第八話 銀髪碧眼幼女とキャメルお姉ちゃん

 三人はとりあえずMIH学園──「メイド・イン・ヘブン学園」の学生服を見に来ていた。


「おお、懐かしいなァ。あのころとまったく変わってねェ」


「一〇〇年の歴史で一度も変更を加えられていないらしいですからね。最近だと、かわいいって理由で一般入試を受ける子も増えてるんですよ」


 そうキャメルが説明したように、学生服は特徴的かつ「かわいい」ものだった。ルーシはもともと男子だったので男子制服に目が行ったが、この二人にいぶかられる前に視線を女子のほうへ向けた。


「でもよォ、すこし派手だよな。昔から思ってたけど」


「だからウケるんじゃない? 青いブレザーに赤いリボン。男子はスーツみたい」


 MIHの制服はイギリスの学生服とよく似通っていた。イギリス──この世界においてはブリタニアと呼ばれる国から独立しただけあって、文化的にも強く影響されているのだろう。しかし、別に制服なんてどうだって良い。女子ものを着ることがはじめて……ではないし、たいして関心も湧かない。あえていえば、男子もののデザインは良いと感じるだけである。


「試着したら? ルーシちゃん」


「そうしましょうか」


 関心のないものに関心を抱けという拷問。だがルーシは慣れている。意味不明な客に支離滅裂な服を着せされられて犯されていたときを考えれば、まだ身体が痛くならないだけマシともいえる。


 と、いうわけで試着だ。


「……まさかあの悪夢みてェな経験が活きる日が来るとはな。一二か一三のオスガキのケツに粗末なもんぶち込みやがって。考えてみれば、オレはアイツらみてェなヤツらを殺してェから無法者になったのかもな?」


 そんな小声な独り言をつぶやきつつ、ルーシは淡々と着替えていく。聞こえるわけのない、聴こえても意味のない愚痴。彼らでは解決できないし、当然ルーシにも解決できない、変えることのできない不朽の過去。だから愚痴。それだけなのだ。


「……鏡を撃ちたいくれェに似合っているな。やはり骨格が女になったのが効いているようだ」


 こちらも小声。一五〇センチで女性的な骨格をした美少女が、子ども向けに作られ子ども向けに洗礼されていった服が似合わないはずがない。だからムカつくのだ。こんな身体にしやがったあのアホ天使が。


 そして声を作り直すため、軽い咳払いをし、ルーシは愛らしい声で、

「着替え終わりました〜。もう見せちゃって良いですか〜?」

 クールかつ天真爛漫な一面もある一〇歳の少女の役へ入り込む。


「良いぞ〜」


 ルーシはカーテンを開ける。


「おお……さすがオレの子だ。すげェ似合ってやがる」


「…………か、かわいい」


 クールは演じることを念頭に置きつつ、素直な感想をいった。彼にロリータ・コンプレックス的な嗜好はないが、かわいい子どもを見てかわいいといわないほどひねくれているわけでもないので、そういっただけである。

 たいしてキャメル。彼女は一瞬嫉妬の感情に自分が覆われたことを恥じた。相手は一〇歳の幼女で、尊敬する兄の娘で、自身の姪。そんな彼女が、あたかも天使のごとく美しく見え、女子として負けたような感覚に襲われたのだ。キャメルは一六歳。六年もの歳の離れている子に、そういった感情を抱いた自分をすこしばかり嫌いになった。


 クール、おめェは随分と素直なヤツだ。オレだってこんなガキ見りゃかわいいって称賛するだろうさ。

 キャメル、おまえもやはり子どもだな。だが心配することはない。オレの実年齢と性別の正体を知れば、きっと評価は一八〇度変わるだろうからな?


「かわいいなんて……ありがとうございます。嬉しいです」


 ここまでくると多重人格としか思えないが、ルーシはあくまでも演技をし続ける。

 実際いまのルーシは美しい。かわいいうえに美しい。さらさらとした長い銀髪に、幼さを持ちながらもどこか達観しているかのような青い目。小柄な体型は幼児体型というわけではなく、しっかり引き締まっており、スタイルも抜群。そして毒々しいタトゥーはまったく見えない。清純的な存在なのだ。


「……う、うん。さすがはお兄様の子……いや、ワタシの姪っ子? この歳で姪っ子がいるって不思議な気分になるわね。いとことかならわかるけど」


「でも、年齢は六歳しか離れていないでしょ? 実質的にすこし歳の離れた姉妹みたいなものですよ」


「そ、そうなんだけど……」


「あのー……キャメルお姉ちゃんって呼んで良いですか?」


 ルーシはどこか遠慮がちに、しかし照れているような少女の姿でいう。


 腹の中では爆笑していた。こんな茶番劇、最高じゃないか。柔和な笑顔を浮かべる姪っ子。それに心を動かされる叔母。そしてふたりに血のつながりなどない。最高の茶番だ。この世界に来てもなお、おもしれェもんはおもしろい。


「……もちろん!」


「おお、仲良くなったみたいだな。じゃ、やっぱ年齢が近けェと会話も弾むだろうし、オレはひとりでぶらぶら歩こうかね」


 ルーシ、クール、キャメルの近くには、「レイノルズ家」の護衛がついている。キャメルは充分高位の魔術師らしいが、万が一ということもあると考えたのだろう。つまり、クールに居場所はないということでもある。彼が突然蒸発した理由は知らないが、あれだけ自分を慕っていた妹にすら会いたくなかったようなので、おそらくそれなりの理由があるのだろう。


「え? お兄様──」


 三二歳の全力ダッシュが見られた。ルーシはキャメルの視線がクールへ向いたところで、うつむきながら笑い散らすのを抑える。


「いっちゃったみたいですね。お父様は照れ屋だからかな?」


「……ワタシも詳しく知らないけど、お兄様はお父様とお母様──アナタの祖父母と揉めにもめたのよ。結局嫌になって出て行っちゃったらしくて、風のうわさではギャングをやってるって……でも、アナタがいるということは、それはあくまでも悪い人たちのうわさ話みたいね」


 ちゃんと当てているな。こりゃクールも逃げるわけだ。


「そうですよ。お父様のお仕事はよく知らないけど、すくなくともギャングやマフィアのような反社会的勢力とか変わっているわけではないみたいだし、悪い人たちもいるものですね」


「もともと疑われやすい人なのよ。昔から破天荒な人で、セブン・スターを二回蹴ったなんて信じられないわ。けれど、そういうところが好きなのよ」


「お父様へそういった感情があると?」


「ち、ち、ち、違うわよ!? 確かに尊敬してるけど、それは兄妹としての感情であって……」


「そのわりには動揺するんですね。やはりなんらかの悩みがあると?」


 要するに、キャメルは子どもなのだ。小学生が着るような服装とか、一〇歳の幼女相手に嫉妬を抱く性格とか、そういう話しではない。ただただ単純に未熟なのだ。きっと、彼女のなかでクールという男は理想そのものであり、理想を超えるだけの男を見つけられず、まだまだ世界を知らなかったときに彼がいなくなってしまったことで、彼のもたらした圧倒的な幻想から抜け出せないのだろう。そして同時に、幼児が親と結婚するとキスをする、というような幼い言葉を未だに信じ続けているのだろう。

 それらを予測し、ルーシは最適な言葉を絞り出す。


「でも、わかる気がしますよ。お父様には人を焚きつける魅力がある。それこそ自身のスキルのように。名だたる社長たちも嫉妬で怒り狂うような、妙な才能を持っている。だからキャメルお姉ちゃんはお父様の妙な才能から抜け出すことができないんでしょ?」


「……そ、それは」


「反論なんてしなくて良いし、たかが一〇歳の幼女の言葉だと思って聞き流してもらっても結構。でも、いつかはそこから抜け出さなければ、キャメルお姉ちゃんは苦しい人生を過ごすことになりますよ?」


 つい熱がこもってしまった。明らかな失敗だ。これではどちらが年上かわからなくなってしまううえに、キャメルのような自尊心の高い女はこういった正論を嫌う。ルーシは前世でさんざん女と遊んだから、それくらいは理解している。


「……ワタシだってわかってるのよ。でも、理想を求めることが悪いこととは思えない」


「そうですよ。理想を求めても罪には問われない。けど、お父様のような人間は滅多にいません。要するに、ある程度妥協することも手なんじゃないですか? キャメルお姉ちゃんの学校生活は知らないけど、気になる男の子とかいるんでしょ?」


「え、え? な、なんで、そんなことを……?」


「ちなみにいま、カマをかけました。ワタシは精神操作系のスキル保有者ではないので」


「……ルーシちゃん、アナタはいったい何者なの? 女の子って男の子より精神的な発育は早いけど、アナタの場合は成熟しすぎてる。とても一〇歳ではないわ。アナタと話してると、すべてを見透かされてるみたい」


 ルーシは小さく笑い、

「そうですねェ……。前世の記憶がある、ようなものですかね。性別も思い出せないし、出身国も思い出せない。なにをしていたのかも思い出せないけど……現実的にいま、キャメルお姉ちゃんが感じているような違和感はそっくりそのまま正解だと思いますよ」

 ミステリアスな雰囲気のままいう。


「……前世では随分長生きしたみたいね。そして政治家や大企業の社長のような、人を大事にする仕事へ就いていた。だからアナタは人の考えてることを見透かすように理解することができる。なるほど……確かにアナタは正真正銘お兄様の娘よ。あの方の子どもなら、それくらいは当然だしね」


 キャメルはそういった。なにか観念したかのように。


「ところで……気になる子がいるんだったら、化粧とかしてみるのも良いんじゃないんですか? ほら、キャメルお姉ちゃんすっぴんだし」


「……簡単にいってくれるわね」


 どうやら化粧すらしたことないらしい。一六歳とは思えんな。


「難しいことでもないですしね。でもまァ、その前に服がほしいです。お父様からお小遣いをもらったので、これでなにかちょうど良い服探しでもしましょう」


 ひとまずルーシはフォローし、なおかつ自身の目的である洋服を買うほうへ話しをすすめる。おもしろそうだったのですこしキャメルをからかってみたが、からかったところで目的は果たせない。

 そして煙草が吸いたい。一応ポケットに赤と白のパッケージの紙巻煙草は入っているのだが、さすがに彼女の前では吸えないだろう。申し訳程度に一〇歳児ということになっているし。


「だったら、ペアルックにしない?」


 ……なにいっているんだ? この女。


「……えーと、同じ服を買うってことですか?」


「そ。体格も似てるし、姉妹ということで通じるでしょ?」


「銀髪と茶髪が姉妹ですか?」


「ロスト・エンジェルスでは、同じ親から金髪・茶髪・黒髪・赤髪・青髪……とか生まれるのが普通でしょ? まあピンク色の子はすぐ染めるらしいけど。だから違和感はもたれないわよ」


 結局ヘーラーは被差別民らしい。考えてみると、多種多様な髪色をした者たちとすれ違ってきたが、ピンク色の髪色をした者だけはいなかった。やはり良い印象はもたれないのだろう。いろんな意味で。



「……わかりました。服はよくわからないので、キャメルお姉ちゃんにおまかせしますよ」


 まァあれだ。すこしでも姉らしいところを見せたいんだろう。そしてMIH学園へ入学するのなら、私服はあまり関係ない。ここは彼女の好みに合わせよう。


 *


 ルーシはインターネットを使い、女子服について調べ、結論を出した。「悪目立ちせず、機能的で、寒くなく、軽いもの」。では、その真逆をいくものとはなんだろうか?


「いつも制服ばかりだから、こういう服装はなかなかできないのよ。本当はこの格好で学校へ行きたいんだけどね。それにしても、ルーシちゃんはなに着せても似合うわね」


「……」ルーシは眉を細めた。


 ゴシック・アンド・ロリータ。略してゴスロリ。この服装はそもそもルーシのいた日本発祥の服装であるが、ここは異世界でもあるため、そういった不都合な現実は無視される。そしてそんなことはどうでも良い。


「……好きじゃないの?」寂しげな顔をする。


「い、いえ? キャメルお姉ちゃんと一緒の格好をできるのはうれしいですよ?」


 んなわけあるかアホ。目立って、機能的でなく、寒く、軽くなく……。キャメルは本気でこれを私服にするつもりか? 黒を基調に白のアクセント。下半身はスカートに長い白の靴下。厚底靴……誰か指摘しなかったのか!? その格好すこしずれてるよって!?


 ……と、いう本音は漏らさない。役に入ったのならば、演じきる義務があるのだ。そしてなにより、キャメルにはルーシという人間を気に入ってもらわなければならない。セブン・スターを二回蹴った男と、その妹であり現MIHの主席が推挙すれば、ルーシが受け取れる裏金も変わってくるからだ。


「そうなんだ! よかった! じゃあ、これとこれも──」


「ちょ、ちょっと、その前にトイレへ行ってきますね」


「うん、わかった!」


 とはいえ、このままではブチ切れる可能性すら出てくる。キャメルのキラキラした目つきを尻目に、ルーシは喫煙所へ向かっていく。


「……ッたく、世間知らずの嬢ちゃんの相手は疲れるぜ。考えてみりゃ、ああいうヤツは客として来なかったしな。純粋すぎるのも難儀なもんだ」


 ルーシの煙草は二メニー五メント。日本円に換算して二五〇円ほど。一七〇〇年代末期にしては喫煙にうるさい国だが、それでも一箱の値段は安い。二一世紀ヨーロッパだったら、その一〇倍の値段でもおかしくはない。

 だが、喫煙にたいする法律もできあがっているらしい。酒・煙草は一八歳未満が購入することはできない。その一方、一八歳になればマリファナは合法となる。また、エナジードリンクも一六歳以上でないと購入できないらしい。一八世紀にエナジードリンクがあること自体が不思議な話しだが、いつだかルーシがいったように、この国は「近未来異世界」だ。ある意味やりやすく、ある意味やりにくい。

 そんなわけで、ルーシは屋外の喫煙所へ入る。雲ひとつない天気だ。これでゴスロリファッションを着せられていなければ、さらに世界のよさを体感できたかもしれない。


「……はァ。どこまでが本当のオレなんだか」


 そうやって愚痴を漏らしていると、あたりにひとり女子がいることを確認する。明らかに一八歳以上ではない。一五〜一六歳といったところか。

 おおきな丸メガネをかけていて、身長は一六〇センチほど。顔立ちは悪くないが、よくもない。ただし不気味な雰囲気がねっとりと漂っている。まず近寄りたくない人間だ。

 そんなわけで、声をかけることにした。尊厳を踏みにじられすぎてルーシもたいがいおかしくなっている。


「よォ、メンソールか?」


「……そうだけど」


「お……ワタシ、メンソールは吸ったことねェんだ。一本交換しようぜ」


「……良いけど」


「それとこれは友だちに」ルーシは三本彼女へ渡す。


「どうもありがとう」いまいち棒読みだ。


「じゃ、もらうぜ。……一ミリか?」


「そうだけど」


「喉のやられたおっさん以外吸わねェと思っていたが、ガキでも吸うんだな」


「ガキはお互い様だと思うけど」


 無視し、

「しかし、一ミリのメンソールって、ただ爽快感があるだけだな。煙草の味がしねェ。よくこんなの吸っているな」

 ルーシは勝手に文句をつける。


「……お子様にはわからないんじゃない?」


「そうかい……じゃあ、ワタシのやった煙草吸ってみろよ」


「……レギュラー?」


「ああ。王道だ」


 彼女は恐る恐るといった感じで火をつける。


 なんだ、結構ガキらしいところあるじゃねェか。


「…………ゲホゲホっ!? おえええ──!」


 ルーシは嫌味な笑顔を浮かべ、

「これじゃどっちがお子様かわからねェな?」

 唾を垂らしながら涙目になる彼女へいう。


「そ……んなこ……とな……い」


「無理するな。水飲んですっきりしろ」


 ルーシは近くにあった自動販売機で水を買い、彼女へ渡す。彼女をそれを飲み干し、もはや意地になりながらタール一二ミリの煙草へ向き合う。


「最初はふかしても良いんだぞ? 徐々になれていくもんだからな」


「いや……絶対肺に入れる……」


 結局、五分ほど彼女はもだえながら煙草を吸いきった。たいした根性である。


「すげェすげェ。じゃ、ワタシは行くが、最後にひとつ。名前は?」


「……メリット」


「ワタシはルーシだ。いつかまた会おう」


 こうしてふたりの少女は出会いを果たした。


 *


「トイレ長かったね」


「すこし混んでいて……」


「そういうときもあるよ。女子は個室で携帯いじってるとかザラだからね」


 トイレ。大は男のときとそう変わりはない。出してウォシュレットで洗い拭くだけだ。

 しかし、小の場合はすこし不慣れである。なにせ男のときよりきれいに拭かなければならない。というか、小便器がないのが辛い。さっと出してさっと出しさっとしまうだけだったのが、いちいちパンツを脱ぐとなると手間が増える。これで生理がはじまった日には、面倒どころの騒ぎではない。

 そんな性別が変わってしまったことにすこし思いを馳せ、ルーシは会話へ復帰する。


「携帯……。そういえば、ワタシ携帯持っていないんですよね」


「え? 本当?」


「まだ一〇歳ですしね」


 実際、仕事用はポールモールかクールに頼めば用意されるだろうが、私用の携帯電話を持っていないのは少々不便だ。そしてこの歳では、確実に親がいなければ契約できないだろう。さらにいえば、もうキャメルの少女趣味に付き合うのはゴメンだ。ここらへんでクールを召喚したほうが良いだろう。


「じゃあお兄様……じゃなくて、お父様にねだってみたら? ワタシが電話かけてこっちに呼ぶからさ」


「お願いします」


 キャメルはそのまま遠くへ行った。ルーシは手についた煙草の匂いをアルコール除菌で消し、ちいさな匂い消しを身体中に撒き散らす。


「ニコチン中毒でアルコール中毒。身体には和彫りとタトゥーがびっしり。死因はオーバードーズ。そんなクソ野郎が一〇歳を演じるのなら、いろいろとしっかりしねェとな?」


 そしてキャメルが戻ってくる。彼女は腕で〇を表現した。


「携帯ショップへ行きましょ。お兄様もそこに来るらしいから」


「わかりました〜」


 ルーシとキャメルは歩きはじめる。こんなときでも会話を絶やしてはいけない。ルーシは実益を伴い、なおかつキャメルが喜びそうな話題を即座に割り出す。


「ところで、MIH学園ってどんな場所なんですか?」

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