第三話 銃が無いと落ち着かない幼女

「ルーシさん、どこ向かうんですか?」


「ガン・ショップだ。銃がないと落ち着かねェ」


 銀髪の長髪をなびかせ、美しき九歳ほどの少女は、行く宛もなく街を歩いていた。


「その前に服買いましょうよ。ほら、動きやすくなりますよ?」


「いまのままでも動きやすいんのでね。うまい具合にタトゥーも隠れているし」


「えー、色気がないじゃないですか!」


「おまえはオレになにを期待しているんだい? 幼児体型に色気もくそもねェだろ」


「オレっていっちゃダメですよ。ほら、お姉ちゃんのいうことは──」


 顔面をグーで殴る。鼻血を垂らしながら、ヘーラーとかいうピンク色の髪色をした自称天使は、仕方なくルーシへついていく。


「ここだな。意外に近い」


 ロスト・エンジェルスは拳銃所有が認められているらしい。その証拠に、堂々と銃器を扱う店が表通りにあった、


「……あァ?」


 しかし、年齢制限というものがついてまわるのが世の常である。さすがに九歳児が拳銃を振り回すのはよろしくないと判断したのだろう。看板には、一八歳未満立ち入り禁止と書かれていた。


「おい、ポンコツ」


「ポンコツじゃないもん!!」


「じゃあアホ。オレの身分証を創ることはできるか?」


「アホっていうヤツがアホなんだもん!! このアホ!!」


「なーにひとりでヒートアップしているんだ? さすがにオレの能力でものを創ることはできねェ。そしていちいち偽装するのも面倒だ。だから、ほら」


「……良いですよぉ」気味の悪い笑顔を浮かべ、「その代わりぃ、ルーシさんの一人称はワタシかアタシになりますねぇ。クールな幼女も捨てがたいけれど、天真爛漫な幼女も良い。さあ、どちらを選びます?」


 もう二度とふざけた口をきけないように粉々にしてやろうかと思ったが、「オレ」が「ワタシ」に変わったところでたいしたダメージはない。むしろこの姿では、オレっ娘とかいう痛い存在になってしまう。そうなれば、ルーシはあっさり受け入れる。


「わかったよ、ワタシはルーシ・スターリング。アナタはお姉ちゃんの……えーと……へ、へ、へ……メンヘラだっけ?」


 ヘーラーが号泣したのはいうまでもない。


 *


「泣くなよお姉ちゃん。おまえの名前なんざ覚える価値もないと思っていたんだよ。月面の裏にナチスの残党がいるかどうかくらいどうでも良いことなんだ。だからもう教えなくて良いぞ。人の前じゃお姉ちゃんっていうから」


「……こんな屈辱はじめてです。ヘーラーお姉ちゃんって……銀髪の妹にいってもらえればどれほど気持ちよかったか……。きっとその勢いで妊娠していたほどでしょう……」


「理由がきもいから泣くな。で? ワタシの身分証はできたのかい?」


「……はい」


「ご苦労。ヘーラーお姉ちゃん」


 ちなみに、ルーシの身長は一五〇センチほどである。そしてヘーラーは一七〇センチほど。当然体重にもそれは反映されるため、そんなヘーラーがルーシへ飛びかかったらどうなるだろうか?


 結果は単純である。


「いったァ!?」


 ルーシのちいさな頭が地面に叩きつけられ、たんこぶでもできそうなくらいに痛みが走る。いや、痛みが走る?

 そんなことはありえない。ルーシの能力は自動修復機能もあるからだ。この程度の怪我ならば、即座に再生されるはずだ。


「ワタシにもかわいいかわいい妹ができたのですね……。苦節二五年間、ついに成し遂げたような気がします」


「……わけわからねェこといってねェで──オレから離れろよォ!!」


 ルーシは手から波動を走らせ、ヘーラーを吹き飛ばす。ガン・ショップの看板に頭をぶつけられ、間抜けな声とともに気絶した。かわいそうとも思わないし、当然のバツである。


「……ッたく、いつ以来だ? 身体のどこかが傷つくのは」


 どうやら"自称"天使ではないようだ。なにかしらの方法を使い、ルーシが暴走しきらないように策を練ったのだろう。


「だが……身分証で勘弁してやろう」


 一八歳。名前──ルーシ・スターリング。性別──女。生年月日──一七八〇年一月一日。


「問題なさそうだな。よし」


 ルーシは店へ入る。そうすれば、途端に店員へ声をかけられた。


「城ちゃん、ここは一八歳未満立入禁止だぞ?」


「ああ、ワタシって結構童顔で身長も低いから間違われやすいんですが、ちゃんと一八歳ですよ?」


「どれどれ……ああ。済まなかったね。入っても良いよ」


 あっさり通ると、ルーシは拳銃のコーナーへ向かう。現在保有している現金は一二〇メニー。日本円で一二〇〇〇円といったところか。一番安いヤツならば買える程度の金はある。

 とはいえ、「近未来異世界」の拳銃がどんなものかが気になるのも事実だ。生前世界より進化しているのか、それともそこまで至っていないか。

 と、いうわけで、ルーシは試し打ちをすることにした。店員に許可を取り、防音イヤーマフを持って、ルーシは射撃室へ入る。


「アニキ!! すごいっすね! 百発百中っすよ!」


「そう騒ぐなよォ、オレにかかりゃ、こんくれェ当然だ」


 ルーシは先客を一瞥する。四人団体の男客。三人はたいしたことなさそうだが、真ん中にいる──アニキと呼ばれていた男はなかなかの強者に見える。そして、表社会の人間ではないこともわかる。

 ま、関係ないことだな。

 ルーシはあえてスカートの裏に拳銃をしまい、幼女状態での早撃ちがどれほどかを確認する。そして発射。標的の的の頭は撃ち抜かれた。


「……やや遅くなったな。身体能力が変わっていないということは、なれの問題か」


 というわけで、ルーシは弾倉に入った銃弾を打ち切ろうとする。総弾一二発ということで、全弾打ち切るころには手にも馴染むだろう。

 そう思っていると、ルーシの背中は叩かれた。ヘーラーが目を覚ましたのだろう。


「どうした? 手に馴染むまで邪魔はさせんぞ?」


 そこまでいって、ルーシが相手がヘーラーでないことに気がついた。最前、早撃ちを披露していた、アニキと呼ばれていた男だ。


「よォ嬢ちゃん! たいした腕してんな! オレァ感激しちまったぜ!」


「ありがとうございます。けど、まだまだですよ」


「へっ、そういう白々しい演技はやめな」


 彼はルーシの正体を見抜いているようだ。緊張が走ってもおかしくない場面だが、ルーシは髪をすくいあげ、なんら変哲のない態度で告げる。


「……ああ、よーくわかっているな。おまえこそたいしたヤツだ」


 それに驚いたのは彼の子分である。


「アニキ、白々しい演技ってどういうことですか?」


拳銃ドウグを見ればわかるだろ? 一〇歳かそこいらのガキが片手で撃てば、腕が粉々になるような代物だ。コイツはただの幼女じゃねェよ。なんの理由でこんな姿になってるのかは知らねェが、相当な無法者に見える」


「ああ……ワタシもまだ演技力不足だな」ルーシは拳銃を置く。


「オレはクール。おまえは?」


「ルーシだ」


「ルーシ? ルーシ帝国から名付けたのか?」


「まァな」適当に話しをあわせる。


 ルーシ帝国。おそらく、というか、ほとんどロシア帝国で確定だろう。生前のルーシが憧れていた国であり、この時代ではまだ超大国にはなっていないが、大陸にはおおきな影響力を持つ大国ではあるだろう。


「移民か。ま、珍しいもんでもない」楽しそうに、「ルーシ、どうだ? サシで闘わねェか?」


「対価がねェんなら闘う理由もないな」


「対価か。そうだな……こういうのはどうだ? 負けたほうが勝ったほうの部下になる。クール・ファミリーっていえば、ここいらじゃそこそこ有名な組織だ。それを傘下に収められれば、おまえの名声は一気にあがると思うが」


「悪くねェな。勝負内容は?」


「あ、アニキ……いきなりなにいってんっすか?」


 クールの部下が戸惑う。無理もない。もしもクールが負ければ、彼らはルーシの部下になってしまう。万が一にもそんなことは避けたいのだろう。


「大丈夫だよ、安心しろ。オレを誰だと思ってやがる?」


「そりゃアニキの実力は認めますけど……このガキには底知れねェチカラを感じるんすよ。なんか、すべてを見透かしているよな」


「ああ、オレもそう思ってる。でも、さっきもいったろ? コイツは一〇歳程度のメスガキじゃねェ。おまえらだってわかってるはずだ」


 ルーシの正体をすこしばかり見抜いている。戦闘能力もさるごとながら、観察力も高い。「勝てば部下になる」といううまい話しに乗らない手はない。


「よォ、鉄は熱いうちに打てっていうだろ? 勝負所と時間、日にちは?」


「きょうでも良いし、あしたでも良い。ちょうど良い廃工場を知ってるんだ。そこでやりあおうぜ」


「じゃあ、きょうだな。早速移動しようか」


「乗り気だな。やっぱおまえおもしれェよ。勝てる確証があるってことなんだからな」


「ワタシはギャンブラーなんだ。確証がなくとも、おいしい話しには釣られてしまう。だが、ひとついっておく。クール、後悔するなよ?」


「はッ……そりゃこっちのセリフだ。大の男と幼女にァ決定的な差があることを知らねェようだが……開けてからのお楽しみってヤツだな」

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