第15話 ドブスは想いを口に出す

城君の腕と匂いに包まれて夢現ゆめうつつ。どれぐらい時間が経ったのだろう。日の傾きに変化はないようだけれど。


「ありがとな。おかげで頑張れそうだ。」


「うん。私は何もできないけど、応援してる。そうだ、お見舞いのついでに何か作ってくるよ。」


「楽しみにしてるよ。じゃあ病室に戻ろうか。あー明日の夜、静香んちに行く約束が守れなくなっちまったな。ごめんな。」


「うぅん。いいの。そんなのいつでも。今は元気になることだけを考えて。」


「でも、いつか絶対行くから。待っててくれよな。」


「うん。待ってるから。」



すごく有意義な時間だった。九狼く、いや城君の境遇を考えたら喜んでなんていられないけれど。それでも弾む心が止められない。まだ帰りたくない。でも城君は怪我人、それも大怪我なのに。


病室に戻り、城君をベッドに寝かせた。歩行器からベッドに座る。ただそれだけの動きなのに城君はかなり痛そうな顔をしていた。でも、少しも泣き言を漏らさなかった。

さて、ここは四人部屋だしあまり長居はできない。名残り惜しいけど帰ろう。


「じゃあ、また明日。このぐらいの時間に来るね。」


「ああ、待ってるからな。」


明日は土曜日。朝から来ることもできるけど、城君のリハビリの邪魔をするわけにはいかない。今日ぐらいの時間ならきっと終わっているよね。



病院の玄関前で弁田べんだ君とすれ違った。会釈して通り過ぎようとした私の腕を彼は捕まえた。


「待て。聞きたいことがある。」


「何?」


じょうの将来だ。あいつはもうバスケができないのか?」


「できるよ。詳しくは私の口からは言えないけど。城君に聞いてみるといいよ。」


朝もそう伝えたんだけどな。落書きの件があるから私を信じきれないのは分かるけど。


「本当だな? その言葉信じるぞ。」


「信じていいと思うよ。リハビリ次第らしいけど、城君ならきっとやり遂げるよ。違う?」


「そうだな。あいつはそういう奴だ。悪かったな。」


「うぅん。じゃあ。」


そんなに城君のことが心配なんだね。親友っていいな。


郷実さとみちゃん、元気にしてるかな……





「ただいま。」


「おかえり。彼氏の調子はどうだったかしら?」


「うん、元気そうだった。かなり痛いって言ってたけど私の前では平気なふりをしてるんだって。」


「ふふ、痩せ我慢ができるなんていい子じゃない。それで、事情は聞けた?」


「う、うん……信じられないよ……」


「私もよ。時羽ときはさんも若気の至りとは言っても残酷な選択をしたものね。我が子をスペアとしか見てない男の愛人になるなんて。」


「犯人は捕まるかな……?」


「無理ね。実行犯すら捕まらないでしょうよ。でも、警察には私からも詳しく話しておいたわ。私が知り得た全てをね。」


「ママ……」


「だから安心してなさい。彼氏が再び狙われることはないわ。たぶんね?」


「うん、ありがとう。城君が、明日の夜お伺いする約束を守れなくて申し訳ありませんって。」


「分かってるわ。明日はパパも帰ってくるし、久々に四人で外食にするわよ。静香はどこがいい?」


「結牙に任せるよ。あんまり食欲がなくて……」


お昼は平気だったのに……城君をスペア扱いされて腹が立ったせいかな。今になって怒りが湧いてきた。代わりに食欲がなくなっちゃったのかな。明日の話だから関係ないのに。


「あの子に任せたらいつものお寿司になるじゃない。それでいいわね?」


「うん。鞍天くらて寿司だね。好きだよ。」


「ふふ、彼氏のことはちゃんと好きになったの?」


「う、うん……たぶん……す、好きだよ……」


今日までママには何でも話してきたけど……さすがにさっきの出来事は話せない……いくら何でも恥ずかしすぎるよ……


「そう。それはよかったわ。もうすぐ夏休みねぇ。何が起こるか楽しみね?」


「う、うん。」


ママには一体何が見えてるんだろう。もう10日ぐらいで夏休みかぁ。城君はどれぐらいで退院できるんだろう……骨折ってかなり時間がかかりそうだけど。




土曜日。午前中は図書館で勉強をしてお昼からは自宅に帰って結牙と運動。最終オーディションがいよいよらしく気合が入っているようだ。4時ごろシャワーを浴びて病院にお見舞い。城君はベッドの上で体幹トレーニングをしているようだった。


「がんばってるね。」


「来たか。ありがとな。」


「はいこれ。」


「おっ! 静香特製の肉巻きおにぎりだな! 我慢できないからすぐ食べるぜ! いただきます!」


やはり3個のおにぎりは一瞬でなくなってしまった。


「ご馳走様。マジ旨かったよ。静香はすげーな。」


「材料がいいんだよ。誰が作っても美味しくなるような物を作ってるだけだよ。」


「そんなことはないさ。よし、屋上行こうぜ。また頼むな。」


歩行器を寄せて城君を掴まらせる。


「ふぅー、よし行くぜ。」




屋上。周りを高い柵で囲ってあり、景観の邪魔だと言えなくもない。


「静香の母ちゃんってあの『磯野よしの』だったんだな……」


「あ、うん。別に秘密にしてたわけじゃないけど。」


引退から20年経つ今でもママの人気は衰えない。アカデミー主演女優賞の最年少記録やカンヌ国際映画祭の最優秀主演女優賞などの賞は数えきれない。

今世紀最高の女優とか海外でThe actress(女優)と言えばママのことを指すとか、私が生まれる前の名声のはずなのに今でもそう呼ばれるなんて。なのにどうして私は……って思わないでもなかったけど。

小学校の頃、どうして私はママに似てないのかって暴れたこともあったなぁ。

別人なんだから当たり前だって引っぱたかれた。ふふ。パパに似た顔で文句があるのかとも言われたな。


「だからなのかな。静香の芯が強いのは。いや違うな。静香は静香だよな。俺何言ってんだろ。」


「私もよく分からないよ。でも私の顔がママに似てなくて残念だったね。」


「ははっ、そりゃそうだ。でも考えてもみろよ。もし静香が母ちゃんそっくりだったら俺なんか声もかけられないぜ? そうなると付き合うこともなかったはずだ。つまり静香はその顔で正解だったんだよ。」


「顔が正解って何よ。でも、ちょっと嬉しい、かな。」


「ちょっとかよ。それより静香の口から聞いてないことがあるんだけどな。それを聞くために屋上に来たんだけど?」


「え? 何? 何か言い忘れてることでもあったかな?」


「ああ、大事なことをな。」


大事なこと……伝え忘れた大事なこと……何だろう……分からない。


「ごめん、分からないよ。」


「しーずーかー。俺は昨日言ったぜ? 昨日だけじゃない。何回もな。でも静香の口からは聞いてねー。納得いかねーな。クレームだクレーム。何とかしてくれよ。」


「そ、そう言われても……昨日?」


「おう。昨日ここで俺は何て言ったっけな? まさか忘れてねーよな?」


「い、いや、水本先輩の話? でも何回もってことは違うんだよね……だったら……」


「俺は確か大好きだって言ったはずだが? 静香は違うのか?」


あっ、そ、そうだった……好きって言われたら好きって返す、べきなの、かな……


「ほら、教えてくれよ。静香は俺をどう思ってんだ?」


「じ、城君のこと……す、す好きだよ……」


「ほぉう? この前は好きになれそうって話だったよな? 本当に好きになってくれたってのか?」


「う、うん……好きになっちゃった……」


あぁもう恥ずかしいよ……でも、好きな人に好きって言えるのって……なんだか嬉しい。そして好きな人から好きって言ってもらえるのって……最高に幸せなんだな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る