第一二話 二回の記念撮影

 身長一六〇センチ程度、無乳、黒のセミロングヘア、なんとなく漂う不気味な雰囲気。

 そんな少女メリットは、トイレで闘っていた。


「……ストレス? 煙草吸ってるってのもあるけど、肌も荒れてきたし」


 いわゆる便秘である。きょうで四日目。トイレで力んだり、食事を変えてみたり、飲み物を腸へ優しいものに変更したりしたが、どれも意味がなかった。腹痛は起きるが、それ以上へ進めないのだ。


「……煙草って便秘になりにくいっていうけど、まったく効果ない」


 そうやってぼやいていると、トイレにひと気を感じ取った。脱臭効果が強いトイレなのでニオイを嗅がれる心配はなさそうだが、それでも落ち着かないのは事実だ。ここは一旦切り上げようと、メリットは尻を拭き、地味な黒色のパンツを履き、スカートをつけた。


「……あ」


「よォ」


 ──あのときのクソガキだ。こっちはメンソールの一ミリで良いのに、一二ミリなんて渡してきた一〇歳くらいのクソガキだ。しかも面倒な連中を引き連れてきたクソガキだ。


「あ? ……チッ。嫌なヤツが出てきやがった。そういやここ女子トイレだったな。おい、場所変えるぞ」


「その心配はねェよ」


 刹那、クソガキはブレザーを瞬時に脱ぎ、男へかぶせた。そしてあたかも当然のごとく金的を喰らわせた。


「……ッッッ!?」


「痛てェよな。気持ちはよくわかるぜ。だが、仕方ねェよな」


「ね、ねえ、フクロにするのはキツイと思うんだけど!?」


 女子生徒が男子へ懸念を示す。しかしメリットには関係のない話しだ。ここは黙って立ち去るのが正解だろう。


「ちょっと待った。あとで一箱おごるから、一緒にコイツらの痴態でも観察しねェか?」


「嫌。かっこよくないもん」


「腐女子はなんでも興奮できるって聞いたが?」


「……確かに。すこし見るだけだったら」


 別にメリットは腐女子ではない。ただボーイズラブが好きなだけだ。ただかっこいい男の子同士が絡み合っているのを見て、なんだか嬉しくなるだけだ。メリットは腐女子ではない。


「お、おい……ウィンストンさんかキャスターさんを呼んだほうが……」


「いや……考えろ。オレたちは全員ランクBだ。ひとり潰れたとはいえ、四人もランクBがいれば、ランクDの雑魚とランクAにだって勝てるだろ……?」


「そ、そうだな。よし……やっちまおう」


「そ、そうだね」


「う、うん」


 ルーシは深いため息をつき、

「なァ、獣人って生理のニオイと別の人間のニオイって選別できるのか?」

 メリットへそんなことを聞く。


「できないと思うけど。一応人間だし」


「了解。じゃ、やりますかァ」


 ルーシは指を鳴らし、ひとまず女子生徒との間合いを一瞬で詰める。


「っ!?」


「……なァ。こんな一〇歳のチビガキに四人がかりは不利すぎるだろ? だから禁じ手行くぜ?」


 ルーシは彼女の股間を蹴り上げた。


「……っっっ!? いっったああっ!?」


 メリットはやることがないことを知り、換気扇を一番強くして煙草を咥えはじめる。


「金的ばかりいわれるけど、女性器も充分弱点だからか。同性同士とはいえ、確かに禁じ手」


「よーくわかっているな。じゃあ、次、コイツらはなにをすると思う?」


「魔術でも使うんじゃない?」


 メリットの言葉どおり、ふたりが潰れたことに憤ったような態度を見せる女子生徒が、なんらかの魔術でなんらかの攻撃を放った。

 だが、ルーシはその閃光を触れて壊した。


「……はあ? 無効化系ってこと?」


「それも悪くねェが……すこしワタシの本質とは違うんだ。ま、暇なら当ててみな」


「クソッ!! 一〇歳に負けたら恥なんてレベルじゃねェぞ!! 一気に行こう!!」


「おおッ!!」


 三人同時。しかも全員ランクB。普通の生徒が目指す地点の最高峰に立つ連中だ。

 されど、ルーシは異常な高笑いをするだけだった。


「良いねェ!! 頭も弱けりゃスキルも弱ェ!! オレはそういうヤツが大好きだ!!」


 男子の攻撃──おそらく身体しんたい強化系のスキルを持つ生徒は、ルーシの身体へ触れた瞬間、腕がありえない方向に曲がった。複雑骨折では済まないだろう。

 続いて女子の攻撃。これは最前と一緒だが、威力はいまのほうが上だ。しかし、その攻撃はルーシに当たることすらなく、暴発したかのように彼女の近くで爆発した。

 叫び声が聞こえる。当然ではある。


「うるさい。先生が来る」


 だから、メリットは自身の魔術で近くの音を消した。この女子トイレが遮音されたのである。


「あー……笑いすぎて疲れた。わかったか? お……ワタシの魔術が」


「最初は反射系だと思ったけど、だったらこの子の攻撃を一回喰らわないと発動できない。と、いうことは、一番近いのが操作系」


「ああ……若干違うが、おおむね正解だな」


 残るはひとり。そして、ルーシもメリットも彼へ失望に近い眼差しを向けていた。


「おい……仲間がやられているのに突っ立てるだけかよ。一番つまらんヤツだ。こりゃおしおきだな」


「ひ、ひィ!!」


「そんなビビるなって。ワタシも一応学生だからさ、そこまでひでェことはしないよ」


 ルーシは腕がめちゃくちゃな方向に向いて、もがき苦しむ男子生徒のベルトを抜き取る。そしてそれで彼の腕をしばり、財布から学生証を取り出した。


「メリット、女はベルトしていねェ。なにか拘束する魔術を使えないか?」


「まあ、止まってる相手なら簡単だけど」


 そういい、メリットは意識のない女生徒ふたりを固めた。


「正座、って知っているか? まァこういう感じなんだが」ルーシは携帯の画面を彼らへ見せ、「おまえら全員これやれ。あと学生証な。男子女子問わず上裸だ。ああ、金もな」


 うめく生徒、気絶する生徒、震え上がる生徒。

 それら全員、無理やり正座させ、ルーシは学生証を確認した。


「よっしゃ、おまえらの住所は抑えた。これからワタシに不利になるようなことをしたら、家族の安全は保証できないからな?」


 そして記念撮影である。女子がふたりいたが、ルーシのいったとおりに、彼女たちは上半身裸となって写真を撮られた。


「軽くっていったしな……。本当は風呂に沈めても良いんだが、コイツらは解放してやれ」


「で? 男どもの痴態ってなに?」


「ああ、いまからやる。おまえら、シックスナインって知っているよな? ひとりマジで意識ねェから、ソイツ除外しておまえらふたりでしゃぶりあえ」


「なるほど。写真撮って良い?」


「良いぜ。なんならネットにばらまくのもアリだな」


「個人用にしとく。ワタシまで変態扱いされそうだし」

 

「好きにしな。さて……」


 ルーシは制服と手に血がついていないことを確認し、彼らから巻き上げた金の総額を見る。


「二〇〇〇メニーか。やはりここの学生どもは金を持っているようだ。ところで……パーラって子を知っているか?」


「名前だけは。獣人のくせに落ちこぼれな子でしょ?」


「そんなこというなって。その子の趣味とかわかる?」


「さあ。絡みないし。でも、オタサーにはよく行ってるみたい」


「オタク系か……。詳しくねェんだよな。ま、自由にしゃべらせるのもアリか」ルーシは首をゴキゴキ鳴らし、「あとでその子とカラオケ行く約束になっているんだ。たまには交友の輪を広げるのも大事だと思うぜ? 」


「……考えとく。連絡先交換しとこ」


「おう」


 そんなわけでルーシとメリットは教室へ戻っていく。ちなみに彼らは拘束されたままなので、誰かが先生に報告しないと女子トイレから抜け出すこともできないし、住所を抑えられている以上チクることもできない。


 と、いうわけで、冷徹な無法者の片鱗を見せてきたルーシは、教室に戻る。


「ルーちゃんおかえり~。長かったね」


「ああ……あの日なんだ」


「ほんと? じゃあ無理しないでね! ほら、ノートとかもとってあげるし、なんなら保健室に行っても良いと思うし! 辛いよね~。身体重くなるし、めまいするし、ルーちゃんくらいの歳だとあんまり体験したことないだろうしさ! だからワタシがサポートするよ!」


「ああ、ありがとう」


「ところでさ、カラオケ行くっていってたじゃん? んで女の子誘ってみたんだけどひとりしかオッケーっていわないんだ! ルーちゃんあの日ならきょうはやめとく?」


「どちらでも」


 ルーシは直感で感じ取る。パーラに女友だちはほとんどいないことを。彼女が友だちだと思っている者は、きっと彼女の悪口・陰口で盛り上がっていると。それに気が付けないほど鈍感なのか、それともルーシにそんな一面は見せたくないのか、それでもなければ……。

 予鈴が鳴った。一旦休み時間ということだろう。おそらくきょうはオリエンテーション的な日であるのは間違いない。ルーシはパーラが気が付かない程度の速度であたりを見渡す。


 ──やはり相当ブルっているな。詰めに行ったヤツらが帰ってこなくて、オレが無傷で帰ってきたあたり、ビビるのも無理はねェか。


「ん? どうしたの?」


「いや……パーラって男友だちはいるのかなって」


「……そうだね」


 口をつぐんた。おそらく、ここがパーラの秘所だろう。しかし情報がない。だからルーシも深堀りはしない。


「まァ、あれだ。メリットってヤツ知っているか?」


「メリット!? 超知ってる!! 去年のね、壮麗祭でベスト32まで残ったんだ!! ランクDなのにさ!! 正直憧れちゃうよね~! だってランクDだよ? ワタシみたいな落ちこぼれと評価は一緒なんだよ? でもキャメルちゃんに負けるまで勝ち進んだからね~! ほんとにすごいと思うな~!」


「なるほど。ソイツは好きかい?」


「いつかは友だちになりたいな!! なんか強くなる方法とか教えてほしいしさ! でもあの子化粧とかしてないからさ、ワタシが教えることもできるし、決してタダで教えろなんていわないよ!!」


 ──……尊敬しているのか? 煽っているのか? それとも天然なのか?


「だったら呼ぶか」


「え!? メリットちゃんの連絡先持ってるの? みんなに聞いたけど、みんな持ってないっていうからさ……。諦めてたんだけど、誘えるなら誘ってみてよ!」


「話しかけようとは?」


 パーラはすこしいいづらそうに、

「うーん……。ワタシって人見知りなんだよね」

 寝言のようなことを抜かす。


「……そうかい。まァ、呼んでみるよ」


 この歳の女子では珍しい、裏表のない子だ。良い意味でいえば正直。悪い意味でいえば幼稚。

 しかし、そういう裏表のない、あるいはそう振る舞っている女子というものはモテるものだ……と前世で弟が酔った勢いでいっていたのを思い出す。それは小学校中退のルーシには未知の世界だし、さらにいえば、こういった良くも悪くも深く考えない女は簡単にベッドまで運べる程度の認識しかない。

 もっとも、いまとなればベッドまで連れて行くのも無理だが。


「もしもし。放課後、友だちひとり呼んでカラオケ来い。……え? 友だちがいねェ? それじゃつまらんな。じゃあ、あれだ。男ひとり呼べ。……あ? もう男は懲り懲り? 誰かと付き合ったことあるのかよ。……三人? 意外と多いな。いや、決してけなしているわけではないんだ。高校二年生にもなって三人だけとか少なすぎるだろとかまったく思っていない。……わかった。こちらで人は用意する。最悪三人だな。ああ、パーラだ。すこし話すか?」


 ルーシは筒型の携帯をパーラへ渡す。

 この携帯電話は便利だ。畳んだ状態でも通話ができるし、念じれば写真も撮れる。近未来異世界らしい道具である。

 そう思っていると、パーラのマシンガントークがはじまった。


「もしもし! はじめましてメリットちゃん! パーラだよ~! そうそう、落ちこぼれの獣娘だよ~! ねえねえ、ワタシ思ったんだけどさ、なんでメリットちゃんって化粧しないの?」


 ──ナチュナルに煽ったな。確かに高校生にもなって化粧のひとつもしない女子なんて不思議な存在だが。


「……なるほど! アホな男と関わりたくないからと! でもさ、すこしくらい良いじゃん? 別に派手なメイクなんて必要ないんだよ、メリットちゃんかわいいし! だからさ、ちょっとだけいじらせてよ! ……え? ルーちゃんと替われって? わかった!」


 ルーシはニヤッと笑い、電話越しのメリットの表情を推察することでおもしろがっている。


「よォ」


『……この子、ワタシのこと煽りたいの?』


「いや、天然だろ。普通仲良くなりてェヤツに悪意を向けるか? ワタシは向けねェな」


『だったらいよいよ救いようがない。自覚がないのが一番怖い』


「わかるが……まだ一箱渡してねェよな? そこへ来たらやるよ。どうせ年齢確認で困っているんだろ? この国厳しいからな。どうせだったら飲みながら話そうぜ」


 ロスト・エンジェルス。時代は一八世紀末期。そのときの煙草事情なんて詳しくは知らないが、すくなくとも年齢確認という概念はなかったはずだ。なのにロスト・エンジェルスは未成年喫煙に厳しい。成人が一八歳であるため、現在一六歳か一七歳で童顔のメリットでは購入すら難しいのも事実だろう。


『……間違えて一四ミリとか買ってきたら、すぐ帰る』


「安心しろよ。ワタシはこう見えて結構優しいんだ」


『どの口がいうんだか。さっき焼き入れてた連中、ガタガタ震えてなにもできてないのに』


「ありゃ見せしめってヤツだ。それに……どうせ派閥ってヤツのメンバーだろ?」


 そういった瞬間、なにかワクワクしたかのような、恋する乙女のような顔をしたパーラの顔色が変わった。

 ルーシはそれが気になり、一旦携帯をおいて彼女へ話しかける。


「どうした?」


「あ、いや、うん……。ワタシ、派閥が好きじゃないんだ。……シエンタ・ファミリーとフランマ・シスターズは好きなんだけどね。それ以外はどうしても……」


「……いじめられているんならすぐにいえ」


 ルーシらしくもない台詞だ。昔のルーシならば、パーラを適当に口説いて適当に捨てていたのに。女なんてその程度の立ち位置としか考えていなかったのに。散々苦痛を味合わされ、その復讐のごとく女を操ってすべてを奪っていたのに。それなのに、ルーシは不意にパーラを助けようとしてしまった。


『へえ。意外と優しいところあるね』メリットは小バカにするような声質だ。


「うるせェ。ワタシだって分別くらいわきまえている」


『ま、色々とわかった。じゃあまたあとで会おう。クソガキちゃん』


「ああ、またな。色気皆無ちゃん」


 その刹那、予鈴がふたたび鳴った。ルーシはどこか物憂げな顔をするパーラをあえて放置し、携帯によるスターリング工業社員への業務連絡で一日目の学校生活を終えたのだった。


 *


「ルーちゃんっ! 帰ろ!」


「あ、ちょっと待て。完全に忘れていたことがあった。すぐ終わるだろうからついてくるかい?」


「良いよ! なになに? 友だち? 男の子? それともキャメルちゃんとお話しするの?」


「いや、もっとひどい悪夢みてェなヤツさ」


「?」


「ほら」


 ルーシとパーラは廊下を歩き、三学年用の教室のひとつにたどり着く。

 そして、そこへは、見えない壁があるかのように無視される新入生がいた。


「……ああ見ると哀れなもんだ。二五歳が一八歳と一緒に授業受けているんだもんな」


「ん? なんかいったルーちゃん?」


「いや、なにも」


 もっとも、当人は気にしていないようだった。なぜならば。


「ちょっと待てアホ。なんで学校にスキットル持ってきているんだ? 没収だそんなもん」


「ルーシさん! それはあまりにも無慈悲過ぎます! ほら、このお酒さんだってワタシに飲まれたがっていて……」


「知らねェよ。そんなに飲みたきゃせめて家へ帰れ。きょうはウイスキーの七〇〇ミリ瓶飲んで良いからよ」


「ほ、本当でしゅか? 一気飲みしても良いと?」


「好きにしろ」


「やったー!!」


 ヘーラーは一目散に走ってどこかへ消えていった。


「……酒で調教できる天使。笑い話しにもなりゃしねェ」


 スキットルを学校に持ち込んだアホへのフォローが終わり、ルーシはパーラのもとへ戻っていく。


「る、ルーちゃん。いまの人って何者?」


「あー……親戚みてェなものだ。あまりにも頭が弱いから、ワタシが面倒を見ている。まァ気にすることはない。二度と会う必要もない」


 ルーシの口調に並々ならぬなにか触れてはいけないという感覚を感じたのか、パーラは「そうなんだー……」と弱くいうだけだった。


「さて、カラオケ行くか。だが、三人だとすこし寂しいな。そのひとりは本当に来るのか?」


「うん! メントちゃんは絶対に来るよ! だって他に友だちいないし!」


 ──思ったことを口に出すのは良いことじゃないな。まァ、コイツにここまでいわれるんなら、やはりそういう人間なんだろう。


「そうかい。……あ、携帯がうるせェ。先にメリットとメントと合流しておいてくれ。これがメリットの連絡先だ」


「うん! 待ってるよ~!」


 そんなわけでパーラをおいて、ルーシは学校の裏側へ向かう。目的は当然ニコチン・タール補給である。


「……ッたく、世間知らずのクソガキどもの相手は疲れるな。だが……悪いものでもない。もしかしたらオレもヤツらみてェにクソガキやっていたかもしれねェしな」


 意外なほど本心だった。ルーシは前世にて一二歳になるまでは、ここにいる学生たちのようなことをやっていたからだ。一二歳をもってすべてが狂ったが、もしもそれがなければ、ルーシも気楽に学生をしながら程よく遊び程よく勉強をしていただろう。

 もっとも、金持ちが嫌いなのも事実だし、金持ちが生んだ子どもなんて無条件で殺したくなるような制震構造ではあるが。

 しかし、悪い気持ちがしないのもまた本心だ。強がって一ミリの煙草をふかす女子。必死に兄を越えようと躍起になりながらも、実際のところは兄へ恋愛感情すら抱いている妹。凄惨ないじめを受けるわりには元気そうな、女にしか見えない少年。そして、おしゃべりで頭が弱くても、なぜか憎めない不思議な獣娘。


「まァ……楽しく学生やらせてもらうか。行く義理なんてねェが、せっかく異世界まで来たんだ。どうせだったら刹那思考でいたい」


 そうしてルーシは煙草を咥えて学校の広大な裏側へ来る。そこには、やはり間抜けな面をした男女が数十人いた。おそらく先ほどの報復だろう。だが、たいした連中がいるとも思えない。


「よォ。わざわざ輪姦されに来るとは良い度胸してんじゃん」


「よォ。わざわざ自殺とは随分仲が良いじゃん」


 ルーシは煙草が折れないようにソフト・パッケージにそれを入れる。

 そして、虐殺がはじまった。誰が虐殺されるかなどいう必要もない。人数が多すぎてルーシも把握し切れないからだ。


 *


「うう……」


「なんでこの人数でかなわねェんだよ……」


 そんなうめき声が聞こえるなか、ルーシは体力でも回復するかのように煙草を咥える。


「……まーたつかねェよ。なんだこれ。マッチにしろってことか? だが、マッチなんて火事が起きても燃えねェものだろうに」


 ルーシは携帯を開き、怒涛の『スターリング工業』からの連絡をすべて消して、アークへ電話をかける。


「よォ。悪いんだが、ライター持ってねェか? ……って、おまえアークじゃないな? おまえ、もっとガキみてェな声しているだろ。……なに? てめェもいますぐ来いだ? 逆にてめェが来いよ。ワタシだって忙しいんだ。これからカラオケに行かなきゃならねェ。秒で済ませるからよ」


 面倒事ばかり重なる。どうしてこうなるのか、ルーシも不思議である。あのレイノルズ家の子どもということになっているからか、未だによくわかっていない派閥のメンバーをとりあえず潰したからか、一〇歳児がランクAになっていることが気に食わないのか。

 だが、時間が惜しいのも事実だ。仕方がないので、ルーシは能力を一部開放する。


「……あー、ワリィ。おまえらの居場所わかった。いまから向かう。一分待て」


 ルーシの能力とは、というものだ。そしてルーシは前世では超能力者であった。なので、この世界には魔術は存在するがという利点をつき、即座に彼らの位置を割り出した。

 要するに、なんでもありなのだ。この学校に入学して一日目。存在しない法則を使えば、そもそも相手にふれることもなく相手を爆発でもさせて殺すことも可能なのだ。


「まァ……時間経過で体力は戻るが、いまフルパワーでやれば一分も保たねェだろうな。ここいらで新しい法則を試すのもありか」


 ルーシは瞬間移動をした。そう、瞬間移動である。居場所が割れているため、法則を乱して即座にアークのいる場所へ移動した。


「よォ、アーク。だいぶひでェいじめを受けているようだが……ここいらですこしおもしろいことしてみねェか?」


 いじめっ子は五人。アークはとことん暴行を受けていた。端麗に女性的な顔も、ところどころ腫れているし、身体にも青あざはあるだろう。


「あァ? なに? オレらを無視するってこと?」


「ああ、おまえら程度ボコすのは容易いが、ここはアークの力で闘うのも一興だろ?」


「あァ?」


 アークは気絶寸前だった。倒れ込み、なんと意識は失っていないだけだった。


「アーク、会話できるか?」


「……無理」


「そうか。まーよ、おまえにはライターもらったし、ここらへんでおまえのスキルを開花させてやるよ」


「……どういうこと?」


「すぐにわかる」


 ルーシはアークへなにかの法則を与えた。アークのスキルはわからないし、魔力もわからない。だが、ルーシが下駄を履かせることで、なにかしら良いほうへ傾くかもしれない。


「一瞬で終わる。ほら」


 本当に一瞬だった。

 12/7

「え、え? どういうこと?」


「別にワタシもおまえを助ける義理なんてほとんどねェ。だが、ちょっと甘くなったのかもな。それに……たまには見ているだけってのも良いじゃないか。いままでやってばかりだったからな?」


 アークはあからさまに困惑していた。当然だ。ルーシが自分でもよく理解していないうえに、そもそも試したこともないような法則をアークに書き込んだからだ。つまり、ここから先はまったくの不明瞭である。どう転んでもおかしくない。


「ま……死んだらワリィ。ほら、行って来い」


 ただでさえでもガタガタなアークの背中を、ルーシは男時代の腕力を使い叩く。この状況でこんなことをすれば、彼へとどめを指しかねないが、アークがどこかふわふわと浮いていた足を地面へつけたかのように精悍な表情になった時点で、ルーシは壁にもたれて彼の勇姿を見届けることにした。


「……自分の身体じゃないみたいだ。天高く舞い上がるような……でも、不思議と怖くはない。なにかがボクを守ってるみたいに、なにかがボクを包み込んでる」


「あァ? さっきからヤク中みてェなこといってんじゃねェぞ、ナードが!!」


 とことん放置されていた学生たちは、やっと現状を知った。そこにはふたりの学生がいる。いつもどおりのサンドバッグと、自身の派閥メンバーをことごとく潰した怪物。怪物に挑む必要はない。人間はより弱い人間でも食っていれば良いのだ。

 だから、彼はアークを殴ろうと足を運ぶ。


 そして、

「……ッ!?」

 結果は一目瞭然だった。


 アークの身体に彼の拳が触れた瞬間、彼の腕はシェルダーにでもかけられたかのように粉々になった。そう、粉々だ。あまりにも突然の出来事だったがゆえ、痛みも驚きもない。ただただ、自分の腕が粉薬のように消え去ったということだけを目にしただけなのである。


「ち、ちくしょう!! どういうことだ!?」


 だが、数秒もあれば異質性に気がつく。腕が消滅した。なのに痛みはない。一切の痛みがない。だが腕はない。そしてアークは魔術を持っていないはず。と、なれば、このイカれた一〇歳のガキがやったのか?


「よォ。ワタシもそろそろ行かなきゃならねェからいっておくぞ? たぶんだが、おまえの腕はアークが。その意味がわかるか? まァ……」


 刹那、アークはただこちらを見てゆるりと腕を動かした。そこに狂気はない。ただただ、邪魔な虫でも取っ払うような動作だった。

 そして、アークは、いや、アークなのか? もしかしたらこのガキかもしれない。……いや、アークだ。間違いなくアークがやったことだ。

 そう思いながら、それだけを知りながら、彼は身体の一部が少しずつ消滅していくのを呆然と放置していた。


「どんな壮麗な建物も、柱一本とってしまえば崩れてしまうものだ。腕だけで良かったな? アーク、そうだな……積木くずしとでも名乗れば良いんじゃないか? そのスキルはよ」


 アークは、

「そうだね」

 あっさり同意した。


 やがて、なにかを崩していくように、アークのはじめての反撃がはじまった。



 *


「じゃ、ワタシは行くから。だがその前にライターくれ。もうおまえには必要無いものだしな?」


「わかった」


 死屍累々といった感じであった。アークのスキル──ルーシすら全貌は理解していない能力の前に、彼へ絡んでいた連中は壊滅。慌ててスキルを使った結果、余計に痛めつけられることになってしまった。そして、スキルを使えば使うほど、闘いはアーク有利になっていくこともよくわかった。


「ふー……。やはりこれだな。もはや健康なんてどうでも良いくらいだ」


「世間話でもする? ここに止まるってことは?」


「あ。煙草の力はすげェな。約束していたんだ。アーク、このクソガキのお願いを聞いてくれないか?」


「たぶん実年齢はクソガキではないだろうけどさ……まぁ、ボクができることなら。きょうはやることないし」


 アークも一応は感謝しているようだった。また、満足もしているようだった。いままで苛烈ないじめを受けていたのだから、それを一回でも反撃できたのはおおきいのかもしれない。


「カラオケ、かわりに行ってくれ」


「……カラオケ? 誰と?」怪訝そうな顔だ。


「パーラとメリット、あとよくわからんヤツ。知っているか?」ルーシは余裕そうな笑みである。


「いや、パーラはすこしだけ知ってるけどさ。あの獣娘でしょ? キルレ0.2なのに男子生徒にちやほやされてて、ボクの周りの子たちも悪口大会になってたよ」


「へェ。モテるってことか?」


「……正直話したくない」


「話せよ~。このかわいいかわいい幼女さまが聞いてやるってんだぞ? ほら、銀髪で碧眼だぞ? しかも超絶美少女だ。おまけにわざわざ無理して低い声を出している。……これが本当なんだよ、ワタシの声って」


「……なんでそのキャラで行かなかったの?」


「オタクどもに絡まれたくねェからだ」ルーシは煙草を携帯灰皿へ捨て、「だが、おまえは直感でおもしれェヤツだと感じる。おもしろけりゃオタクだろうと獣だろうと大歓迎だ。ま……」


 ルーシは携帯電話を確認する。左腕に巻いた腕時計型の携帯と筒型の携帯をペアリングし、どちらでも連絡は確認できるのだが、仕事用のもの──元来のスマートフォンの原型をかろうじてとどめているそれは、異常なまでに鳴り響いていた。だからルーシはそれを確認し、いよいよ連絡が「クール・レイノルズ」になっていることを知った。


「先に行っておいてくれって話しだ。三〇分後合流する」


「男いるの?」


「いるわけねェだろ」ルーシは嫌味な半笑いを浮かべ、「ご褒美を与えようって話しだ。だいたい、ワタシは歌うのが好きじゃない。場がしらけるからな。だからおまえが先に行って、ワタシの部下から渡された酒でお持ち帰りして良いって意味だよ」


「……だから、もう良いんだって」


 アークはやや苛立っているようだった。ルーシはそういった感情を鋭く感じ取る。


 なのでアークの肩を叩き、

「とにかく、先に行っていろ。別に詐欺や殺しをさせるわけでもねェんだ」

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