第四話 "幼女"ルーシVS"アニキ"クール
「……ふにゃ!?」
ヘーラーは目覚めた。なぜならば、髪の毛を引っ張られていたからだ。かろうじて地面には触れないくらいに長いピンク色の髪を持つ彼女は、その分痛みには敏感なのだ。
「起きたか。ポンコツ」
「ルーシさん……じゃなくて、我が親愛なる妹ルーシ。ワタシをどこへ連れて行こうとしている?」
「国営風俗だな」
「いや──!! まだ処女なんです!! 高値で売られてしまうぅ!!」
「安心しろ。おまえみてェなメンヘラ予備軍、一〇メニー程度の値段にしかならねェよ」
一七〇センチの二五歳の女を引っ張るのは、一〇歳程度の幼女ルーシだ。立場が逆転しているような気がするが、ルーシは気にしない。
「……なァ、ルーシ。このアホみたいな髪色した女は何者だ?」
クールは当然の疑問を投げる。
「自称姉。ワタシが負けたら輪姦して良いぞ」
「嫌だよ、性病持ってそうじゃん」
「なんでこんな扱いに……ワタシは天界試験に受かった天使なのに……。ピンクの髪がそんなにアホっぽく見えるの……?」
「ああ、ヤク中だから、性病は持っているかもな」
いちいちヘーラーが天使であると説明するのも面倒なので、ルーシは適当な説明ではぐらかす。
「顔は良いんだけどなァ……」
「やめとけよ。髪はピンクでも、あそこは真っ黒だぞ。きっと経験人数も五〇〇〇人超えてるはずだ」
「しかも梅毒っぽいしなァ……」
「だいたい、ピンク色の髪色した女でまともなヤツを見たことあるか? オレはないな」
「だよなァ……」
そんなクールの部下の心無い(笑)罵倒によって、ヘーラーの心は完膚なきまでに叩き潰されただろう。
「……ルーシさん、コイツら全員ぶっ殺して良いですか?」
しかし、メンタルだけは無駄に強いらしい。ルーシは思わずニヤッと笑い、
「ああ、ワタシが勝ったら好きにしろよ。できるもんなら」
そうつぶやく。
「というか、ちゃんとワタシっていえているじゃないですかっ!! やはりアナタはやればできる子──」
「ちょっとストップ」
ルーシはヘーラーを地面に叩きつけ、顔面を何度も何度も踏む。
「すっきりした。行こう」
「……姉じゃねェのか?」クールは頭をかしげる。
「一応といっただろ? こんな見た目だから、保護者がいねェと大半の施設に入れないんだ」
「なるほど」
「うう……。いつになったら心がきれいになるの? ヘーラーわかんない……」
こうやってふざけている間にも、戦争は近づいている。
*
廃工場。遮蔽物はいくらかあるが、ひと気は一切ない。産業を発展させるうえで、不要だと判定されたのだろう。ロスト・エンジェルスは共産主義国家らしいが、そこらへんの資本主義国家より、よほど血も涙もないように感じる。
「よっしゃ、ルール確認するぞ。武器使用はオッケーで、降参するか相手が死ぬかで勝敗は決まる。ま、ルールはあってないようなもんだな。戦争みたいに」
戦争法だなんだといっても、戦場でそんなきれいごとは通用しない。そんなこと確認するまでもない。これは戦争なのだ。
そして、勝つためにはひとつ重大な問題がある。それは、ルーシが万全の状態で闘えるかどうかだ。アホ天使いわく、ルーシの能力には制限がかけられている。そんな状態でクールのようなあからさまな猛者と闘うのは、いささか不安がある。
そんななか、銀髪碧眼美少女に生まれ変わってしまった低身長のルーシと、茶髪をツーブロックにしていて顔立ちが整っている、身長の高いクールは対峙する。
「いつでも良いぜ」クールは拳をあわせる。
「こちらもな」
ある程度チカラを抑えるべきか、最初から全力で行くべきか。そんなことは決まっている。
「アニキ、本気だぜ……。あの子死ぬかも」
「せっかくかわいいのにな……」
そして、ルーシとクールの拳はぶつかる。
結果は一目瞭然だった。激しい爆発音とともに、ふたりは互いに吹き飛ばされたのだ。工場がミシミシと頼りない音を上げるなか、ルーシは翼を展開して瓦礫から立ち上がる。
「……似合っているな。炎の翼か」
「そちらさんもな。白い身体に黒の翼。神々しいぜ」
クールは六枚の翼──炎のように燃え上がる翼を広げていた。また、当然のように両者とも無傷である。
「なァ、オレら似てるな。翼があるってのは良いよな。空を飛べるんだ。車や飛行機なんて必要ねェ」
「ああ……良い能力だ」
ルーシとクールの翼がぶつかり合う。互角か。いや、ルーシのほうがやや押されている。
それを悟ったルーシは、空へと舞い上がった。そして急速度でクールへ詰め寄る。
そしてふたたび激突。炎の翼を無理やりかき分け、ルーシはクールの顔面を殴ろうとする。
だが、その手は届かなかった。
「よォ、腕のリーチが違うんだな」
単純な話しだった。ルーシの腕は、所詮一五〇センチの少女の腕だ。たいしてクールのリーチは一九〇センチを超える男のものである。そんなふたりが小細工なしで殴り合おうとしたら、対等でない状態で殴り合おうとしたら、必然的にクールの腕が勝つ。ルーシは痛烈な拳を喰らい、工場のはてまで吹き飛ばされる。
「……これが差か」
ならば別の方法を使うだけだ。ルーシは翼をなびかせ、羽を発生させる。
「おお、黒鷲の羽だ。高く売れそうだな」
翼から発生した現象はすべて制御できる。硬度の高いナイフのような現象にすることも可能だ。
だから、ルーシは羽を変異させる。単なる刃として。
されど、クールはちいさく笑うだけだった。
「おもしれェ使い方を考えるもんだ。いや、もともとできたのか? まァそんなことァどうだって良い」
クールの身体が炎に包まれた。そうなれば当然、羽も焼かれてしまう。
「……まいったな。能力そのものが劣化してやがる」
生前のルーシならば、クールの炎の渦すらも羽で打ち抜けただろう。しかし、ルーシがつぶやいたように、ルーシの能力はおおきく劣化している。街のチンピラ程度ならば圧倒できるが、クールに通用する手立てはそう多くない程度に。
「……そうだ。オレの手立ては多くねェ。だが、相手は魔術を使っている。たいしてオレは超能力。その隙間にこそ──!!」
「なーに意味不明なこといってんだ!! 今度はこっちから行くぞォ!!」
炎の翼が射ち放たれる。ルーシは目をつむり、冷静に相手を見据える。
魔術。それは理解不能な領域だ。超能力者としては無数の勝利を収めてきたルーシでも、相手が魔術を使うとなれば話しが変わってくる。しかし、それこそがチャンスだ。
「──!?」
クールは驚愕した。翼がかき消されたのだ。反射されたわけでもなく、吸収されたわけでもない。ただただ、炎の翼という現象が打ち消されたのだ。
「……なるほど。この手は効くようだな」
超能力は繊細なものである。ひとつ道を誤れば、それだけで突破されてしまう。特にルーシのような超能力者であれば、余計に注意を払わなくてはならない。
「なァ、クール。
「わかんねェな」
空からクールは降りてくる。相手はまったく損傷を負っていない。たいしてルーシの体力は限界に近い。ルーシはもうすでに肩で息をしている。勝負を決めるのならば、いましかない。
「超能力だァ? そりゃ聞いたこともねェ概念だが、それがいったいなにになるんだよ?」
「……そりゃそうだよな。まさかこんな勝ち方をするとは思ってもなかった。いくら劣化しても、本質は変わっていねェんだな」
「あァ? いったいなにをいいてェ──」
刹那、ルーシの翼が妖しく光った。黒煙をあげながら、なにか恐ろしい警告をするかのように。
「存在しない法則。そこへは、無限の可能性が含まれている。たとえば……炎の翼を喰らってもダメージを受けないように改ざんするとか──」
「……てめェッ!!」
「──たとえば、存在しない攻撃を仕組ませるとかな」
クールは渦を広げる。しかしルーシはそれが無意味な行動であることを知っている。クールの防御は、あくまでもこの世界のルールに従ったものだ。この世界の攻撃ならば、防ぐこともできるのだろう。
だが、ルーシの超能力は
「先ほどまでワタシは、この世界の条理に従って能力を使っていた。だが、条理を外してしまえばどうってことはねェ。存在しない攻撃を防げる人間なんていない。それだけだ……!」
ルーシの翼がついにクールを撃ち抜いた。
クールは吐血しながら倒れ込む。このまま行けばルーシの勝ちだが、ルーシの体力もまた限界を超えていた。幼き少女はその場に倒れ込むのだった。
「……お、おい。アニキが倒れたぞ?」
「で、でも、あの子も倒れた。つまりは……」
「先に立ったほうの勝ちだな……」
クールの子分が取り乱すなか、ヘーラーは最初の衝突で気絶していた。
*
あれから一〇分は経っただろうか。ルーシとクールは未だ立ち上がらない。クールの部下たちは、クールがサシでやるといった以上ルーシへ手出しできないし、倒れ込んでかろうじて生きているふたりを見つめる膠着状態が続いていた。
「んー。なにがあったんですか?」
そんななか、最初の最初で気絶していた自称天使が目を覚ます。タフさではこの場の誰にも負けていないだろう。
「見りゃわかるだろ。アニキとあの子が同時に倒れちまったんだよ」
「だったら救助しましょうか? 姉として妹は放っておけないので」
「そんな無粋なこというな!」凄まじい剣幕である。
「そ、そんな大声出さなくて良いじゃないですかっ! このままだとふたりとも死んじゃうかもしれないし!」
転生・転移した人間がその場で死んだ場合、二度と移動をさせることはできなくなる。ルーシが死ねば、彼は数百年もの時間閉じ込められることになるのだ。
「アニキは死なねェよ。あのガキもな」
「ポールモールさん! 確証があるんですか!?」
「ああ、よくふたりを見てみろ。傷口が徐々に回復してる。だが……どちらが先に立ち上がるかは未知数だな。アニキがここまで痛めつけられるのははじめて見た」
「ポールモールさんですら見たことがないのか……」
ポールモール。クールを首班とする『クール・ファミリー』のNo.2である。彼とクールがクール・ファミリーを立ち上げたのだ。つまりは最古参ということになるが、そんな男ですら見たことのない大戦争が眼前で起きていたのだ。
「お、おい!! アニキが手ェ動かしたぞ!?」
「あの子もピクッって動いた気がする!!」
どちらが先に立つのか。どちらが勝つのか。最初は優勢だったクールが、中盤から追い詰められ、終盤にはついに致命的な攻撃を喰らった。だが、ルーシという幼女も同時に倒れた。その詳細な顛末を、ポールモールを除く者たちは理解していない。しかしなにもすることもできない。ポールモールは唇を噛み締める。
そんななか、不安定な足取りでクールが立ち上がった。
「あ、アニキィ!! やっぱアンタ最高だぜェ!!」
「いや……まだ終わってない」
ポールモールの言葉どおり、ルーシもまた立ち上がったのだ。
「ルーシさん!! さっすがぁ!!」
観客たちは固唾を飲んで見守る。次はなにが起きる? 能力によるぶつかり合いか? それとも殴り合いか?
だが、現実は彼らの予想を上回った。
「よォ……ルーシ」
「ああ……わかっている」
ルーシはスカートの裏から、クールはシャツとベルトから、それぞれ拳銃を抜き出した。
速さはクールが上回っていた。
コンマ単位の早撃ち対決である。
そして、銃弾が放たれた。
*
クールは仰向けになり、戦闘でめちゃくちゃになって穴の開いた天井を見ていた。炎によって傷口はふさがり、彼は子どものような無邪気な笑顔を浮かべる。
やがて、ルーシ・スターリングは宣言する。服が破け、タトゥーが垣間見える姿で。
「クール……おまえとワタシは姉弟だ」
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