第2話 生きる意味

 放課後、わたしは屋上に行くか迷っていた。先ほどの視線は姫葉のモノであった。

迷った末に、わたしは自販機でコーヒーを買い屋上に行く。


 誰もいない……。


 わたしは何をしているのだろう?自己嫌悪は死にたい気分が増すのである。ここは落ち着こう。コーヒーの缶を取り出して空を眺める。


 うん?


 視線を感じる。校舎横にある松の上からだ。姫葉の視線に近いが少し人間離れしている。


「千鶴、あなた死ぬ気なの?」


 その言葉と共に屋上に入って来たのは姫葉であった。視線の出所は姫葉でなかったか。

 

 そうそう、死にたいかであった。今日も無駄な一日……。生きている理由などない。

 

 でも……姫葉が居れば……。


「返事が無いのは死にたくないであっている?」


 少しの沈黙に姫葉は不安な様子であった。


「いえ、ただ、死にたい理由が曖昧で……」


 わたしの返事に姫葉が近づいて来て隣に座る。まるで何年も一緒にいた親友の様な気分であった。


「姫葉の死にたい理由はなに?」

「優等生であるのに疲れたことよ」


 イヤ、姫葉は優等生と言うより超人である。サッカー部のエースストライカーでネットを中心とした歌姫であった。SNSに動画投稿サイト……合わせればどれだけのファンがいるか見当もつかない。


「姫葉はここで死にたいの?」


 この屋上は入口に鍵がかけられているので柵などはない。更に、ここは四階建ての屋上であり、おそらく人間が一番恐怖に感じる高さであろう。


「死ぬ時は一人で一瞬にして死にたいわ。あなたと一緒なんてイヤに決まっているでしょ」


 その言葉にわたしは少し寂しく感じた。一緒に死にたいとかそう言う訳でもなく。ただ、何かが分かり合えるとの期待であった。そう、屋上には気持ちの良い秋風が吹いていた。わたしは自分の死にたい理由を姫葉に説明する。そんな事をしていると。


「わたしは歌姫よ、この歌を聴いたら心が癒えるわ」


 ♪♪♪


 アカペラで歌い出すメロディはまさに歌姫であった。姫葉……本当に不思議な存在、自身が死を望んでいるのに生きる希望を歌っている。歌い終わると姫葉が近づいてくる。


「姫姫の祝福はどう?これでもまだ死にたい?」

「……分からない」


 姫葉はわたしの言葉に寂しそうにしている。きっと、姫葉はわたしに生きて欲しいのかもしれない。そんな考えが薄っすらと浮かぶ。


「そうそう、缶コーヒーがあるの、一緒に飲まない?」


 わたしは飲みかけの缶コーヒーと姫葉の分を取り出す。


 ……。


 一瞬の沈黙の後で姫葉はわたしの缶コーヒーを受け取る。


 ずずーい。


 それは不思議な時間であった。わたしは再び生きる意味を自分に問うてみることにした。


             ***



 わたしは昇降口で姫葉を待っていた。あの後、一旦、別れて、それぞれのクラスに戻たのだ。いつも、一緒に帰っている亜夢に謝りのメッセージを入れておいた。


『千鶴のバカ!』


 分かりやすいメッセージが返ってきた。わたしは昇降口の前にある水道に足を運ぶ。蛇口をひねると冷たい水が溢れ出る。ハンカチを用意して軽く顔を洗う。


 冷たい……これも生きている実感であった。わたしが顔をふいていると姫葉がやってくる。


 すると、姫葉が左手首に包帯を巻いている。


「ど、ど、どうしたの?その手首?」


 これはリストカットなるモノでないのか。わたしがうろたえると姫葉は、サラサラと包帯をほどいていく。包帯が地面に落ちると左手首には傷は無かった。


「これは心の傷よ、本当に手首を切る勇気もない。でも、心は痛いだから包帯をしたの」


 姫葉は包帯を拾い、再び手首に巻く。これが姫葉の心の闇……わたしは……。


 結局、姫葉を一緒に帰るつもりがそれは出来なかった。トボトボと一人で帰る道のりは寂しいモノであった。自宅に着くとわたしは自室に籠り屋上の鍵を見ていた。


 姫葉との秘密の場所か……。


 いっその事、捨ててしまうか?わたしはカッターを取り出して手首に近づける。

確かに怖い。でも、カッターで手首を切った程度では死ねない。そうだ、姫葉の動画がアップされていたはずだ。わたしは携帯を取り出して姫葉の動画を探す。


 ♪♪♪


 綺麗……。


 それはまさに歌姫であった。でも、やはり不思議だ。何故、心の闇があるのに生きる希望を歌えるかだ。わたしは微睡の中で歌姫の声だけが印象的であった。


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