第一三話 裏社会に潜む者

 高級車である。黒塗りセダン。後部座席にはテレビまでついている。


「こりゃやりすぎじゃねェか?」


「アニキのアネキにはこれくらいしないといけないんっすよ。ポールモールさんからも口酸っぱくいわれましたしね」


「正論だが、こちらまでマフィアの一員だって思われるだろうが。一応隠しているんだからよ」


 ポールモールの部下──クールの子分は寂しげな顔になる。


「わかったよ。おまえらの悲しむ顔はみたくねェ。さて……」


「きょうはいよいよみやびさんと会うんですよね?」他の部下が話しかけてくる。


「ああ、ついにクールから鬼電きてな。どうやらよほどワタシが必要らしい。雅のアホの話しは聞いたが、一度おさらいをしておくか」


 雅。イースト・ロスト・エンジェルス──ELAで屈指の兵隊を持つ、帝ノ国みかどのくにからロスト・エンジェルスへ渡ってきた、前世でいうヤクザだ。総兵力は三〇〇〇人。ルーシ傘下のクールを首班とする「クール・ファミリー」の三〇倍の兵力を持つ。名前は「サクラ・ファミリー」である。


「雅。コイツは極めて異例な男だ。上にいる連中がみんなくたばったから、本来だったら事務屋で終わっていたコイツが四代目を継いだ。四代目サクラ・ファミリーは、獰猛な兵隊が多いものの、その古参はまるで雅に忠誠を誓っていねェ。そこに漬け込む弱みがあると思うが……おまえはどう思う?」


「ヤクザはメンツの生き物だと聞きますが、実際この国でやっていくんなら、メンツなんて二の次ですよね。だから雅さんから離脱する人間が出てきてもなんらおかしくはない。しかしひとつ気になることは……」


「クール・ファミリーとサクラ・ファミリーじゃ、断然前者のほうが格上だ。レンドリースでシマの拡大を円滑に進められたとはいえ、傘下に入る必要なんてまったくない。むしろスターリング工業のほうが傘下にいたほうが普通だ」


 スターリング工業。現状、傘下にいるのはクール・ファミリーと寂しい状態の、ルーシをCEO──最高指導者として成立するマフィアだ。そんなことは雅もわかっているはずなのに、彼はあえてスターリング工業の傘下へ入ることを了承した。だから疑念が生まれるのだ。


「……そりゃ、アネキが一〇歳の幼女だって知っていれば、乗っ取ることも容易いと考えたんでしょう」


「だろうな。バカの考えることはすぐわかる。周りのELAの連中だって気に入っていねェんだろ。あのクールが誰かの下へついたことに。クールは狂犬みてェなものだ。噛んだら死ぬようなヤツに絡もうとするヤツなんていない。なのに一〇歳児の配下になりやがった。今回の幹部会はほかの用事があるからすぐ終わらせるが、雅のアホに上下関係を教え込まないとな?」


「……そうであってほしいですが。ポールモールさんから渡すように頼まれていた小型拳銃です。どうぞ」


「ご苦労。素晴らしい出来だな。CFOの座を渡すには十二分だ」


「ポールモールさんがCFOになるんですか?」


「いや、サクラ・ファミリーを見てからだな。雅のアホを支えるヤツが優秀なら、ソイツにCFO──最高財務責任者か補佐役をやらせるつもりだ」


 ルーシは組織の長として、人をうまく扱わなければならない。事実上のNo.2になるクールには『姉弟』という役割と『最高執行責任者COOを与えるつもりであり、それは決定事項だが、ほかの人間には平等にチャンスを与えなければならないのだ。


「今回出席する者は?」


「アニキとポールモールさん、雅さんに彼の若頭であるみねさんが出席する予定です。それにアネキが参加する形ですな」


「旗揚げに五人とはちょうど良いな。ま、もうじきつくんだろ? 新生スターリング工業の旗でも描いておくか」


 ルーシは限りなく薄いタブレットとペンを持ち、「金鷲がハンマーを持つ」絵を描いた。あたりには大雷鳴。昔をリメイクした形である。


「絵がうまいですな」


「ちょっとした特技だ。この絵の前では、ワタシは学生でない」


 そんなわけで、「スターリング工業オフィス」へたどり着いた。黒いスーツを着た男女が、ルーシの車が近くによった瞬間「お疲れさまです!!」と怒号にも近い大声で叫ぶ。


「あーあー、時間ねェな。制服のままで良いか」


 ルーシの制服はスカートがやや長めだ。理由は単純。拳銃を隠すためだ。


「とりあえず行ってくる。あとでカラオケ行くらしいから、待機していてくれ。お駄賃だ」


 ルーシは運転手と護衛にそれぞれ二〇〇〇メニーを渡す。日本円にして二〇万円ほどだ。


「ありがとうございます。良い結果、お待ちしております」


「任せとけ」


 ついたところで、ルーシが行うことはほとんどない。煙草を取り出せば誰かが火をつけるし、構成員の位置的にエレベーターがどこにあるかはすぐわかる。


「CEO。一〇階です」


「ご苦労」


 そんなわけで「取締役」のいる、あるいはこの場で取締役になる人間との会合だ。


 ルーシはあえて入り口には入らず、会話を聞いていた。


「クールさん、アンタなめるのもたいがいにしろよ? なんでアンタんとこのボスは来ないんだ? ワシだって時間が多くないんだ。帰らせてもらうぞ?」


「落ち着いてくださいオヤジ。ルーシCEOは学生を行ってるので、すこし遅れても仕方ないでしょう?」


「だいたい、学生をしているのがおかしいんだ。ワシの親分になるかもしれない人間が、高校生ごっこ? 人をなめるのもたいがいにしていただきたい。どうにかいったらどうなんです。クールさん、ポールモールさんよォ!」


「あ?」ポールモールの語気は強い。


 そして雅は黙り込む。なんて情けない人間だろうか。雅は五〇歳を過ぎているのに、三〇歳にもなっていな若造の威嚇で黙り込むのだ。


 ──おもしれェな。雅は予想どおり小物だったが、傍らにいる黒人の峰はこの会談の意味を理解している。


 そして、ルーシは扉を静かに開く。ルーシは上座に座り、堂々と宣言する。


「雅さん、峰さん、遠いところからわざわざご苦労だった。ワタシがスターリング工業CEOのルーシ・スターリングだ」


 雅の顔はトマトのように赤くなった。決して恋する乙女のような顔ではない。苛立っているのだ。


「……クールさん、アンタふざけてるのか?」


「ふざけてる? オレはいつだってマジだぜ」


「峰ェ! てめェワシにこんなクソガキの傘下へつけっていってるのかァ!? ワシはクールを締め上げた人間の子分になるわけで、××××外交でお飾りのボスになったヤツの配下につくつもりはねェぞ!?」


 ルーシは煙草を灰皿に置き、すこし口角を上げながら、

「峰さん、悪いことはいわねェ。ワタシの盃もらったほうが良い。こんな小物につくよりは、良い思いできるぜ?」

 あからさまに雅をバカにするような口ぶりになる。


「えーえー! そうですか! クールさんはロリコンだと! この会談は無しだ! こんなガキの下についたら、ワシたち全員笑いものだ! メンツもクソもあったもんじゃないからな!」


「ふーん」ルーシは退屈げだ。


「……オヤジ、ルーシCEOは豪傑ですよ」峰はそういった。


「豪傑だァ!? 一〇歳程度のガキに貫禄もなんもねェだろうが! ヤクザなめてんじゃねェぞてめェら!」


「ヤクザをなめるな、か」


 ルーシは前世で、サクラ・ファミリーを有に超える暴力団をその手中に収めたことがある。だから、いかに雅が吠えようと、ルーシはまったく怖じ気つかない。


 そしてルーシは、スカートの裏にしまっておいた拳銃を雅に向け、目にも留まらぬ速度で銃弾を発射した。


「……ッッッ!?」


「おまえら、なめられて当然なんだよ。いや、おまえがなめられて当然なんだ。もとは幹部候補生としてサクラ・ファミリーに入って、出世の目がないほどビビりで、なのに上にいるヤツらがみんな死んじまったから四代目になっている。とても三〇〇〇人を率いる人間の吠え方には見えねェ」


 ルーシの銃弾は、雅の髪を落ち武者のようにしていた。


「じゃあこちらからもいわせてもらうぞ? スターリング工業をなめるな。しょんべんもらしてビビっているおまえが、ワタシやクール、ポールや他の構成員たちにかなうと思うなよ? 良いか? いまは優しく誘ってやっているんだ。クソもらす前に……いや、男優やる前に決めろ。ワタシの盃を受けるか、ここで男廃業するか」


 ガタガタ……と震えきる雅。


 ルーシの目つきが本物だと感じた峰は、

「わかりました……。サクラ・ファミリーはスターリング工業の傘下に入ります」

 賢明な判断をくだした。


「よろしい。賢明な部下がいてなによりだ。ポール」


「ええ。帝ノ国については調べてあります。しかし、我々は正座ができないので……」


「あぐらで良い。そして、盃の前に役割決めるぞ。クール」


「なんでおまえブリタニア語書けねェんだよ。まァ良いけどさ」


 クールはホワイトボードに文字を書いていく。ルーシは英語ならば書けるのだが、この国の文字は特殊なのでクールへ任せることにした。


 ──なんでこんなに読みにくいんだ? やはり田舎だからか?


「さっき姉弟がいったように書いた。スターリング工業はあくまでも企業だ。なんで役職がいる。この場にいるヤツらには全員役職を与えるからな」


 CEO:ルーシ・スターリング。


「当たり前だけど、ボスは姉弟のルーシだ。企業序列第一位。異論は?」


 誰もを振ることなどできるわけない。クールとポールモールは了承していて、雅はすっかりルーシへ恐怖心を抱いている。それに従う峰もまた、文句をつける筋合いはない。


「ねェな。じゃ、次。COOだ。最高執行責任者だな。これはオレだ」


「異論はないですね」ポールモールは当然といった態度だった。


 それに反したのが、最前まで震えているだけの雅だった。


「ちょっとまってくださいよCEO! ここは三〇〇〇人の子分を持つワシがなるべきでしょう!? クールさんは配下に一〇〇人程度しかいないんだから!」


「あ?」ポールモールは雅を睨む。


 だが、雅も負けていない。


「この提案には大反対ですわ! CEOの直下につかないんなら、ワシは離脱しますよ!?」


「しゃーねェな……」


 ルーシも三〇〇〇人の兵力を失うのはもったいないと思っているので、ここは適当に雅を納得させる言葉を考え、口に出す。


「じゃ、おまえはスターリング工業常務取締役だ。立ち位置的にはNo.3ってことにしてやる。だが、喧嘩もできねェ経済マフィアに飛車角の立場は与えられねェ。わかったか?」


「喧嘩ができない、だとォ!? CEOはサクラ・ファミリーがどれほどの武力を持ってるかしらんのですか?」


「知ってるよ」あっさりと、「だが、クール・ファミリーと互角程度だろ? 一〇〇人と三〇〇〇人じゃ偉い違いなのに、それでも互角ならば、そりゃ前者のほうが優れているってことになる。……てか、これ以上さえずるようだったら」


 ルーシは拳銃を取り出し、今度は雅の頭に構える。


「保証はできん。わかったな?」


 目つきが本物だ。雅は押し黙るしかなかった。これが、どんな組織にも属さず、LA屈指の武闘派で知られたクール・ファミリーをも傘下に取り入れた幼女である。


「よし、次だ。ポーちゃん、おまえはCFO──最高財務責任者だな」


「よろこんで」反応が薄いのは、わかっていたのだろう。


「最後に峰。おまえはCFO補佐権取締役だ。異論は?」


「アナタたちに異論などあるわけがないでしょう?」


「よくわかってるな。よっしゃ、役職決定だ。あとは盃? ってヤツだな。オレと姉弟は正式に五分の姉弟になって、ほかは姉弟の子だ。まァ決定事項だよ」


 *


 人数が少なかったぶん、式はすぐに終わった。マフィアがヤクザの伝統をもとに階級を決めるのも変な話しだが、なにせルーシが気に入っているので、ほかの者も文句はいわなかった。


「よっしゃ、時間が結構経っちまったな。ワタシはカラオケに行ってくる」


「姉弟カラオケとか行くのかよ」


「友だちができてな。おもしれェヤツらだったから、ここは親睦を深めておきたいんだ」

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