第7話 ドブスはキスをされない

そう。できないよね。別に九狼君が意気地なしってわけじゃない。私だってドブや肥溜にキスしろって言われたら無理だもんね。


「じゃあ帰るね。明日は一緒に登校する? それとも、もう……やめておく?」


「時間が欲しい……今後のことも含めて、考える時間が……でも明日も一緒に行きたい。」


「そう、いいよ。じゃ同じ時間に駅で。じゃあね。」


「待て、待ってくれ。静香は、俺のことをどう思ってるんだ? いきなり好きだなんて告白して図々しく横にいる俺のことを!」


「九狼君しか見えないほど愛してるわけじゃないけど、好きになれそうだと思ってるよ。私と手を繋ぐのに躊躇しない男の子って弟以外では初めてだし。」


本当にそう思う。むしろ周りから変な目で見られて辛くないんだろうか。私はとっくに平気だけど。


「俺のことを怪しんでないのか? どう考えても変じゃないか!」


「むしろ今でも罰ゲームじゃないかと思ってるよ? 普通岩石みたいにデコボコブツブツの顔した女を好きになる人なんかいないよ。その上ずっとイジメの標的で。だから九狼君は気にしなくていいよ。とりあえずそれまでは彼女でいさせてもらうから。嫌になったら言ってね。」


「静香……」


「じゃあね。」


うーん。ただの罰ゲームじゃないのかな? 分からないことを考えても仕方ないし。時間が欲しいって言うならそれもいいよね。九狼君がいなくなったら一人でドナとかカラオケとか行ってみようかな。




きっと……楽しくないんだろうな……








九狼 城は戸惑っていた。御前 静香に惹かれつつある自分に。とある事情から嫌々ながら静香に告白し、付き合うことに成功。静香がすっかり自分に惚れたところでこっ酷く捨てる予定だった。


しかし、静香の心根、内面を知るごとにどんどん惹かれてしまう。初めて声をかけた時は見るだけで吐き気がするほど気持ち悪い顔に思えたのに。


先ほどは計画の進行のためにキスを求めたが、静香に惹かれている自分を自覚したがために体が動かなくなってしまったのだ。もし、あそこでキスをしてしまったら自分は静香にのめり込み、もう戻れなくなるような気がして。


冷静になって思い返してみる。


初めて繋いだ手。今まで感じたことがないほど柔らかくて滑らかな手だった。しっとりとしており、それでいて女性らしさを感じさせる細く長い指。ゴテゴテとネイルをしていることもなく、ほどよく手入れされた短い爪。よく見ると、透明のマニュキュアが薄く塗られていた。


昼休みに食べた肉巻きおにぎり。どんな店でも食べたことがないような素晴らしい味だった。しかもわずか3個。全く足りてない。明日から毎日あれを食べさせてやると言われたら、心が動きかねないほどの味だった。欲しくて堪らない。


先ほど聞いた美声。いや、この2日間話してみて常に感じる落ち着きのある澄んだ声。あの顔と声が別物すぎる。まるで天使のささやき、それとも悪魔のざわめきか。


そして何より、あれほどのイジメを受けているのにまともに学校に来ている精神力。成績だってトップ。殴られたり、物を盗まれたりすることこそないと聞いているが、もし自分だったら……きっともう学校に行けないだろう。誰も助けてくれず、いつも一人で……

もし自分があのような顔だったとして……学校1の美女から誘われたら、一も二もなく尻尾を振るだろうに。きっと何でもする。


なのに静香は……


奇しくも九狼が当初に言った言葉。ブレない。静香は芯がブレないのだ。いくら肉体的、性的な暴力がないから、金銭的な搾取がないからと言えども。

いや、おそらく静香はいかなるイジメにも屈することはないだろう。もしも直接暴力を振るわれて、数人がかりで純潔を散らされたとしても。

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