第六話 銀髪碧眼幼女の初シャワー

 ルーシ・スターリングはシャワーを浴びていた。真っ白な身体。未発達ながら引き締まった身体。左腕にはトライアングルのタトゥー。右腕には龍の和彫り。首元にネックレスのタトゥー。腹部にフリーメイソンの象徴のような目の玉。両足には虎の和彫り。とてもではないが、一〇歳の少女の身体ではない。


「やることは多いな。服がねェし、髪も切らなきゃならない。ひとつずつクリアしていこう」


 シャンプーで髪を洗う。背中が隠れるほどの長髪であるため、時間がかかる。きれい好きなルーシとしては入念に洗いたいのだが、どうしても男だったころの短髪になれてしまっていると、少々苛立ってしまう。

 対照的に身体を洗うのは簡単だ。一五〇センチほどの身長しかないので、丁寧に洗ってもそこまで時間はかからない。デリケートゾーンには陰毛は生えていないし、中身も男時代だったら大喜びするような見事なピンク色だったため、ややテンションをあげながら全身を洗う。


「さーて……服を替えたいな。全身が隠れるのは良いんだが、寒いうえに血がついてやがる。しかし一〇歳程度のメスガキの服なんて買ったこともねェしなァ……」


 そんなわけで同年代の友だちが欲しくなってくるが、それはないものねだりである。アル中天使にコーディネートしてもらうことも一瞬考えたが、どうせやたらと露出の高い服を買おうとしてぶん殴るだけだと感じたので、ひとまずはひとりで購入することにした。


「……全員寝ちまったか。夜通し飲んでいたしな」


 クールは爆睡していた。ルーシと飲み比べ対決をしていたのだが、最終的にスピリタス一気飲み勝負となり、彼は二本目を飲んだ時点で倒れた。たいしてルーシは四本目で限界を感じ、一八歳から一〇歳になったことを改めて自覚したのだった。


「だが、また飲みたくなってきたな。残った分を全部飲むか」


 時刻は午後三時。デパートの開店時間がおそらくは午前九時ごろであるため、六時間もの時間が空いてしまう。インターネットもゲームも本もある世界なので、ルーシは置かれていたノートパソコンを開き、ウイスキーをストレートで飲みながら、紙巻煙草を咥える。


 そんななか、

「起きてたのか。アニキと一緒に酔いつぶれたと思ってたが」

 ポールモールが声をかけてくる。


「ああ、慢性的な不眠症でね。最低でも二週間起きていないと眠れないんだ」


「二週間? 不眠症の域を超えてる気がするな。というか、よくそれで死なないな」


「ま、身体が慣れているんだよ。一度寝始めると三〇時間は起きねェしな。しかも優秀なボディーガードがいないと安心もできない。と、いうわけで、勝負だ」


 ルーシはウイスキーの瓶とグラスをふたつ置く。ポールモールはニヤッと笑い、グラスを持った。


「アニキよりは酒強ェぞ、オレは」


「そっちのほうが張り合いがある。一本じゃ足りないくらいに飲みまくろうぜ?」


「上等だ。一〇歳のガキには負けねェぞ」


 ルーシとポールモールは飲み始めた。


 *


 二五本目。時刻は五時三〇分。ルーシもポールモールもやや酔ってきた。


「よォ……なかなかやるじゃねェか。こんなときは腹割って話そうぜ、ポール」


「ああ……まず、おまえは何者なんだ?」


「ワタシは……前世の記憶があるだけだ。おぼろげだがな」


「ほう……前世でも無法者やってたのか?」


「まァな。たくさん殺してたくさん奪った。だが……求めているもんはそれじゃなかった」


「へェ…………。悪い、気持ち悪くなってきた」


「ああ、吐いてこい」


 勝敗は決した。いままでで一番の強敵だっただろう。前世でも酒に強いヤツはいたが、ルーシ自体が弱くなっていること、ポールモールがかなりの酒豪であることを鑑みれば、かなりやりがいのある勝負だった。


「……さて」


 今度こそパソコンを開く。インターネットで調べることは、この国における幼女の服装だ。


「悪目立ちせず、機能的で、寒くなく、軽いものだな」


 生前はスーツかアロハシャツなどを中心に着てきたが、女子になったいまとなればその服装は通用しない。ふたたびスターリング工業のCEOとなったのでスーツは購入予定で、腕時計やネックレス、ピアスとブレスレットは最低限揃えたいものだ。

 とはいえ、それらはあくまでも裏社会にいるときの格好で、表にいるときにはあまり派手な服装はできない。


「デザインが良いと高くて機能美がなく、悪目立ちしなさそうなヤツは地味だな……。だいたい、オレは金持っていねェってことにいま気がついた」


 生前は学校から金をもらって投資で増やしたが、いまはもとになる金がない。手持ちの現金は一〇〇メニーほど。日本円換算で一〇〇〇〇円である。安めの服ならば揃えられるだろうが、そうしたら金が消え去ってしまう。

 そこでルーシは検索ワードを変える。「高校 裏金」と。


「ヒットしたな。共産主義国家らしく、学校まで腐敗してやがる。どれどれ……」


 魔術を扱う高校では、主に三つの入学方法があるとされる。

 ひとつは学力試験で合格すること。もっともポピュラーな入学方法らしい。

 もうひとつは推薦入学。学校、あるいは有力な魔術師に推薦してもらうことで入学できる。

 そして最後。ごく一部の学生にしか当てはまらず、ごく一部の学校しか採用していない方式。


「学校側が生徒に金を支払い、広告塔として知名度向上が可能なほどの実力と……セブン・スター? へ推挙できるほどの総合力を求められる……セブン・スターってなんだ?」


 すぐさま検索ワードを変える。「セブン・スター」と。


「セブン・スターとは、ロスト・エンジェルス連邦共和国における最高戦力である……同国におけるもっとも優れた魔術師を七人選出して構成されるため、セブン・スターと呼ばれる、と」


 読み勧めていくと、理論上はフランソワやブリタニア、ルーシ帝国といった大国の魔術師軍集団をひとりで壊滅させることができるほどの実力を有しているらしい。軍集団はおよそ一〇〇万人。中小国が総動員した軍隊と同等程度の数字だろう。


「なるほど、やべェヤツらなんだな。関わらねェようにしないと」


 刹那、後ろに人の影を感じた。ルーシはスカートの裏から拳銃を取り出す。


「おいおい、オレだよ。姉弟だろ?」


「……クールか」


 クールはすこし酒が残っているようだった。顔が赤く、髪の毛が乱れている。


「おっ、セブン・スターじゃん。懐かしいな。高校生のころ勧誘されたことがあるんだ」


「……あ?」


「大学出たときも誘われたな。そんな大層な立場になったら、立ちションもできねェって断ったが」


 酔っぱらいのいうことである。ルーシは無視しようとするが、そこへ胃の中に入っていたものを吐き出したポールモールが戻ってきた。


「ええ、アニキは二回セブン・スターに勧誘されたんですよね。二回招請されて二回断る人なんて聞いたこともなかった」


「仕方ねェじゃん。オレは自由に生きてェんだよ。年俸が五〇〇〇万メニーだっていわれてすこし迷ったが、政府のお偉方を守っても仕方ねェと思ってな」


「それでギャングになると。破天荒でしたね」


「ああ。あんときは金がなくて辛かったけど、この街を締めるようになってマフィアへ昇格してからは、おめェの助けもあってだいぶ楽になった。感謝してるよ、マジで」


「そういう割には、金がなくて一週間絶食とかしてたじゃないですか。オレがアニキの汚ねェ家行かなかったら、餓死してましたよ?」


「ははッ、ワリィワリィ。でも、そういう人生のほうがあってるんだよ、オレにはな」


 そうやってクールとポールモールの昔話を聞いていたルーシは、仮に自身の超能力の本質に気がつけなければ、間違いなくクールへ負けていたことを知る。ルーシも生前数多の強敵と闘ったが、軍集団を殲滅できるほどの実力を持つ人間とは闘ったことはなかったのだ。


「で? 姉弟に今月の上がりは渡してねェのか?」


「ええ、いますぐ渡しましょうか?」


「だな。オレたちの上に立つお方だ。いつまでもボロ衣みたいな服を着させておくわけにもいかねェだろ」


「では」


 ポールモールは金庫を開け、現金の山を一部取り出す。


「上がりは何割だ? 相場じゃ一ヶ月の稼ぎの二割か三割だが」


「一割で構わない。おまえらから搾り取るつもりはねェよ」


「じゃ、三〇万メニーだな」ポールモールはケースを渡す。


「ご苦労。これで服が買えるな」


 時刻は六時を回った。デパート開店まであと三時間である。


「アニキ、そろそろパーティーで騒いでた連中を起こします。ここにいられても面倒なんで」


「ああ、オレはシャワー浴びて歯ァ磨いてくるわ」


 そしてクールとポールモールがいなくなった。ルーシは脳内で計画を練る。


「クールはやはりたいしたヤツだったな。寒気がするほどだ。だが、アイツを最短で子分にできたのは幸運だった。そしてオレの見た目とアイツの見た目的に、親子として充分通じるな。セブン・スターに二回推挙された男のひとり娘。裏金を得るには十二分だ。しかし……」


 足りないものもある。そしてそれは、あの自称天使以外では解決できないだろう。

 というわけで、ルーシはヘーラーを起こしに行く。


「うわっ、ションベンくせェ!!」


 ブラジャーとパンツだけになって、多量のおもらしをしている天使(笑)がいた。顔は幸福そうで、ウイスキーのボトルを抱きしめて離さない天使(笑)がいた。こんな状態になっても襲われた痕跡のないピンク色の髪をした天使(笑)がいた。


「五才児のほうが酒飲んだりしないだけマシだぞ? こんなのに頼る日が来るとは……」


 意気消沈とするルーシ。しかし裏金のために四の五のいうことはできない。

 とりあえず蹴ってみる。起きない。

 耳を引っ張る。起きない。

 煙草を腹に押し付けてみる。起きない。


「……☓☓☓に酒入れてやろうか? いや、むしろ喜びはじめそうだな。しゃあねェ」


 ルーシはヘーラーの耳元へ近づき、愛くるしい声でいう。


「……ヘーラーお姉ちゃん起きて〜」


 刹那、ヘーラーは起きることを思い出したかのように、勢いよく立ち上がり、ルーシへキスをしようとした。


「ルーシちゃぁぁぁぁん!! お目覚めのキスはいかがぁぁぁぁ!?」


「口くせェからしゃべるな。さっさと歯磨きしてこい」いつもどおりのハスキーな声である。


 とりあえず顔面を殴られ、

「天使は口臭くないもん……」

 とかいい、鼻血を垂らし涙目になりながらヘーラーは洗面所へと向かっていった。


「よォ、たいした演技力だな」


 そんな光景を見ていたクールは、ヘラヘラしながらルーシの肩を叩く。


「……ああ、売春婦やっていた時期があるからな。アイツみてェな性欲が男と変わらないアホのニーズへ答えるために、ああいう声の練習を欠かさずにしていたんだ」


 実際のところ、前世で男娼をやっていたころの経験談だが、さほど違いはないだろう。


「へっ、やっぱおもしれェよおまえ。おまえみたいのと姉弟になれてよかったぜ」


「そのことなんだが、おまえって歳はいくつだ?」


「三二歳だが?」


「ワタシはおそらく一〇歳だと思う。だから、二二歳離れていることになるな。そこでだ。これから表社会で会うときは、親子ってことにしておこう」


「親子か、悪くねェな。いつか結婚して子どもがほしいと思ってたんだ」


「結婚したことないのか?」


「まァな。女はそこいらにたくさんいるが、ドイツもコイツも結婚生活に耐えられるような人間じゃない。ましてやガキを育てるなんて論外。まァ、こういう生き方を選んだオレのミスだな」


 無法者は女をペット程度にしか考えていない。それはルーシも同様である。いつ死ぬかわからない人生を過ごす以上、癒やしを求めて女のもとへ行くことはあっても、所詮ペットは人間に昇格できない。世知辛い話しだが、それは割り切るしかないのだ。


「じゃあ、離婚した設定で行こう。まァ女が蒸発したでも良いが」


「そこまで作り込むのかよ? いったいなんの目的で?」


「裏金ゲットのためだ。おまえはセブン・スターを二度蹴ったんだろ? だったら父兄としては充分だ。スターリング工業拡張を成し遂げるためにも、資金は必要だしな?」

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