第9話 ドブスは真相を知る
駅を出たらまた歩くのかと思ったら、九狼君は自転車だった。後ろに乗るよう言われてつい乗ってしまったけど、とてつもなく悪いことをしている気になってしまう。これは私が小心者だからかな。
「掴まれよ。」
「う、うん。」
九狼君のベルトをちょこんと掴む。いくらなんでもバイクに乗ってるカップルのように抱きつくことなんかできない。
でも、ドキドキする……落ち着かないよ……
「着いたぞ。」
「え? もう?」
「駅から二十分ってとこかな。最近引っ越したもんでさ。」
道中は明らかに外灯が少なく、日が暮れたら真っ暗になりそうな道もあった。迷ったら大変なことになりそうな場所。九狼君はすごい所に住んでいるんだな。
よく見ると似たような建物が多く集まっている。これは確か公営住宅と呼ばれているはず。
「ただいまー。」
「おかえり。あら、そちらのお嬢さんが?」
「うん、先月付き合い始めた……」
「同級生の
「いえいえ、無理言って来てもらって。ありがとうございます。
「失礼いたします。」
案内されるままに上がりこむと、すでに夕食が用意されていた。
ご飯にお味噌汁、焼き魚に卵焼き。私の好きな朝食メニュー。夜に食べるなんて新鮮で嬉しい。
「さあさあ、熱いうちに食べてね。」
「ありがとうございます。いただきます。」
ああ、美味しい。特に焼きたてのサンマ。この時期ってことはオホーツク産の初物かな。本当に美味しい。
夢中で食べてたらもうなくなってしまった。でもお味噌汁もじんわりと暖かい。うちのママも料理上手だけど九狼君のお母さんもきっと料理上手なんだな。ご飯も美味しい。もしかして今日わざわざ精米してくださったのかな。申し訳ないよ。
「ご馳走様でした。本当に美味しかったです。」
九狼君は私より随分と早く食べ終わり、今はコーヒーを飲んでいる。私には焙じ茶を出していただいてしまった。
「お粗末様でした。静香さんの舌に合ったようでよかったです。それで、わざわざ来ていただいたのは謝るためなの。こちらの事情に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。」
「すまなかった!」
九狼君とお母さんが二人して頭を下げている。やはり罰ゲームだったってこと? でもなぜ親子揃ってそんなことを?
「では九狼君との付き合いは今日限りということでしょうか? 私は贅沢を言える立場ではありませんので受け入れます。」
九狼君の手の暖かさ。その思い出だけで私は生きていける。元々知るはずのなかった温もり……知れただけで私はもういい。これ以上何を望むことがあろうか……
「違う! 今後も静香と付き合っていきたい! 何一つ引け目のない付き合いをしたいんだ! だから、聞いてくれ!」
「静香さん、ごめんなさい。まずは私と城の身の上から説明させてください。」
「身の上? ですか?」
そういえば、お父さんは生きてるけどいないとか……
「城の父親の名前は
「水本グループ、ですか? じゃ、じゃあ3年の水本先輩は……」
「ああ、俺の腹違いの兄だ……」
そんな……でも言われてみれば目元が似てるような……
「そ、それがなぜ私と付き合うことと関係するの?」
腹違いの弟をいじめたりしたかったのだろうか。九狼君は水本先輩より背も高いし顔もイケメンだから……
「
「そんな……酷い……」
「俺もそう思う……俺達は最低だ……」
それは違う。
「そうじゃなくてっ! 私に告白するだけでなく、私と手を繋いだり、キスだってしようとしたよね。九狼君にそんな拷問じみたことをさせるなんて……酷すぎるよ……」
九狼君、辛かったよね。ごめんなさい……私みたいな化け物と手を繋ぐことになって……
私みたいな学校1の不細工と毎日登下校するなんて……それどころか肥溜とキスするような真似まで……辛すぎるよ……
だめ……我慢できない……涙が……
「うっ、ぐすっ、ごめんなさい、九狼君……ごめ、ん、なさい……私なんかと……巻き込んで……」
「違う! 最後まで聞いてくれ! 静香が悪いなんてことあるわけがない! 俺は本気で静香と付き合いたいんだ! だから聞いてくれ!」
「私のことなら……気にしなくていいのに……一人でも、生きていける……から……」
「静香さん。私が言えることではないけれど、城の話を聞いてあげて。どうかお願いします。」
お母さん……
「静香! 俺は静香のことが好きになったんだ! 本気なんだ! だからもうあいつらの言うことを聞かなくて済むよう母さんに相談をして! 引っ越してもらったんだ! 今まで住んでた所は水本グループの物件だったからな。学費だって、大学への進学費用に授業料、全て出してもらう約束になってた! だから従うしかなかったんだ! だけど! この度ついに! 俺に実業団からスカウトが来たんだ! 卒業後の進路が内定したんだよ! 恥ずかしい話だが、そこまで決まってやっと勇気が出たんだ! もう誰の意見にも左右されずに静香と過ごせるってな! だから話を聞いて欲しくて……来てもらったんだ……」
「九狼君……」
「もう気付いてると思うけど……私は水本 溜知の愛人の一人……だったの……溜知さんの遺産の5%が城に行くことを条件に何も喋らない約束になっていたわ。でも、最愛の息子をつまらないイジメなんかに利用されて……許せるわけない。もっと酷い約束もしてしまっていたけど……ようやく私の目が覚めたの……いくら貧しくても、譲れないものは譲れない。でしょう?」
「そう、です……よね。」
「ここなら家賃も安いし、生活費だって俺の奨学金と今までの貯金でどうにかなる。だから、俺はこれから自由に生きたいんだ! 巻き込んでしまって本当に申し訳ない! でも! 俺は自分のことよりも他人の心配ができる静香が、心優しい静香が好きなんだ! お願いだ! これからも俺と! 一緒にいて欲しい!」
不思議だ……罰ゲームと言われた方が余程信じられるのに。こんな非現実的なことを九狼君の口から言われるなんて……
なのに……嬉しくて仕方がない……
九狼君の気持ちが伝わってくるから? 私なんかのために安定した生活を捨てたから?
九狼君は、本当に私のことが……好き……
「私、どうしたらいいの……」
「静香の好きなように判断してくれていい……俺はこれだけのことをしたんだ……軽蔑されて当然だ……」
「そうじゃないよ……分からないの……人を好きになるって何!? 付き合うって何!? 分からない! 分からないよ! 私の顔をよく見てよ! ブツブツだよ! 岩石だよ! 九狼君は正気なの!?」
頭がおかしくなりそう……
私は何を言っているんだろう……
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