第10話 ドブスは愛を知る

「静香! 逆に聞くがお前は雅子みやびこを美人だと思うか?」


「北条? 見た目だけは美人だと思うけど……」


でもうちのママとは全然違う。何が違うのかは分からないけど自信に満ち溢れたママとは比べ物にならない気がする。


「そうだろう? 所詮あいつなんて見た目だけの女だ。名家の血を欲しがる水本グループと、時代が変わったくせに生活水準を下げられない北条家の利害のためだけに存在するようなお人形だ! 顔に傷でも付いたらすぐにでも破談になるだろうさ! でも静香は違う! 誰にも流されず! 誰にも負けず! どんな見た目だろうと自分の道を自分で切り拓く! そんな静香だから好きになったんだ!」


信じられない……九狼君は本気だ。本気で私のことを想ってくれている。じゃあ、私も本気で返事をするしかない……


「私、この前のカラオケの後。九狼君のことを好きになれそうだって言ったよね。あれからずっとそんな気持ちだった。本気で好きなわけじゃない。あくまで好きになれそうなだけだって。でも、ここまで言われて……ここまで九狼君の真意を知って……心が動かないわけないよ……」


「静香……改めて言う。俺の彼女でいてくれ! お前を手離す気はない!」


「九狼君……お願いします。あなたの彼女でいさせてください!」


涙が止まらない……なぜ私は泣いているの……

いつの間にか九狼君は私を抱きしめている。だめ、お母さんが……見て……いない? いなくなってる……暖かい……夏なのに、暑苦しいはずなのに。九狼君は暖かい……




はっ、寝てた? 九狼君に抱きしめられて寝てたの?


「ご、ごめんなさい。寝てたみたいね。」


「5分だけな。無邪気な顔して寝てたよ。突然あれこれと悪かったな。」


「ううん、話してくれてよかったよ。まさかそこまで好かれてるなんて夢にも思ってなかったから。」


「次は俺が静香んちに行く番だな。ご両親に謝らないとな。」


「たぶん必要ないよ? 罰ゲームかも知れないって話はしてあるし。九狼君が本気だと分かればそれでいいよ。」


「そうはいかないさ。今週土曜の夜だとご都合いかがだろう?」


「うーん、聞いておくよ。母はいると思うけど父は分からないかな。」


「すまないが頼むよ。じゃあ駅まで送るよ。長々と悪かったな。また来てくれよ。」


「うん。ありがとう。」


急に色んなことが起こったせいか、まだ実感はないけど来てよかった。あ、お母さんが出てこられた。


「静香さん。今日は本当に来てくれてありがとう。色々とご迷惑をかけてしまったけれど、どうかこれからも城をよろしくお願いします。」


「こちらこそお招きありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。」




帰りの自転車。いつになくハイになっていた私は思わず九狼君にしがみついていた。見た目は細いのにがっしりとしている。弟は男の子でしかないけど、九狼君は男性だということだろうか。ドキドキしてしまう。


「じゃあな。今日はありがとう。気をつけて帰れよ。」


もう駅に着いてしまった。


「うん、ありがとう。九狼君も暗いから気をつけてね。」


「じゃあ、また明日な。」


「うん、また明日。」


今日のことをママに話したら何て言うかな。早く聞かせてあげたいな。まさかこんな日が来るなんて。






九狼 城は浮かれていた。自分でも不思議だがあんな醜い女の子に恋をしてしまうなんて。もしかしたら自分は最初からあんな顔が趣味だったのか? そうだとするなら今まで何人もの女の子に好かれて告白されたのに少しも付き合いたくならなかったのも納得がいく……などと考えながら。


おそらく九狼 城はいわゆるブス専と呼ばれる人種とは違うようだ。静香のことを醜いと認識した上で何の嫌悪感もなく好きになっている。それがどういった心理状態なのか、きっと本人にも分からないだろう。


自転車は軽快に進む。ペダルをこぐ足にも力が漲っている。今、彼は紛れもなく幸せだと言えるだろう。


その時だった。


自転車の前輪に突如横から細い棒、おそらく鉄パイプが突き刺さった。なす術なく九狼は自転車ごと前転、背中から道路に叩きつけられた。下手をすれば頭を強打しかねない体勢だったが、そうならなかったのは彼の運動神経のためだろうか。


「いって……くそ……何が……」


背中を強打し呼吸ができないようだ。かなりの痛みだろう。


犯人らしき者は一人のようだ。コンビニの傘立てから自分の傘を抜くような気やすさで倒れた自転車の前輪から鉄パイプを抜き、九狼の右膝へと振り下ろした。


「あがあぁぁぁっっぅ……」


声にならないほどの痛み。しかし犯人は淡々と左膝にも同じことをした。


「伝言だ。スペアの分際で調子に乗るな、だとよ」


薄れゆく意識の中で九狼はしっかりと聞いた。聴こえてしまった。実業団を経て、いずれはNBAを目指す自分の夢が壊れる音を。ガラガラ、ガラガラと……

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