SEASON1-2 実力と陰謀の学校"MIH学園"

第一一話 オタクな少年と陽気な担任とおしゃべりな獣娘と銀髪碧眼な幼女

 メイド・イン・ヘブン学園。通称「MIH学園」。

 そもそもの歴史が浅い国家「ロスト・エンジェルス連邦共和国」において、創立から今年で一〇〇周年というのは極めて長い歴史を物語っているし、実際ロスト・エンジェルス──LAにおいて屈指の名門校であることは間違いない。

 そんな学校だが、しばしば人はこう語る。「実力と陰謀の学校」であると。

 あまり良いいわれ方ではないが、実際そのとおりなのだ、とルーシ・レイノルズはでありであるクール・レイノルズから口酸っぱくいわれていた。

 しかし、ルーシにとってはそちらのほうがやりやすいのかもしれない。彼……いや、彼女は、かつて二一世紀日本の裏社会を征服した者だからだ。いまはなんの因果か一〇歳の銀髪碧眼幼女として生きているが、考え方はまったく変わっていない。

 だから、ルーシはMIH学園へ足を踏み入れる。


「……キャメルに見つかったら面倒だな。クールの部下に送迎したもらったわけだし。というわけで、ヤニの時間だ」


 MIH学園は広い。古めかしい校舎は一〇個あるし、中庭も巨大で、ところどころに喫煙所らしき場所があり、ところどころで喧嘩のような、いや、一方的な暴力が振るわれている。


「ま……鉢合わせたらまずい。裏行こうか」


 ルーシは一〇歳……ではないが、見た目は一〇歳だ。なのでキャメルというに見つかるのは好ましくない。そういう理由もあり、ルーシは人生ではじめてといって良いほどの行動をする。隠れて煙草を吸うという経験を。


「無駄に広いな。LAって狭い国じゃねェのかよ。こりゃ生徒から金を搾り取っているな」


 そんな愚痴をひとりでこぼし、ルーシは学校の裏側へ行く。


 学校の裏側。ここまで来るとひと気は少ない。少々人がいて、やはり暴力が起きている。別に助ける義理もないルーシはそれを無視し、青いブレザーの内ポケットにしまっておいた、赤と白が特徴的な煙草を取り出す。


「一応携帯灰皿を持ってきて正解だったな。ポイ捨てってのはよくねェことだ」


 散々人を殺したくせにポイ捨ては良いことではないらしい。むしろポイ捨てして良いから人殺しをやめるべきだとはほんのすこし感じつつ、ルーシは煙草へ火をつける。


 だが、

「火がつかねェな。こういうときに限って火がつかないんだ。呪われているのかもな」

 ルーシの電子ライターはまったく作動しなかった。


「しゃーねェ」


 ルーシは乱雑に誰かへ暴力を振るう生徒の背中を叩く。


「すみません、火ィくれませんか?」


「あ? オレらがなにしてるかわかってるわけ?」


「いじめでしょ? 別にチクったりしないし、とにかく火がほしいんですよ」


「……一応やっちまおう。まだガキだが、犯してサイトに流したらだいぶ高く売れる」


「あっそ」ルーシは呆れた態度だ。


 ルーシは即座にその男の耳を掴む。

 なにが起きたか理解していない生徒。

 刹那、ルーシは耳を


「…………ッ!?」


「まだ片耳だけだろ? ワタシが知る限り、両耳両目両腕全部もがれても必死にあがいていたヤツはいるぞ?」


 別に嘘ではない。昔そういう根性があるヤツがいたのだ。


「や、やべェ!! 逃げんぞ!!」


「お、おう!!」


 逃げるときは一目散。ルーシはため息をつく。


「ライターがねェじゃねェか。あーあー、メリットと連絡先交換しときゃよかった」


 そうやってやりすぎたなと思っていると、ただただ暴力を振るわれているだけだった少年が立ち上がった。

 髪は金髪。この国ではありふれた髪色だ。身長は一六〇センチほど。制服からして高校生なので、低身長の部類に入る。顔はボロボロだが、中性的、いや、女性的な顔をしている。男子の制服を着ているため、おそらくは男性だが、もしかしたらトランスジェンダーなのかもしれない。


 別に話しかける義理もないルーシはその場から立ち去ろうとするが、

「ちょ、ちょっと待って。キミって高校生?」

 その少年に止められた。


「そうだが?」


「いや、高校生にしては子どもすぎるって思ってさ。あと、ライターならあるよ。ボクの髪を焼くために持たされてるんだ」


「なかなか凄惨ないじめを受けているな。だが、随分と元気じゃねェか」


「なれてるからね。この程度の暴力だったら、一日に三~四回くらいは起きるんだ」


「まァ良い。ライター貸してくれ」


「はい」


 ルーシは少年からライターを借りて、それで火をつける。


「あー……やはりこれに限るな」


 至福の表情である。いまの見た目では、余計に異常者に見えてしまうが。


「で? おまえはいじめられているのに反抗しないのかい?」


 何気ない世間話というヤツである。


「別に……、反抗したところで結果は見えてるしね」


「それじゃおもしろくねェな。しかし、一日に何回もぶん殴られるのは辛ェだろ? なにか支えがあるとか?」


「まぁ、ボクみたいなナードでも居場所はあるんだ。ゲーム部があってね。そこだとみんな優しいしさ。けど、こうやって殴られるのが辛いのは否めないかな」


「だろうな。ま、ライター貸してくれたんだ。相談くらいなら乗るぜ? ワタシはルーシ・レイノルズ。おまえは?」


「れ、レイノルズ!?」


 少年は明らかに驚いた表情だった。レイノルズ家がLA屈指の名門であることは知っているが、そこまで驚くことなのだろうか。


「ああ、レイノルズ。親父はクールって名前で……叔母っていうのも変だが、キャメルが家族でもある」


「……キャメル」


「なにか嫌なことでもされたのか?」


「いや、別に……」


「わかりやすいヤツは好きだぜ。あれか、告白されて無事ボロ負けしたってところか。だが、アイツは狙わねェほうが良いぜ? いろんな意味で」


「いや……そういう理由でもないんだ」


「ふーん」ルーシは深堀りせず、「で? おまえの名前は? あと連絡先は?」


「アーク・ロイヤルって名前だよ。一応王族の血を引いてるっていうけど、ボクみたいな落ちこぼれがそれを名乗って良いのかは疑問だよね」


 ──偶然というものもあるんだな。まさか元王族を騙っていたら本物の元王族と会うとは。


 されどルーシは動じない。そして言葉をつなぐ。


「ま、そのうち良いことあるだろ。仲間がいるだけでだいぶ違うだろうしな。これがワタシの連絡先な。なにかで困ったら連絡してきな。恩返しくらいはするからよ」


「……人の耳を引きちぎった女の子に?」


「おいおい、ありゃ事故だ。ちょっと引き裂く程度だったんだよ。だがアイツの耳が弱すぎて切れちまった。なに、耳なんてすぐくっつく。意外と人間ってぬいぐるみみてェな構造しているからな」


 アークの顔から血の気が引いた。どうやら失言だったらしい。ルーシは即座に発言を変える。


「あー……ほら、小説とかでも簡単に治療できるだろ? それと一緒さ。ワタシはこの国で生活し始めてから二ヶ月くらいだが、ロスト・エンジェルスの医療機関だったら保険適用で治せるだろ、たぶん」


「……小説読むの?」


「まーな。ロシ……ルーシ文学とか結構好きだ。おまえは読まねェのか?」


「ライトノベルだったら読むけど……」


 ──日本のガキ向けの小説じゃねェか。なんでこの世紀のこの国にそんなものがあるんだよ。


「純文学は良いぞ。頭がおかしいヤツらの書くものってのは、なぜかおもしれェんだ。頭がおかしいからおもしれェものを書けるのか、おもしれェもの書けるから頭がおかしいのかは置いといてな」


「……よくわかんない世界だね」


「いつかわかるかもな。さて、煙草吸い終わったし、またどこかで会おう」


「うん、またね」


 ルーシは去っていった。その後ろ姿を見て、アークはつぶやく。


「……何者なんだろう。キャメルの姪っ子には思えないし」


 *


 ニコチンとタールですっきりしたルーシは、教員室へ向かう。MIH学園は一応クラス制で、まずはクラスメートに顔見せしなくてはならないから、担任へ会いに行こうとしているのだ。


「失礼します。ルーシ・レイノルズです」


 教員室はコーヒーのニオイが漂っていた。どうやら彼らは激務らしい。


「ルーシ……ルーシか!! あのクールの娘なんだよな!?」


 そうきさくに話しかけてきたのは、ルーシ以上に低身長な女教師だった。しかも美人である。


「ええ、そうですよ」


「アイツには手を焼かれてばかりでな! まあアイツの妹のキャメルは優等生なんだけどよ! さて、キミはどっちだ? もう耳を引きちぎったらしいけど?」


 ──もうチクったのか。根性のねェヤツらだ。


「さァ。ワタシはそんなこと一切してませんけどね」


「そっかそっか! なら良いんだ! いまMIHは厳しくてよ! 暴力で停学とかになるからさ! 昔はそういうのなかったんだけどな! んで……アタシがキミの担任だ! なんか困ったらいつでもいってこい! てか、まずは顔見せだな!」


 ──随分元気な先生だな。クールのときも先生していたのなら、実年齢はだいぶ高いはずだが、妙に若々しい。二〇代でも充分通用するレベルだ。


「これがキミの学生証だ! 名前のスペルも間違ってないよな?」


「ええ、大丈夫です」


「なら教室行こうか! ランクAが六年飛び級で入ってきたとなれば、アイツら驚くだろうな~!」


 すごく楽しそうである。若々しく見えるのは性格も関係しているのかもしれない。

 ルーシと担任は一緒に歩く。


「クールは元気か? キミの入学んときに来たらしいけど、アイツアタシに顔出さずに帰りやがった! あんだけかばってやったのによ~!」


「ええ、元気ですよ。でも、お世話になった人と会わずに帰るとはいただけませんね。今度呼び出しましょうか?」


「おう! 頼むぜ!」


 そんななか、ルーシは見覚えのある女生徒を目に捉える。

 一〇歳のルーシと変わらない程度の身長、貧相な身体つき、明るい茶髪、整った顔立ち、実はルーシより貧乳。


「おお! キャメルじゃねえか! この子のこと知ってるよな!?」


「……あっ!! 知ってますよ!! ルーシちゃん!! 入ってきたんだね!!」


 キャメル・レイノルズ。クールと歳の離れた兄妹で、このMIH学園の主席であり、名目上ルーシと親戚である。


「ええ、やはり学校へ通うのは大事だと感じまして」


「よっしゃ、家族同士すこし話しな! 教室のデータ渡しておくからよ!」


 担任は紙……ではなくタブレットを渡してきた。こういったところも「近未来異世界」らしい。


「ありがとうございます。では」


 ルーシとキャメルはふたりきりになる。別に話したいことなんてないルーシは、とりあえず彼女の出方を伺う。


「ルーシちゃんさ、ランクはなんだった?」


「Aでしたよ」


 ランク。MIH学園においてもっとも重要な評定基準である。計測は簡単。この国ロスト・エンジェルスでは、いや、この世界では魔術というものが発展しているわけだが、要するにそれの実力を計るのだ。


「ランクA!?」


「そういわれたんですけどね」


「え、えっと。この前はじめて会ったとき、ワタシがいったこと覚えてる?」


「ランクAはいまのところ五人しかいないと?」


「そうなんだよね。当然ワタシもそこへいるんだけど……やっぱりルーシちゃんはお兄様の娘だね。一〇歳でランクAになる子なんて聞いたことないもん」


 ──まァ、学園の上層部が持つ書類では、オレはランクSなんだがな。


「て、ことはさ。飛び級なのかな?」


「ええ、六年飛び級です。キャメルお姉ちゃんと一緒の高等部ですよ」


「……色々と異例まみれだね。でも、ひとついっておきたいことがあるんだ」


「なんですか?」ルーシはすこし頭をかしげる。


「ワタシの派閥に入らない?」


 派閥。聞いたことはあるが、学校にそんなものがあるのかは知らなかった。しかし、キャメルがそういうのならば、きっと学生同士でも政治があるのだろう。


「派閥、ってなんですか?」


「えっとね、MIH学園っていじめとかひどいじゃない? だからワタシたちみたいな実力のある生徒がさ、そういういじめられる子を守るために設立したものなんだ。いじめられるほうにも原因があるとかいうけど、この学校でそういう扱いを受けるのは、たいていは魔術の才能がないからで、勉強とか部活を頑張ってる子も多いしさ。そんな子たちを守ろうとしてるんだ」


 ──随分とは早口だな。なにか後ろめたいことでもあるのか?


「と、いうことは、他にも派閥があるんですか?」


「あるよ。主に五大派閥って呼ばれるヤツが有名だね。でもそれ以外にも、有力な生徒は派閥を作ってるたい」


「なるほど。キャメルお姉ちゃんの派閥に入りたいのは山々なんですが、すこし考えさせてもらって良いですか?」


「良いよ~。ルーシちゃんの自由だからね」


 おそらく、キャメルは派閥のメンバーには困っていない、有力な生徒が集まっているのだろう。キャメルは一学年にして一〇〇〇〇人の頂点に君臨した少女だ。人ならばいくらでも集まる。

 しかし、キャメルの思惑はともかく、優秀な生徒は傘下においておきたいのだろう。仮に後ろめたいことをしていても、仮に正しいことをしていても。


「じゃ、ワタシは顔見せをしてこなくてはいけないので、ここで失礼します。また連絡しますね」


「うん! MIH学園を楽しんでね!」


 キャメルが悠々と去っていくのを確認し、ルーシはタブレットどおりに道を進んでいく。

 古めかしい校舎だったが、中身は近未来そのものだ。壁紙の代わりにディスプレイが置かれており、しかも前世における有機ELより美しい。なのに提示してある情報は陳腐なものである。いじめをやめましょうとか、暴力を振るった生徒は停学処分だとか……はっきりいって意味がない。意味を成していない。


「実力主義ってのはわかったが……陰謀ってのがよくわからんな」


 派閥というものは、ルーシが考える限り、所詮学生の政治ごっこである。MIH学園のトップにいるのが女子で二学年のキャメルなのが気に食わない連中もいるだろうが、それはひっくり返す余地のない話しだ。キャメルは名門中の名門レイノルズ家の子ども。無理なものは無理なのだ。


「ま……入ってみてわかることもあるだろう。せいぜいオレを楽しませてくれよ? 一〇〇億円の価値があるようにな」


 そう日本語でつぶやき、ルーシは教室の横開きドアを開ける。

 クラスは和気あいあいとしていた。学生らしいといえば学生らしい。


 ──金のあるクソガキは、オレを使って良い思いしていたんだな。ボンボンってのはどうしても気に入らねェ。オレみてェな無法者はいつも金持ちを喜ばしてばかりだ。


 と、思っていると、担任が大声を張り上げ、クラスを落ち着かせた。


「よっしゃおめえら!! 新入生だ!! 六学年飛び級で高等部へ来た、元首席キャメルの親戚!! そして伝説であるクール・レイノルズの娘!! ルーシ・レイノルズだぁ!!」


 クラスは騒然となった。たいしてルーシは冷めていた。こんなものだ。なにせ、もういじめの痕跡を二~三個ほど見つけてしまったのだから。


「ルーシ、自己紹介だ!!」


「はい。ルーシ・レイノルズです。先生がいったように、ワタシは父にクールを持ち、叔母にキャメルを持ちます。ですが、皆様とぜひとも仲良くしたいと思っております。よろしくお願いいたします」


 嫌味がなさそうで嫌味があるな、とでも思われただろう。ルーシは一〇歳だ。一〇歳児ならば一〇歳児らしく天真爛漫な性格風に行ったほうが良いし、最初に担任が話したとはいえ、わざわざクールとキャメルの名前を出し、それでいて自分が上であるといわんばかりに仲良くしたいと。

 しかし、別に高校一年生と仲良くする義理なんてないのも事実だ。ルーシは異世界人の一八歳。しかももともとの性別は男。それが別の世界の高校生とお友だちになれるわけがないのだ。

 だから、教室の評価は真っ二つに割れた。こちらまで聞こえるように陰口を叩き、挙句の果てには「やっちまおう」という声すら聞こえる。それが大多数である。

 だが、目をキラキラさせる少女も確かにいた。


 ──獣娘けものむすめ? どれだけアニメみてェな世界観なんだよ。こりゃオタク野郎が転生したら、大喜びだろうな。


「よっしゃルーシ!! 適当に座れや!!」


「そうですね……」


 けれど、興味が湧くのも事実。ルーシはそうやって目を輝かせる少女のちかくへ座る。


「こんにちは。ルーシ・レイノルズです」適当に声をかける。


「敬語なんて使わなくて良いよ~!! ワタシはパーラ!! 見ればわかると思うけど、猫と人間のハーフです!! すごいでしょこの耳!! なんか普通の人間より声が聞き取りやすいらしいんだ!! んでね、しっぽまで生えてるんだ!! まあこれは使わないんだけどね!!」


 ──担任より元気そうだ。元気なのは良いことだな。暗いヤツよか断然ましだ。


 パーラ。金髪のロングヘアーで、背中全体が隠れるほどの長さだ。顔立ちは美しいというより愛らしい感じで、柔らかい表情や程よい香水とトリートメントの匂いで、見た目以上に愛らしい印象を受ける。身長は座っているのではっきりとはわからないが、おそらくルーシより低く、一四五センチといったところか。ただし肉付きは良いようだ。もっとも、ルーシ以上の絶壁だが。


「んでさ、ルーちゃんって呼んで良いかな!! ルーちゃんめっちゃかわいいし、なんかかっこいいし、なんかもう大好きだよ!! ワタシのことは好きに呼んで良いからね!! そうだ!! きょうの放課後カフェかカラオケ行こうよ!! 男の子と女の子どっち誘えば良い? やっぱ両方?」


「……そうだな、やはり男子は外して──」


「やはりって……!! めっちゃかっこいい!! 別にけなしてるんじゃないんだよ? なんかそういう言葉がすぐ出てくるのがかっこいいんだ!! やっぱルーちゃんは頭良さそうだね!! 勉強教えてよ!!」


「別に良いが……」


「ワタシ落第寸前なんだよね~! 獣人けものびとって頭良くて身体つきも良くて魔術も強いって思われがちだけど、なんかワタシそういうの苦手でさ~! 結構自分なりには努力してるつもりなんだけど、やっぱ頭の良い人に教わるのが一番かな~って!」


 ──わかった。コイツ、コミュニケーション障害だ。こちらの話しをまったく聞いていねェ。


 コミュニケーション能力。それは、人間である以上、必ず必要になるスキルだ。

 たとえば、相手の目を見て話せず、声もちいさく、相槌のひとつ打つのにも苦難するのもコミュニケーション能力が足りていないといえる。

 だが、パーラのような子もそうだ。自分の話ししかできない。いや、気がついたら自分の話しに終始してしまう。そして、いままでもこういう連中を見てきたルーシは、対策方法をよく熟知している

 しかし、その性格になるには気分を変えたい。


 ルーシは立ち上がり、

「ごめん、トイレ行ってくる。すぐ戻るからさ、そのときに話しをしよう」

 そんなことを伝える。


 女子は基本他人との関わりを重視する。それは、原始時代からの決まりだ。男が狩りに行っている間、女は他の女や子どもを育てていたからだ。

 だから、もしもついてこられたら面倒だとは感じる。なので、ルーシはあくまでも『会話は続けたいが、尿意が限界で、早足で行きたい』といった感じの態度で接した。


「わかった~。待ってるね!」


 そんなわけでルーシは教室から出ていった。


「──なんだか懐かしいな。ああいうヤツは昔からいたもんだ。無下にしてやっても良いが……やはりオレは中身が男なんだな。二〇センチ砲さえついていればなァ……」


 前世では男として放縦に振る舞っていたルーシは、このとき、この場にいても男である自分を捨てられていない。なにせ獣娘なんていままで見たこともなかったからだ。何気なく悶々とするような、好みの女を見つけたときとは違う、はじめて自分の意思で性行為をしたときのような感覚に襲われていた。


「だが……ないものを嘆いても仕方がねェ。女にだって快感を感じる部位は腐るほどある。いや、男以上かもな? ともかく、すこし煙草でも吸って落ち着こう」


 ルーシはトイレに向かいつつ、ふと思う。


「……獣人ってことは、ニオイを感じ取る器官も強ェのか。猫とのハーフっていっていたしな。煙草はやめておこう」


 意味がなくなった。このままトンボ返りしても良いのだが、ルーシはあえて女子トイレに入っていく。


「……なァ、尾行ってのが下手すぎねェか? ワタシはしたこともねェが、こんなにヘマやらかすこともねェはずだぜ?」


 ルーシはわざとらしく嫌味な笑顔を浮かべ、振り返った。

 そこには間抜けそうな面をした男女混同の連中が五人。ルーシは鼻でフッと笑う。


「まァ……そういわれて悔しいと思うんだったら、実力行使でワタシの顔を壊してみろよ」

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