第九話 ロスト・エンジェルス最高峰の学校"MIH学園"
柔和な表情を崩さなかったキャメルは、ルーシからの質問──ある種当然の質問に顔をしかめる。ルーシもこれから入学する予定の学校がどんな校風なのかくらい知りたいだろう。しかし、説明が難しいのもまた事実である。
「……そうね。簡潔にいえば、実力至上主義といったところかしら」
「魔術が肝心だと?」
「そういうことになるわね。まず、ルーシちゃんは推薦入学を選ぶから、気味の悪いカラスに身体を凝視されるわ。そのカラスが生徒の実力を決めるのよ。評価は五段階。まったく価値がないとみなされるランクD。たいした戦術的価値を見込めないといわれながらも、大半の生徒がここに甘んじるランクC。そして、ルーシちゃんにとってはここからが重要よ」
ゲームのようにわかりやすい区分。ルーシは相槌を打ちながら、彼女の話しを聞いていく。
「次はランクBね。努力と才能でたどり着ける区分。大半の生徒はこの区分になることを目標としてるし、推薦入学ならランクB以上でないと入学することもできない。まあ、お兄様の娘でワタシの姪っ子であることを考えれば、正直ランクB以上はほとんど決まったようなものだわ」
そこまでいい切る。と、なれば、キャメルは「ランクA」に属しているということになるだろう。そしてクールもそれと同等か、あるいは隠されている区分に入っていたか。ともかく、キャメルは語る。
「そして、実質的な最高位。ランクAね。魔術の腕はもちろん、勉学においても優秀であることが求められるわ。だから、いまのところ、この区分に入ってるのはワタシを含めて四人だけよ」
「やはりキャメルお姉ちゃんはすごいですね」
「……まあ、変な話しお兄様がいなかったら、すごいといわれて鼻を伸ばしていたわね」
「と、いうことは? 実質的な最高位の上にまたなにかがあると?」
「そうね……」キャメルはため息交じりに、「メイド・イン・ヘブン学園。通称MIH学園の最高位はランクSよ。一〇〇年の歴史で、そこまでたどり着けた人はふたりしかいない」
「へェ。まずひとり目はお父様ですよね?」
「そうね。お兄様は一学年の時点でランクSの評価を得てた。いままで形式的にしか存在してこなかった評定に、まさかたどり着く者がいるとは思ってもなかったでしょう」
当然といえば当然だろう。クールは強い。この世界に超能力は存在しないからなんでもできる……という不条理極まりない攻撃を与えられなかったら、確実に負けていたほどに。
それに比べれば、どうしてもキャメルは見劣りしてしまう。彼女はランクAでMIHの主席だが、それはあくまでも高等部から必ずひとりは選ばれる優等生に与えられるものだ。たいしてクールは歴史を塗り替えてしまった。キャメルが語るように、形式的にしかなかった称号を手にしてしまったのだ。
ルーシが思うに、キャメルはクールを崇敬しているが、同時に嫉妬もしている。同じ親から生まれ、同じように育てられたはずなのに、ふたりには絶対的な壁があるからだ。
「だから、ワタシはランクSになるのを狙ってる」
「なるほど。お父様と並ぶと」
「いや……越すのよ。ランクSになればセブン・スターへの交渉権が得られる。その上で結果を残せば、お兄様がなれなかったセブン・スターになることができる。お兄様は二回拒絶したけど、ワタシはその話しが来た時点で受け入れようと思ってるの」
ルーシの考えていたことが的中した。やはり彼女はクールにたいして劣等感を抱いている。近親愛という危険な領域に入るほど尊敬しながらも、同時にコンプレックスを抱えていて、キャメルもまた一筋縄ではいかない人間であることは間違いない。
「では、どのようにランクSの評定を得るんですか? 安直に考えれば、いまいるセブン・スターを倒すのが手っ取り早い気もしますけど、さすがに学生でそれは不可能でしょう?」
「ええ。普通に考えれば、ランクSへ上り詰めるには、相応の結果を残さないといけない。そこでMIH学園最大の行事が関係してくるのよ」
「最大の行事?」
「第一次ロスト・エンジェルス独立戦争のさいに、英雄的な活躍をしたとされる当時の国王の二つ名「壮麗王」。それから名前をとった、学生魔術師による武道会──「壮麗祭」で二年連続優勝すれば、道は開けるでしょう?」
「二年連続。つまり、去年も優勝しているわけですね。さすがキャメルお姉ちゃん」
「まあ、たいした敵もいなかったしね。あえていえば、次席のウィンストンと……ランクDのメリットという女の子には苦戦したけどね」
メリット? つい先ほど一ミリのメンソール煙草を吸っていたヤツではないか。世界は案外狭いものだ。
とはいえ、ここは話しを伏せておこう。
「ランクDに苦戦したんですか?」
「ええ、奇妙な魔術を使う子だったわ。普通、魔術師にはひとりひとつずつの能力──スキルというものしか持ってないんだけど、あの子は違った。何個も攻撃手段や防御手段、回避手段を持っていたのよ。なんのスキルかは知らないけど、なんでランクDに埋もれてるのかわからないくらいに強敵だったわ」
「へェ。世の中わからないものですね」
「そうね。意外とランクDの落ちこぼれだとバカにできない子は多いと思うわ。魔力がないとか、スキルがないからランクDに認定されてるだけで、実際どちらかが開花したらどうなるかわからないもの」
「夢のある話しですね。けど、今回はワタシも加わるから、そう簡単には優勝できませんよ?」
正直な話し、ルーシはキャメルに勝てる。「黒鷲の翼」が数分程度しか展開できなくとも、その間にキャメルの魔術──スキルを操って確実に勝つことができるのだ。彼女より断然格上なクールですら、ルーシにはかなわなかったのだから。
「……さすがに一〇歳の姪っ子に負けるわけにはいかないわね。ワタシにもプライドがあるから」
そんなことを話していたら、携帯ショップの前へたどり着いた。クールは意気消沈としながら、キャメルの後ろにいる護衛を見て、キャメルやルーシへ話しかける前に彼らへいう。
「おい……チクるんじゃねェぞ? 何度もいうが、オレァ親父とおふくろには会いたくねェんだ。ガチでな。おまえらはキャメルの護衛である以前に、一応オレの使用人でもあるはずだ。わかってるよな?」
「坊ちゃまのことは隠しておきますよ。当然娘様のことも。ですが、キャメルお嬢様にはしっかりと向き合ってあげてください。毎晩坊ちゃまの写真を見ては自慰行為を──」
「わーわーわーわー!! それ以上いわないで!!」
……どういう家庭だよ。アニキは家族からバックレるし、妹はアニキとヤることを想像して☓☓☓をいじくり回すし。オレだって元は富豪階級の生まれだが、こんなに歪んでなかったぞ? コイツら異常過ぎやしないか?
「る、ルーシちゃんは、自慰行為なんて言葉知らないわよね?」
「ええ。まったく知りませんよ」嫌味な笑みを浮かべる。
キャメルは真っ赤になった顔のまま、どこかへ去っていった。忙しい叔母である。
「よし、おまえらはキャメルの護衛にあたれ。オレは親子水入らずで携帯買ってくるからよ」
「承知しました」
そしてルーシとクールはようやくふたりになれた。
「……ああ、疲れたぜ。それにしても、おまえは罪なヤツだな。キャメルがあんなに歪んだ愛情を抱くほど放置していたんだろ? ワタシだったら親からバックレても、たまには妹へメッセージのひとつやふたつくらい送るがな?」
「しゃーねェだろ。正直怖ェんだよ。ガキのころから、幼い妹がお兄ちゃん大好き、結婚する〜っていうような態度じゃなかったしな。あんときからアイツ、オレに恋愛感情を抱いてたみたいだし、ガチでめちゃくちゃ怖ェんだ。でも、おまえと接してるときはちゃんとお姉ちゃんらしいところ見せてたろ?」
「そうかい? 服のセンスはガキみてェを通り越して意味不明だったし、すこしいじってやったら学校にも好きな男がいるともいっていたしな。あれじゃ、どっちが姉かわからねェよ」
ある程度素に近い(ただし性別と年齢が違う)状態で話せるようになったルーシは、キャメルの兄であるクールへ愚痴を投げる。彼は苦笑いを浮かべるしかなかった。
しかし、
「好きな子がいるのか。そりゃ良いことだ。オレや
兄らしいこともいう。
「ま、おまえが嬉しいと思うんだったらそれで良い。とりあえずキャメルがいねェうちに私用携帯を買っちまおう」
「オレ、金持ってねェぞ? さっき賭け事してポーちゃんからもらった上納金全部溶かしちまった」
「ワタシは持っているだろ? 三〇万メニーをよ。まさか幼女の持っているカバンのなかに、札束と煙草しか入っていねェとは誰も思わねェし、ある意味一番安全かもな?」
「拳銃はどこに入れてんだ?」
ルーシはスカートをすこしめくる。そこには、クールとの最後の撃ち合いで使用した安っぽい拳銃があった。
「なるほど。男だったらシャツとベルトの間に挟めば良いが、女の場合はこうするしかねェもんな」
「ああ、慣れているからなんとも思わんがね」
「けどよォ、さすがにこんな安いハンドガンじゃ、オレたちのボスとして格好がつかねェな。ポーちゃんの武器庫から良いのをもらってみれば?」
「そうだな。だが、まずは携帯がほしい」
そんなわけでふたりの無法者は携帯ショップへと入っていく。
「おお……」
ルーシは驚きを隠せなかった。近未来異世界、と自身で称したが、実際にここまで発展しているとは思ってもなかった。
まず前世で見たような携帯──スマートフォンは奥のほうへ追いやられており、子どもか年寄りしか使わないようなポジションに見える。
もっとも目立つ場所には、メガネのような物体と、腕時計のようなもの、全身が透明になっている携帯、そして実態はあれど折り畳める携帯や、丸く丸めた紙のようなものなど、到底二〇二一年日本、いや、世界を見てもあり得なかったものが置かれていた。
「最近の携帯はわけわかんねェ。オレは昔ながらのヤツを使ってるけど……姉弟、いや、ルーシはどうする?」
「そうだね……」
どれも興味が湧くが、なかでも腕時計のようなものと紙のようなものに心を奪われた。ルーシは腕時計型の携帯を右腕につけ、ホロライトのように腕へ画面が映し出されるのを確認した。
「……時計自体にも機能があって、拡張として腕へ画面をつけているのか。おもしれェアイデアだ。コイツは買っちまうか」
予算は潤沢だ。この携帯の値段は一〇〇〇メニー。日本円換算で一〇万円ほどである。
そしてルーシは紙のような携帯へも触れる。
「……薄型が流行ってはいたが、ここまで薄いとはな。しかもかなり頑丈そうだ。引っ張ると画面が出てくるのか。しまうときはただの筒。こりゃ良い。これも買おう」
こちらは一二〇〇メニー。一二万円ほどだ。
併せて二二〇〇メニー。当然一括で支払えるし、クールの子分が急ごしらえで作った偽装身分証明書にも問題はないようなので、このまま買ってしまおう。
「お父様、これとこれ買って」ルーシはさりげなく金をクールへ渡す。
「わかった。さっさと契約を済ませよう」
*
ルーシは新しいものが大好きだ。古いものに価値がないとはいわないが、身につけるもの──携帯電話や腕時計、服や靴は常に新作を買う。新作は旧作の悪いところを改善し、進化させているからだ。
そんなわけで、まさしく一〇歳の幼女らしく、ルーシは新しく買った携帯ふたつをいじくり回す。
「すげェな。ロスト・エンジェルスが発展しているってのは知っていたが、ここまでとはな」
「オレは海外に行ったことねェから知らんが、まァ発展してるんじゃねェか? 海外のニュースの写真とかたまに見るけど、正直フランソワやブリタニアには行きたくねェなって思うしよ」
大国をはるかに凌駕する、いや、二〇二〇年代の一〇〜二〇年先を進むこの国では、ルーシは退屈しなさそうである。
「さて、携帯は買った。あとは髪切って服買うだけだな」
「キャメルと服買わなかったのか?」
「ゴスロリなんて常時着られると思うか? ワタシは思わんな」
「我が妹ながら、変な趣味してんなァ……」
「というわけだ。キャメルが姿を見せねェうちに服を揃えよう。この国は寒いから、暖かい服に限るな」
*
要するに、全身が隠れる服である。そしてブラジャーと下着も必要だ。
「クール、いくら父親でも娘のサイズを測るのにいたらまずい。すこし待っていてくれ」
「姉弟の貧相な身体見たって仕方ねェしな」
そんなわけでルーシはスリーサイズを測る。店員に話しかける間でもない。個室に入り、服を脱げば、勝手に身体へ適した服装を出してくれるらしい。
「バストが八〇。ウエストが五六。ヒップが七五、か。思ったより胸がでけェな。キャメルよりでかいんじゃねェか?」
ルーシが知る限り、バストが八〇ならばBカップといったところだろうか。
別に男どもの劣情を呼ぶ気もないので、体型はどうだって良い。
しかし、またキャメルをいじる口実ができたことに、ルーシは鼻で笑う。
「だが、女もんのブラジャーとか買ったことねェな。さっそく携帯の出番だ」
ルーシは腕時計型の携帯を起動する。電源ボタンに指紋認証センサーがついており、起動するのに一秒とかからない。
だが腕時計のサイズでは小さすぎるので、腕に情報を載せる。こうなれば、おおむね普通のスマートフォンを使っているのと変わりはない。服の上でもまったく歪まず表示されるのはすごいが。
「どれどれ……。トップバスト? アンダーバスト? 呼び方? もっと簡略化できねェのかよ。女って面倒だな」
仕方がないので、ルーシは個室の電光掲示板にふれる。そこへは、ブラジャーとパンツ、服がいくつか提示されていた。
「高けェほうが頑丈だろうが、もしかしたら成長期が来るかもしれねェからな。あのポンコツ天使がどのようにオレの身体をいじったのかは知らねェが、ここはある程度値段の安いもんにしておくか」
とはいえ、このデパートは富裕層御用達である。安いブラジャーでも、平然と一〇〇メニーを超える。金は持っているものの、なんともバカバカしい気持ちにもなる。一〇歳児のブラジャーなんて大半の人間は気にしないだろうに。
「……ま、愚痴ばかりいってられねェ。さっさと買うもん選ぼう」
前世、ルーシにも妹がいた。しかし、買い物に行ったらルーシの金で適当な服や下着を買っていた。だから自分で女物の服を選ぶという機会ははじめてだ。奇怪な気分になるが、受け入れるほかないだろう。
「総計……一三五〇メニーか。なになに。店員がもう用意してあって、あとは買うだけだと。便利でなによりだ」
この刺青まみれの身体もどうにかしないとな。ほとんど全部を改ざんしたくせに、刺青は前世とまったく変わっていねェ。学生やるんなら、墨は見られねェほうが色々と楽だ。
「ま、全部長袖と長いスカート、長いパンツだ。バレることはないだろう」
気候が寒い国で助かっているところがある。現在は三月だが、最高気温が一〇度行くか行かないか程度なので、こういった長めで防寒性のある服を着ている人は多い。あまり一〇歳児らしくない格好かもしれない──一六歳のキャメルの格好を見れば余計に子どもらしからぬ格好だが、大人ぶる幼女ということにでもしておけば良い。
「一三五〇メニーです」
「はい」
カバンから一〇〇メニー札を一四枚取り出す。店員はあからさまに驚いていたが、ルーシは気にも留めない。
「え、えっと、五〇メニーのお返しです。ありがとうございました」
「いえいえ」
もう煙草が吸いたい。まるでやったことのない行動をした所為か、脳内がニコチンとタールを求めている。
「……喫煙所へ行くか。つか、クールはどこ行った?」
自由な男だ。時間にして一〇分も経っていないのに、彼はどこにもいなかった。一応携帯を購入した際にクールの表での電話番号は聞いてあるので、特に問題はない。
「たぶんキャメルもいねェだろ。髪切ってスーツ仕立てる前に一服しておくか」
*
屋上。非常に広い喫煙所にて。
こんなに広い場所なのに、人はまったくいない。なにかイベントでもあるのだろうか。
「ま……関係ねェか」
ルーシはベンチにもたれ、白に赤のアクセントがある一二ミリのソフトパッケージ煙草を取り出す。のこり三本。クールの部下におつかいさせたほうが良さそうだ。
そんなルーシのもとへ、
「またいつか会おう、っていってたくせに」
メリットが現れた。
「しゃーねェだろ。喫煙所はひとつしかねェんだから」
「しゃーない? 九歳か一〇歳程度の子どもと煙草吸ってたら、こっちまで通報される」
「おまえこそ高校生だろ? キャメルから聞いたぞ?」
「……キャメル?」
「知っているだろ。MIH学園の主席だよ。ワタシの叔母……というか、姉みてェなもんだ」
「……アンタは才能に満ちあふれてそう」
「まァな……」ダウナーな声である。
ここでルーシは煙草に火をつける。吸い方は昔から変わらない。尊大な態度で吸うだけだ。
「アンタみたいなヤツが一番嫌い」
「あァ?」ルーシはメリットを睨む。
「才能にかまけて、与えられたチカラでどんどん出世していって……だから嫌い。ドイツもコイツも才能だけで勝って、なにが楽しいのかわかんない」
「そりゃおめェ……」ルーシは半ば寝っ転がるように手を頭の後ろに回し、「別に才能だけってわけでもねェだろ。偉大すぎる兄を持つがゆえに、いまある実力で我慢するっていう当然の判断ができないヤツだっているんだ。無能も有能も苦しんでいるのさ。そしておまえは無能じゃない」
「……はあ?」
「去年の壮麗祭、キャメルが優勝したんだろ? 一年坊のくせに二、三年生を潰して優勝となりゃ、たいしたもんだ。だが、ソイツがいっていたぞ? 去年もっとも苦戦した相手はふたり。ウィンストンとメリットだって」
「ふ、ふーん……」
あからさまに喜んでいるじゃねェか。まァそうなるか。
「よくわからん魔術を使うともいっていたが……それはスキルの一種なのか? ワタシのスキルも汎用性は高けェが、結局与えられた以上のことはできない。だから気になるな。おまえのスキルが」
ルーシは直接的な質問を投げる。ルーシのスキル──超能力の性質上、これから強敵と闘うことを考えれば、手札は多いほうが良いのだ。五分間程度だけ最強では、話しにならない相手も多いだろう。
「……教える義理、ある?」
「ねェな」
男の姿、前世の姿ならば、適当な甘言でこの女を口説き、能力を根こそぎ盗み取れただろう。しかし、いまのルーシは一〇歳の幼女だ。女をどんなに口説いたところで、同性愛者かつロリータ・コンプレックスでもない限り、相手にもされない。
なので、ルーシは別の方法を考える。
「じゃあよ、互いで青写真を交換し合うってのはどうだい?」
「……スキルを見せ合うってこと?」
「そういうこった。なに、見せ合うだけだ。それをものにできるかは当人次第。それに……ワタシもMIHに入学するんだから、次の壮麗祭でライバルになるヤツのスキルを見ておくのは結構有意義だと思うぜ?」
「悪くない提案だけど……」
「だけど?」
「アンタ気づいてないの? 強盗がこっちに向かってきてるよ」
ルーシのカバンには巨額の金が詰まっている。そしてルーシは買い物においてその金を何回か見せつけた。それを見た悪党たちが集結してもおかしな話しではない。
「なるほど。なら余計にやりやすいな。こっちまであと何秒でたどり着く?」
「三〇秒」
「りょーかい。そこで青写真を見せ合おう」
正直なところ、強盗が複数人来たところで問題はない。所詮は下っ端が命令されて訪れただけだからだ。たいしたヤツがいるとも思えないし、実際メリットが取り乱していない時点でそれは強固な証拠になる。
しかし、さすがに撃ち殺してはまずい。これから高校へ入学するというのに、公然の場で人を殺したら、その話しは完全に流れてしまうのだ。裏社会にいれば感じないもどかしさ。だが、文句ばかりつけていられない。
「来た」
「よっしゃ」
ルーシは自分の意思をもって、黒鷲の翼を展開する。メリットはやや面食らったような顔つきになったが、すぐに普段の無表情を取り戻し、敵性因子を潰すべく構えた。
「よォ、嬢ちゃんたち! ワリィことはいわねェから金ェ差し出せよォ! じゃねェと……児童ポルノができあがるぜ?」
ルーシは煙草を灰皿へ捨て、
「野郎の裸画像って何メニーで売られるんだろうな」
そうつぶやいた。
「さあ。イケメンとイケメンがしゃぶり合ってる写真ならいい値で買うけど、コイツらかっこよくないし」
「あれか、腐女子ってヤツか」
「違うけど。ただ男同士が恋愛してるのが好きなだけだけど」
「そうかい。ま、そういう話しはあとでしよう。右側のヤツはワタシが潰す。左はおまえな。異論は?」
「ない」
「よし」
そんなわけで戦闘開始である。
ルーシの目的はただひとつ。メリットの戦闘方法見ることだ。彼女が"なに"をしているのかわかれば、キャメルやクールといった猛者に聞けば要領の得た答えが帰ってくるだろう。要するに、この強盗犯と闘うのは片手間なのである。
その証拠に、
「クソッ! やられてるッ!!」
翼で身体を撃ち抜かれた男が声をあげる。
「おいおい、喧嘩ふっかけてきたのはそっちだろ? もっと気張れよ。じゃねェと……」
もはや立っている理由もないし、翼を展開する理由もない。ルーシはベンチに座り背もたれに手をかけ、勝敗が決まっている闘いへ邪悪な笑顔を咲かせる。
「痛てェ目にあうぞ? ……いや、もうあっているか」
「……ちょっと。座ってサボるつもり?」
「いや、ちゃんと仕事はするさ」
翼がなびけば羽が生まれる。羽はいくらでも操れる。どんな法則にも変更できる。
ナイフのように固くしたり、火を起こしたり、凍らせたり、爆発させたり……。
だからルーシは二本目の煙草を咥える。
「さて、お手並み拝見」
人数五〇人。ルーシはぴったり二五人を虐殺している。もっとも、死なない程度に抑えてはいるが。
では、メリットの場合はどうだろうか?
「……へェ。手に風を集めて、爆発を起こしているのか。おもしれェ使い方だ。だが、こんなもんじゃねェよな?」
一撃一撃はそう重くない。派手に吹き飛ばされるわけでもなければ、体内から破壊しているようにも見えず、喰らった男たちも口から血を垂らすものの、致命傷には至っていない。
ならば、他に策があるはずだ。
「今度は……敵の動きを止めたな。いや、止めているというより、一瞬動けなくしているだけか」
この時点で風力操作系の魔術師ではないことが決定的になる。風力操作で人の動きを止めるほどスキルのレベルが高ければ、あんな細かい攻撃などせずに台風のような現象でも起こして一掃してしまえば良いからだ。
「お次は……おお、ビリビリしているな。これで風力操作の線は完全に消えた」
電力操作だろうか。しかし攻撃能力はそこまで高くない。スタンガンと同等程度だ。喰らった男はもん絶して動くけなくなるものの、命までは奪えていない。この状況、この所属で人を殺めるわけにもいかないので、正解ともとれるが、そもそもメリットには相手を殺し切るだけの武器がないようにも思える。
「メリット〜。相手は拳銃抜き始めたぞ。学生には負けたくねェらしい」
「……わかってる。ていうか、手伝いなさいよ」
「もう疲れたか?」
「そういうわけじゃないけど、青写真を交換するんでしょ? だったらそっちのチカラも見せてよ」
「りょーかい」間の抜けた返事だ。
ルーシは煙草を灰皿へ捨て、身体をストレッチのように伸ばし、一瞬、ほんの一瞬、黒鷲の翼を二〇メートルほどまで巨大化させる。
メリットにはそれが見えていた。そしてこれから行われる行動も。
刹那、メリットとルーシを除くすべての者が倒れ去った。
「あー……疲れた。身体が暑い」
ルーシは再びベンチへ座る。体力の低下と超能力の大幅な劣化。それは否めない。前世だったらこの程度の攻撃、数十回は放てたのに。
「……なにしたの?」
「魔法さ」
原理はオレにもわからねェんだがな。まァ魔法の世界だし、別に良いだろ。
「……あのキャメルの家族とは思えない闘い方」
「なんでだい?」
「キャメルの家──元王族は超富裕層と呼ばれてて、名字を名乗ることが許される。アンタもレイノルズ家の一員だったら、炎系の新魔術を使うのかと」
初耳だ。クールはそんなこと一切いってなかったぞ? だがこれも勉強だ。
「まァ……時代の流れってヤツさ。効率化社会だしな」
ルーシの額に汗がたたる。しかし服は脱げない。男時代だったらなんの躊躇なく脱いでいたが、さすがに女ということになっているいま、それはできない。
「と、いうわけだ。ワタシは行く。MIHで会おう。必ずな」
「……ええ」
最後の最後まで無表情だったな。表情筋が少なすぎるんじゃねェのか?
*
「もしもし、クール。ワタシだ。念じるだけで電話をかけられるのは便利だな。それで? どこにいる? ……あ? もう帰った? しゃーねェ。迎えは回せよ? キャメルにはこっちからうまくいっておくからよ」
電話を切り、ルーシは筒型の携帯を開く。連絡先にはクールとキャメルのみ。すこし寂しいが、これから増やしていけば良い。
「キャメルにメッセージ送っておくか。えーと……」
『お父様に急遽仕事が入ってしまったらしく 申し訳ないんですが自宅へ帰ります。MIHにワタシが入学したとき また会いましょう。楽しみにしています』
手短だが、こんなものだろう。そしてすぐ既読になる。
『わかった。お兄様によろしくいっといてね。こちらこそMIHで会えることを楽しみにしてるよ』
「案外潔いな。連絡先交換したし、いつでも会えると想っているんだろう。愛しすぎて恋愛感情すら抱くアニキによ」
とりあえず迎えが来る前に髪だけでも切ってしまおう。ルーシは美容院に入り、背中が隠れるほどの髪の毛を、首元程度まで切ってしまうのだった。
*
「お疲れ様です!! アネキ!」
迎えの車は最前いたクラブへたどり着いた。
「ああ、疲れてねェがな。ともかくご苦労」
やることは多い。メリットの使っていた魔術がどんなものか、MIH学園への交渉開始、傘下に入るというサクラ・ファミリーとの会談。
だが、まず行わないといけないことがあった。
「アネキ、ヘーラーのアネキがなにやっても起きません。ウォッカの瓶を決して離さず、まるで三歳児みたいです」
「わかったよ。良いか? ワタシがあのアホの起こし方を見せてやる」
男女兼用トイレの一角でウォッカの小瓶を持ちながら幸せそうに眠る自称天使。当然のように下着姿。
なのでルーシはパンツを脱がし、彼女の女性器に彼女が持っていたウォッカのあまりを挿入。そして足でそれを押し込んだ。
そして、二五歳、ピンク色の髪の毛をした天使は悲鳴をあげた。
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