第五話 アル中天使とスターリング工業

 ルーシとクールの戦闘によって、廃工場にはサイレン音が響いていた。近隣住民が通報したのだろう。


「あー……だいぶ再生できたな。行こうぜ、てめェら」


「はい、アニキ!!」


 ルーシは座りながら煙草を咥えていた。この女にはかなわないな、と思いながら、クールは携帯電話を取り出す。


「携帯? そんなもんがあるのか?」


「ああ、知らなかったのか?」


「よそ者なのでね。噂じゃ知っていたが、現物を見ると気分も変わる」


「そうか。とにかく脱出だ。捕まったらだせェなんてもんじゃねェぞ」


 車が止まる音が聞こえる。ルーシは煙草を投げ捨てると、車へ向かうクールたちについていくのだった。


「なかなかのリムジンじゃねェか。酒はあるのか?」


「積んであるさ。でも、いまはそれどころじゃないだろ?」


「そうだな」


 ドアを男が開ける。クールほどではないが、なかなか良い男だ。精悍な雰囲気が漂っている。


「よォ、おまえ名前は?」


「ポールモールだ」愛想のない無表情だ。


「ポール、ワリィが、ピンク色の髪をしたアホも回収しといてくれねェか? アイツが逮捕されたら、全部うたうぞ」


「その心配はねェよ。ほら」


 ルーシがリムジンの奥に見えたのは、アホ面をしながら酒を飲んでいる自称天使だった。


「シャンパンっておいしいですね!! ワインもなかなか! 人間の世界には娯楽がたくさんあるようですね!!」


 このまま置き去りにしてやろうと思ったが、こんなヤツをおいていけば首を締められるのはルーシとクールである。仕方なく、ルーシはリムジンの席へ座る。


「さっさとバックレるぞ。全速力で飛ばせ」


「承知ですアニキ」


 その言葉どおり、リムジンは怒涛の速度で動きはじめる。席は対面式になっており、ルーシとヘーラー。クールとポールモールが互いを見合う形である。


「よォ、晴れてオレはおまえの部下になったわけだが……そもそも自分の組織を持ってるのか?」


「持ってないな。これから立ち上げようとしていたところなんだ」


「ロックだねェ。名前とかは決めてるのか?」


「名前はスターリング工業。CEOはワタシで、COOはおまえだ。ただ、ワタシの見た目じゃ貫禄に欠けるから、他の組織と関わるときはおまえがCEOのように振る舞え」


「なるほど。オレは傀儡ってことだな」笑みを浮かべる。


「そうじゃねェよ」ルーシは置いてあった葉巻に火をつけ、「CEOってのは最高執務責任者。COOってのは最高執行責任者。スターリング工業の執行権はおまえにわたす。重大な議題にはワタシも関わるがな。ま、いままでとたいした変わりはない。こっちは兵隊を持っていないし、おまえはクール・ファミリーを持っている。これじゃどっちがボスかわからねェな」


「えーと……なにをいっているんですか? CEO? COO? 最高執務責任者? 最高執行責任者? さっぱりわからないんですけれど」


「……コイツは無視してくれ。生まれつき頭が弱ェんだ。一生治らないもんだと思ってくれ」


「生まれつきかよ。いよいよ救いようがねェな。せめてなんかの病気であってほしかったぜ」


「なんですかその態度!! ワタシは天使──」


「自分のことを天使だと思いこんでいるんだ。だがよ、考えてみろ。ピンク色の髪の毛をして、酒に溺れる天使なんかいるか? ワタシはいねェと思うな」


「確かに」


 ヘーラーは涙を流しながら度数の高い酒へ手を出す。もはや擁護しようとも思わない。できることならば眼中から消え去ってほしい。


「それで、アニキ。本気でコイツの傘下へ入るつもりなんですか?」


「オレァいつだって本気だ」


「しかし、クール・ファミリーは誰の下にもつかないっていってたじゃないですか。それをこんな小娘と梅毒の所為で破るんですか?」


「梅毒は組織にいれねェよ。無能は三日で組織を滅ぼすからな」ルーシは反論し、「それに、嫌なら抜けても良いぜ? おまえがえらく強ェのはわかるが、いざってときにワタシを立てられないようなヤツならいらん。もうおまえのボスはクールじゃない。ワタシだ」


 ポールモールの顔が憤怒に染まる。ルーシはなに食わぬ顔で葉巻を吸い、クールは慌てて彼を止める。


「落ち着けよポーちゃん。まだ判断するには早ェだろ? もしルーシにボスの資質がねェと本気で感じるんだったら、スターリング工業から抜ければ良い。気楽に行こうぜ?」


「はァ……。アニキがそういうのなら」


 そうやって納得できないポールモールと会話に勤しんでいたら、車のスピーカーから人の声が聴こえた。


「アニキ、ポールモールさん、アネキ! ポリは巻いたみてェだけど、代わりに対抗組織が来やした! どうしやすか?」


「潰せ」


 クールは背筋が凍るような冷たい声質でいい放つ。


「承知です。アニキたちは先にクラブへ行っててください」


「わかった」


 音声が途切れる。

 ルーシは寄っかかってくるヘーラーを窓ガラスの外へ押し出し、彼女の悲鳴を聞きながら、

「対抗組織? ここらへんはおまえらのシマじゃねェのか?」

 疑問を投げる。


「ああ……悩ましい問題なんだが、最近イースト・ロスト・エンジェルスで台頭してきてる組織が三つあるんだ。ソイツらはオレらのちいさなシマまで切り取ろうと断続的に攻撃を仕掛けてきやがってる。ここで仕掛けるってことは、ネクスト・ファミリーの可能性が高いな」


 イースト・ロスト・エンジェルス。主に貧困層と呼ばれる者たちが住む街で、ギャングやマフィアの抗争も激しい。そのため、クールもポールモールも頭を悩ませている。


「なるほど。だったらよ、ソイツら全部ぶっ潰そうぜ」


 銀髪碧眼、身長一五〇センチ、童顔、無乳の幼女は、途方も無いことをいい始めた。


「滅ぼす、だァ!? 良いかルーシ……クール・ファミリーの総員は九七人だ。それにボスのオレとアンダーボスのポーちゃんを含めて九九人。さらにおまえを加えて一〇〇人。たいして連中の総数は一〇〇〇〇人を超えてるんだぞ? どうやってぶっ潰すんだよ?」


「……オレはルーシの意見に賛成ですがね」


 ポールモールは険しい表情を崩さずいう。そして彼は続けた。


「クール・ファミリーは拡張されてしかるべきです。アニキ、オレはアナタのカリスマ性は認めますが、あんなちいさなシマで九七人の子分を食わせていこうと考えているのだったら、正直いって目論見が甘すぎる。最低限ネクスト・ファミリー程度は潰すべきだと感じます」


「なんだよポーちゃん。オレに意見すんのか? まァ別に良いが、おまえにはなにか作戦があるのかよ?」


「クラブにつけばわかりますよ」手短だった。


 顔面がはちきれ、見るにも耐えない無残な顔になったヘーラーは、不穏な雰囲気を感じながらも、とりあえず再生しつつワインを飲むことにした。


 *


「それで? 策ってなんだ?」


 広い休憩室に、ルーシとクール、ポールモールは座る。ヘーラーは「お酒の匂いがします!! きっとワタシを待っているのでしょう!!」とか意味不明なこといってクラブのほうへ行った。


「見ればわかると思います。伊達にクール・ファミリーのアンダー・ボスをやってませんから」


 ポールモールは壁を叩く。そうすれば、暗証番号と指紋認証を求めるセンサーが出てきた。彼は手慣れた手付きでそれを解除した。


「こ、これは……」クールは驚愕する。


「やるねェ。ポール」


 一〇畳ほどの部屋だった。特徴、いや、この部屋がある唯一の理由は、無数とすら称せる武器と弾薬だった。


「拳銃、アサルトライフル、スナイパーライフル、ロケット・ランチャー、近接武器、サブマシンガン、その他……ヤク中のロスト・エンジェルス連邦赤軍の兵士たちから買い集めました。総合弾数は三〇〇〇〇発を超えます。これだけあれば、戦争をするには充分でしょう?」


 小国程度ならば滅ぼせそうな武器の数である。つまり、ポールモールは本気なのだ。本気でイースト・ロスト・エンジェルスを平定しようとしているのだ。しかもその計画は、クールの知らないところで行われていたに違いない。


「……さすがはポーちゃんだな。オレは人を集めるのは得意だが、金を操るのは下手くそだ。だからおまえがいればクール・ファミリーは盤石だと考えてたが……想像以上だ。でも、ひとつ疑問がある。ウチの子分どもはたったの九七人って知ってるよな? これだけ武器があっても、扱う人間がいないんじゃ話にならねェだろ?」


「いや……それも計算内ですよ」ポールモールはニヤリと笑った。


 ポールモールは写真を取り出す。年齢にして五〇代後半といった、男前な東アジア系の男である。


「コイツはサクラ・ファミリーのみやびという男です。無能で臆病者ですが、サクラ・ファミリーの頭──アンダーボスで、強い出世欲を持ってます。すでにこの男へ接触し、我々の傘下に入る代わりに、レンドリースを行う条約を結びました。サクラ・ファミリーの構成員はおよそ三〇〇〇人。これでもなお意見がありますか? アニキ」


 クールはうなるしかなかった。

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