第36話 元ドブスは彼氏を紹介する

私が紅茶をいれている現場周辺にはたくさんのメイドさんがいる。もちろん同級生の女の子たちだ。彼女たちが何をしているかと言うと。


「紅茶3あがり!」


「はい! 私が持っていく!」

「次は私の番よ!」

「あなたはさっき行ったじゃない!」

「いや私だし!」


結牙を目当てに殺到していた。せっかくのメイド喫茶なのにこっちにいていいのだろうか。


「これ、洗ってきて欲しいな。」


「わ、私が!」

「このカップ繊細なんだから! 任せられないわ! 私がやる!」

「ちょっと! このカップ北条さんが用意したんだから! だから私よ!」


おかげで私は紅茶をいれることだけに集中できている。それにしてもカップを用意したのが北条だったとは。エルメスにティファニー、それからウェッジウッドにマイセンと節操のないラインナップだけど紙コップで飲むより100倍いいと思う。


「そういえば結牙、ママは?」


「一緒に来たんだけど、着いたら別行動になっちゃったよ。あちこち歩きまわってから来るって。」


「そう。結牙は真っ先に来てくれたんだね。ありがとう。」


「当たり前じゃない。どうせこんなことだろうと思ったからさ。姉さんあるあるだよね。」


はは、返す言葉もない。できた弟でよかった。




そして昼過ぎ。料理担当の男の子たちは交代で何かを食べに行ったり他のクラスを回ったりしているようだけど、私には交代してくれる人なんていない。このまま紅茶をいれ続けるしかないか。


「結牙、せっかく来たんだしここを手伝ってないでどこか回ってくれば? 体育館が面白いって聞いたよ。」


さっき同級生の男の子がそう言っていた気がする。


「姉さんこそ休憩してきたら? コンロの前に立ちっぱなしって想像以上に消耗するんだよ?」


今日はどうも結牙に返す言葉がない日なのかな。確かに疲れと空腹を感じるし。でも……


「紅茶2!」


こうやって注文がくるし、さすがにいれるところを結牙に任せるわけにはいかない。


「あと2時間ぐらいだし、このままやるよ。結牙は自由にしていいからね。」


「もー、姉さんったら。変なところで真面目なんだから。もう少しだけ手伝うよ。僕がいないとダメなんだから!」


まったく結牙ったら。ありがとう。


「よっ、静香。来たぜ。飲ませてくれよ。おっと、弟君か。何度見てもそっくりだな!」


「あぁ? テメー! この狼野郎! 気安く呼んでんじゃないぞ? 俺ぁあんたの弟じゃないからな!」


「城君、来てくれたんだ。そうだよ。この子が弟の結牙ゆいがだよ。きちんと紹介するのは初めてだよね。ほら結牙、歳上に生意気な口きいてはだめよ? この人がわ、私の、か、かれ、彼氏の……」


なにこれ……改めて……弟に城君を紹介するだけなのに……恥ずかしすぎる……


「かか、彼氏の……く、九狼くろう じょう君……」


「どーも。そのうち静香の家にも挨拶に行くよ。」


「ふーん、夜道で襲撃くらって両足折られるような間抜けが姉さんを守れるの? 姉さんは予定外のアクシデントがあっても無傷で切り抜けたよ?」


「結牙! なんて事を言うの! 城君がどれだけリハビリをがんばってるか……」


「まあまあ静香。それに関しちゃあ返す言葉がないぜ。弟君の心配はもっともかもな。静香は凄いからな。俺なんかには過ぎた彼女だよ。」


「ふん、当たり前だよ。姉さんは日本一の女性なんだから。釣り合う男なんかいるもんか! 姉さん! ちょっとあちこち回ってくる! ここは彼氏に手伝ってもらってよ!」


「おっ? 俺を彼氏って呼んだな? 任せとけ。静香のためならドンと来いだ。」


結牙は行ってしまった。反抗期なんだろうか。あの、いつも素直な結牙が。


「よし、何したらいい? どんどんやるぜ!」


「うん、じゃあこのヤカンに水を汲んできて。水道の蛇口にはこの浄水器を付けて、勢い全開で汲んできてね。勢いよく水を出すんだよ。」


「おう、分かった。行ってくるぜ。」


このヤカンって5リットルは入るから結構重いんだよね。でもお湯ってたくさん使うからあれぐらいないとすぐ無くなるんだよね。


「紅茶2あがり。」


「あれ? ゆいが君がいない!」

「どこ!? ゆいが君は!?」


結牙がいないともうこの様なのね。いれたての紅茶を目の前にして何を考えているんだろう。早く持って行ってくれないかな。


「静香ー、汲んできたぞー。」


「九狼君! 来てくれたの!」

「九狼君こっちに来てよ! 私のご主人様になってよー!」

「早く早くぅー!」


「悪いな。静香の手伝いがしてーんだよ。1人でこれは無理だからな。むしろお前ら手伝ってやんねーの? 紅茶をいれるのは静香でないと無理だろうけど、いや雅子みやびこならできるだろ。あいつ何やってんの?」


「北条さんは現場の指揮があるから……」

「私達は接客があるし……」

「専門的なことは分からないし……」


「ああ、俺の勘違いだったわ。静香並みの紅茶をいれるのって高校生じゃ無理だもんな。それよりお前らはもう飲んだ? 超うまそーだよな。」


あ、そそくさと居なくなった。


「よし、やっと2人だけになれたな。俺にも飲ませてくれよ。」


「うんいいよ。待っててね。」


料理担当の男の子たちがいるけど城君の中では2人きりなのかな。よし、心を込めていれよう。

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