第七話 銀髪碧眼幼女とお父さんと叔母(一六歳)
身長わずか一五〇センチ。幼い顔。サラサラした銀髪。青い目。張りのある肌。当然邪魔なひげもムダ毛も生えてこない、至って普通の一〇歳の幼女。
そんな幼女ルーシは、クールというナイスガイであり姉弟分である男の持ってきた教科書を読みながら、天使──ただしアル中でアホでポンコツでピンク色の髪の毛をした女ヘーラーの奇妙な踊りの中心部にいた。
「アニキ、あれいったいどういうことなんです?」
「さっぱりわかんねェ……。つか、ダンスのキレが悪いな。実年齢二五歳とかいってたし、これが限界か」
ルーシは気にすることなく教科書を読みすすめる。理由は単純。この世界の住民であるクールへ「裏金入学」を聞いてみた結果、それは基本的には推薦入学と変わりがなく、学力試験も科せられるらしいからだ。
ついでにクールの母校を聞いてみると、「メイド・イン・ヘブン学園」という学校へ高等部と大学部に在籍していたらしい。急速的な成長を続ける彼らの国「ロスト・エンジェルス」随一の名門校であり、その歴史は一〇〇年。現在の指導者のもと緩やかな共産主義経済に移行する前から、存在していたらしい。
「調べりゃわかるもんだな。たまには勉強も悪くねェ」
「る、ルーシさ〜ん……さ、さすがに疲れてきたんですけれど……」
「世界で一番うめェ酒が飲みたいんだろ? だったらオレの身体に魔力を開発すべきだ。ちゃんと交換条件は与えたんだから、サボったりミスしたら承知しねェぞ?」
「ヘーラーにはわかる……こんな妹はいないって……。天使を酒で釣るような一〇歳の妹はいないって……神なんて最初からいなかったんだ!!」
天使がそんなこといっていいのかよ。粛清されるんじゃねェのかコイツ。
とはいえ……。
「よーしよーし。なにやら身体に異物が入ってきた気がするぞ。あと一時間頑張りな」
「は、は〜い……」
数多の薬物を使ってきた生前のルーシですら知り得ない感覚。超能力者として様々な問題に直撃し、そのたびに身体へなにか新しいものが流れ込んできたこともあったが、それとも違う感覚。これが魔力である。
*
「あー、昔の相棒が勉強は息抜きだっていっていた理由がわかってきたぜ。小学校中退のオレでも、案外なんとかなるかもな」
「……そ、それはよかったです。けれども……世界で一番おいしいお酒は本当にあるんですか?」
ヘーラーは熱病でも出したかのように、その場に寝っ転がって動けなくなった。
「ああ、あくまで主観になってしまうが、オレはあれが一番だと思う。ちょっと待っていろ」
ルーシは個室から出ていき、表のバーに向かう。しかし客として飲むわけではない。CEO特権で、裏側にある多数の酒を持ってくるだけだ。
「一応頑張ったんだし、本当に良い酒をくれてやるか」
ルーシの祖国「ロシア連邦共和国」では、寒い地域が多く、その分酒へのこだわりを持つ者も多い。男性の死因の上位にアルコール中毒があるほどである。そんな国の贅沢、最高級の七〇〇ミリウォッカを手に持つ。
7/2
「こんな高けェのをくれてやる日が来るとは……。つか、酒の味とかわからねェんじゃないか?」
天界の事情は知らないし、そもそもそんな世界があるのかも眉唾だが、ルーシへ魔力を注入できるあたり、すくなくともこの世界の住民ではないのは事実だ。そんな者が酒の旨味を理解できるのだろうか。
まァ、別に自分の金ではないので、どうでも良い話しだな。
「ほら、アル中」
「……こ、これはっ!!」驚嘆を隠さない。
値段にして一五〇〇万円ほど。こちらの金に換算すると一五万メニー。最上級の贅沢品である。
「おお、わかるみてェだな」
「……このロスト・エンジェルスへ来てから数多のお酒を飲みましたが、こんなにもおいしそうなお酒ははじめです。きっとワタシは神に愛されているのでしょう!!」
「先ほど神を否定していたヤツのいい分とは思えんな……。ま、好きに飲めよ。祖国じゃストレートで飲んだが、第二の祖国ではコーラとかレモンで割って飲むヤツもいたな。ひとついえることは、すくなくともラッパ飲みするようなもんじゃ──」
グラスに注いでそのまま飲む。氷を入れて飲む。ジュースや炭酸水で割って飲む……通常のウォッカの飲み方はこういった例があげられるだろう。ましてやこのウォッカは工業用アルコールのような安物ではない。富裕層が記念日にすこしずつ飲むようなものだ。
そして、それらを踏まえ、天使の飲み方を見ていこう。
「ああ!! マジうめえ!! やはり酒はラッパ飲みに限りますね!!」
ルーシは思わず首を横に振った。コイツがどんな理由でロスト・エンジェルスに来たのかは知らないが、どうせ天界とやらでも無駄飯食いだったのだろう。
空気が読めず、人の忠告も聞けず、頭が弱く、アル中で、ピンク色で、失禁済みで、二五歳にもなって処女、
非情で無慈悲なルーシは、この国に来て、銀髪碧眼美少女になって、二度目の同情をした。
「……まァ、好きにやってくれ。吐かねェようにな。クールの子分どもに掃除させるのもかわいそうだ」
「失礼な! ワタシは天使なので吐きませんよ! 当然うんちもしません!」
「しかしションベンは漏らすと。おまけにクソしねェだと? どおりで口が臭せェはずだ」
「て、天使は口臭くないですよっ!?」
「……いや、その、オレもあまりいいたくないんだ。口臭ってのは当人も自覚していないことも多いしな。しかもおまえは女だ。オレも女になってから余計に歯磨きに気を使うようになったし、かなりデリケートな話しだってことはわかってんだ。だが……ひとついわせてくれ。おまえ、最後に歯磨きしたのいつだ?」
「……ご、一ヶ月くらい前かな〜。夜は眠くなっちゃうし、朝は忘れちゃうし……。で、でも、ワタシは浄化術式を使っているので、匂いは無いはずですよ?」
「……これから一日三回歯磨きしろ。あと、オレのフリスクやるから」
ルーシはフリスクを差し出した。煙草を吸ったあとには必ずなめている、必需品のひとつである。
「しかし、先ほどシャワー浴びただけあって体臭はないみてェだな。ただ、最初にあったときは獣臭かった。おまえ、天使とか人間とかの前に、衛生概念が終わっているだろ?」
「し、失礼な!! 一週間に一回はシャワーを絶対浴びてますよ!!」
「なるほど。つまりは根本から叩き直す必要があると」
到底女としてカウントしたくないようなヤツである。最後に歯磨きしたのが五ヶ月前。シャワーは一週間に一回。一日三回歯磨きをし、二回はシャワーと風呂に入るルーシからすれば、彼女は不潔以外の何者でもない。
「ポールに掛け合ってみるか。ふたりが住める程度の広さの家を持っていねェか」
まさか一〇歳になって二五歳を更生させるために動くことになるとは思わなかった。あれだけ人を殺しておいて、二一世紀最大の怪物になる寸前までいった男が、今となれば身長一五〇センチの童顔美少女となり、本当はどうだって良い女を嫁入りできる程度まで再生しようとしている。世の中は常に不思議なことばかり起こるのだ。
「アネキ、車の準備ができました。ヘーラーのアネキはどうするおつもりで?」
「女子の子分はいるか? いるんだったら、コイツに口臭ケアの方法と正しいシャワーの使い方を指導するように伝えておいてくれ」
「しょ、承知です」
ヘーラーは半ば涙目になりながらやけ酒に浸るが、どう考えても自分で撒いた種なので、ルーシもクールの子分も気にしない。
「さて……行こうか」
時刻は九時三〇分。ルーシは人生初、少女ものの服を買いに行くこととなる。
*
「色々調べたが……ロスト・エンジェルスは年間を通して寒いらしいな。夏場でも最高気温が二五度ほど。だったら長袖の服を着ていても不思議じゃない」
「まーな。たまに半袖の女を見るが、たいていはヤリマンか子どもだ。ポーちゃんから上納金もらって、理想の服は決まったのか?」
「一応はな。まず、CEO専用のスーツを買わねェと」
「スーツ? そりゃオレやポーちゃんの上に立つ人間だから、一張羅を持ってて当然だが……姉弟はまだ成長期だろ? これから身長とスタイルが成長する可能性のほうが高い。いまからクソ高けェスーツは買わなくても良いんじゃねェの?」
「ポールがいってたろ? 雅っていうヤクザがウチの傘下へ入るって。そうなりゃ、CEOのワタシが盃を渡さきゃいけないだろ。と、いうか、おまえとポールにも盃をあげねェとな」
「盃ってなんだ?」
「
ルーシはいつの間にか日本文化を気に入っていた。前世で様々な要因が重なり日本へ住むようになり、最初は「醤油臭くて、中国の一部ではないらしい。そして、こちらをじろじろ見てくる猿どもしかいない」と評価していたが、一年ほど暮らしていくうちに、日本という国が好きになった。侍や忍者はもちろんのこと、日本刀も気に入って喧嘩の際には持っていくようになっていたし、生前邸宅も日本式で、刺し身や肉じゃが、懐石料理、家系ラーメン、はてには納豆に挑戦したこともあった。そのため、ルーシにとって日本は第二のふるさとと変わりがない。
「まァ姉弟の決定には従うけどよ、雅をどうやって扱うつもりなんだ? サクラ・ファミリーはヤツのもんになるだろうが、大半は団結度の低いヤツらしかいねェらしいじゃん」
「団結度が低い、ね。そうだ、そこをつくんだよ。仮にもイースト・ロスト・エンジェルスの一大マフィアで、人数は他のファミリーを上回る三〇〇〇人。しかし優秀なヤツは出世を狙っているだろう。臆病で無能な雅に仕方なく従うものの、実際のところは忠誠心は皆無に等しいはずだ。そこで、ワタシとおまえが有能なヤツらを食っちまうんだ」
「使える野郎は子分にして良いってことか?」
「そういうことだ。ワタシも近衛師団がほしいと思っていたところだしな……」
クールにはカリスマがある。サクラ・ファミリーの優秀な連中は、こぞって雅の盃を返してクールの傘下へ入るだろう。そうなることは想定内で、さらにルーシが割り込む形で有能な構成員をボディーガードとして雇用する。仮にも一〇〇〇〇人のスターリング工業を率いていた男だったのだから、そこまで苦労はしないだろう。
「とかいってる間についたみたいだぜ。こっからは……」
「うん、よろしくね、お父さん」
まさしく一〇歳で父親を尊敬する娘である。つい最近その父親役を叩き潰した人間とは思えない。
「すげェ演技力だな……」
「お父さんもちゃんとワタシの父親やってよね。困るのはお互い様なんだからさ」
「へいへい。まァ、よほどのことがない限りは……」
刹那、クールは車の窓から顔が見えないようにうつむいた。
「……よほどのことが起きた。親父とおふくろがいねェと良いが」
「お父さんの家族?」
「ああ、親父とおふくろ、使用人と……キャメルって妹もいる。風のうわさじゃ、一年生にしてMIH学園の主席になったらしい」
「へェ……」
両方の車が止まったのを確認し、ルーシは真っ先に外へ出る。そして男時代の力を使い、クールを強制的に外へ連れ出す。
「なにすんだルーシ!!」
「お父さんの妹ってことは、ワタシの叔母なんでしょ? だったら挨拶しないと」
そして黒塗りの高級セダンから人が降りてくる。
身長はルーシと差異がないように見える。顔立ちはやや童顔だが整っている。髪型は明るい茶髪をカチューシャでまとめている。もしルーシと年齢がさほど変わらないのならば、至って普通な格好。しかし高校生だと考えればやや幼稚な格好。要するに、長いTシャツにジャケットを羽織っているのだ。
「きゃ、キャメル?」
そして、彼女はMIH学園──メイド・イン・ヘブン学園の主席である。それはクールの一言によって確定された。
「……ルーシ、オレァ会いたくねェぞ?」
「なにいっているのさ。もうだいぶ会っていないみたいだし、これをきっかけに仲直りしたら?」
「いや……そうじゃねェんだ」
距離にして二〇〇メートルほど。相手の顔がよく見えるということは、こちら側の顔も見えているということでもある。
キャメルは何気なくあたりを見渡し、身長が高く顔立ちの整った、明るい茶髪の男を眼中に捉える。そして彼女はぱっちり目を開き、飼い主を見つけた子犬のように表情を変え、彼のもとへ駆け寄ってくる。
「──お兄様!?」
普段はとぼけた態度であるクールは、深いため息をついた。なにか観念したかのように。
「お兄様ですよね!? なんでこのようなところに!?」
「……仕事が一段落ついてな。ショッピングでもしようと思って」
キャメルはなんの臆面もなく、クールへ抱きついた。随分と熱烈な愛があるようだ。
「ずっと会いたかったです……! もう二度と会えないかと思っていて、毎日お兄様のことばかり考えて……」
キャメルの目には涙が溜まっていた。なかなか罪な兄である。
「……ああ、オレも会いたかったよ。六年くらい経ったか。身長はあんま伸びなかったみたいだな」
「……ええ、きっとあのころと変わらない身体でいれば、いつかお兄様と出会えると思っていたから」
かなり重てェ妹だな。この歳くらいの妹って兄を毛嫌いするはずだが、長年顔も見られなかったのと、そもそも大前提としてクールを敬愛しているんだろう。うらやましいような、大変なような……。
「そっかそっか。レイノルズ家は相変わらず超富裕層を維持してるようだな。キャメル、ひとつ謝っとく。勝手にいなくなってごめんな」
「……いえ、その言葉だけでも十二分です。早速お父様とお母様へ連絡して、家族でパーティーでも……」
「いや、それはやめてくれ。パーティーをするんだったら、オレとおまえだけにしとこう。セブン・スターを二回蹴って、なんとなく蒸発して、んなアホ息子、親父もおふくろも顔なんか見たくねェだろうしな」
「そうですか……。でも、お兄様がそうおっしゃるのなら、ワタシは従います」
残念そうな顔をするキャメル。そして物語は動き出す。
「──ところで、そこにいる方はどなたですか?」
クールは心底説明しづらそうだった。打ち合わせは終わっている以上、イレギュラーな事態──絶縁状態になっている家族と出会ってしまったという事態に対応し切れていないのだろう。このままフリーズするクールを眺めるのも楽しそうだが、ルーシはさっさと話しを先に進めたい。なので、ルーシはいう、
「ルーシ・レイノルズと申します。父がお世話になっていたようですね。若輩者ですが、以後よろしくお願いいたします」
キャメルは驚愕に染まったかのような、ある意味当然な顔色になった。そしてそうなることは計算内である。あとはクールがフォローするだけだ。
ルーシはキャメルが気が付かない程度の速度で硬直するクールの足を踏んだ。
「あ、ああ。コイツはオレの娘でな。まだ家で社長ごっとしてるときにできたらしいんだ。……で、いつだかコイツだけ送られてきてな。女が蒸発したとかなんとかで」
ようやく彼も台本通りに語りはじめた。随分な大根役者だが、キャメルの性格を鑑みるに、クールがそういった比較的わかりやすい嘘をついても見抜く、いや、見抜こうと思う精神がなさそうであるため、この言葉をいい切った時点でルーシの存在は認められたようなものだ。
その証拠に、
「そ、そうなんですか? でしたら、ワタシの姪っ子ということになるんですよね?」
彼女はやや疑念をいだきながらも、ルーシとクールの関係を受け入れた。
「そ、そうなんだよ。歳は一〇歳でな。でも頭も良いし、魔術もえらく強ェから、飛び級かなんかでMIHに入学させてェと思ってるんだ」
「……お兄様がそうおっしゃるのなら、ワタシも推薦しますよ。えーと、ルーシさん? それともルーシちゃん?」
「ワタシのほうが年下なので、ルーシちゃんで良いですよ」
白々しい演技だと我ながら思う。ルーシの実年齢は一八歳。見た目は一〇歳ではあるが、こんな小娘相手に敬語を使う理由もなければ、「ちゃん」呼びなどされる筋合いはない。しかしルーシは柔らかい表情を崩さない。だから相手も油断してしまう。クールという人間をすこしでも知っていれば、彼が子どもを認知するような人間ではなく、ましてや養育するような人間でもないことを、無理やり捻じ曲げて受け入れてしまうのだ。
「じゃ、じゃあ、ルーシちゃん。きょうはお兄様……お父様となにしにきたのかしら?」
ようやく素に近い性格──主に他人へ向ける性格が出てきたみてェだな。
「服を買いに来たんです。あと、髪も切りたいし、よければMIH学園の制服の現物も見ておきたいですね」
「じゃ、じゃあ一緒に行こうか。かわいい服ならたくさん知ってるし、お父様もさすがに女児向けの服は知らないでしょ?」
「そうですね〜。せっかくロスト・エンジェルスへ来たから、この国ならではの服を買いたいですね」
……まァ、キャメルの私服を見る限り、センスの良い服は期待できそうにもないが。
そうしてルーシとキャメル、クールの服選びがはじまる。
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