとパーラは舌を絡め合い、そしてそれぞれの生活へ戻っていくのだ。


「学校、行くぞ。シャワー浴びてな。もう八時だ」


「んー……サボって遊びに行こうよ」


「やめておけよ。単位落っこちるぞ?」


「ルーちゃんがそういうんなら……」


 パーラは洗面所へと向かっていった。ルーシはとりあえず煙草を咥え、スターリング工業からの連絡を一件一件返していく。


「CEOは大変だ。だが、ここを強盗タタくのは良さそうだな。了解と……」


 スターリング工業。主な職務は「強盗」「詐欺」「クラブ運営」「クスリ」「売春斡旋」「死体処理」「抹殺」である。国がその気になれば、彼らは死刑以外の判決を受けないだろう。

 しかし、クールを相手にしようという酔狂な警察機関がないのも事実だ。


「二面性しかねェな、オレ。いや、素のオレってなんだ? それすらもう忘れちまった」


 そんなわけで煙草を吸い終える。灰皿に押し付けると、ルーシは部下の持ってきた学生服を着る。


「ま、答えなんてどうでも良い。いまが大事だ。いましかないんだ」


 そして携帯がうるさいのも知っている。スターリング工業用の携帯でなく、私用の携帯だ。メントあたりが怒っているのだろうと、ルーシは筒型のそれを開く。


「……メッセージ三〇〇〇件!? 誰だ?」


 アプリを開く。メッセージを送ってきているのはただひとりだけだった。


「メンヘラ天使ここに極まり、ってとこだな。電話も一〇〇〇回くらいかけてきてやがる。仕方ねェな……」


 ルーシは、『いますぐ死ね』とだけ返信し、身体を伸ばす。

 そうすれば、また電話攻撃がはじまった。


「チッ。出てやるか……」


 心底面倒だし、心底意味がないが、ルーシは電話へ出る。


『ルーシさん!! なんでワタシには友だちができないんですか!? 気さくに話しかけたのに、完全無視されるか勘弁してくださいっていわれるかのどちらかなんですけれど!!』


「知らねェよ。どうせ口が臭せェんだろ。そんなヤツの相手してェ人はいねェよ」


『ち、違いますよ!! きょうはちゃんと歯磨きもしましたし、シャワーも浴びました!! なのに誰も寄ってこないし、こっちから話しかけても相手にされないんです!!』


「そりゃおまえだからな。この世でおまえの相手できるのは、オレだけだ。ものすごく悪い意味で」


『天気良いですね~とか、きょうはなに食べてきたんですかって聞いても、返事すらされないんですよ!?』


「世間話が下手なんて次元超えているな。まァ、おまえと話すのダリィから切るぞ」


『ちょ、ちょっと待って──!!』


 ルーシはうつむく。なんで二五歳の世話をしなくてはいけないのだろうか。ルーシの実年齢は一八歳。二五歳の女とそういったことをしたときはあっても、ソイツらはさすがに自立していた。だが、メンヘラ天使にはそんな退屈な常識は通用しないらしい。


「あー……行く気失せる。行かなきゃはじまらねェが……不登校になるヤツってこんな気持ちなのか?」


 そんななか、パーラが出てきた。

 ここでルーシは気がつく。パーラの制服には、メリットとルーシが吸った煙草のニオイが染み付いていることを。


「パーラ、煙草臭せェか? 制服」


「うん!! めちゃ臭い!!」


「いじめの温床になりそうだな……。というか、ひとつ気になっていたことがあるんだ」


「な~に?」パーラは無邪気な笑顔だ。


「MIHの派閥ってどうなっているんだ? きのう、キャメル……お姉ちゃんから誘われたんだ。あの子も派閥を持っているのか?」


「……フランマ・シスターズって名前の派閥のトップだよ?」


 パーラはなにかいいにくそうだった。できれば口をつぐみたいのだろうか。


「そうかい。あの子がトップなら、さぞかし平和的なんだろうな。まァ話したくなきゃ話さなくて良いんだが……他にもあるのか? 有力な派閥が」


「……五個ある」


「いいたくねェんならいわなくて良いぞ?」


 ルーシはパーラを気にかける。そういうことをした相手だからだ。愛着があるのはなんら不思議なことではない。


「……いや、ルーちゃんが望むならいう」


 パーラは普段の楽しそうな、陽気な、そしてなにも考えてなさそうな顔でなく、真剣な顔つきでいう。


「五個の派閥。五大派閥っていわれてるんだけど、まずフランマ・シスターズが一番強いんだ。キャメルちゃんがトップだからね。シスターズっていうくらいだから、当然みんな女の子で、ランクはB以上。別にキャメルちゃんが望んでるわけじゃなく、キャメルを慕ってる人たちが強いからっていったら良いのかな?」


「なるほど。ランクBっていったらなかなかだしな」


 もっとも、きのうランクB四人を一瞬で片付けたが。


「んで、キャメルちゃんはいじめをなくしたくて、いろんなことをしてるんだ。メンバーが悩み相談に乗ったり、先生と協力していじめをする生徒を止めたり……。でも」


「でも?」


「正直、いじめはなくなんない。フランマ・シスターズは深いところまで関与できないから。関与できないというより、もっと陰湿ないじめには気づくことができないからだね……」


 当たり前といえば当たり前の話しである。ルーシは学校など小学校中退で終わっているが、女子のいじめが陰湿かつ不気味なものであることくらいわかる。そしてそれは、パーラの表情からも推察できる。


「そりゃ難しい話しだな。いじめがこの世からなくなることなんてありえねェが……結局フランマ・シスターズは役立たずってことなんだろ?」


「ものすごく悪いいい方をすると、そうなるね……」


「じゃあ他は? キャメルお姉ちゃんから五大派閥ってのは聞いていたが、残りの四つが気になるな」


「……序列があるんだ」


「序列?」


「フランマ・シスターズは当然第一位。さっきいったように、キャメルちゃんがトップだからね。その次が……正直いいたくないんだけど」


「いいたくねェんならいわなくて良いぞ? 無理強いはしない」


 パーラは手で顔を隠し、どこか泣いている子どものように、

「序列第二位。ウィンストン・ファミリーっていうのがあるんだ……。トップはMIH次席のウィンストン先輩。この人たちは……裏社会ともつながりがあるらしくて、上位層に上納金を収めないとファミリーから追放されるから、頻繁に生徒を恐喝してるんだ……」

 うつろげな声でいう。


「そりゃ厄介だな。と、いうことは? 恐喝されたことがあると?」


 パーラは富裕層のひとりだ。MIH学園に入ることができる時点で、緩やかな共産主義体制をとっているこの国においても金持ちのひとりであることには変わりない。


「……何回かは」


「いくらだ?」


「五〇〇〇メニーくらい……」


「あとで倍にして回収してやるよ」ルーシはあっさり約束した。


「そんなことしなくて良いよ……。ルーちゃんに危険なことをさせたくないし……」


「危険? 下っ端どもからせびるくらい楽勝だろ?」


「あのね……」パーラは再び恐怖を覚えたのかルーシに抱きつき、「ウィンストン・ファミリーの構成員は三〇〇人を超えてるんだ……。正直、こうやって声にするのも怖い」


 ルーシはパーラの頭を撫でる。猫耳を触られると気が楽になるらしく、パーラはすこしだけ落ち着いた表情になった。


「だからなんだってんだ? ワタシが負けて裏ビデオに売られるとでも? 大丈夫だ。ワタシを信じろ。信じられるのはワタシだけってことを信じろ」


 ルーシのいったことはまったくのデタラメではない。すでにランクB程度ならばたいして体力を使うこともなく、あのアホ天使が混ぜてしまった『銀鷲の翼』でも充分だろう。ウィンストン・ファミリーだか他の派閥だか知らないが、一〇〇人単位で挑んでも傷ひとつつけられなかったルーシのことは、もはや恐怖の象徴的な存在になっているのは間違いないのだ。


「ルーちゃんを、信じる……?」


「ああ、そうだ。信じろ。この国に神はいねェ。だが人はいる。神なんざ人の妄想だ。だから人を信じるんだ。だいたい、ランクDから金奪うってい発想が気に入らねェ。どうせならもっと強ェヤツから奪うのが楽しいのであって──」

 

 そこまでいっておいて、ルーシはじぶんのいっていることが失言であることに気がついた。パーラのことを守ろうとしているようにいっているように見え、結局自分が好き放題暴れるために、方弁を並べているだけだということに気がついたのだ。

 だが、パーラにそれを見抜く力があるとも思えなかった。


「ほ、本当?」


「……本当さ。五〇〇〇メニーだろ? 利息もつけて一〇〇〇〇メニー奪ってきてやるよ」


「でも……ルーちゃんが傷つくとかなんか見たくないよ……」


「ワタシを舐めるな。学校行くぞ。授業なんか受けなく良い。どうせワタシのランク的に、授業なんざ受けなくともなにもいわれねェだろ」


 *


 ルーシとパーラは学校前まで来ていた。そのホテルは学校とそう離れた場所ではなかったので、一応は遅刻する直前に着いたことになる。


「よっしゃ。片っ端から回収していくぞ。パーラ、ウィンストン・ファミリーだってわかりそうなヤツは?」


「……無差別に攻撃しかけるの?」


「連帯責任って言葉あるだろ? バカの始末はバカがするんだよ」


「で、でも……」


 ルーシはパーラを抱きしめた。


「安心して、身体をワタシに任せて、リラックスし、なにも考えず、楽しく、そして軽やかに決着をつけよう」


 ルーシは生前俳優として超一流になれるほどの美少年かつ演者であった。そして、いまもまた女優としてLAの一流地に豪邸を構えていてもおかしくないほどの美貌と演技力をもっている。そしてルーシは、自分で自分の本当の人格とやらを忘れてしまうほどには演技を重ねている。つまりルーシは、一度抱いた女の前であっても、その女のために奔走する人間になったとしても、それが嘘か真かはわからない。

 だが、それはたいした問題でもない。ルーシは暴れられればそれで良いのだ。


「行くぞ。とりあえず片っ端から潰していく。見たくないものを見ないのは簡単だが、見たくもないうす汚く腐った生ゴミでも直視することができれば、おまえの人生はより一層良いものへと変わるはずだ」


「……うん」


 パーラもまた腹積もりを決めたようだった。彼女だって薄々勘づいているだろう。ルーシがどこか異常な人間であることに。男性の同性愛者は一〇人にひとりといわれているが、女性の同性愛者は六〇人にひとりとされる。そんな少数派からさらに少数であるパーラの好みに当てはまる人間が、正常なわけがないのだ。


「パーラ、愛している……っていう陳腐な言葉はいわねェ。だからワタシは行動で示す。いかにワタシがおまえを愛しているか、いかにワタシがおまえのことを想っているか」


 メイド・イン・ヘブン学園。通称、MIH学園。その深淵へ、その陰謀へ、ついにルーシは足を踏み入れる。実力と陰謀の学校の一員になるべく、ルーシは古めかしい校舎へ足を踏み入れた。

 

 ルーシとパーラは学校の裏側を歩いていた。

 MIH学園においては、一八歳以上の生徒は喫煙所における喫煙が認められるが、それ以外の生徒──特に実力がない生徒は、このひと気が少ない場所にて煙草を吸っている。なので煙たい。

 しかし、一八歳以上でないと喫煙は禁止であるという法律を破っているような者たちは、それだけでは収まらずに他にも犯罪を行っている。


「……懐かしいな。昔はこういうところでクスリを売っていたものだ」


「ん?」


 ルーシは生前の母国語──ベラルーシ語でそうつぶやき、そんな言葉を理解できるはずもないパーラは頭を傾げた。


「ああ、なんでもねェよ。さーてと」


 パーラは至って普通の落ちこぼれ学生だ。そのため、野蛮な行為には慣れていない。

 だが、ルーシにそんな御託は通用しない。


「こんにちは〜」


 そういい、ルーシは公然と薬物取引を行う生徒の顔面を壁へめり込ませた。


「えっ!? ルーちゃん、どういうことっ──!?」


「目には目を歯には歯を。素晴らしい言葉だ」


 答えになっていない。パーラはあまりにも突然起きた狂気に、ようやく脳を追いつかせて、足が震えていることを知る。


「よォ。ウィンストン・ファミリーについて知っていることあるか?」


 ──……意識不明だ。やらかしてしまった。


「あー、失敗した。もっと平和的にいかねェとな」


「る、ルーちゃん……」


「どうした?」


「なにもこんなことしなくたって……」


「らしくねェな」ルーシはニヤリと笑い、「こんなことしなくて良い? 違うな。こんなことされるヤツがワリィんだよ。ワタシはなにも間違っちゃいない」


「で、でも……」


「いいてェことはわかる。嫌だよな? 平然と暴力が目の前で起きて、暴力のみで物事をすべて終わらせようとしている。だがな……」


 ルーシは気絶した生徒の煙草を抜き取り、それを咥え、

「闘うってのはそういうことだ。ワタシは簡潔に進めているに過ぎない。わかったら、すこし隠れていな」


 裏側に溜まっていた生徒は二〜三〇人といったところか。この場所にはこの場所のルールがある。暴力沙汰などもってのほかだ。なので、彼らの標的はルーシのほうへ変わった。


「さてと……いちいち下っ端の相手で体力を使うわけにもいかねェ。ここはどんな法則を働かせるか……」


 存在しない法則を操る。魔術は存在しても超能力は存在しない。ルーシの能力は超能力。つまりなんでもできる。その気になれば、地球ひとつ吹き飛ばすことだってできる。地球を滅ぼす法則を働かせれば良いからだ。

 だが、体力制限もある。こんなところで体力は使えない。

 そして、傍らには、か弱く幼い妹のように震えるパーラがいる。なので、派手な法則を操れば、パーラへも攻撃が流れかねない。


「てめェ!! なに考えてんだクソガキィ!!」


「刺し身食うこと」


 そういい、ルーシは指をパチンと叩いた。

 そのときには、決着がついていた。


「気がついたことがある。存在しない法則を操れば体力を消耗するが、それを介さずにこのような翼を広げて単純な刃物にしてしまえば……まるで消耗しねェ」

 

 ルーシの背中には、銀鷲の翼が広がっていた。

 もともとは黒鷲の翼だったのだが、それはあくまでも追い詰められたときに発生させることにした。

 黒鷲と銀鷲の違い。

 黒鷲はルーシの能力を好き放題操れるものだ。前世においても、この翼が主軸となって動いていた。だが、これを展開してしまうと、体力の消耗が激しい。この世界には存在しない超能力を無理やり引っ張り出しているからだ。力を抜いて一時間。全力で一〇分。最高火力で一分持つかどうかである。

 銀鷲。こちらの概要はよくわかっていない。MIHへ入学する際、魔力がなければいぶかられるので、アル中メンヘラに魔力を注入してもらった……ようだが、その所為かうまく法則を操れない。その一方、翼そのものの火力は増している。黒鷲ではビル群を切り裂く程度だが、この状況ならばビル群を木っ端微塵にできるだろう。


「まァ……さすがにウィンストン・ファミリーのトップクラスになれば、黒鷲のほうを使わざるを得ねェだろうな」


 そうちいさくつぶやいた。


 うめき声が聞こえる。ルーシは気にする素振りも見せない。こんな声には慣れているからだ。都会の喧騒のように。

 しかし、パーラからすれば慣れないのも事実である。


「だ、大丈夫!? いますぐ先生を……いや、救急車!? 一体どうすれば……」


 ルーシは慌てるパーラを気にせず、

「よォ。携帯借りるぞ」

 適当に選んだ誰かから携帯を奪う。


「あー……。誰が一番偉いんだ? 最短で終わらせてェな。こういうときは……」


 ルーシは即座にメリットへ電話をかけた。


「もしもし。タトゥー代出してやる約束だったよな? だったらひとつだけ条件がある。いまからワタシのいる場所へ来い。そして携帯の中身を分析しろ」


 手短に終わらせ、ルーシはパーラのフォローをする。


「パーラ。人から奪う覚悟があるヤツは、人から奪われる覚悟もしなくちゃならねェ。奪うと奪われるは表裏一体だ。ワタシのやったことが怖ェか?」


「…………うん」


「そう思うのは自由だ。だが、ワタシがこのようなことをするのも自由だ。そして、おまえを助けるためにやっていることも理解しろ。わかったな?」


「……ルーちゃんのやり方は野蛮だよ」パーラは絞り出すように、「確かにこの人たちは悪いことをしてる。薬物の売買をしてることくらいわかってる。ワタシから金を奪ったってこともわかってる。だからって……こんなに痛めつける必要性なんてない」


「ふん……やはりおまえは優しいヤツだ。裏表がない。きっとワタシのことを見捨てることはできないだろうし、しかし同時にコイツらのことも思いやっている。……おまえはそのままでいろ。人に優しくできるのは、ひとつの才能だ。ワタシはいつの間にか……人へ優しくすることを忘れてしまったんだな」


「……違うよ」


 ルーシはらしくもなく怪訝そうな顔になった。


「ルーちゃんはとっても優しい人なんだよ。だってワタシのことを見てくれるんだもん」

 

「……そうかい」


 結局、パーラは誰にも相手にされてなかったのかもしれない。同性愛者というある種の悲運を抱えながら、それでも必死に恋人を探していたのかもしれないが、つまるところ、パーラを恋人として見てくれるのはルーシだけ──しかもルーシからすれば都合の良い女としか捉えられておらず、されど彼女はルーシのことを信じているのだ。


「ワタシは誰からも相手にされなかった。人を好きになるって感情がわかんなかった。メントちゃんは大好きな親友だけど、そういう関係へ持っていきたいとは思えなかった。でも、ルーちゃんは違う。ルーちゃんはワタシを見てくれる。それだけで優しいんだよ」


「……やり捨てされるとは思わねェのか? ワタシはそういう人間だぞ? 快楽主義の刹那主義だ。そう遠くねェ未来におまえのことを飽きてしまうかもしれねェ」


「それでも良いんだよ」パーラはどこか冷静な口調だ。


「……わからねェな。そんなヤツ、見たことねェ」


「ワタシはワタシで満足できれば良い。ルーちゃんはルーちゃんで満足できれば良い。恋なんてしたことないけど、きっとそうやってできてるんだと思う」


 ルーシも恋愛などしたことない。男娼時代が終わり、晴れて自由の身になっても、まるで復讐のように女を散々利用し尽くし、最後は捨てて終わらせる。だから、実年齢一八歳のルーシは、並の人間よりも断然経験が深いルーシは、それでもなお恋愛はしたことがない。


「……そうかもな。だったらワタシは満足するまで暴れるだけだ」


 そうやって話していると、不気味な雰囲気を漂わす少女がやってきた。間違いなくメリットだ。


「クソガキ、落ちこぼれ。授業サボって恋愛ごっこ?」


「授業なんざどうだって良いんだよ。どうせランクAのワタシへ教えられることなんてないだろうからな」


「まあ良い。携帯は?」


「ほら」


 ルーシはメリットへ携帯電話を投げた。メリットはそれをキャッチし、即座に解析をはじめる。


「メリットちゃん!! あれだけ化粧の仕方教えたのになんで化粧しないのさ!?」


 ──いつもどおりのパーラだな。どうやらコイツなりに人との距離感は考えているらしい。


「別に良い。化粧しなくたって、死ぬわけじゃない」


「でもさ〜、女の子なんだからそこはしっかりしようよ〜!! せっかく可愛いのにもったいないよ!!」


「……クソガキ、もうワタシはコイツを無視する。条件はふたつでしょ? ワタシの魔術を教えること、この携帯を分析すること」


「そうだ。前者は後でも良いが、後者は急いでくれ」


「なにを特定しろと?」


「コイツの携帯に入っている、ウィンストン・ファミリーで一番権力を持つヤツだ。ソイツから回収する。貸した金は返すのが鉄則だ」


「了解」


 メリットは携帯に触れて、なにやら目を閉じた。

 そして、彼女は数秒としないうちに答えを導き出す。


「ウィンストン・ファミリーNo.2、キャスターが出てきた。現在地は校舎」

 

 パーラはあからさまにうろたえているようだった。キャスター。ウィンストン・ファミリーがどれほどのものかは知らないが、その飛車角となればたいしたものではあるのだろう。


「何階だ?」


 されどルーシはなにも感じていなかった。所詮相手は学生だ。負けることはありえない。相手が魔術師のみを集めた軍集団と同等以上の実力を持つような人間相手に、勝ちに近い引き分けを収めているルーシは、たかが学生ごときにはおののかない。


「四階。四〇五教室」


「なにやっているかとかわかるのか?」


「SNSでも見れば? ほら、ID」


 ルーシは携帯を開き、キャスターの行動を見る。


 ──バカってのは救いがねェ。コカインパーティーなんて載せていたら、胴元のオレたちも困るだろうが。


「……なにこれ」パーラは顔をこわばらした。


「コカインだろ」ルーシは冷静に続け、「そんな危険性の高けェものでもないが、ラリっているのは間違いない。ここは強襲するか」


「強襲、ねえ」メリットは鼻で笑う。


「そうだ。感づかれて飛ばれバックレられたら困る。一〇〇〇〇メニーだからな。アイツらだってそう安々と出せる金額ではないはずだ」


「じゃあ行ってくれば? ワタシはもう帰るけど」


「ノリがワリィな。パーラにたいする思いやりとかねェのかよ?」


「ワタシにたいする思いやりは?」


「……口座番号教えろ。きょう中に振り込んでおく」


「どうも」


 メリットはなにも聞いていなかったかのように、世間話でもしに来たかのように去っていった。


「よし、行こうか」


「……本当に行くの?」


「行かねェとはじまらねェだろ。なに、おまえを巻き込むつもりはねェ。どこか休憩できる場所で座って待っていろ。その間に終わらせてくる」


「……うん」


 パーラは随分と元気がなさそうだった。さらになにかを隠しているかのように。金では解決できない問題を抱えているかのように。


「ともかく、時短だ」


 *


 ──コカインか? 騒がしいったらありゃしねェ。しょうもねェ金稼ぎで遊んでいるんじゃねェよ。


 そう思いながら、ルーシは扉を蹴り破る。


「こんにちは~」


 そして、拳銃をスカートの裏から取り出す。

 スターリング工業CEO用として渡されたそれは、適当と思われる人間の足を吹き飛ばした。

 そう、撃ったのではない。吹き飛ばしたのだ。


「ポールめ。ちょっと強めに作りすぎだ……」


 動揺が走るなか、いや、現状を把握できている者が少ないなか、ルーシはキャスターへ拳銃を構えた。


「よォ。きょうからおまえは正愛の会へ入会した。会費は一〇〇〇〇メニーだ。例外は認めねェ」


「まけてくれても良いと思うけどな~」


 キャスターは恐怖を覚えているようには見えなかった。ルーシの拳銃がその気になれば頭をまるごと吹き飛ばすことをわかっていながら、同時にルーシがその弾丸を放つわけがないことも把握しているのだ。


「まけられねェな。ウチのパーラへ貸した金、きっちり返してもらうぞ?」


「そうなんだ~。まァ……」


 刹那、ルーシは無自覚のうちに攻撃を避けた。

 

「避けるんだ~。やるねェ。さすがランクA」


「まーな。さて、一瞬で勝敗つけるが、異論は?」


「うん、どうでも良いよ~。どうせキミには勝てないし。もう救急車の準備も済んでるしね~」


「随分と余裕かますな。てめェの上にいるヤツはもっと強ェと?」


「いやァ……そういうことでもないんだなァ~。キミはたしかに強いけど、この学校の陰謀をまったく知らない。そう簡単にMIHの闇を潰せるとは思わないほうが良いよ~」


「そうかい……」


 決着など一瞬だった。キャスターのランクはB。ルーシは名目上ランクAのランクS。勝敗なんて、闘う前から決まっている。

 キャスターは壁に叩きつけられ、されどニヤニヤと笑いながら、満身創痍のはずなのに、彼はルーシへ向けて宣言する。


「なるほど~。強いね~。こりゃウィンストンさんでも無理そうだね~。でもさ……負け惜しみに聞こえるかもしれないけど、ボクを潰したくらいでなにかが変わるわけではないんだよ~」


「学生どものマフィアごっこに陰謀もクソもあるかよ。それに……なにかが変わることは問題じゃない。ワタシは一〇〇〇〇メニーを回収しに来たんだ」


 ガタガタと震える、コカインパーティーに勤しんでいた生徒たち。総計すれば回収できるだろう。


「有り金全部出せ。痛てェ目にはあいたくねェだろ?」


 *


「ほら」


 ルーシは一〇〇メニー札を一〇一枚パーラへ差し出した。


「あ、ありがとう……」


「なにか浮かねェ顔しているな。他にも問題が?」


 口をつぐんた。



「まァ良い。それで、ひとつ考えたことがあるんだ」


「……なに?」


「ワタシたちで派閥を立ち上げよう。あのヘラヘラした野郎がいうには、この学校には学生どものマフィアごっこでは収まらねェ陰謀があるらしい。なら、こちらも攻撃と防御を行えるようにすべきだ」


「そんなことしたら──」


 パーラは卑屈なほどに怯えていた。ならば無理強いも重要である。

 ルーシはメリット・メントへメッセージを送る。


「旗揚げは四人だ。ワタシ、おまえ、メント、メリット。メリットは知らねェが、メントとおまえは親友なんだろ? だったらおまえを守ろうとしてワタシの提案に乗るはずだ」


「ワタシなんかのために……」


「らしくねェこというな」ルーシはパーラの目を優しく見て、「自分に自信を持て、なんて戯言はいわねェ。おまえはいい方はワリィが落ちこぼれだ。だが、ワタシがいるんだぞ? メントがいるんだぞ? メリットがいるんだぞ? なにも心配する必要ねェ。どんなネイルがかわいいかだけ心配しておけば良いんだ」


 メントとメリットから返信が返ってくる。答えはただひとつ。「了解」だった。


「さてと、やることねェな。空き教室で……ゲームでもするか。いまゲーム機持っているか?」


「持ってるよ~!! ほら!!」


 薄型の携帯ゲーム機のようだった。小型のコントローラーがふたつ。

 そしてなにより、パーラがようやく普段の明るい態度になったことが、ルーシは嬉しかった。

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