第4話 ドブスは水をかけられる

昼休み。初めて足を踏み入れる屋上。九狼君は来てるかな。


「静香、早かったな。」


「九狼君……」


びっくりした。後ろから声をかけてくるから。


「行こうぜ。あっちのベンチが空いてる。」


「う、うん……」


そう言って自然に私の手を引く。やはり手慣れているのかな。屋上を歩く私達にやはり視線が向けられる。リア充の楽園に紛れ込んだ奇異な動物を見るような視線だろうか。


「これ、少しだけどよかったら食べてみて。」


「え!? これって静香が作ったの!? マジで!? 食べる食べる!」


但馬牛A5ランクのロースを使った肉巻きおにぎり。米は糸魚川産のコシヒカリ。私のサイズで一口分を3個だけ。


「うっま! 何これ! こんな美味しいおにぎり初めて食べた! 静香が作ったの!?」


九狼君は1分足らずで3個とも平らげた。やっぱり男の子なんだな。私は自分のお弁当がまだ1割ぐらいしか減ってないのに。


「材料がいいからだよ。でも気に入ってくれてよかった。また作ってくるね。」


「頼む! あんなに美味しいの食べたことがない! 絶対食べたい!」


まさかこんなに喜んでもらえるなんて。嬉しいな。作ってよかった。でも全然足りてなさそう。男の子だからたくさん作ろうと思ったけど、ママが3個にしておくよう言うから。何か意味があるのかな。


九狼君のお弁当はぎっしり詰まったご飯、そして真ん中に大きい梅干しが入っていた。いわゆる日の丸弁当だ。そっか、九狼君って愛国者なんだ。また一ついい所を見つけた。


「静香っていつも昼休みは何してんの?」


「普通に勉強してるよ。九狼君は?」


「俺は昼寝かな。寝る子は育つって言うじゃん? そうだ! 膝枕してくれよ! ここで寝るからさ!」


「いいよ。硬くても知らないからね。」


昨日付き合い始めたばかりなのにグイグイ来るんだな。それとも彼にとっては普通のことなんだろうか。


「おやすみー!」


すごく変な気分。周囲の視線もすごいけど、それ以上に。

学校一不細工な私が学校一のイケメンに膝枕って。午前の授業の内容を忘れてしまいそう。今のうちに復習しないと……




あ、もう予鈴が鳴ってる。昼休みってこんなに短かったっけ?


「九狼君起きて。昼休みが終わるよ。」


膝枕も初めてなら、男の人を起こすのも初めて。楽しいな。パパは……ノーカンだろうな。


「お、おお……うぅーんよく寝た。ほどよく硬くていい寝心地だったぜ。ありがとな。」


「うん、どういたしまして。」


「放課後だけどさ、俺部活があるんだけど5時半には終わるから。よかったら一緒に帰らない?」


「いいよ。じゃあ5時半ぐらいに校門で。」


「へへっ、やったぜ。じゃあ後でな。」


そう言って九狼君は走っていった。本当に変な人。


私は屋上から教室に戻るため階段を降りていた。すると……


「あー、いっけなーい」


わざとらしい声の後に、上から水が降ってきた。とっさに避けようとするも間に合うはずがない。半分以上かかってしまった。量にしてバケツ2杯分ぐらいだろうか。このケースは初めてだ。制服の代わりは体操着でも着ればいいが、さすがに下着の替えなんか持ってない。困ったな……


仕方ない。下着も全部脱いで体操着でも着てよう。どこで着替えようか……




トイレで着替えてもよかったけど惨めな気持ちになりそうだったので階段の踊り場で着替えてみた。屋上の手前なので今の時間ならたぶん誰にも見られていないはず。

体操着の上にジャージまで着ると少し暑い。でも髪まで濡れてるし我慢しよう。

やはり昼からの授業に遅れてしまうな。




教室に戻るとやはり授業が始まっていた。世界史だ。


「すいません。バケツが降ってきて濡れたので着替えてました。」


「はーい。構わないよー。じゃあ少しだけさっきまでの内容を説明するよー。コンスティンティン帝国の初代国王イクタビアヌスの執政なんだけどー。軍隊の作り方に特徴があるんだよねー。それは奴隷達に殺し合いをさせたことなんだよねー。そうやって生き残った奴隷だけを優遇して強い軍隊を作り上げようとしたんだよねー。でもこれってどうなんだろうねー? 御前みさきさんはどう思うー?」


「割が悪いと思います。事実コンスティンティン帝国は呑気に奴隷達に殺し合いなんかをさせてる間に隣のマンゴスティヌ帝国に攻め込まれて滅亡したかと。同じ奴隷が軍隊の主力である国なのに。」


「えくせれーんと! 予習までバッチリみたいだねー! その通りー! マンゴスティヌ帝国の軍隊も奴隷が主力なんだよねー。やったことはカップル戦術なんだよねー。男同士だろうが男女だろうが奴隷カップルにペアを組ませて戦わせたんだよねー。その結果、愛する者を死なせないためには必死に戦うしかなかったんだねー。愛のためなら人は強くなれるんだねー。どっちもえげつない国だよねー。」


愛のため……私は九狼君のことを愛することができるんだろうか。確かに嫌いじゃないけど、好きかと言われたら……分からない。恋愛って楽しいけど難しいな……



あ、よく見たら机に新しい落書きがある。


『bich mast die!』

『ぬれねずみビッチ臭え!』

『九狼君が可哀想!』

『天罰!』

『ハニッシュメント!』


昼休みに書いたんだろうな。行動が早い。それなのにプッ……bichって……この学校の生徒にしては珍しいこともあるものだ。たぶんbitch(売女)と言いたかったんだろうな。しかもmastって……売女死すべしって言いたかったんだろうな。私の体なんかにお金を払う男性がいるはずないのに。それを考えたらむしろ私の方が九狼君にお金を払うべきかも。でもそこまで男性の体に興味もないし。いずれは出てくるものなのかな。分からないことだらけ。

ハニッシュメントって何だろう? punishmentのことだろうか?

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