第一四話 カラオケ・バトル・飲み会(高校生)

 ルーシは私服に着替えていた。

 私服。女ものを着るのは屈辱だ。何度着ようが、過去の屈辱を思い出すからだ。


「……タトゥーが隠れて、暖かいヤツだな。となれば、これか」


 黒いジーンズに暗い青のチェスターコート。インナーは白のセーター。到底一〇歳児が着るような服装ではないのは確かである。


「たまには歩いていくか? いつも車で行っているしな」


 カラオケ店とルーシたちのオフィスはそこまで離れていない。最低限の護衛がいれば大丈夫だろう。


「護衛もいらねェか。どうせオレよか弱ェヤツだし」


 ルーシの護衛となれば、クールかポールモールくらいしか務まらない。そんなわけでルーシはオフィスから出ていく。


「いやー、空気がきれいだな。そこらへんに車が走っていて、そこらじゅうで煙草吸っているヤツがいるのに、シベリアみてェに空気がきれいだ」


 ロスト・エンジェルスの喫煙率は四〇パーセントほどらしい。時代を鑑みればかなり少ないほうだろう。しかし、前世に比べれば喫煙者は多い。なので副流煙が満遍なく広がっている。


「……お、強盗タタキに向いてそうだな。伝えておくか」


 あまりひと気のない場所に宝石店を見つけた。強盗してくださいとでもいいたいのだろう。


「なるほど。愉快愉快。しかしよく知らん街だ。カラオケが終わったら、アイツらにおすすめの飲み屋でも……よくよく考えたら、カラオケって日本発祥じゃねェか。本当になんでもありだな、ここ」


 そもそも学生におすすめの飲み屋──パブを聞くことが変な話しとは思っていないらしい。

 そして、歩き煙草はしない主義であるルーシは、カラオケ店の前で煙草を咥える。


「ま……バレても良いんだが」


 だいたい、パーラは獣人だ。ニオイには敏感だろう。メリットは喫煙者だからたいして気にしないと思うが、もうひとりの少女とアークはあまり良い顔をしないはずだ。


「どうしてもやめられん。もうクスリをやるつもりはないが、煙草だけはなァ」


 そんなことをつぶやいていると、ルーシは見慣れた者を見つける。


「よォ。アル中」


「……ルーシさん。一生のお願いです。あともう一本飲ませていただけないでしょうか?」


「おまえの一生は長そうだしなァ……。じゃ、あれだ。金渡すからオレたちの酒買ってこい。あとこれな」ルーシは携帯の画面で煙草を見せ、「おまけで飲んで良いからよ」


「ほ、ほんとうでしゅか!? い、い、いいますぐいきましゅ!!」


「ブリっているな。じゃ、用意スタート」


 ルーシから現金を受取ると、ヘーラーはまさしく全力疾走で酒を買いに行った。


「さーて、誰に電話かけるのがおもしれェかな?」


 アーク。パーラ。メリット。と、あとひとり。


 こういうときはルーレットだ。ルーシは空に向けて拳銃の弾を撃ち出した。


「空砲か。じゃ、パーラだな」


 ルーシはパーラへ電話をかけはじめる。あのおしゃべりな子だ。たぶん電話先でもうるさいだろう。

 というか、通報される前に店へ入ったほうが良い。住民に関心はなさそうだが。


 ──てか、なんで堂々と発泡してなにも反応ねェんだ? そんなに治安がワリィのか、それとも、銃弾ごときじゃ対処できるくらいの実力をみんな持っているのか


「ま……良いや。パーラへ電話だ」


『もしもし!! ルーちゃん!? いまめっちゃ盛り上がってるよ!! なんかね、メントちゃんは流行りの曲歌うんだけどめちゃ音痴で、メリットちゃんはうまいんだけどよくわかんない曲で、ワタシはアニソン歌ってるよ~!! あとね、なんでアークくん連れてきたの? 別にワタシアークくんくらい人畜無害な子だったら気にしないけど、アークくんなに喋っていいかわかんないみたいで、ずっと携帯見てるんだ~。だからルーちゃんいますぐ来れる?』


 怒涛の勢いで言葉を羅列された。だが、内容はわかりやすい。なのでルーシは淡々と返事をしていく。


「まず、ワタシは一〇歳だから、ちょっと仲いい女先輩に酒買ってきてもらっている。その先輩はもうじきくるから、そうしたらすぐ行く。酒、得意かい?」


『そもそも飲んだことない……』


「なら気分転換にもなるだろ。まずは軽いお酒から飲みな。ワタシたちはアーク以外全員女だから、別に気にする必要もない。アークはもう女と遊ぶのも嫌らしいからな。だからま、ちょっとだけ待て」


『わかった~! ルーちゃん待ってるね~!』


「あいよ」


 ──さて、あのアル中がどれくらいで買ってくるか……って、もう買ってきやがった。頭おかしい以外の言葉が出てこないな。


 ヘーラーは満面の笑みでこちらへやってきた。ビニール袋には大量の酒。度数が低く飲みやすいものから、ルーシ程度にならなければ飲めないような酒まで。ついでに煙草も買ってある。ルーシとメリット用だ。


「ご苦労。ほら、ウイスキー七〇〇ミリリットルだ。もう好きに飲め」


「よっしゃあ!! いまからイッキしますね!!」


「……おまえを更生させるのは、猫にプログラムを教えるようなもんだな。オレは一八歳で死んだが、おまえは人間年齢で二五なんだろ? 七歳年下からこんなこといわれて屈辱じゃねェのか?」


 ヘーラーは即座に地面へ嘔吐物をぶちまけた。いよいよ救いようのない生物である。


「えーと、よく聞いてなかったんですけれど、なにかいいました?」


「いや……もう良い。帰れ。これ以上飲んだら目に針ぶっ刺すからな?」


「えー、もっと飲みたいです!」


「……おまえ歯磨きサボったろ? しかも吐いたしな。口臭せェからしゃべるな。これ以上なにかしゃべったら、腹に穴開けるからな?」


「ルーシさんは優しいのでそんなことは──」


 ルーシの背中が光る。本気で殺されると感じたのか、ヘーラーは一目散に逃げていった。


「……もう一本吸ってからいこうか。まァ別に喫煙者だってバレても良いんだが、さすがにこの見た目で煙草はなァ」


 裏路地へ入り、ルーシは紫煙に巻かれる。

 そして、カラオケへと向かう。


「えーと、名義はパーラって子になっていると思います」


「わかりました。二〇室です」


「了解です」


 一〇歳程度の子どもがカラオケへ入れると思えなかったので、一応偽装身分証を用意していたが、それは杞憂に終わった。ルーシはパーラたちの部屋へ行く。


「ルーちゃん!! ようやく来た!!」


「ああ、またせたな。とりあえず、そちらの方との自己紹介だ」


 顔立ちは普通。いや、平均以上だろう。だが三白眼で目つきが悪い。髪色は緑。この国ではありふれた髪色だ。髪の長さはショート。一番のポイントは、パーラの同級生ということは一六歳か一七さいなのに、胸を強調するためにできているようなセーターを着ていても、そこへはなにもないことだ。


「はじめまして。ルーシ・レイノルズと申します。今回はこのような突発的な集まりへ参加いただきありがとうございます。お名前はメントさんであってますよね?」


「……気に入らねえ」


「はい?」


「おまえ、ランクAだろ? 一〇歳でランクAとか聞いたことねえ。どんなトリックを使ったんだ?」


 ルーシは鼻で笑い、

「そうですね……。実際に闘ってみればわかると思いますよ?」

 余裕たっぷりの笑顔を見せる。


「ならいますぐだ。アタシの上に立つヤツが、アタシより弱えことは許されねえ」


「それも良いですが……パーラ、メリット、アーク。どう思う?」


 パーラはあたふたと慌てていた。一触即発の雰囲気だ。無理もない。

 メリットは楽しげな顔をしていた。こちらのスキルを知りたいのだろう。

 アークは表情筋を失っていた。どうやらこちらの話しも聞いていないらしい。


「……学校に模擬戦用の地下室がある。いますぐ行くぞ」


「怖いですねェ。不良みたいじゃないですか」


「いいや……単純に強いかどうかを確認したいだけさ」


「そうですか……。三人とも、酒買っておいた。飲んで待っていろ。メリット、ほら」


「ちゃんと一ミリ買ってきた。どうも」


「気にするな。さて……。行きましょうか、メントさん」


 *


 ──なんでオレは落ち着くことができねェんだろうな。カラオケで酒飲みながら親睦を深めようと思ったら、よくわからん女と闘うことになっちまった。


 模擬戦地下。真っ白な空間だ。なんでも魔術が適応されるらしく、一瞬で相手が死んでしまうような攻撃を加えた場合を除き、相手が闘えなくなったらそこで強制終了となる。


「準備おっけーですよ。そちらさんは?」


「できてる……行くぞっ!!」


 ──さァ、なにが来る? おもしろけりゃ良いが。


 メントは矢印のような現象を出してきた。そう、矢印。黒の矢印でサイズはなかなかおおきい。

 触れればどうなるのか。ひとまずルーシは触れてみた。


「なるほどねェ……」


 存在しない法則を操り、ルーシはメントのスキルを解析する。

 いわゆる爆発系だ。触れた瞬間爆発するのだ。なかなか殺傷性の高いスキルである、


「……効かないっ!? だったら!!」


 メントはルーシのスキルを反射系だと思ったのか、今度はさらに巨大な矢印を出してきた。

 そして、ルーシは何事もなかったかのように、それを打ち消した。


「そうですねェ……。たぶん、メントさんじゃワタシには勝てないと思いますよ? だからこうしましょう。ワタシのスキルを当てられたら、メントさんの勝ち。当てられなかったら……」


 距離感は一〇メートルほど。ルーシは一歩ずつメントへ近づいていく。


「殴り合いでもしてみますか」


 当然、小バカにしている。ルーシだって理解していないスキルを、メントが分かるわけない。なのでルーシは一歩ずつ、コツコツと、彼女との間合いを狭めていく。


「……っっっ!! なめるなあ!!」


「おお、すごいすごい」


 黒い矢印? いや、もはやカラスの群れのようだ。当たれば木っ端みじんになるのは間違いない。そう、当たれば。


「おもしろい現象、見せましょうか?」


 ルーシのスキル。簡潔明瞭だ。「存在しない法則を操る」ものだ。ただ、それがどこまで通用するかは当人にもわかっていない。だから理解できていない。

 そして、ルーシは、メントのスキルを強制的に


「……っ!? なにが……?」


 反射ならばメントは直撃を受けて死んでいる。

 操作でもこんなめちゃくちゃなことはできない。

 なら、なにをした? なんで攻撃で出した魔力がすべて自分のもとへ戻っているんだ?


「それを当てるのが醍醐味でしょう。ところで、メントさんのランクは?」


「……Bだ」


「なら、すこし考えてみたらわかるかもしれませんよ?」


 そんなことをいっている間にも、ルーシはゆるりゆるり距離を縮めていく。


 されど、メントに恐怖の感情は芽生えなかった。


「……どんな意味不明なスキルにも、必ず穴がある。それを突いてやる!!」


 そう。穴はあるのだ。この世に完璧なものはない。無敵もいない。

 ルーシにだって弱点はあるはずだ。そこをどうやって突くか。


「へェ。おもしれェな。先ほどの攻撃が必殺技だったんなら、もう心がへし折れててもおかしくねェのに……まるで目が死んでいねェ。そういうヤツは大好きだぜ?」


 ルーシの口調がわざとらしい敬語から、普段使いのものへと変わった。


「当たり前だ! こんなよくわからないクソガキに、MIHのランクAを奪われたアタシの気持ちにも鳴ってみろ!! ランクAはわずか五人! キャメル、ウィンストン、ラーク、ピアニッシモ、ホープの五人だけだった! アタシは、コイツにかなわないって思ってた! でも……アンタには勝ち筋が見える」


 怒号のような声から一転、メントは強気な笑顔を見せた。


「……と、いうと?」


 ルーシはメントのことを気に入っていた。精神的に強く前を向ける人間が大好きなのだ。ルーシが男娼にまで堕ちても、薬物依存症になっても、それでも日本裏社会を征服したように、どんなときでも前を向ける人間が大好きなのだ。


「アタシはメント!! アンタを超えて、ランクSになる女だ!!」


 刹那、絶対の防御を誇る「存在しない法則」が破られ、ついにルーシの身体へ魔術による攻撃が通った。


「……ッ!?」


 ──攻撃が入った? なぜだ? クールと闘ったとき、オレは自分の能力を理解できていたはずだ。は存在しないが、は存在する以上、攻撃がとおるわけがないだろ……ッ!?


「……ようやくあせったみたいだな。ロスト・エンジェルス……いや、世界でもひとりしかいないって噂されてた、法則を乱すスキルを持ってると踏んだんだ。ここから蹴りをつけるぞっ!!」


 土壇場に追い込まれたルーシ。余裕のあった表情から、すこしあせりが見えはじめた。

 ルーシがこの世界に来て闘った最初の強敵はクール。だが、クールの攻撃すら、自分の能力を定義できれば防御できたし、彼のような人間にも攻撃を加えられた。

 だが、今回は違う。ルーシはメントに能力を考えさせた。自分の能力は一切喋っていない。

 なのに彼女はそれを割り出した。

 だから、ルーシにとって二回目の苦戦……いや、下手を打てば負ける闘いがはじまる。


「四の五のいってられねェなッ!!」


 ルーシは背中に翼を広げた。ルーシの能力はなぜか翼が生える。だが、これはクールも同様なので、別に珍しいものでもない。いわば能力の底上げに使うのだ。


 だが、

「銀色の翼……? いや、銀鷲の翼か」

 メントはそういいはなった。


 ──銀鷲? オレの翼は黒鷲のはずだ。黒い翼のはずだ。なにが起きている?


 それを考える間もなく、ルーシはメントによる攻撃がはじまる。以前のような矢印だ。

 そして翼で身体を隠し、ルーシはそれを防ごうとする。

 だが、またもや妙な現象が起きた。


 ──防御し切れていないッ!?


 黒鷲の翼ならば、この世には存在しないものを引っ張り出してきているといういい方が正しいため、理論上はどんな攻撃もはねのける。

 しかし、メントの攻撃は一部だけ貫通し、ルーシの右腕を貫く。


「効いたな!? だったら……っ!!」


 またもや矢印が動く。


 ──再生もうまく作動していねェ。ということは、ッ!?


 超能力は存在しない。この世界においては。

 魔術は存在する。この世界においては。

 それが混ざるとどうなるか?


「まいったぜ……。あのアホ天使め。どこまでもオレの足を引っ張りやがる。なら──」


 矢印が放射された。

 ルーシはここで気がついていた。メントの矢印はまっすぐしか飛ばないのだ。発射した時点で定めた狙い以外の場所へ飛ばせないのだ。

 だったら、ひとまず回避だ。

 ルーシは翼をなびかせ、空を飛ぶ。


「交わしたかっ!? でも、もう一回撃てば……!!」


 だからといって、ルーシは鳥ではない。自由自在に空を動けるわけではないのだ。ましてやここは無風に近い。存在しない風を作れる確証もない。ならば、いつものように空を飛んで華麗に移動はできない。

 そんなことはメントも承知しているようだった。

 そして、敗北が決まる一撃が放たれる。



「……ギリギリセーフだな」



 ルーシの背中には、黒鷲の翼──勝利を確定させる壮麗な翼が動いていた。


「…………っ!?」


「わかっているみてェだな。そうだ。もう隙間はねェ。だが時間もねェ。ここは……」


 使えるものならばすべて使う。それがルーシの考え方だ。法則を乱すことで戦闘を強制的に終了させられるのならば、それに越したことはない。


 *


「──やっぱ不良ぶってるでしょ!! 煙草なんて吸ったら肌荒れるし、口も臭くなっちゃうよ?」


「──クソガキ。コイツ、殴っても死なない?」


「──やめておけよ。悪意あっていっているんじゃないんだ」


「──……帰りたい」


 声、が漏れていた。パーラと女みたいな出で立ちをした少年とヤニカスと……アイツだ。


「よォ、起きたか。ウェルカムドリンクだ」


 メントは床に寝っ転がっていたようだった。仰向けなので、目を彼らへ向ければ、スカートの中身が見える。

 パーラは意外なほどに色っぽいものだった。

 ヤニカスは見た目どおり地味な黒色だった。

 そしてアイツは……なんでトランクス履いてるんだよ?


「……意味わかんない」


「いつかわかる。ほら、なに飲む?」


「……まずは説明してよ」


「おまえは負けた。ワタシは勝った。それだけだ。だが、良い勝負だった。そしておまえを痛めつけると、パーラが泣いちゃうだろ? だから気絶してもらった。わかったか?」


 そんな会話をしていると、どうやら酔っ払っていてこちらに注意を向けていなかったパーラが機敏に反応する。


「メントちゃん!! 大丈夫!? ルーちゃんは一切怪我させてないっていうけど、ワタシ心配で……」


「……ああ。大丈夫さ。むしろ……ルーシってヤツのほうを心配したほうが良いと思う」


「心配ご無用。この程度なれているのでね」


 ルーシはブレザーを脱ぎ、長袖のワイシャツの右部分を切り取って無理やり包帯にしていた。

 だが、そんなことは些細な問題だった。


「……なに、そのタトゥー」


「かっこいいだろ?」


「会話を成立させようという努力はしないのか?」


「おお、毒舌だな。なァ、パーラ」


「ルーちゃんのタトゥーはね、ルーちゃんの国だったら一〇歳のときに入れるものなんだって!! んでさ、キャメルちゃんと親戚だったらこの国の人じゃないのって聞いたら、お父さんが海外で作った子どもがルーちゃんなんだって!! だからその文化を守ってるって!!」


「そういうこった」ルーシは煙草を咥える。


「……煙草は嫌いだ。臭いし、健康に悪い」


「そんなにワタシと会話したくねェか? 嫌いなものこそ受け入れるんだ。そうすりゃ、見えてくる世界も変わってくる」


「でもさ、ルーちゃん煙草やっぱ臭いよ!!」


「わかった」


 パーラの言葉を聞き、ルーシはあっさり煙草を携帯灰皿へ入れた。結局なにがしたいのかよくわからない人間である。


「まァ、おまえだってパーラのことが好きなんだろ? だったら友だちだ。ワタシたちは友だち。親友だ」


「……なんもしらないくせに」


「あ?」


「アンタはパーラのことをまったく知らない。そんな人間にアタシの親友を任せらんねえよ」


「へェ……」


 ルーシは興味があるようだった。彼女はパーラのことを知らない。彼女はきょう入学してきたからだ。知っているほうがおかしい。

 だから、そこがトラップになる。


「メントちゃん……その話しは」


「いわないさ。でも、いつかは知らないといけねえ。おまえを受け入れる覚悟があるんなら、おまえを親友だって騙るなら、おまえのことを知ってなくっちゃならない」


 パーラはいってほしくなさそうだった。当たり前だ。その内容は極めてデリケートなものだからだ。


「ま、飲もうぜ。そういう細けェ話しはあとでもできるだろ? 大丈夫。ワタシはどんなこといわれても引かねェさ」


「……そもそも酒は好きじゃねえ」


「アレルギーか?」


「いや、酒を飲ませて人の話しを聞き出そうって魂胆が気に入らねえ」


「そうかい……。なら、ワタシたちは勝手に飲むからな」


 *


 二時間後。

 色々あった。簡単にいうと。

 まず、アークが真っ先に潰れた。いまとなれば会話も満足にできない。「あー……」か「んー……」しかいわなくなっている。

 続いてパーラ。こちらも酔いつぶれている。会話はできるが、どこまでも一方通行だ。「このゲーム知ってる?」と聞いてきたので「知らねェな」と答えれば、「お酒っておいしいね!!」と応答する。しかもボディタッチがやたらと多い。とにかく胸と尻を触られる。風俗店でもないのに。

 そしてメリット。こちらは比較的酔っていない。ただ、ルーシが破ったシャツから垣間見えるタトゥーをあからさまにじろじろと見つめてくる。

 最後にメント。宣言どおり一滴も飲んでいない。ただ、パーラがうっかり口を滑らせないように注視しているように見えた。


「ルーちゃん……愛してるよ」


「ワタシも大好きさ」


「抱きついて良い?」


「どうぞ」


「んー……ルーちゃん、ちょっと煙草臭いね。でも、良い匂いがする」


 別に減るものでもないので抱きつかれているが、抱きつき方がおかしい。女子同士のスキンシップを超えている。まるで騎乗位のように、パーラはルーシへ乗っかっているのだ。


「おまえこそ酒臭せェぞ? まァ、どこぞのアホに比べりゃかわいいものだが」


「酔ってるんだもん……キスして良い?」


 そこでメントが咳払いをした。


「……おい、ルーシ。いっとくけどな、パーラにキスするんじゃねえぞ?」


「なんでだい? いわゆるキス魔ってヤツだろ? たまにいるんだ。酔っているときにキスばかりせがんでくるヤツが」


「……いや、そうじゃねえんだ」


「そうじゃねェ? じゃあどういうことだい? 発情期にでもなるのかい?」


「……パーラ、帰るぞ。こんなヤツにおまえを任せられねえ」


「……嫌だ」


 いまひとつ意味がわからない。いや、なんとなくわかってはいる。しかし、パーラは獣娘だ。だから人間の常識は通用しないとも捉えられるため、ルーシも断言はできない。


「だって……」


 そんななか、メリットが煙草を咥えはじめる。


「クソガキ、酒が足りない」


「空気の読めねェヤツだな……。おまえ、この修羅場で酒の無心なんてできねェぞ?」


「ワタシのペースを乱さないで」


「おまえのペースなんて知らねェよ」


「てか、タトゥー入れるのにどれくらいお金かかった?」


「……やはり酔っているのか。そうだな……全身で二~三万メニーってとこだな」


「わかった。入れる」


 ──奇妙奇天烈摩訶不思議。なにをいっているんだ? この根暗は。


「おまえさ、意味わかっているのか? そりゃこの国じゃタトゥーなんてありふれているが、簡単に消すこともできねェんだぞ? ピアスや髪染めとは意味が違うんだぞ?」


「いや、入れたいって思ってたし」


「なるほど。誰にも近づいてほしくないと」


「かっこいいから」


 ──かっこいいから? 本当になに考えているかわからねェ女だ。


「まァ好きにしろ。ワタシには関係ねェ」


「金貸して」


「あ?」


「三万メニーも用意できない。だから金貸して」


「ポルノビデオにでも出りゃ良いじゃねェか。なんならワタシが回してやろうか?」


「嫌だ。金貸して。貸してくれるまでワタシ動かない」


 ルーシは深いため息をつき、心底呆れたような目つきでメリットを見たあと、ウォッカを一気飲みし、煙草へ火をつけた。


「対価が必要だ。おまえのスキルを説明しろ。それなら貸してやる」


「わかった」


 ──あそこまで明かさなかったくせに、あっさり明かそうとしているな。本当になに考えているんだ?


「まァ良いが……その前に目の前見ろよ。パーラとメントが口喧嘩しているぞ?」


「どうでも良い。アンタが勝手に相手して」


 パーラとメントは文字通り口喧嘩をしていた。

 ルーシはいまいちふたりの言葉がわからなかった。ロスト・エンジェルス──通称LAは訛りがひどいのだ。注意して聞けばなにをいっているのかはわかるのだが、早口でまくしたてられると、正直ブリタニア語──英語とは思えない。


「ふたりとも落ち着け。というか、なにいっているのかわからねェ。順を追って説明しろ」


「……実は」


「……実は」


 同時に同じ言葉が出た。ルーシは頷き、ふたりをじっくり見る。


「ワタシは……」


「パーラ……本当にいうのか? 後悔しねえとは限らないぞ?」


「……うん。もう後悔なんて腐るほどしてきた。だから、もういう。ルーちゃんだったらワタシを幸せにできると思うから」


 ──重てェ話しなのは確かだな。だが、いまさら驚くような性格でもねェんだな、オレは。


「そうかい。ならいいな。どんなことをいってきても、ワタシはしっかり受け入れる。約束するよ」


 パーラの口は震えていた。いや、身体が震えていた。目には涙がたまり、そして頼りない身体がいまにもルーシへのしかかってきそうだった。

 だからルーシは、パーラを抱きしめた。男時代を考えれば、こういうことをすれば相手は簡単に心を開くことをわかっているからだ。


「ルーちゃん……ワタシはね……」


 ルーシのちいさな胸のなかで、小刻みに震えながら、パーラはとぎれとぎれの言葉を探し、やがて告げる。


「レズビアンなんだ……。そして、ルーちゃんのことが好きなんだ……」

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