歌姫は死にたい

霜花 桔梗

第1話 秘密の屋上の鍵

 わたしは秘密の鍵を手に入れた。鍵ホルダーには屋上と書かれていた。旧生徒会室の掃除中のことであった。

 

 その理由は一週間ほど遅刻を繰り返した為に旧生徒会室の掃除が課せられたのである。この大江戸学院女子高等学校では連続自殺が発生していた。テレビで自殺は連鎖すると言っていた。きっかけは有名人の自殺などである。


 そう、わたしも死にたいのであった。


 放課後、手に入れた屋上の鍵を使い封鎖された扉を開けて屋上に出る。先客がいた。雰囲気は今直ぐにでも飛び降りようとしたいる感じだ。


 あれは……女子サッカー部のエースストライカーの『姫葉 美奈子』である。また、姫葉はシンガーソングライターとしても活動している。


 わたしはポリポリと頭を掻いて気まずさをなんとかしようとしていた。

「このまま、死なれると、わたしが殺したみたいで気分悪いから今日は止めて」


 この女子校の中では有名人である。話を戻すと彼女は今、死のうとしている。わたしは『海道 千鶴』普通が似合う地味な生徒だ。こんなわたしに自殺を止める権利はあるのであろうか?


「確かに人前で自殺はよくないわね」


 どうやら、分かってくれたらしい。


「でも、あなたはこの屋上に何用ですの?」

「あー、が……自殺」


 言い訳をしても仕方ない。わたしは死にたいのだ。理由の説明は難しいがこの息苦しい世界から自由になりたいのだ。要は今のわたしを包んでいる世界は矛盾に満ちている。保健室に適当な理由をつけて休みたいと言えばいくらでも休める。しかし、課題をせずに遅刻を繰り出したら旧生徒会室の掃除をやらされた。誰もが個性を無くして優等生を演じている。イヤ、本当に優等生なのかもしれない。


 だから、わたしは死にたい。


             ***



 わたしが死にたい理由を考えていると。


「わたしが死にたいのは秘密にしておいて」


 姫葉はわたしに近づいてきて語る。サッカー部のエースストライカーらしくボーイッシュであった。


「保険として連絡先の交換をしない?」


 姫葉の提案は戸惑うものであった。しかし、わたしの友達は皆、わたしが死にたい事を知らない。そんな薄い関係だから友達とは言えないかもしれな。時間を潰す知り合いと言った方が正しい。


 そして、姫葉との秘密の交換……。


 少し嬉しい。わたしは携帯のメールアドレスを交換した。


「とにかく、ここに居る事が先生にバレると厄介だわ。出ましょう」


 わたし達は屋上から出て廊下で別れた。あの歌姫のメールアドレスか……。


 意図せぬことで妙なモノを手に入れてしまった。それから、教室に戻ると友達がむかえてくれた。


「千鶴、一緒に帰ろう」

 

 あーそんな時間か、校舎には黄昏が迫っていた。


「えぇ、帰りましょう」


 わたしの返事に自然と笑みがこぼれる友人であった。それから、スク―ルバックに荷物を押し込み、教室を離れる。


「でもさ、千鶴も災難だったよね」

「えぇ?」


 わたしが不思議そうにしていると。友人の亜夢は同情の表現を始める。そうか……旧生徒会室の掃除をやらされたのだった。その後で屋上で秘密の出会いがあったことは内緒にしておこう。


「ジョブ、ジョブ、たいしたことなかったよ」

「それなら安心した」


 わたし達は帰路の途中でコンビニに寄り。アイスを買う。その後で駐車場で食べるのであった。




            ***




 翌日、校内の中庭のベンチに座り空を眺めていた。授業中だが保健室に行くと言って抜け出してきたのだ。この授業のボイコットは些細な抵抗であった。そう、普段は良い子を演じて本当の自分を殺している感覚だ。

 

 例えば夜のコンビニに行きたいとする。親は反対して行く事が困難である。そのことを担任に相談しても『当ったり前だ』と返ってきた。わたしの自由は何処にあるのであろうか。そう、空は死にたいくらいの快晴であった。


「千鶴、こんなところでサボリか?」


 亜夢が後ろから話しかけてくる。聞けば保健室に行きたいと言ったらしい。ホント、学校の保健室は便利だ。しかし、授業を休んだ分は勉強しなければならない。


「知ってる?一年の女子にまた自殺者がでたのよ」


 ほー、どうでもいい情報だ。


「何でも、死のメロディを聴いたとか」

「なにそれ?」

「知らないの?なんでも聴いた人を自殺に追い込む呪われたメロディらしいの」


 そんなメロディなどあったら、校内放送で流して欲しいものだ。皆で死ねば怖くはない。などと話していると授業が終わる時間だ。


「亜夢、戻ろうか?」

「ホント、千鶴は良い子ちゃんね」

「誉め言葉として受け取っておくわ」


 うん?一瞬だが視線を感じた。


「どうしたの?」

「イヤ、何でもない」


 この視線は姫葉のモノである。あの強烈なキャラクターの視線はこの学校で姫葉だけである。わたしは小首を傾げて教室に戻るのであった。

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